005
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
オレのほうがキセトより先に帰っていた。夕飯までの時間におやつを食べていると扉の開く音がする。現状、帰ってきていないのはキセトだけなので、自動的にキセトが帰ってきたことを示している。
「おかえりなのだよー。キー君キー君。始末書破いちゃったのだよ」
「キー様キー様。始末書がびしょ濡れになったのですぅー」
「キセトっ!始末書が油のシミだらけにっ!?」
どうやら暇をもてあましていたらしい松本姉妹と静葉が、構ってもらいに駆け寄っていた。キセトは無表情でそれを軽く裁いているのが聞こえてくる。
「アークなら始末書の紙が置いてある場所を知っているはずだ。アークに聞け。アークはお前らに巻き込まれて始末書を書くことが多いからな」
「聞いたのだよ。書こうとは思って新しい紙を持ってくるたびに破れてしまうのだよ」
「濡れてしまうのですぅー」
「油のシミがっ!?」
「……明日にしてくれ。今日は連夜に大切な話をしないといけないんだ」
アークが始末書四枚を持って何度往復していたことか。持ってくるたびわざと汚されて、今は自分の始末書を死守している。
って、オレ?
「連夜。お前は夏樹さんから話を聞いたか?」
「江里子嬢がキセトとオレの文字判断できたことかっ!?」
あ、すげー呆れている。そんなことできて当然だろうと言外に告げている。やめろ!なんか空しくなるだろ!その目!
「真面目な話だ。夏樹さんから、その……、黒獅子か否か、聞かれた」
予期もしない単語が出た気がするが、まぁ予想はできたか。
鐫様が亡くなって二年。その話が情報屋である冷夏嬢からしか出ていないのなら、まだ展開として遅いほうである。
「二階に行くぞ。ここで話すな」
「……」
知っている奴も居るが、知らない奴もいる。キセトが黒獅子云々について、この食堂で話すにはまだ早い、気がする。
オレがすたすたと歩くに対してキセトは中々動かなかった。当然か、あいつはオレと違って、ナイトギルド隊員、つまり静葉たちに過去を隠していることに罪悪感を覚えている。
今あいつらは、キセトが隠す過去というものを目の前にちらつかせられながら、無視しなければならないと我慢しているところだ。そしてそれはキセトにとって申し訳ないと思わせるにも十分だろう。開き直ればいいのに、とは思うが、キセトの性格上無理だとも知っていた。
オレにとってそんなことより問題なのは、二階へ行ってどちらの部屋に入るかだ。
二階にはキセトとオレの部屋しかない。キセトの部屋は落ち着いて話せるほど綺麗ではないし、かと言ってオレの部屋に先に入っているとキセトはなかったことにしそうである。
仕方がなく、オレは廊下でキセトを待つ。キセトの部屋の扉にもたれて、階段のほうを見た。丁度キセトが上ってきている。
「で、なんでいきなり北の森にいたときの話なんだ」
キセトの顔色が悪い。そんなこと気にしてやるほど優しくないつもりだが、目の前で死にそうな顔をされると別だ。まぁ、言葉にして触れはしないのだが。
「いや、連夜のことは一切触れていなかった。まぁ分かってはいるだろうがな。あくまで俺が黒獅子であるか否かだけだ。詳しいことも話していない」
「血筋のことは?」
「それは何も」
声を発するたびに視線が下がっている。なんだ、廊下の埃でも気になるのか。自分が悪いわけでもないのに申し訳なさそうにしやがって。
「……まぁ冷夏嬢が相手だ。その内分かるだろう。口止め先にしとくか」
口止めというか口止め料というか。まぁ私財的には金に困っていないからいいして。ギルドの金となると全くないのでそこからは払えない。
「……」
「どうした?顔に『納得いかない』って書いてあるぜ」
いや、下向いてて顔見えてないんだけどな。顔を覗いてやろうと近寄って見たものの、突然キセトが顔を上げた。
お互いの顔の位置的に、頭突きされたような形になる。
「いってぇ!!お前、何考えてんだよ」
「何を考えてるって、口止めなんてする必要はない。知った人が判断すればいいんだ。俺たちになんて結局のところ人の意の流に流されることぐらいしかできないんだよ」
「そうか。お前はそう思っとけばいい。オレの考えは違う」
「何ができるって言うんだ」
「馬鹿に質問するな。何かができるとしか言えねぇよ」
オレはキセトみたいに何もできないと最初から決め付けたりはしない。
何も思いつかないとしても、うまくいくと思えないことでも、その場をめちゃくちゃにするだけでも、それでいい。
やりたいことをやろうじゃねーか。
「じゃオレは明日、冷夏嬢に会ってくる。お前は明日仕事だろ?明日は英霊休みだしな。顔色が悪い。早めに休め」
「あ、あぁ」
まだ納得してなさそうだが、放っておこう。一日頑張った!もう寝る!
