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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
日々というもの
8/90

004

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 人気の少ない道を太陽が昇りきる前に英霊えいれいと並んで歩く。

 俺の一日の中で一番安らかな一時だ。断言できる。なぜならここには連夜れんや松本まつもと姉妹も静葉しずはもいない。騒がしい奴等が一人もいないのだ。

 そしてこの散歩、実は英霊の一つのリハビリでもある。

 英霊は対人恐怖症により六歳にしても小学校へ通っていない。学力等、ギルドで補えることはギルドでも補っているものの、学校という特別な場所だけで学べることもあるだろう。それらのことを学ぶために、散歩の帰りには地元の小学校に寄って特別支援教育を施してくれている教室へ少しだけ行っている。昼過ぎぐらいまでそこで過ごし、昼を過ぎれば再び英霊は俺と共にナイトギルドへ帰るのだ。

 そうすることで対人恐怖症のリハビリと学校に通うということに対する気持ちを高めていることを兼ねさせている。

 そのうちに俺がいなくても学校で過ごせるようになればいい、というのが最終目標である。もちろんその先のことも。小学校を卒業する歳になるころには周りの子と変わりない生活を送らせてやりたいものだ。

 そう偉そうに語る俺に、小学校や中学校という「学校」の経験はない。その経験は、その時期その場所でしかできない特別なもので、俺にはもう取り戻せないものとなる。この悲しさだけは、英霊には味わって欲しくなかった。そういう個人の考えも含め、英霊の手を引っ張って学校へ連れて行っている。本人が強く拒否しないかぎりは続けるだろう。


 「キセトさん、今日もがっこーいくの?」


 「行くの?って、行きたくないのか?」


 「みんなが、最後まで学校にいないのは変だっていうの。最後まで居なきゃいけないのにって」


 「皆は学校に最後までいるかもしれないけれど、英霊が皆と同じである必要はないだろう?」


 「同じじゃないと、変なんだよって……」


 「いいんだ。同じじゃないことは変なことじゃない。変だって言われても気にしなくて言い。どうしても行きたくないなら、俺も無理に行こうとは言わない。……どうする?行くか?行かないのか?」


 「行きます……」


 とてもつらい決断でも下すかのように、英霊の唇は固く結ばれていた。この歳で周りと違うことは予想以上につらいのかもしれない。自分も経験がないことを、無理に進めている申し訳なさも混じってくる。

 それにしても、昨日までは楽しそうに学校へ行っていたのに急にどうしたのだろうか。何かいやなことでもあったのだろうか。


 「キセトさん?」


 「少し考えてみた。俺は学校というものに通ったことはない。英霊が学校に行かなかったら、俺も行けない。俺は嫌いではないよ、学校へ行くこと。もし英霊が学校に行き続けてくれるのなら、俺は英霊と一緒に学校ってものを知れる気がする」


 「がっこー……」


 「たっぷり遊んで、たっぷり学校を体験して、それをたっぷり俺に教えてくれ。英霊の経験が俺の知識になる。俺の分も遊んできて欲しい。つらいこともあるかもしれないけど、遊ぶのは楽しいんだろう?」


 「遊ぶのは楽しい、です!遊んで、キセトさんに教えてあげる!」


 にっこりと笑う英霊は可愛いというか微笑ましい。見ていてなんだかホッとする。

 実際に、遊んでいる英霊を見ているだけでもそれなりに楽しい。自分が六歳だった頃と比べると、考えられない楽しさを英霊には存分に楽しんで欲しい。だが対人恐怖症というものは他人と遊ぶという点において大きな壁でもある。その点だけが心配なのだ。


 「ではよろしくお願いします」


 特別教室の先生に深々と頭を下げる。

 英霊一人にも手を焼いている俺にとって、複数の子どもを手なずけるこの先生は偉大だ。一生頭など上がりそうにもない。


 「わかりました。英霊くーん。今日も皆と遊ぼうねー」


 「キセトさん……」


 「後ろにいるから。何かあったら呼ぶといい」


 初めこそ不安そうにこちらを振り返っているが、暫くたつと楽しさで俺のことなんて忘れているかのように遊んでいる。鶴が折れただの竹馬を教えてもらっただの報告を帰り道で聞くことぐらいしか後はできないが、それが楽しみでもあるので悪い気はしない。


