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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
数が減ったナイトギルドは活気溢れる雰囲気とは言いがたい。いや、沈みかえっているというべきだ。
隊長、峰本連夜、入院中。副隊長焔火キセト、行方不明、松本瑠莉花殺害容疑。落葉蓮、残留。時津静葉、明日羅へ帰国。炎楼在駆、不知火へ帰国。闘技戦火、残留。松本瑠砺花、残留。松本瑠莉花、死亡。西野英霊、残留。哀歌茂茂、残留。篠塚晶哉、行方不明。
つまり、ナイトギルドに残っているのは十一人中五人。半分以下になっている。特に隊長と副隊長が両方、指揮できない状態であるということが痛かった。そして残った最年長者が瑠砺花であるということも。
「瑠砺花さん。指示、してください」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!! 近寄んないでよ! 誰もこないで! 私に構っていいのはリーちゃんだけ! リーちゃんを返して、返してぇぇ!」
声の後に何かが壁に当たる音。瑠莉花が死んでから瑠砺花は自室から出てこなくなった。連夜の見舞いすら行かなくなった。引きこもって閉じこもって、戻ってしまっていた。
茂は知らないが戦火は知っている。入隊したばかりのころの瑠砺花は、常にヒステリーを起こして、常に誰かのサポートを必要とした。そして、そのサポート役は瑠莉花が率先してこなしていた。
瑠砺花が変わったきっかけは連夜で、それを支えたのは瑠莉花。二人を失った瑠砺花はそのショックで戻ってしまったのだと、戦火は思う。
「茂、食堂に行きましょう」
「う、うん。瑠砺花さん、いつでも降りてきてください。待ってますから」
二年も昔に、この閉じた扉をこじ開けたのは連夜だった。
『弱いままでいいんだよ! なに弱いくせにいじけてんだ! 弱いままで強いオレに守られてろってんだ! 引きこもってる奴を守ってやるほど優しくはねーぞ!』
連夜ほどの強者に守られているという安堵感が瑠砺花を変えた。そして一緒に妹も変わってくれたという安堵感がその変化を安定させた。
今、同じ言葉を戦火が言っても意味はない。戦火には瑠砺花を守れるほどの強さはなく、一緒に変わってあげることもできない。戦火は瑠砺花が立ち直るのを待っている他ない。なら、現状で自分がしなくてはならないことをしたほうがいい。
「茂、驟雨様からの頼みごとはどうしました?」
「家には伝えた。それに今日も手伝いに行く。でもギルドの仕事、全然回ってないんでしょ。書類整理だけでも手伝っていくよ」
「仕事も帝都外のものが多くて、他のギルドのヘルプしかしていません。書類も複雑なものはありませんから、すぐにご実家のほうへお手伝いに行かれてもかまいませんのよ」
「そうなんだけど、なんか不安だからさ。戦争だからとかじゃなくて、峰本さんとキセトさんが一緒にいないってこととか、なんか、このギルドに峰本さんもキセトさんもいないこととかが不安なんだよ」
「……そうですわね。ここはお二人が作り出した場所ですもの。お二人がいなければ崩れて散ってしまうものかもしれませんわ」
正確には羅沙鐫が連夜とキセトに与えた場所なのだが、茂と戦火はそんなこと知らない。ただ、ナイトギルドという場所には連夜とキセトがいるものだと思い込んでいるだけだ。
他者を受け入れることがあろうとも、ここにいる者がどこかへ行ってしまうことは、今までのナイトギルドでは考えられないことで。簡潔に言えば、残った全員が混乱していた。
「こんにちはー。英霊君迎えに来たよー?」
「あら、亜里沙さん。お疲れ様です」
「いいのいいの。どうせ龍道だって一緒に遊ぶんだし。龍道は元気すぎるから、英霊君と一緒ぐらいで丁度いいわー」
そのためか、「不変」であった亜里沙の訪問を残った隊員たちは歓迎していた。
キセトで繋がっていた人だというのにキセトがいなくなってもギルドへ来る。それだけではなく、戦火たちは接し方がわからずに放置するような形になっていた英霊の世話まで買って出てくれたのである。
比較的に英霊に懐かれている茂と同い年の子供を持つ亜里沙によって、英霊の精神状態は安定していた。全員が戸惑っている状態だったために対処できなかったが、対人恐怖症の幼い子供にとって、突然慕っていたキセトが行方不明になって不安だったはずだ。
「あの、横からすいません。キセトさんから連絡……なんて来てませんか?」
茂と亜里沙の世間話に、戦火は単刀直入に割り込んだ。
キセトなら、ギルドに連絡していなくても亜里沙になら連絡するかもしれないからだ。キセトの中でギルドの優先順位が低いことぐらい、戦火たちも理解している。
「来てないけど? 必要かしら。キセトはキセトの意志があるものだし、無くても自分がしたいようにしてるわよ。なんだかんだいっても、キセトって頑固だししたいことしかしてないの」
「でも、瑠莉花の……件とか」
英霊と龍道の前だったために、茂が直接的な表現を避けた。
だが言いたいことは亜里沙もわかっている。そうね、と少し考え込むようなポーズをとって、やっぱり必要ないと思うわよ、と自分の意思を強めた。
