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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
化物と心と命編
84/90

079

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください


 呆然と宙を見つめた。心の中ではあの糞皇帝、耳元で叫ぶなよ、とかある個人への文句を言いながら、何もない宙をただ見つめた。


 「はっ! 髪!」


 目覚めて一番にそれか、と誰かに言われそうだが、連夜れんやはそういう男だ。近くにあった鏡の前へ小走りで向かい、鏡と向き合い初めて地味な服装に気づく。地味というより落ち着いているというべきなのか、似合いもしない入院着だ。

 薄い青色の入院着をつまんで鏡の前で確かめる。間違いなく、今の自分の格好であり幻覚ではないらしい。


 「オレの服ー。って、ここどこだ」


 ベッドだけ並ぶ光景や、それこそ自分の格好など見ればわかりそうなものだが、馬鹿な連夜はそれすら想像できないらしい。

 まっいっか。そう呟いて勝手に部屋を出る。バンダナすら手元になく少し落ち着かない。誰か知り合いに会わないものか、と連夜は出口に向かって廊下を進む。

 連夜が幸運なのか、無意識で誰かに会うだろうと勘を働かせていたのだろうか。偶然見舞いに来ていた夏樹なつきが廊下の先に見えた。

 よっ、と手を挙げて挨拶すると、幽霊でも見たかのような顔で夏樹が立ち止まる。連夜の顔をまじまじと見返して、確信ができてから連夜に駆け寄ってきた。


 「連夜! 起きたのか! 痛んだりはしないのか!?」


 「うるせー。冷夏れいか嬢、うるさい」


 「二回もいうな! こっちは心配しているんだ!」


 「はぁ? ん。あ、心配されてんのオレ? そりゃどうも」


 「お前……、死にかけたんだぞ?」


 夏樹の心配をよそに、連夜がうーんと唸る。死にかけたなど自覚はないらしい。

 『僕には馬鹿にしか見えないよ』

 えるの言葉が連夜の脳内で再生され、目の前の夏樹を直視できなかった。連夜にはそんなつもりはない。普段の連夜ならそれだけで自信満々に悪くないと言い張るのだが、鐫に言われるととたんに強く出れなくなる。死後二年が経とうと羅沙らすな鐫という存在は連夜の中では小さくなっていないらしい。


 「あー、オレって馬鹿だしなー。馬鹿に見えても当然かー。馬鹿だもんな」


 「なにを今更言っているんだよ、連夜。お前、起きたのなら自分のギルドのほうに連絡しろ。なにせ今日はギルド全体に通達があってな。いよいよギルド隊員も戦争に強制参加だ。隊長のお前が戻れば少しは安心できるだろうさ。聞くところによると松本まつもとさんがかなり荒れているらしいぞ。妹さんのこともあったからな」


 「ん? んんん? 戦争? いや、そんなことどーでもいいわ。瑠莉花るりかに何があったんだよ。てか瑠砺花るれかがあんたの耳に入るほど荒れるとか。オレの知らないうちに何があったんだかー。てかキセトいるだろ、オレが急いで戻らなくても」


 戦争が始まる前に倒れた連夜にとって初めて聞くことばかりだ。

 戦争なんて物騒な出来事と、連夜としては聞き逃せないナイトギルド隊員の出来事。だが、そんなことはあの優秀な副隊長がいれば何の問題もないはず。

 戦争? あいつがいるんだからすぐ終わるだろ。不知火しらぬいにも羅沙にも被害は少なく済む形で。そんなきれいごとを実際にしてのける奴だろう、あいつは。

 ギルド隊員もキセトを嫌っているわけないと連夜は思っている。ナイトギルド隊員に何が起ころうが最終的にキセトを頼るだろう。キセトは頼られているのに突っぱねられるほど自己が強くない。


