082
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
ナイトギルドに帰った連夜は、誰にも何も言わず自分の私室へ直行した。連夜の報告を待っていた者たちの戸惑いの声も聞こえたが、立ち止まってやれる気にならなかった。
ベッドに倒れこんで、病み上がりの身でありながら魔力を大量に使いすぎたことによる疲労を感じる。
連夜の中で悔しさという真新しい感情が渦巻く。自分が何かできないことにもどかしさは感じても何かできなかったことに悔しさを抱くなど初めてだ。どうすれば消化できるのかすら、知らない。
「連夜さん。入っていいですか?」
「ん……」
入っていいですかと聞く前にノックぐらいすればいいのに。
そんな今更どうでもいいことを考えて、連夜は布団に顔を埋める。自分の感情へ戸惑いがあるときに周りを気にしてやれる余裕など連夜にはない。すぐに食堂に戻れというつもりで顔を上げた。
「連夜さん。篠塚さんが食堂に来てますよ。『何で行かせたんだ』と怒ってますけど……。キセトさん、不知火に行っちゃったんですね」
晶哉か、と呟いて足りない頭を使って考える。晶哉はキセトの秘密を知っている。そしてキセトが不知火に戻るというその意味も知っている。
キセトを止めるチャンスがあった連夜が、そのチャンスを逃したことを追求したいのだろう。仕方がない、と連夜ですら思った。晶哉がキセトを守ろうとしていたことは事実だ。守れなかった今、誰かを責めたいのだろう。誰かにあたりたいのだろう。弱者として強者に八つ当たりしたいのだろう。
なら連夜は、強者としてその弱者に応えるべきなのだろう。
「あー、わかったわかった。今行く」
部屋を出て廊下を進む。一・二歩進めばキセトの私室の扉がある。キセトが引っ越してから一度も誰も入っていない部屋。運びきれなかった本が残されていて、小さな図書館のようになっている部屋。
もう主は戻ってこない部屋。
「この部屋の本、捨てるか。それか龍道だっけ、あいつの息子にやる?」
「キセトさんが帰ってくるかもしれないとは思わないんですか?」
「思わねー」
部屋の前で無意識に止めていた足を再び動かす。階段を下りればすぐに食堂だ。
扉を開けて目の前には晶哉が仁王立ちで待っていた。いつかこんなことがあったと思う。あの時は連夜が質問する側だった。
「うだうだ世間話するつもりはない。なんでキセトを引き止めなかった」
「できなかっただけだっつーの。あいつは自分の意思で不知火を選んだんだよ。でないと自分で攻撃するか?」
「そんなこと聞いてるわけじゃないんだ。お前は知ってるんだろ? 無理矢理でも追えよ! その力があるくせに!」
連夜は知っていて、晶哉も知っているがそれ以外は知らないこと。いや、驚く様子がない蓮も知っていたのかもしれない。ただ、瑠砺花や戦火や茂は知らなかった。
だから驚くしかなかった。純粋に停戦を喜べない真実を知ってしまった。
「不知火でキセトは死刑囚だ! 不知火に連れて帰られたらそのまま殺される! もっと必死になって止めろよ! 糞隊長、お前はキセトの友達なんだろうが!!」
「殺されることなんて本人が一番よく知ってる。それでも不知火を選んだのはキセトだぞ」
「選んだ……? 選んだなんて言えるか? 戦争が起きて『お前が死ねば戦争が終わる』なんて言われて。キセトがその話を断るわけない。選んだんじゃないだろ、選ばされたんだ」
「知るか。戦争は終わる。祝っとけばいい。キセトは幸せだったって言ったし」
「なにを根拠にキセトが幸せだって思ってたって言うんだよ」
「……ま、いっか。コレ。あいつの字だろ?」
会議場で拾ったメモを晶哉に渡してやった。晶哉も連夜と同じように中身を見て、そして裏面の短文を見つける。
