078
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
目の前に広がるのは銀世界。一面に雪が積もっている光景をそう呼び、美景の一つとして認識されている、
のは羅沙と明日羅だけだ。
「結局、夢で見るのはここなのかよ」
連夜の出身地、北の森の葵ではそんな光景は毎日のことで。むしろ除雪しても除雪してもすぐに積もる雪は邪魔者あつかいだ。
そして、その光景に馴染まない姿も、邪魔者でしかない。例えば連夜のような金髪の者などは。
「誰もいねーのか。俺がここを夢で見るぐらいだから、出てくるなら妹ちゃんぐらいか」
「おや、それは君の妹ではないのに夢に出てきてしまった僕へのあてつけかい? そうだというのなら早々にお暇しようかな」
ザクッザクッと雪を踏む音と、銀世界に馴染まない空色の人物。連夜の視界の端から現れた彼は、連夜の目の前で止まり連夜に向き直った。
連夜が間違えるはずもない、羅沙鐫である。羅沙皇族独特の空色の髪に空色の瞳、そして青一色で統一されている皇帝服。だが、羅沙明津を見た後だとその青色は少し霞んでいるようだった。空独特の青さではなく、水色に近い。
「なんであんたが葵の景色の中に現れるんだよ」
「おやおや、君が僕をここに置いたんだろう。君の夢なんだもの。勝手に呼び出しておいて、なんでなんて聞かないでくれよ」
「似合わねぇな。空は空らしくしてろよ、地面に積もった雪と同化するわけないだろ」
「地面に沈む夕日なら馴染むの?」
鐫の言葉の頭部を指す指。連夜は自分の髪の色をそこでやっと自覚した。染めていた銀ではなく、もともとの色をしていることを、だ。
「ねぇ、馴染まないと駄目なの? 君は羅沙にたくさんの友人を作っていたね。僕だって知っているよ。でもね、僕には馬鹿にしか思えなかったよ。羅沙の色に染まりたがって、羅沙に住まう人々の友人になることで同化しようとしていたようにしか見えなかったよ。でも、それは君たちの自由だから僕は口を出さなかった。約束だったものね、『僕は君たちに自由をあげよう。君たちを支援してあげる。君たちの罪をもみ消してあげる。君たちへの罰を肩代わりしてあげる。ただし、僕の自由を害する場合のみ、僕は君たちの自由を害する』さて、君は周りと同化して、なにを手に入れたの?」
「腹と背中を刺してくれる友人だよ」
連夜が友人だと思っていたのはマスターだけなので、鹿島千陽が指した腹部の傷は入らないかもしれないが。
物騒な友人だというべきところだが、鐫は笑う。鐫が何種類でも持っていた笑顔のうち、純粋に喜ぶ時の笑顔。
「なかなか刺激的な友人ができたんだね。それなら上々」
連夜の目の前で、鐫はクルリと体の向きを変えて前へ進みだす。また、ザクッザクッと雪が踏まれる音がした。鐫は雪が物珍しいのか踏む感触を楽しんでいるようで、たいして進んでいないというのに無駄に雪を踏みつけている。
冷たい風が連夜の後ろから吹き、まるで進めと言っているように強まった。そして前からは鐫が連夜を呼ぶ。手招きして、こっちへおいでと。
「あんたと同じ道を行ったら、オレ死ぬんじゃね?」
「それは僕が死んだからかい? そんなことないさ。安心してついてきなさい」
鐫は享年三十後半の中年だというのに、その外見は若々しい。連夜が最後に見た死体も若々しかった。羅沙の血筋なのか、明津もキセトも鐫も若々しすぎる。いや、キセトはまだ二十四と実際に若いのだが。
いくら若々しいと言ってもそれを自覚していて、そのうえであざとく首をかしげたりしても、中年がかわいくなったりはしない。特にその我侭に振り回されてきた連夜には絶対かわいくは見えない。
「ついていくのはオレの自由だろ。行きたくない」
「ん? それは仕方がないね。じゃ、ここで話をしよう。それも嫌かい?」
「それはいいけどよ。何の話?」
わざわざ踏まれていないところを選んで、雪を踏みつけて鐫が連夜の前に戻ってくる。高身長の連夜は鐫を見下ろす。鐫笑顔の変化を見逃さないように。
鐫は連夜にとって数少ない敬意を抱いた相手だ。久しぶりに会うとそれなりの喜びもある。きっと鐫はそれをわかっていて、喜ばせるような時間をわざと与えていない。夢の中だけの時間にすぎない。別れはすぐにくるからだ。