 「キセトさん」


 「ん?なんだ?」


 英霊が俺を振り返らないようになってかなり経ってから。時計を見るとすでに昼になろうとしている。


 「お弁当忘れました」


 「あぁ、そうだな……。俺も忘れていた」


 「じゃ今日は英霊君は午前中に帰ろうか」


 見るからにしょんぼりする英霊を見て、学校の先生が助け舟を出してくれる。特別教育というのはこういうあたりが自由が利いて助かる。


 「すみません。すっかり忘れていました。朝はごたごたしていたものですから。ご迷惑でしたら今からでも何か買ってきますよ?」


 「いえ、はっきり言うと助かりました。今日、私は午後から空けるんですよ。代わりの先生も見つけられませんし他の子は何とかお母さんに都合つけてもらえたのですが、英霊君はどうしようと思っていたところです」


 「そうでしたか。ご迷惑でなければ幸いです」


 午前中だけだとするとすでに帰らなければならない時間は迫っている。俺は英霊を手招きし、盛り上がっている分言い出しにくいことを必死に伝えた。


 「英霊。着たばかりだが帰ろう。今日はギルドで遊べばいい。茂は午後からテストに行くと言っていたから、いないだろうが他の奴等ならいるはずだ。アーク辺りに遊んでもらえばいいだろう」


 英霊ではなく、英霊と一緒に遊んでいた子どもたちからブーイングが飛ぶ。もっと遊びたいなど言ってもらえて嬉しい気持ちもあるのだが、今帰らなければ人通りが多い時間になってしまう。英霊の対人恐怖症を考えると、あまり人が多い時間には帰りたくないのだ。


 「えんろーさん?えんろーさんは怖い。目がつーんってしていて怖いです」


 「つーんって。確かに釣り目だが中身は優しい人だよ」


 「……優しいのですか。ぼくにはわかりませんでした」


 「とりあえず帰ろう。な?英霊。今日はずっと一緒にいてやれるから」


 「分かりました。ごめんね、今日はもう帰るね」


 後半は一緒にいた子どもたちへの言葉。こうやって一言二言話すだけでも、英霊にとっては難題だったはずなのに。特別教室へ通う成果なのだろうか。

 そして今日は英霊がやけに素直だ。英霊は元々素直な子だがやはり六歳児。我侭を言い出すとまったく譲らない。その辺りとても可愛らしいのだが、今日は様子が違う。素直。素直すぎる。


 「今日はずいぶんすんなり帰るな。ギルドに帰りたい理由でもあるのか?」


 「哀歌茂さんが帰ってきたら一緒に釣りに行ってくれるといいました!」


 釣り?茂が帰ってくるのは四時ぐらい。その時間から釣りに出かけるというのは考えにくい。後日改めて行くと行ったのを英霊が勘違いしていないだろうか……?どうやら今日はしょんぼりしている英霊を見る日になりそうだ。


 「茂が疲れていたら無理言わないようにな」


 俺にできるのはこれぐらいか。あとは茂に頑張ってもらうしかない。

 まだ英霊の目が輝いているので、俺がしたことなど無意味にも等しいだろう。もしかしたら疲れた様子の茂と意気揚々に英霊が出かけていくのを見送ることになるのだろうか。


 「キセトさん、人が…」


 英霊が俺の足にしがみつく。昼時ということもあって通りには人があふれている。少し学校を出るのが遅かったようだ。足にしがみついた英霊を抱き上げて道を歩く。英霊の頭を優しくなでながら早足でギルドに急いだ。


 「あの、林檎……」


 「林檎?あぁ……林檎ね」


 英霊が指差す先にはある林檎屋がある。林檎屋という名前ではないし、売っているものは林檎だけではないのだが、ここの林檎が別格なのでそう呼ばれるようになったらしい。

 その林檎屋の主は英霊も俺も馴染みがある知り合いのため、英霊もあそこなら症状が少しは治まるだろうか。俺はさらにスピードを上げて林檎屋に駆け込むように入る。店を見渡すと驚いたように目を丸くしている相木あいきさんが一番に視界に入り込んできた。


 「英霊が、林檎がほしいといいまして」


 「あ、あぁ林檎ね。でもこんな時間にその子連れて歩いているなんて珍しいね」


 「今日は学校が午前中で終わったんですよ。先生方の事情で」


 「そうかいそうかい。昼はこのあたり、人多いよ。その子にはきついだろうね。大丈夫だったかい?西野にしの君」


 相木さんは、英霊の対人恐怖症の特例でもあるので、遠慮なく頭をなでに近寄れる。英霊も特に怖がった様子など見せず、そのあたりの子どもと同じように、目を輝かせて答えていた。


