074
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
*****注意*****
キャラクターの死を思わせる表現があります
苦手な方はブラウザバックしてください
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私は焔火さんが入ってきたのを見なかった。そもそも、焔火さんの足音が聞こえたから私はあのおばさんと医者たちとお姉ちゃんを病室から追い出したのだ。
私は、私がしようと思ったことをしなければならないから。
「瑠莉花。もういい、もう帰れ」
「………」
「瑠莉花」
そんな諌めるような声、もう必要ないよ、焔火さん。
「だって、私。あなたを殺すから」
あぁ、表情が変わってない。結局、最後まで私はあなたを驚かすことも出来ないんだね。
結局、焔火さんは私のなんだったんだろうね。
「知ってたよ。お前が羅沙の石家と繋がってることも。連夜か俺を選択しなければならないとき、連夜を選ぶことも。それがなぜかと言われるとわからないとしか言えないのだが」
「知ってた、なんて。…遺言聞きましょうか?」
「いや、殺せない。それも知っている」
そりゃ、いつもの実力さなら、刃先をかすることもないだろうけれど。
それでもあなたは油断する。油断というよりは甘くなる。傷つけられてもいいなんて思ってる。私は死ぬ気でその甘さに付け込むんですよ。この刃があなたに届けば、私の勝ちなんですから。
「いっつも弓を構える私がなぜナイフだか理解できますか?これ、石家の術式が描いてあるんです。焔火さんでも殺せるんです」
「殺せないさ。連夜が死ななかったのに俺が死ぬものか。それにお前に殺されることによってどんな利益が生まれるんだ?」
「利益さえあれば死ねるんですか? やっぱり、私にはわかりません」
ナイフを構えよう。分かり合える相手じゃないって思ったから、私はこうしているのに。
でも自分のことだもの。躊躇する理由だってわかってる。私はあなたと分かりあいたかった。連夜さんと分かりあいたかった。それこそ、お姉ちゃんのように恋する相手として見てみたかった。
まだ、今ならあなたが許してくれるって知ってるんだもの。言ってもいいかな? まだまだお話してもいいかな?
「瑠莉花。俺を殺すぐらいいつだってすればいい。だから、連夜を頼む。こいつの意識が戻ったら、謝っておいてくれ。まぁ、殺せたらの話になるが」
「いつだって、いつだって? 死んでもいいっていうの? 亜里沙さんを生かしてるのはあなたなのに!? あなたが死んだらその後の亜里沙さんが無事でいないことぐらいわかるのに! なんでそんな簡単に死ぬの!? あなたは体が生きていても意識が死んでるんだ! 生きることに執着しないんだ!? 大切な人と一緒に生きたいんじゃないの!」
がむしゃらに振るった刃が焔火さんの右腕をかする。体は完全に避けていたのに右腕だけ動きが鈍いのはなぜ? そういえばバトルフェスティバルからずっと、右腕を使わないのはなぜ? なぜかすり傷程度でそれほど苦しそうなの?
もしかして、もう右腕は動かないほどまでに毒病に侵されてるの?
「………」
焔火さん、何で。何も言わないの。
毒病に侵されて、部下に裏切られて、それでも文句一つ言わないの?
「何か、言ってくださいよ」
「生きたい。でも、その感情すら俺のものか、借り物かわからないんだ。わからないんだよ、瑠莉花。お前はわかるのか? お前の感情か否か」
「私は生きたいんです。お姉ちゃんと一緒に、お姉ちゃんが中心の私の世界で。それは私の願い」
わからないって言うんでしょう? えぇ、わからないでしょうとも。人間の、この葛藤なんて化物のあなたにはわからないまま。
私は生きたい。でも私よりもお姉ちゃんに生きてほしいから。お姉ちゃんは連夜さんのこと好きになった。お姉ちゃんが幸せになるには連夜さんが必要だから。
たったそれだけで、今私はあなたに刃向かってる。これは、私の意志。
「……なら、なぜ石家の術に手を出した? 石家の術は命を代償にする。特に、石家の生まれでもないものが使用したのならそのほとんどは成功しないのに」
「それがわからないから、こんなふうになるんです」
いや、わかるでしょう? 自分の命を懸けてでも幸せになって欲しい人がいるってこと、わかるはずでしょ。亜里沙さんがいるんでしょう?