後ろでなにか重さのあるものが倒れる音がした。キセトの顔色がかなり悪かったので何かに躓きでもしたのかと軽く考えて振り向く。
「あっれー?まさかのまさか。倒れてやがる」
躓いた、という楽観視を恨んでおこうか。正しくは倒れていた。冗談にも反応しない。やばいんじゃないのか?これ。
だがすぐ駆け寄ろうとかそういう気持ちにもならない。相手はキセトだし放っておいてもどうにかなりそうな気がする。それにオレが駆け寄って何ができるっていうんだ。
「ベッドに運ぶ?蓮を呼ぶ?他のやつらに知らせる?このまま永眠させてやる?」
とりあえず最後以外を順に実行しよう。キセトは細いし細いし軽いし軽いので運ぶのに苦労しない。はっきり言えばキセトより二回り小さい蓮でも運ぼうと思えば運べるはずだ。
とりあえず担ごうと近寄ってみたが、一つ難題があるじゃないか。キセトは気を失っている時のほうが怖い。怖いというか警戒心が高い。ぴりぴりした空気を纏う猫を相手にしている気分だ。
「マジなんだよちくしょう。自分で移動しろよ。なんでオレがこんなことしないと駄目なんだ?そもそもなんでこいつ倒れてんだよ。仕事か、仕事の任せすぎか。確かに大量の仕事をキセトに押し付けた覚えもなくないが、だからってぶっ倒れることないだろ。面倒じゃねぇか。ほどよくなんてもんじゃねぇぞ。とんでもなく面倒じゃねぇか。ちょっと起きて自分でベッドにダイビングしてこいよ。そのうちに蓮呼んで来てやるよ。だから起きて自分で自分の部屋入れ。いやだいやだいやだ……」
二歩ほど離れたところから呪いの言葉を吐いてもキセトが起き上がる様子はない。
気を失ってるんだ。こっちに害はないと信じたい。目の前にいるのはそんな期待を裏切ってくれるキセト君なのだが。
「ちくしょー……」
覚悟を決めてキセトに近づく。床に倒れている相手にそっと近づいて体を持ち上げる。相手が思った以上に軽い。まさかまた体重減ったのか、こいつ。
「お食事できましたよーって、れ、んやさん?何してるんですか?キセトさん、どうしたんですか?」
「蓮か?丁度呼びに行こうと思ってたんだよなー。ベッドまではオレが運ぶから後よろしく頼むわ。なんか無茶してたみたいで倒れた」
「た、倒れた!?キセトさんがですかっ!?」
「あー。心配しなくても疲れがたまっただけだろ」
オレの言葉を聞いているのかいないのか蓮がすぐに駆け寄って心配そうにキセトの顔を覗き込む。眠るように気を失っているキセトをぺちぺちと叩きながら怪我などがないか確認していく。オレの予想を裏切って頬を叩かれてもキセトは起きなかった。
昔なら、帝都に着たばかりのキセトなら警戒心が高く眠っているときでも人が近づくだけで跳ね起きたんだけどな。
「怪我とかは、なさそうですね。よかったです」
目の前には泣き出す一歩手前の蓮。背中には起きる様子のないキセト。泣かしてるのはオレじゃないのにオレが泣かしたみたいじゃないか。いやだなー、こういうの。
「と、とりあえず運ぶから。診察なりしてやってくれ」
「あ、は、はいっ!ど、道具持ってきます!」
「頼むわーっとと」
ずれ落ちるキセトを背負い直して廊下に立つ。
自分の部屋に入るかキセトの部屋に入るか再び迷うことになった。
キセトの治療なのだからキセトの部屋でいいだろうが中は足の踏み場もない本の山だ。それに本人が気を失っているのに勝手に私室に入るのも気が引ける。かといってオレの部屋で治療するのも変な話だ。汚くしているわけでもないが言葉にできない気まずさが予想できてしまう。
「空き部屋でも使うか」
「ん」
「んおっ?起きたのか?」
「…………降ろせ」
「へいへい」
いきなり手を離しても体調が万全なら華麗に着地するはずなのだが、今回は見事にそのまま床に落下した。そのまま床に上半身も沈める。
「大丈夫か?蓮は呼んどいたけど……、必要なさそうだな」
「疲れただけだろ。体に力が入らない。時間がたてば治る」
「じゃ、ま、安静にな。蓮の判断にオレも従うまでだ。たぶん一週間ぐらい仕事禁止で済むだろ」
「始末書の催促だけは休まないからな」
「蓮に言えっつーの」
廊下に寝転がったままキセトがごろごろし始めた。本人が気にしてないならいいんだがかなり埃っぽい。 まてまて、このままベッドに放り投げたとしてもシーツなどが埃だらけになることは免れない。 そもそも共同生活なんだから浴室や脱衣所が埃っぽくなるっ!