 「キセトさんがいるから平気です。それに今日は哀歌茂さんと釣りに行くんですよ!」


 「今日って茂君、学校はどうするの?」


 大人なら当たり前の質問に英霊はきょとんとしている。

 英霊は学校というものを特別教育支援の教室でしか知らないので、自由が効く場所だと認識しているに違いない。英霊の期待とそれがショックに変わる未来を相木さんも予想できたらしく、俺に残念だという気持ちが篭った視線を送ってきた。

 そんな視線を送られても俺にはどうもできませんよ。


 「今から行ってきたら?きっと茂君が帰ってくるころには暗くて危ないものね。茂君とはまたお休みの日に行きなさいな。今日は焔火ほむらび君と行っておいで。そのほうがきっと楽しめるよ」


 そんなふうに俺に念を送りながら言わないでください。断れる訳ないでしょう……。


 「キセトさんは、疲れてるの。だからいいの。またお休みの日にする」


 なぜだろう。そういわれるとあまり行きたくなかった釣りに俺から誘う気になってしまうだろうが。

 むしろここは誘うのが大人の余裕なのでは?ここで誘わないのはこの歳の子供に甘えるということになるはずだ。それでいいのだろうか、俺は。


 「茂と一緒に行く日には俺も一緒に行こう」


 結局これが限界だ。今からは予定的に行けない。ギルドに帰って始末書組に始末書の完成を催促しなければならない。普通ならそんなことで断らないのだが、あいつらは誰かが催促しなければサボるに決まっている。だから今日ばかりは無理だ。言い訳じゃないはずだ。無理、だよな。


 「楽しみにしてますね」


 純粋攻撃が……。キラキラした視線が……。俺には堪えられない。


 「そろそろ帰りな。ほら林檎はあげよう」


 相木さんの助け舟にそのまま乗っかって林檎を受け取った英霊を抱き上げる。一礼だけして俺は店を出た。


 「よかったな。林檎もらえて」


 「はい。よかったです」


 嬉しそうで何よりだ。コレで釣りの件を忘れてくれていたらもっといい。

 次の休みには仕事をできる限り詰め込んである。普段、英霊の学校に付き合ってできない分を、休日につめる癖を何とかしたほうがいいのだろうか。


 「やぁ。今日は先生が午後から会議で早い帰りなんだろ?焔火君。帰り道に相木仁美ひとみが経営する林檎屋でも行ってきたのかい?遅い帰りじゃないか」


 「夏樹なつきさん?どうしたんですか?こんなところで」


 ギルド街の出入り口には門がある。遮蔽的にしないために昼は開けっ放しだが、ギルド営業時間が過ぎると閉められる。今はまだ空いている門の柱に夏樹さんがもたれて立っていた。


 「もしかして連夜がなにか粗相でも?」


 「いや、全くそんなことはない。むしろ楽しい物を見させてもらった」


 「なら――


 どうしたんですか、と聞く前にぴしゃりと相手の声が響く。


 「西野君をギルドへ帰してからフィーバーギルドへ来るように。子供の前でするような話じゃないからな」


 「それほど話しにくいことですか?」


 「君の、不知火しらぬいでの話だよ。聞かせてもいいというのならこの場で始めることにしようか」


 「……」


 驚きのせいで思わず英霊を抱く手に力が入ってしまった。英霊の顔が痛みに歪む。英霊の苦しそうな顔だって見えていたのに、それでも力を抜くことができなかった。


 「中々の反応だ。身に覚えがあるということだろう?西野君を置いてすぐ来い。いいな」


 「…わかりました」


 なぜ夏樹さんが知っているのだろう。いや、彼女は情報屋なのだから調べれば分かることか。

 ナイトギルド本部に急いで向かいながらモヤモヤとした感情から必死に逃げた。

 英霊と一緒にいる今、不知火にいた頃のことを考えている表情にはなりたくない。俺自身ですら触れたくない物のことを考えている表情など、子供に見せるものじゃない。相当、見て心地よくない顔をしているに決まっている。


 「れん、英霊を頼む。少し出かけてくる」


 「えっ?どちらにですか?連夜さんからの伝言など預かっているんですけれど…」


 連夜からの伝言…。どうせ大したことじゃないだろう。

 そういえば連夜には朝の件で説教でもしようと考えていたというのに今はそんな気分とは逆とも言える。連夜や蓮、静葉たちとできるだけ接点を持たず、すぐに休みたい気分だ。


 「キセトさん?顔色悪いですよ?本当に大丈夫ですか?」


 「心配するな。少し疲れただけだ。明日までには帰る」


 カウンター当番をしていたアークは無言で英霊を受け取る。蓮は最後まで心配そうに俺のほうを見ていた。

  だがまさか過去のことを聞かれるから嫌だとは言えない。静葉たちにすら俺は不知火で自分がどういう存在だったのか話せていない。静葉たちも俺に過去のことを聞いてくることはない。