 「あぁ、そうか。お前の件は開戦前だったな。お前が寝てしまっている間に不知火と羅沙の全面戦争になったんだよ。きっかけは明津あくつ様が不知火人に襲われたこと。戦争は、まぁ、羅沙が負けているな。不知火人は魔物を操る術を持っているらしい。あと、お前に知らせることがあるとすれば、松本瑠莉花が殺された。今のところ容疑者として焔火ほむらびキセトの名が挙がっている。松本瑠莉花の死後、焔火キセトは行方不明だ」


 「キセトが、瑠莉花を。あー、だからあの人、夢まででしゃばってきて、キセトのこと悪く言ったのか。自由とか言うけど支配欲強い人だからな……。自分の命令逆らったから気分よくないのか」


 羅沙鐫はキセトと連夜に命令して死んだ。

 羅沙鐫を殺した少女を傷つけずに守れ、と。皇帝殺しの少女は、鐫の残した言葉だけでキセトと連夜に守られていた。キセトと連夜は殺したいと思うほど憎んでいたが、鐫の言葉を優先した。

 だが、キセトは破ったのだ。鐫の数少ない命令を、自分の意思で。


 「夢?」


 連夜は一人で納得し、情報屋である夏樹には誤魔化した。

 決して理論で夏樹を警戒したわけではなく、ただ自分の勘に従ったのみだ。死にかけようが、連夜のそいういうところはかわらない。


 「なんでもなーいよっと。確かにそんなことあれば瑠砺花は荒れるわなー。了解了解。じゃオレはナイトギルド戻るな」


 「まてまて。ギルド全体も戦争参加と言っただろう。各隊長は呼び出しがかかっている。お前も起きたばかりだが、こいよ?」


 「あ、行かねーからいいわ。戦争とか勝手にしてろっての。オレ関係ねーし。あれだ、羅沙が滅びるってなら助けてやる。でもそんなことなんねーよ。あれだろ、キセトが行方不明なんだろ? どっかで小細工してるんだって。あいつが滅びる前に助けてくれるさ。のんびり待ってろよ」


 「皇帝陛下からの呼び出しだぞ!」


 「わー、ふーん、へー。だからなんだっていうんだか。がんばれ、冷夏嬢!」


 「お、おい!」


 「冷夏嬢。キセトもいないんじゃ、ナイトギルドは操れないって。オレでも無理無理。指示きかない兵士ほど戦場で怖いもんもねーだろ」


 「それは、そうかもしれないが」


 「それになぁ、冷夏嬢。オレらは羅沙の兵じゃねーんだ。羅沙鐫の民で兵で部下で下僕で、羅沙鐫にだけ忠誠を誓ったんだぜ? キセトは今のお嬢ちゃんお坊ちゃん皇帝に価値を見出したみたいだったけどよ、オレはそうじゃないんだよ。知るかってんだ。どうせ負け戦。覚悟決めてぼこぼこにされとけよ」


 不敬罪どころではない台詞で夏樹を呆然とさせた連夜は、コレで話はお終いっ! と冗談めいた言葉を残して病院を去った。ギルドに向かうその足は自然に速くなる。

 平静を装ってはいたが、松本瑠莉花の死を聞かされて多少の驚きはあった。鐫の件で確かに恨んでいた相手だ。だが、鐫の死後の二年、瑠莉花とギルドの仲間として過ごした時間も連夜の中では無にはできない。それなりの情もあったし、何より松本姉妹とセットで扱うことで自分の憎しみをごまかしていた部分もある。

 連夜の中でかなり薄くなっていた憎しみが、キセトの中では変わらずあったのだろうか。それとも連夜の知らないことが原因となったのだろうか。


 「今更キセトが恨みで動くと思えないんだよな」


 独白して、恨みの線を消した。連夜の勘でしかないが、彼の勘はよく当たる。

 瑠莉花にも、キセトにも、互いに対する恨みなどありはしない。

 瑠莉花は自分の生き方を貫くために。キセトは瑠莉花の思いを言葉として理解したために。キセトが瑠莉花に持っていた誤解が明らかになることなく、交差した刃は一人を殺した。