「ああぁぁぁーっ!転がるなぁっ!もうちょっと清潔にしようとしろーー!」
「お前みたいに髪の毛ベトベトじゃないぞ、俺は」
「お前の髪は生まれつきというか遺伝だろうがぁ!生まれた後の努力値で言えばオレのほうが断然高いっ! とりあえず埃をできるだけ払ってシャワー浴びてこいっ!」
「……」
ムクッとでも効果音が付きそうな感じでキセトが上半身を起こす。表情は眠たそうだがさすがに埃まみれのまま寝ることはないだろう。というか髪の毛がはねてるわ埃が絡まってるわ服は着崩れてるわかなりだらしない。まだ疲れが残ってるだけだよな。それか眠いだけだ。そう信じておこう。普段のこいつは何もかもキッチリしていて融通が利かないと言われるほどなんだからな。
「とりあえず起き――
「きゃぁーー!キセトさんが埃まみれにぃっ!」
――あー、蓮。違う。いや、埃まみれなんだけどこれはだな」
そして普段しっかり者という印象があるだけに、こういう時は周りにいる者が疑われるんだよ。
「連夜さんが床に落としたからじゃないんですかっ!いくらキセトさんが丈夫だからって埃まみれにしていい理由にはなりませんよっ!」
「違うって。そいつが自分で転がってだな……。ってなんだよその目。疑ってるだろ」
「キセトさんが自分で床を転げまわったとでも言いたいんですか?」
「言いたい、ってかその通りなんだよ」
「とりあえず黙ってくださいっ!」
「いて」
軽く頭を小突かれた。全く痛くはないのだが小突かれる理由がないはずだ。
キセトの件に関しては誤解だというのに。日ごろの行いと言うやつのせいか。普段の行いからすれば確かにオレが冗談でキセトを埃だらけにしたというほうが考えやすいか。
「キセトさん、大丈夫ですか?ってかなりボーとしてませんか?キセトさん?」
「あぁ蓮か。少し眠たいようだ。シャワーなら朝浴びるから今はねむ、い……」
「えっ!?あ、ちょっと?キセトさんっ!」
まさかこの埃まみれのまま眠るとはな。蓮もどうすればいいのか分からないようだ。オレを見るな。オレも分からん。
それより廊下の掃除もこまめにしないと駄目だな。こんなことは滅多にないだろうけど。
ぐっすり眠るキセトの髪についている埃を取る。全く反応しないので軽くシバいてやったが、よほど疲れてたのか、それにも反応にもない。
「ま、一回起きたんだし診察っていうほど大げさにしなくていいだろ。明日体調悪そうだったら追いかけてでも診てやれば?」
どうすればいいのか分からずそのまま停止しそうだった蓮にとりあえず声をかける。蓮は暫くしてから小さく頷いた。
「……そうですね。今見た限りでは特に苦しそうにしているわけでもありませんしね」
すやすやと眠るキセトに対して蓮がくすくすと笑う。蓮がキセトについている埃を大方取ってから立ち上がった。
「では連夜さん。運んでおいてあげてくださいね」
そしてさりげなく後始末を押し付けて蓮は階段を駆け上がっていった。
まぁ一度起きたから大丈夫だろう。倒れた理由はまたあとで追求すればいい。
「寝てても軽い、だと。こいつ体重いくらなんだよ」
とりあえずキセトをベッドに放り投げておく。布団なんてかぶせても起きたときにはベッドから落ちてる奴なんだし。寝相が悪かったり部屋が汚かったりこいつのイメージと違うんだろうな。
「……さぁて追求しますか」
自分の部屋に帰って携帯を操作する。なにも本人に追及する必要はないのだ。こんなときに便利な便利な情報屋がいるんだし利用すればいい。
「こんにーちはーーー。ちょっとお願いがあるんですけどねー」
電話の相手は暫く黙っていた。オレも言葉を発することなく相手の言葉を待つ。すると盛大なため息が聞こえたと相手の声が携帯を通じて届いた。
『個人的な頼み事はお断りだ。ちゃんとした依頼なら代金を払え』
電話の相手、冷夏嬢は冷たい声で言い切る。