 簡単に話せないことなのだと悟ってくれているのか、その類の話は避けているぐらいだ。

 ギルドを出てすぐのところに夏樹さんは立っていた。にっこりと笑っていて、顔に逃がしはしないと書かれている。逃げる気などない俺は、夏樹さんのほうへゆっくりと歩み寄った。


 「やぁ実は後をゆっくり歩いてきたんだよ。歩きながらにでもしよう。少しは気がまぎれるだろう?」


 「……ギルドを出てきたところすぐにいた貴女を見て、一瞬逃げ出したいと思いました」


 「君は素直だね。連夜は昼間、顔で逃げ出したいと言っておきながら口では思ってもいない言葉を吐いていたよ」


 「俺とあいつは似ていませんから」


 俺には連夜のように口で厄介ごとを避けることはできない。

 連夜には俺のように態度で真剣さを伝えることはできない。

 似ていない。連夜と俺は。


 「似ているとは思うよ。どちらも意外と子供っぽいところとかね」


 「個人の独特な特徴を言葉で表す限り重なることが在ります」


 「そうだね。人間が言葉にできるものなど少ないという証明だ。だが人間はその数少ない言葉で交流を持つ。ニュアンスや状況などによる多くの意味を読み取ることが必要になる」


 俺の言葉に同意して、夏樹さんがゆっくりと歩き出した。

 少しだけ夏樹さんが振り返り、ついておいで、と小さい言葉を俺に送ってくる。俺は言い返す言葉など持たず、黙ってそのまま夏樹さんの二・三歩後ろをついて歩いた。


 「昼間だというのにギルド街は人の出入りが少ないね。こういう秘密の話をするには打って付だと思わないか?」


 「俺の……不知火にいた頃の話、ですよね?」


 「そう急ぐな。正確には『峰本みねもと連夜と焔火キセトが北の森にいた頃の話』だ。帝国軍からの公式的な依頼でね。依頼を受けたのは二年前。丁度前皇帝陛下がお亡くなりになった頃だ。君たちはなぜか前皇帝陛下に気に入られていたからね。前皇帝陛下は君たちの過去を探ることを禁止していた。これは知ってるか?」


 「はい。える様に俺たちが頼んだことです」


 「今の皇帝陛下になってから手のひら返したように帝国軍は君たちの存在を否定しようとしている。もし君たちが鐫様が崩御なさった二年前に、羅沙帝国民からの信頼を得ていなければ追い出されていただろう」


 「それも知っています。軍には知り合いがいますので」


 「不思議だね。敵国生まれである君たちのほうが、この国で生まれたおれよりも皇帝や軍人と関係を持っている。でも調べてみたらもっと不思議だった。特に羅沙生まれであるおれにとって、君が、な」


 夏樹さんがどこまで分かっているか。それも分からない状態で余計な口は挟めない。俺は夏樹さんの話を聞くことに徹底して黙り込む体勢を決め込んだ。


 「おや?だんまりか?まぁいい。なんなら単刀直入で聞こう。焔火キセトは黒獅子くろじしだったんだな?」


 「……えぇそうですね。俺は黒獅子と呼ばれる地位についていました」


 不知火一族での黒獅子という立場についていたというのは本当だ。

 ただ、夏樹さんが想像するような黒獅子というものは不知火しらぬいには存在しない。

 夏樹さんが、帝国民が想像するような黒獅子という地位。きっとそれは不知火で一番強いだとか、人望があるだとかそんなイメージだろう。実際に頭領と並ぶ権力を持ち、羅沙でいう軍隊に値するシャドウ隊を完全指揮する存在だ。

 だが黒獅子に一番必要なことは、いかに効率的に敵を殲滅できるか、だ。

 それは時に強さに間違われやすい。本当に必要なことというのは国を思う気持ちである。物語にある仲間を思う気持ちとは逆の気持ちのことだ。いかに国を優先し、自らを含める自国の仲間を切捨てでも国を強くすることを考え、実行するか。