 事実はそれだけで、連夜も事実を薄々と理解している。ギルドについて一番に食堂に入り、しげるを見つけた。当人ではないので詳しいことは聞けない。いや、キセトが行方不明で瑠莉花が死んだといのなら当人など、ギルドにはいないのだが。


 「おう、お前ら。瑠砺花どこ?」


 「み、峰本みねもとさん!? 松本さんなら上の自室ですけど、そんなことより目覚められたんですね!」


 「茂。ナイトギルドは参戦しない。その手続きよろしく。オレは、瑠砺花引っ張り出してくるからよ」


 「え、参戦しないんですか!? いいんですか、そんなの」


 「いいも悪いも、このギルドの方針はオレが決める。上の命令なんて知るかよ」


 それでは帝国に属するギルドというより、本当にただの独立機関じゃないですか。という茂の言葉は連夜に届かなかった。茂にとっては友である驟雨しゅううの助けを蹴る形となってしまうが、茂もまた、ナイトギルド隊員であることには変わりない。隊長命令には逆らえない。


 「おっはよ、瑠砺花ちゃん。目覚めの挨拶ぐらい顔合わせようぜー」


 上階から聞こえてくる隊長の声と、慌てて扉が開く音。そして女性の泣き声。

 このギルドにいる者たちの悩みは若いが故にだ。血筋で定められたこと、過去に他人の意志で定められたこと。それと現在の自分の差を感じてしまって、ただ立っていることすらできなくなる。

 長年その定められたことと付き合えば、折り合いのつけ方だってわかるのだろう。それでも、定められたことというものが大きすぎて壊れそうになる。そんな時に逃げ場所としてあるのがこのギルドだ。

 今、茂の中にある安堵感というものは、その場所を保つために必要な隊長が帰ってきたからなのだろう。以前と変わらないままで。


 「茂ー、今いるやつだけでいいから食堂に集めろ。顔合わせだ」


 「はい、わかりました。といっても英霊えいれい君が亜里沙ありささんのお家にお邪魔しているぐらいで、落葉おちばさんと戦火せんかはギルドにいますから」


 「頼むなー」


 食堂に降りてきた連夜にはべったりと瑠砺花がくっついていて。まじまじ見るのも戸惑うほど顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。

 瑠砺花はこのギルドと妹に生かされている。支えを一つ失って、もう一つの支えはちゃんと回復した。そう考えると茂には理解できる気がしたのだ。人目を気にせず泣き続けるということも。


 「失礼します、落葉さん。先ほど声が聞こえたと思いますが、峰本さんが帰りました」


 「――そう、ですか。はい、はい。わかりました」


 茂が蓮の私室を訪ねると誰かと電話で話しているらしい。さらに声をかけるのは会話中なので止め、アイコンタクトだけで伝える。蓮はわかりました、とばかりに茂に向かってうなずいていたので伝わっているだろう。

 次に戦火の部屋に向かおうとしたのだが、声が聞こえたからか、戦火自身が扉を開けて廊下に出るところだった。


 「峰本さんが帰ったよ」


 「幻聴ではなかったのですね。瑠砺花さんは立ち直られましたか?」


 「どうだろう。峰本さんに抱き着いて泣いてたけどね」


 「連夜さんのことですから、任せておきましょう」


 「そういえば峰本さんに参戦する意思はないみたい」


 「そう、ですか。そのあたりのお話を聞きたいですわ。食堂にいらっしゃる?」


 「うん、あっしまった」


 落葉さんに食堂集合のことを伝えていない。と、茂が踵を返す。会話中だったので控えめのノックにしておく。それでも中から返事が返ってきた。もう電話は終わったのだろうか。