「瑠莉花ちゃんのことは何の言い訳もできないけれど、だからといって私がキセトの代弁をできるほど知ってるわけでもない。キセトがどんな考えで瑠莉花ちゃんを殺したのかなんて私も知らないものね」
茂が避けた表現をわざと選んで、亜里沙は笑った。
「きっと瑠莉花ちゃんはね、死ぬつもりだった。キセトは死ぬつもりもない人を殺せるほど度胸はないわ。死ぬつもりの人が近づいてきたらお望み通り殺してあげた。それぐらいよ、キセトの思いなんて。」
それだけは言えるわよ、と重ねて笑う。キセトが「殺してあげた」などと図々しい考え方はしていないだろうが、心の奥でそう考えているだろう。亜里沙には手に取るようにわかった。
「必死に生きる人の邪魔をするような人じゃないわ。でも、彼も必死に生きる一人だから、時々間違ってしまうだけ。その間違いを許すか許さないかは、自由でしょ。私は許すのよ。今回のことだってね、私は許す。あなたたちは無理に許さなくていいじゃない。特に瑠砺花ちゃんは絶対に許さないべきよ。そこは私とあなたたちの差」
「俺も許すー! 父ちゃん悪者にしたくなーい」
「ぼ、ぼくは……わかんないけど、パパと一緒にいたい!」
「と、子供たちもそれぞれだしね。それにキセトのことなんて戦争が終わってからにしたら? 帝都はまだ平穏かもしれないけど、ケインの港町は占領されたみたいね。蓮ちゃんの故郷でしょ? 蓮ちゃんは平気そうなの?」
「あら? そういえば茂、今日は朝から落葉さんを見ていませんわ」
「戦火も? ぼくもだよ」
「うふふ。去っていった人を想うのは自由だけど、今ここにいる人のことも大切にね、若者さんたち」
まだ二十代前半の彼女からそんなことを言われて唖然とする二人を置いて、亜里沙はギルドを出た。後ろには龍道と龍道に引っ張られて英霊がついてきている。
「英霊君。おうちおいで? 今日はいいこと起きるわ、きっと」
「いいこと……?」
「えぇ。私は茂君たちに嘘はついてないけどね、言ってないことがあるの。こんなところキセトに似ちゃったかなー。キセトから連絡なんてなくてもね、私はキセトがやることぐらいわかるわ。英霊君、今日の夜ぐらいにはキセトも一度家に帰ってくるはずよ。ギルドには行かないだろうけれど」
ギルドにはよらず、最悪の知らせを持って。
「バーカ……」
子供たちには聞こえないように亜里沙は呟いた。いや、キセト譲りの聴力を持っている龍道には聞こえたかもしれないけれど。吐き出さなければやってられない。
会わなくてもわかるけれど、受け入れていると思われるのは心外だ。キセトの幸せを願う亜里沙が受け入れるはずないのに。
「ごめん」
亜里沙の予想通り現れたキセトは、亜里沙の予想通りの知らせを持ってきた。
謝罪に難色を示した亜里沙に、キセトはそっと近づく。夜遅くに戻ったせいでお泊りした英霊も龍道も眠っている。起こすつもりなどないのだから、キセトの声は亜里沙にだけ届けばいいのだ。耳元で囁いて知らせればいい。
「でもこれで戦争は終わる」
「私がそれで喜ぶと思うの? 二つの国を救ったら、貴方がどうなっても喜ぶと思うの? 本気でそう思って報告してるなら、心外だって言ってるのよ」
キセトの視線は亜里沙を避けるのに、亜里沙の視線はキセトを追う。
ばっちりと視線があって、イタズラに失敗したな、とキセトは微笑んだ。
「亜里沙なら受け入れてくれるだろう。巻き込むから、巻き込まれてくれ。運命を共にしよう。俺は覚悟した。傷つける覚悟だ」
「あら、そういうこと。いいわ。わかった。それなら受け入れる。あらあら、言うようになったのね、キセト。ちょっと惚れ直したわ」
「ちょっと?」
「安心してよ、惚れ直さなくなって私はキセトの全てを愛してるわ」
「……ならいい」
かなりの至近距離で惚れ直しただの愛しただの言うのは恥ずかしいが、キセトは満足していた。すぐ近くにある亜里沙の体を抱きしめて、その温かさを感じる。
亜里沙が死人であることはキセトだって理解している。むしろ、「死体」になった亜里沙を抱きしめた唯一の存在だ。あの時の冷たさは忘れられないし、あの時の姿はキセトのトラウマとして脳裏に刻まれている。
「キセト、冷たいわ」
「俺は温かい」
「そりゃそうでしょう。もう、子供みたいなんだから」
だからこそ、この温かさを覚えておきたいとキセトは思うのだ。
「キセト。予想してたの。貴方が言い出すこと。私の予想通りだったわけだけど、貴方はそれでいいの?」
「いいよ。戦争を止めたら、多くの人が喜ぶだろう」
「そうね。そうだわ。喜ぶでしょう、多くの人。私はそこには入らないけれど。でも貴方は巻き込んでくれるらしいからね。だからそこは喜んであげるわ」
「……うん。亜里沙が喜んでくれたら、それでいい」
亜里沙が喜んでくれるなら、それはキセトの中ですべて肯定されたも同然だ。
キセトの決心が揺るがないものに成ったのを亜里沙も感じたのだろう。でもね、と亜里沙が言い出した。
「言っとくけど、私は喜んでもね。キセトのご両親は喜ばないわよ」
「それは、悲しいけど。龍道だって満足はしてくれないだろうけれど」
「決めたのね。わかったわよ。何も言わないでおきましょう。キセトは意地になったらてこでも動かないんだから」
「ありがとう」
決心が固まってから何を言っても手遅れか。
亜里沙にすら変えられないのなら誰にも変えられない。亜里沙はキセトを抱き返して、その冷たさを感じることにした。
この、最後の機会に。
あとがきは後々書きます