 そして他国へ宣戦布告する権利を有するのも、不知火では黒獅子だけである。

 同じものとしてあおいでは銀狼ぎんろうという地位が設けられている。


 「だからどうだというのですか?俺が羅沙の帝都に住んで宣戦布告するとでも思っているのですか?民を皆殺しにして羅沙を攻め落とそうとしているとでも言うのですか?」


 「おれは思っていないよ。だが軍人の中にはそう考える奴もいる。はっきり言って今回のことは報告するべきか迷っている。おれが持っている情報の限りでは君はこの羅沙に利益をもたらす人間だ。だが軍人はこの情報を得れば君を力ずくでも追い出すだろう。君が素直に追い出されるかは知らないけどな」


 「鐫様と約束しましたからね。彼の許可無しでこの国からは出られない。俺たちを受け入れてくれたあの人に誓いましたから」


 「誓った?面白いこというね。当時の黒獅子と皇帝がかい?」


 「えぇ。黒獅子と羅沙皇帝が誓いました」


 「そうか……。もっと詳しい話は中で、と言いたいけれどやっぱりやめておくよ。このことは報告しない。もっと調べてもっと重大なことが分かったら報告するかもしれないけれどな」


 ゆったりと歩いてきていたらフィーバーギルドについていたらしい。夏樹さんは軽い挨拶だけ残してフィーバーギルドの中へ入っていった。

 夏樹さんが調べ続けるといずれは俺の血筋にまでたどり着くのだろうか。そのとき俺はどうすればいいのだろうか。今のように素直に話せばいいのだろうか。それとも何も話さず逃げればいいのだろうか。


 「焔火さん?」


 「……?」


 「やっぱり焔火さんですよね?こんなところで会うとは思っていませんでした。焔火さんもフィーバーギルドに用事ですか?」


 声の主は茂だった。学校の制服を着て、手には服らしきものが入った紙袋を持っている。挨拶回りへ来ていたので毎回のごとく上からジュースでもかけられたのだろうか。


 「さっき学校からギルド本部へ帰ったのですがもう服が乾いていたので届けに着たんです。驚きました。上から赤ワインかけられてしまって。用事なら一緒に行きませんか?焔火さん」


 「俺の用事は、終わった。そうだ、終わった。それに焔火さん、というのは慣れない。キセトでいい」


 「えぇっと、ではキセトさん。ぼくの用事もすぐ終わるので待っていてください。一緒に帰りましょう」


 茂の視線が泳ぐ。表情に照れが混じっているのが見て取れる。彼にとって俺という急激に身近になった人物との接し方に戸惑っている、ということか。ならこの申し出を断ることはない。近寄ってこようとする好意をわざわざ否定することはないだろう。


 「わかった。ここで待っていよう」


 「は、はいっ!ではすぐ帰ってきますので!」


 嬉しそうに笑う顔は六歳児も十八歳の男児も変わらないものなんだな。

 無意識だろうので聞いても無駄だろうが言わせてくれ。俺にそんな純粋攻撃を放ってお前らはどうしたいんだ……。

 ため息を漏らしたいところだが、変な誤解をされても困るので我慢しておいた。絶妙な表情になってしまったところに茂が戻ってきたので、少し戸惑った様子を見せていた。


 「き、キセトさん?とても恐ろしい顔をしていますよ?」


 「あ、あぁ帰ってきてたのか。お礼は言ったか?」


 「はいっ!では帰りましょう」


 先を歩き出した茂に従って俺も足を踏み出す。来るときは夏樹さんの超スローペースだったせいなのか茂がやけに元気に見えた。


 「うれしいことでもあったのか?」


 「『帰る』ことが楽しみなのはギルドに入ってからですからね。帰ることを楽しいと思えることが楽しいんですよ!」


 「実家には帰っていないのか?一ヶ月ぐらい経とうとしているが……」


 「そう、ですね。家業の勉強のために帰ることは在りましたけど私情で帰ったことはありません。あっ、勘違いしないでくださいねっ!?父のことも母のことも、弟妹たちも大好きですよ。あの家自体が嫌いなんです。歴史に縛られて、血筋に縛られて、常識っていう得たいの知れない物に操られているあの家が」


 一瞬茂の表情に翳りが見えた気がしたが、すぐにまぶしいほどの純粋笑顔に戻った。

 その純粋な笑みの裏には純粋ではない感情が混じっているのかもしれない。だが茂が笑みで隠そうとする限り触れてはならないものなのだと思う。

 俺や連夜も含め、ナイトギルドにいるのはそういうやつらだ。



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