冷夏嬢も四年の付き合いだ。オレがどういう時にどういうことを頼むか分かってるからだろう。今回はいいことを頼まれるわけではないと予感しているに違いない。そしてできれば断りたいと思っているはずだ。
だが俺だって何も考えずに電話をかけたわけではない。
「『黒獅子』の件はキセトにとってきつかったみたいだぜ?ひどいことしてくれるもんだ。いくら事実だとは言え、『羅沙の敵』だからとは言え、昼間から言ってくれるじゃん。『黒獅子』についてはオレが証人だけどよ。もっと詳しいことになると無許可で調べて欲しくねーんだよなー」
『……調査上知ったことに確認を取っただけだ』
黒獅子であることなんて情報屋機関でなくとも少し調べれば分かる。知られたくないのはその先のことだ。だがそれを表面に出すわけには行かないしな。
「困るんだよなー。あいつ精神ダメージに弱いんだから」
『おれにどうしろと言うんだ?なぜ黒獅子というだけで焔火君が精神ダメージを受ける?』
「おっと。さりげなくオレにも調査、か?やめて欲しいねー。あることないこと、むしろありえないことをあるかのように話してしまいそうだ」
『迷惑な話だ』
心底嫌そうな冷夏嬢の声。一刻も早く電話を切りたいと声だけで伝わってくる。嫌われたもんだな、オレも。
「なんかオレと話したくないみたいだぜ?冷夏嬢。オレたちは上司と部下でもあるけれど、友人だろー?冷たくすんなよ」
『友人であろうが面倒な仕事を頼む相手は嫌なものだぞ、連夜』
「つめってー。まるで氷の刃に触れたみたいだ」
『そのまま切り刻まれてしまえ』
「ひでぇーなぁ。ひでーなぁ。そんなに嫌なら手っ取り早く用件、と行きますか」
また電話の向こうからため息が聞こえた。ため息の多い人だ。オレが原因だと考えると少し申し訳ないのかもしれない。
まぁ頼み事に関しては容赦しないけど。
「焔火キセトについて過去を調べてほしいんだよなー。どっかに『病弱』って言葉を見つけてくれよ。絶対あるはずだから」
『……お前も焔火君の過去を知らないのか?それは意外だな』
「オレらの関係はもろいからな。裏切りなんて常に。信じるってなんていう戯言?」
さっきは口止めをしようと話していた。今はキセトのことだけ調べてくれと頼んでいる。
これも裏切りか。
『…………』
黙ってしまった。
「でもオレらは友達なんだよ」
『理解できない友情だな』
冷夏嬢の冷たい声を最後に通話が切れた。なんだかんだいって冷夏嬢は調べてくれるだろう。あとは待てばいいだけ、か。
「さーて、冷夏嬢はちゃんと見つけてくれるかな。『黒獅子』まで二年かかったしなー…。探してもらわないと困るぜ」
前代皇帝が亡くなってからすぐにオレたちは帝都から追い出されると思っていた。「北の森の民」であるオレたちを保護していた皇帝が亡くなった。だから非難される。そんなことにならないようにするためにも、ギルドという仕事で信頼を得るために働いていた。
それがよかったのかすぐに追い出されるようなことこそ起こらなかった。むしろ表面上では何事も起こらなかった。
裏では帝都一番の情報屋ギルドに調査を依頼していたということだ。
「冷夏嬢には帝国政府とオレらと板ばさみになってもらうとして。キセトはどうしたんだ?疲労で倒れるほど弱い奴じゃないしなぁ…。そんなに弱かったら黒獅子なんて勤まらないし。冷夏嬢だけに頼るってのも嫌だしな。オレも調べてみますか」
自分の部屋を飛び出て一階に駆け下りる。情報屋ギルドも使えないときの調べ物といえば裏路地のあの人だろう。
「おいっ!ちょっと出かけてくるぞ!」
「レー君?もう門閉まってるのだよー?」
「抜ける道なんて山ほどある。急ぎなんでな」
「いってらっしゃいなのですぅ~」
瑠砺花に手を振り替えし、オレは駆け足でナイトギルド本部から出た。