鐫がそうするなら、連夜はせめてもの反抗心で今見せている表情をもらさず観察するのみである。
「未来の話。僕は言ったね。人間に未来はないけれど、世界にはある。君たちには生きて欲しい。これは僕の望みで、僕が望むことは僕の自由だと」
当時、人間が滅びても君たちは生きられるね、と馬鹿な連夜のための説明まで付けていてくれた。
だが、いつどんな状況だったか思い出せない。鐫から与えられた大量の言葉は、言葉だけが残っていて、それ以外は連夜の記憶から抜け落ちていた。いや、連夜の記憶力でいえば言葉を覚えているだけましなほうか。
「あー、覚えてね。言ってた?」
「言ってた言ってた。訂正させてほしいんだ」
「ご自由に。どうせ覚えてない言葉だし」
よく聞いてね、と前置きするあたり鐫は本物同様だ。しかし忘れてはいけないのは、これはあくまで連夜の夢で、連夜の捏造に過ぎないということである。
「"このままでは""君たち"人間に未来はないけれど、世界にはある。"連夜君"には生きて欲しい」
「……あんたまで、キセトを捨てるのか」
こんな夢を見るということは、連夜は鐫にキセトを見捨てて欲しいのだろうか。
自分に絶対の信頼を置く連夜としては、自分の考えに嫌気がさすこと自体がない。素直にこの感情に戸惑った。
目の前の鐫は、そんな連夜を見て微笑むだけだけれど。
「いやいや、キセト君はね、捨てておいても死なないよ。君たち人間とは違って脆弱じゃないから」
「まるでキセトは人間じゃねーみたいに言う」
「あんな人間いるわけないじゃない。連夜君大馬鹿だね! あんな、心すら他人から譲り受けないといけない人間いるわけないでしょ! あはははは! いいね、いいね! 面白いね!」
「なんだよ、それ……」
連夜はキセトを人間以外の何かと思っているのだろうか。夢の中で鐫に代弁させているのだろうか。
化物並みに強い人間。それ以外に何がある。化物だの人間など、それを争っていたのは強さの話ではないのか。
人間か、化物か。その問いは存在そのものを問われていたのか。
「ひーっ、笑った笑った。さて、連夜君。キセト君は人間じゃない。それが三十八年間賢者の一族として、化物として生きた僕の持論だ。それでも僕はキセト君を僕の民だと思うよ。あの馬鹿さ加減も好き。あの不器用さも好き。そして、あの人間離れしたすべても、人間らしいすべても大好き。連夜君は、キセト君が人間じゃなかったら友人にはしないかい?」
「わからん。突然あいつが人間じゃなくなったのならそうしか言えないだろ。でも、今までずっと人間じゃないってなら、何もかわんねーよ。いちいち相手が人間だから友達とか言ってるわけじゃねーんだし。オレの知るキセトがオレの友人じゃねーか。オレが友情を感じたのは今のキセトだ! かわんねーよ、……たぶん」
「ふむ。自分大好きの君に、君の意見を聞いているのにたぶんなんて言葉が出てくるとは。本当にわからないんだね。いいと思うよ。迷いもまた、人間の特性だと思うね。でも連夜君、僕の考えで行くとキセト君は人間じゃない。君が迷っている間にキセト君は進んでしまう。迷わずに即決だよ。差をこれ以上つけられちゃうと、追いつけないね」
「はぁ?」
追いつけないとはいうが、連夜がキセトに追いつく必要なんてない。連夜は連夜で、キセトはキセトだ。
だがこの夢に出てきている鐫が追いつくなんて単語を使った理由は連夜もなんとなく理解していた。連夜は自分を信頼している。その自分がキセトより劣っているというニュアンスで話されてそうですねというわけがないのだ。
この鐫は連夜にキセトと共にいさせたいのだろう。
「起きろって言っている。さぁ、僕の自由を行使しよう! 僕は君に起きて欲しい。君の意見は聞かないよ、これは僕の自由なんだもの」
「……あんたに応えたいけどよ。起きるってどうすればいいんだよ」
「あはは、簡単。君は現実世界で、実際、過去にこの光景とおさらばする決意を見える形でしたね。なんだった?」
「この光景」
辺りに広がる銀世界。葵という国。銀狼という自分の立場。
それらと区切りをつけた時?