 「言い忘れてた。峰本さんが食堂に集合だって」


 「わかりました」


 「……家族に電話? でも安心して、峰本さんは参戦するつもりはないってさ」


 「いいえ、家族ではありませんよ。どうして家族だと思ったんですか?」


 先に歩く戦火を追いながら、蓮と茂が並ぶ。女性の私室は上階に当てられているので食堂までは会話をするには短く、黙って歩くには遠い。


 「参戦するって通達があったばかりだから、てっきり家族だと思っちゃっただけだよ」


 「両親は亡くなっています。姉がいますが、私が参戦すると言ったら喜ぶと思いますよ。死んでこい、化物とも言われるでしょう」


 「化物って、大げさな」


 その呼び名は連夜やキセトクラスを指すものであって、蓮や茂や戦火が指される言葉ではないはず。姉に化物と呼ばれるなど、蓮はどんな妹だったのだろう。


 「大げさですね。連夜さんやキセトさんを知っていたら大げさすぎて笑えちゃうぐらいです。でも、普通の人にとって、戦争とは想像するだけで恐ろしく、そこに参戦しなければならないとなれば大の大人でも家族に泣きつくほどです。戦場に喜んで足を突っ込むのは狂っているって言われます。……そうではなくとも、哀歌茂あいかもや貴族は程遠い存在ですし、皇族の方なんて実在するんですか?って言われるぐらい。そして、行き過ぎた特技や才能の持ち主はみんな化物なんですよ。人間にとって同族じゃないんです。姉は確かに私の姉ですが、私と同種ではないんですよ」


 「よ、よく話すね」


 いつもは部屋の隅で黙ってゲームをしている少女。それが落葉れんだ。

 多くの事実を知っているからか、彼女はナイトギルド隊員と話すことすら嫌っているようでもあった。

 そんな彼女は、話しますよ、必要だと思いますから。と冷たく茂に返す。


 「戦争を受け入れて、驟雨様のためにという名目なら参戦も厭わない哀歌茂さんや闘技とうぎさんも、一般人からすれば十分化物ですよ。そして私も。私を化物と呼ぶことが大げさだと感じるその心は、ずいぶんと連夜さんとキセトさんに毒されてます。日常へ戻りたいのなら、皆さんと同じようにこのギルドを離れてください。日常を生きれないものは人の上には立てませんよ。次期哀歌茂組長さん」


 「そうかな? 日常だけを過ごした人も人の上には立てないと思うよ」


 「今が離れる時だと言ったつもりだったんですけどね。お好きにしてください。押し付けはしない主義です」


 階段にさしかかったところで、蓮はスピードを上げて茂たちより先に食堂へ向かっていった。その後姿はいつも通り、ナイトギルド隊員ですら交流を望まない、独りの古株のものだった。


 079です。


 今回は落葉蓮についてお話しましょう。

 ナイトギルド一番の古株にして、連夜とキセトに一番対等に近しい扱いをされていた少女です。連夜とキセトから全て話されていたことは本編で語られました。その全てというものは連夜とキセトの血筋のこともですし、鐫の騎士をしていることも、黒獅子銀狼だったことも、全てです。

 そして全てを知った上で彼女は黙ってました。全て、連夜やキセト同様、他の誰にも話しませんでした。彼女の秘密も、連夜やキセトたちのように話せないものだったからです。なぜ彼女だけ連夜やキセトに秘密を打ち明けられたのか、それを語りたくなかったからです。

 彼女には調薬の才能があります。生まれたときから、それこそ1+1の答えがわかるようにわかりました。その才能を発覚させたのは姉の風邪の症状に対して一つ一つ適切な薬を調合したときでした。

 ですが、他人にはない力をもった彼女に対して怖がる人々もいるわけです。おそらく連夜やキセトが自分に似ていると思ったところはそこなのでしょう。生まれたときから持っていた力にたいして周りが勝手に恐れたり利用しようとしたり。そんなことに振り回されて。そのせいで周りが嫌になる。

 似てると思い、同類だと思ったのかもしれませんね。


 彼女は連夜とキセトに出会い名前も変えました。髪も連夜とキセトと共にいるというストレスで青みのかかった白髪になってしまい、変わったのでしょう。

 迫害されていた、異質な才能持ちから。ちょっと力を持ってしまっただけのか弱い少女に変わったのでしょう。連夜とキセトのおかげで。



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