「ありがとう……だって……」
「そういうことだ。あいつは幸せだった。死ぬ最後まで幸せだったなんて、本当にいい人生だったんじゃねーの? 最後のほうにはなったけど両親と和解もできて、嫁と息子と一緒に暮らして。あ、そういえば授業参観がどうのこうの言ってなかったけ。それにいけなかったのは悔い残ってるかもなー」
「…………ない」
「はぁ?」
「あいつに『幸せだった』なんて一番言わせちゃいけない!! あいつは知るべきだった! 自分が不幸で苦しい人生送ってて、誰かに利用されることしか経験してないって知るべきだった! あいつのいままでを幸せなんて言わせるなんて! 本当の幸せなんて、あいつはなにも知らない!」
晶哉がメモを捨てて連夜に掴みかかる。連夜はそんな晶哉ではなく投げ捨てられたメモを視線で追った。床に落ちて、瑠砺花が拾う。瑠砺花の瞳には涙がたまっていた。妹を殺した相手のメッセージになにを思ってか、涙を流していた。
「本当の幸せとかオレに言われても。あいつはあいつなりに幸せに生きた。それでいいじゃん。ハッピーエンドだろ?」
「終わらせるか。こんな不幸のまま、終わらせるか!!」
連夜を離した晶哉は、その場に舌打ちだけ残して去った。連夜に当たることさえ無意味だと判断したのだ。
「レー君」
「なんだよ、瑠砺花。瑠莉花の仇が死ぬんだ。喜べばいいじゃん」
「レー君。本気で言ってるのだよ? そうだとしたら怒る。今度こそ間違えない。ちゃんと怒るのだよ」
人の心が理解できないキセトに対して、瑠砺花を代表するナイトギルド隊員たちはなにも言わなかった。理解できないまま過ごせるように曖昧に誤魔化す逃げ道を造ってやっていた。
でもその結果が、この一方的に知らされる死だというのなら。今度こそ何がおかしいのか全員で考えるべきだろう。連夜が同じ道をたどらないように。
「本気では思ってねーよ。だが悲しんでも変わるもんじゃねーし。あいつが死ぬとか実感ねーしな。実感できた時に悲しむさ」
「レー君。なんで追いかけたりはしないのだよ? ショー君の言った通りだよ。レー君は移動魔法とかも使えるはずなのだよ? キー君が納得して幸せだからって、死なせていい理由なんてならないのよ。私だってリーちゃんのこと、ちゃんとキー君の口から聞きたい」
「移動魔法は、使えなかった。病み上がりだからかもしれねーな。オレには追いかける術がねー。追いかけてもドラゴンに追いつけねー。遅すぎた。オレが目覚めるのが遅かった。あの人の言うとおりだ、追いつけなくなってた」
「弱くても懸命に追いかけるぐらいするのだよ! ショー君は追いかけるために今出て行った! ショー君だってドラゴンなんて追いつかないだろうけど、それでも追いかけたのだよ! レー君はなんでそんなふうにすぐ諦めてるのだよ!?」
「あいつの……キセトの望みだって知ってるからだ」
「えっ、キー君の、望み……?」
「『死にたい』はキセトの望みだった。無意味に死ぬことを許せないキセトは価値のある死を望んでた。今回はあいつの死に停戦がかかってる。あいつが望んだ状況なんだ。オレたちにとっては『助ける』でもあいつにとってはただの『邪魔』なんだよ!」
連夜の視界の中でショックを隠せない瑠砺花の顔、その奥にある苦しみから開放されたかのような蓮の顔。傷ついている弱者に連夜は言葉をかけられなかった。昔なら気を遣わず思ったことを言ったはずなのに。触れれば壊れてしまいそうなものに躊躇なく触ったのに。
今はこの脆い相手を壊したくないと思ったのだ。簡単には触れられなかった。だから、多少触れても壊れそうにない少女のほうへ進む。
連夜は瑠砺花を素通りして蓮の前に立つ。全てを明かしていた少女の前に立つ。
「なんか聞いてたのか?」