連夜が自分の髪に触れる。毛先にかけて癖が強くでていてねじれている髪。金色の髪。瞳と同じ色の腰ほどまで伸ばしていた髪。バンダナがないせいで前髪が垂れ下がっている。周りを気にしていなかったはずの銀狼時代、なぜか銀色に染めた髪。
「君が何を描いているかすぐにわかって楽しいね。金でも銀でも美しい髪だ。ただうっとうしいから切ったほうがいいと言ったのは僕だったね」
先ほどまで金だった髪は銀に変わっていた。服装も、一般の葵人が着ていそうな防寒着から銀狼の制服に変わっている。
銀狼時代、浮きに浮いた存在だった連夜が、唯一周りと馴染もうとした努力が髪の色だった。結局、その強さのせいで馴染むに馴染めなかったが。
「なんで切ったほうがいいなんて言ったんだよ。髪長いの、綺麗だって褒めてくれるならそれでいいじゃん」
「えー、僕の個人的な感情かなー。僕ね、髪伸ばそうとしたことあるんだけど、大臣たちに『女々しい』って断られて、寝てる間に切られたことあるのね。だからねたんじゃった。ゴメンネ?」
いや、だから。あんたみたいなおっさんにかわいいポーズで謝られてもなんの付加価値もないんだって。
とまでは流石の連夜も強く出れず、鸚鵡返しのような言葉を返すしかない。
「個人的な理由じゃん」
「うん、個人的なことだった。でも、次の日には君が髪を切ってきて、僕は嬉しかったよ。こんな僕の意見でも聞いてくれる子がいるってね」
「……で、起きるには切ればいいと。別に構わないけどよ」
「僕に切らせてよ! テクノカットだよ!」
「あんたそんなこと言って、キセトの耳切ったことあるの忘れたのかよ」
「そんなこともあったカナ」
「覚えてる顔だ! 自分でやります!」
とぼけ顔から、笑顔に瞬時に切り替えた鐫は目の前に舞う髪を手で掴んだ。
連夜からすれば髪など捨ててしまえばいいのに、と思うのだが。現実世界でも鐫は連夜の髪を欲しいなどと言ったのだ。
「捨てろよ、髪なんて」
「ん、そうだね。綺麗なものじゃないかもしれないね」
「じゃなんで」
「こうやって、君がいとも簡単に捨てるものが羨ましいから。死人が何言ってるんだって話だろうけどね。あっ、服装も変わったよ! 赤と緑の目に痛い組み合わせ!」
「これはそいういうおしゃれだよ!」
連夜のいつもの服装。原色の赤の高襟の上着に、原色の緑のV字インナー。そして染み一つない真っ白のズボン。最後には赤と緑のラインが入ったバンダナ。
羅沙の峰本連夜の服装といえばコレしかない。
「起きないじゃん!」
「ん、仕上げがあるからね」
「仕上げ?」
鐫が笑った。いままでだってずっと笑顔だったが、何かをたくらむような顔ではなく、純粋な笑顔だった。
連夜の耳をつまんで引っ張り、自分の口の高さまで持ってくると、
「起きろ!!」
大声で、命令した。
夢の中での連夜と鐫の再会のシーンが078となりました
個人的に映像として思い浮かべながら読んで欲しい部分です。
連夜にとって髪の変化はその時の環境の変化が関わってきます。
幼少期、地毛のまま、金のまま男の子らしく短く切っていた髪。おそらく頭領の息子として英才教育を受け、剣術で邪魔になるからと短くしていたのでしょうね。ですが、あっというまに師匠を抜き、努力家を抜き、天才を抜き、連夜は孤独な人間になってしまいました。「葵縺夜」は孤独な少年だったんですよ。自分と対等な存在がいないんです。力では生まれたときから勝っていて、地位としても世襲制の国で頭領の息子というものがありました。
連夜にとって周りは、弱くて、下等。それが当然で、そうして育てられました。葵の大切な大切な戦力として。
真面目にやってもサボっても最強だったら連夜は髪を伸ばし始めます。母に似た金髪の癖毛を。葵に反発するためだけに。ですが父親も母親も嫌っている連夜からすれば銀だろうと金だろうと嫌いなんです。きっと連夜は紺色や黒色や茶色にしたかったんじゃないですかね。結局人生で一度もしませんでしたけれど。
髪は長くなりました。金色の髪はいつの間にか避けられるようになっていて。連夜もそれを愉快に思ってました。誰も近寄ってこないのなら誰も比べなくて済むからです。孤立していることを感じなくて済み、自分の格違いの強さを目にしなくて済むから。
ですが銀狼に選ばれたとき、どうしても人の中にいないと駄目でした。混じらないと駄目でした。金色の髪だけは許されませんでした。連夜が銀の髪になって。銀狼として葵に貢献するたびにもやもやする何かを感じて。
そんな苛々していたときに黒獅子としてキセトと出会いました。人間で初めて連夜と対等かそれ以上の力を持った同世代の同性。全力でぶつかって、全力で己を守る戦い。それが楽しくて、連夜はそこから国がどうとか、髪のいろがどうとか気にしなくなったんですね。
羅沙へ来て。連夜より弱いのに連夜には勝てない相手にであって。強さ以外の要因を知って。鐫に従うようになって。髪の色は周りに秘密にするためにも銀のままで。このまま紺に染めてもよかったんだけど、キセトは黒のままだし連夜もそのままにしようと思ったんでしょうね。
ただ服装はがらりと変えました。原色の赤と緑の組み合わせは連夜のある知り合いをまねたものなんですよね。哀歌茂でも貴族でもない人が緑か赤を身につけるのは珍しいことなのですが、連夜としては「関係ねー」なのかもしれません。
長い髪は鐫に言われて切りました。こだわりがあって伸ばしていたものではないので案外あっさり切ったのでしょう。
後ろだけ切って前髪はそのままだったので鬱陶しくなり、バンダナであげたんでしょうね。だから連夜は今も後ろは短くて前髪は長いんですよ。
この鐫は連夜の妄想なんでしょうかね。連夜はそう思ってるみたいですけど。