「先ほどですけれど、電話でキセトさんから直接。停戦条約の詳細と不知火でご自身がどう扱われるかについて」
「ふぅん」
「後、龍道君を頼むと頼まれてしまいました。亜里沙さんについても、後処理を頼むとのことですよ」
「後処理?」
「はい、キセトさんの"生"でかろうじて死んでいない状態になった亜里沙さんは、キセトさんが死んだ後どうなるかわからないから、と。おそらくキセトさんが死んでしまったあと、亜里沙さんも死んでしまうから、後処理という言い方にしたのでしょう。そして父も母も死んでしまう龍道君を頼まれたのでしょう」
「あ、そっか。あの夫婦、そういう関係だったな」
で、なんでお前はそんな嬉しそうなんだよ、蓮。
追加された質問に蓮は笑う。顔に出てましたか、と笑顔で言う。その姿は蓮の後ろで泣き始めた戦火や、そんな戦火を辛そうな表情でなだめる茂や、ショックで動けなくなっている瑠砺花とはかけ離れている。蓮と連夜だけが、この場からかけ離れている。
「ちゃんと悲しいですよ? でもそれ以上に秘密にしなくていいんだ、って思っただけです。連夜さんやキセトさんのことって秘密ばっかりですもん。私は秘密の共有者で皆さんに話してはいけないことばかりでしたけど、今回のことは話してもいいんですね」
「あぁ……、そうか。別に生まれについて公開した今なら何も気にしなくていいのによ」
「そうですね。さっ、停戦後だって忙しいですよ、連夜さん。キセトさんの死が悲しいかわからないなら今は悲しまなければいいんです。今は今を生きましょう。キセトさんや、……松本瑠莉花さんが生きれなかった今を私たちは生きましょう。お二人の分まで。悲しいと思ったときに悲しめば十分ですよ」
瑠莉花の名前を出すことは少し戸惑っていた。ただそれ以外はいつも通りだ。その青みのかかった白髪を揺らして笑っている。
「さっ、生きましょう。この難関ばかりの常識の世界で」
いや、目は笑っていない。
そうだ。彼女は言った。キセトの死が悲しいと。浮いているのは連夜だけなのだ。連夜以外はキセトの死を悼んでいる。
キセトなら気づかなかったことに連夜は気づいた。だから、蓮と同じように笑ってやる。
「無理すんな、蓮。生き急ぐ必要はねーだろ? 公式発表までは時間があるんだ。それまでは悲しめよ。悲しいときに悲しむのがいいんだろ」
「……キセトさんとそういうところが違いますよね」
心を理解できなかったキセトからは逆立ちしても出てこない言葉なのだ。性格的に気遣いなど出来ない連夜と、理解できないから気遣いなど出来ないキセトの差。
いや、ただの個人差か。
連夜が食堂を見渡し、一時期に比べれば減り、また別の一時期に比べれば増えた隊員たちを見る。
最初は連夜とキセトと、鐫だった。蓮と静葉が増えて鐫はギルドに出入りしなくなった。在駆が入り、戦火が入り、瑠砺花が入った。そして鐫の死と引き換えに瑠莉花が入った。キセトが英霊を連れてきて、茂が入り、晶哉が加わった。
そして在駆が去り、静葉が去り、晶哉が行方をくらまし、瑠莉花が死んだ。そして、キセトも。
「悲しいより悔しいが早いか。オレはとことん自己中だな、ホントに」
先ほど会ったキセトを掴まえなかったこと、ここにきて初めて連夜は後悔した。ずっと悔やんでいたはずなのに、初めて本当の意味で後悔した。周りの泣き声を聞いて、初めて。
082です
前回に続いて急展開ですね、読み直しても。
カットにカットを重ねたせいだといわせてください!!!
ちゃんと書けといわれそうですが、これ以上長くしていいんですかね。
連夜君の変化といいたいところなんですが、元の連夜君を描写できてないんです。欠点ばかりでわかりづらいことでしょうが、ここまで呼んでくださった方に感謝いたします。あともう少しです。お付き合い下さい。