私にはお姉ちゃんがそうだっただけ。私が死んでも幸せになってほしい。賢者の一族とか石家とかに邪魔なんてさせない。お姉ちゃんは連夜さんと一緒になるんだ。ここで連夜さんを殺されるわけには行かないんだ。
だから、連夜さんじゃなくて焔火さんを殺すために私が動いたんだよ。
「そうか。瑠莉花、お前は敵なんだな?」
辛そうな焔火さんを見ていたくない。近寄って斬りつけて刺して傷つけて。
反撃もされず無抵抗な焔火さんを殺すため、ナイフを振るう。焔火さんを殺すための武器を。
「うん。うん、敵ですよ、焔火さん」
あなたが敵だと思うのなら敵だよ。私は、変わらないんだもの。ただ、お姉ちゃんの幸せにあなたは邪魔だった。それだけ。それ、だけ。
あれ、駄目だ。泣いてしまう。お姉ちゃんのための行動に何の後悔もないのに、目頭が熱いの。なんで?
「さようなら」
それ、静葉さんにも言ってましたね。
「…さようなら、瑠莉花。聞こえているか、わからないけれど。その命、捨てるには重いものだったと知ってくれ」
聞こえてますよ、焔火さん。辛そうですね、苦しそうですね。
聞いてくださいよ、私もなぜか辛いんです。苦しいんです。焔火さんにころされることだって予想もしていて覚悟もしていたのに。
石家の術がかけられたナイフで刺されてもここまで強いんですね。倒れた連夜さんとは違うんですね。
でもどうか、ここで一緒に死んでください。
「いっしょに……、化物、さん……?」
キセトがしゃがみこみ、治療しなくてはならないという思いに駆られ肉片に手を伸ばす。いや、まだ肉片などではない。彼女は松本瑠莉花という人間だ。まだ、治療が間に合う。
瑠莉花の髪に、顔に、肌に触れて、"彼女"ではないことを確認する。八年前の悲劇を思い浮かべさせる女性の遺体は、キセトのトラウマだ。そして同時に八年前にキセトが蘇らせた"彼女"についての後悔も思い出すのだ。
ここで、本来なら死ぬしかない傷を負った瑠莉花を治すことはおかしいことなのではないだろうか。
『賢者の一族の力って、運命を覆せる力なんだ。神様の力なんだもん。ぜーんぶ決めてる神様の力。だからすでに決められた人の運命を変えることができる。死ぬべき人を生かすことも、生きるべき人を殺すことも。そういう力。君たちが振るう力はそういうもの。君たちの力を使うときは気をつけて。相手の運命を変えてないかな?』
笑わないで下さいよ、とキセトは呟く。キセトに脳裏に浮かぶのは、自分の叔父の笑顔。キセトと連夜に自由と故郷を与えた人。
瑠莉花のせいで、死んだ人。
「まだ遺体ではないのに。治療すれば間に合うのに。なぜだろう、瑠莉花。俺はお前が嫌いでも好きでもない。なら治せばいい。それだというのに、治す気にならないんだ。治したとしても、お前が石家の術で死んでしまうからだろうか。それだけで、俺はお前を見殺しにするのだろうか。これは、復讐なのだろうか」
キセトと違う連夜ならこの答えを出せるのかもしれない。キセトの視線は、助けを懇願するものだ。その視線に応える連夜は眠ったままで、目の前に倒れる瑠莉花もうつろな目をしたままで。
誰かが救いの手を差し伸べてくれることを、キセトは待っているだけなのだ。それが遺体からの道連れの誘いであっても、キセトにとっては十分な救いなのに。
「なぁ、瑠莉花。俺は人を殺せるよ。さようなら。俺は誰かと一緒になんかなれないんだ。仲間なんて出来ないんだ。死ぬべきなんだな。もう少しだけ待ってくれ、瑠莉花。すぐに追いかけることになるよ」
一人先を見るキセトに隣り合うのは誰なのか。
途中退場の形になったとはいえ、キセトの心理に一歩近づいた松本瑠莉花か。
連絡が取れないだけで、キセトを抑制する力を持つ石家の嫡子篠塚晶哉か。
現在進行形でキセトと寄り添いあう死んだ女性愛塚亜里沙とその息子焔火龍道か。
意識が戻るかどうかもわからない、キセトの唯一の友峰本連夜か。
「贅沢だな」
キセトは一言はき捨てて、病室を出た。それ以来、キセトはギルドにも、亜里沙がいる家にすら姿を見せなくなる。
キセトはとうとう諦めたのだ。見えていないだけで確かにあった救いの手を取ることも、その手を見ようとすることも。わからないものをわかろうとする努力すらも、諦めた。
ただそれは、キセトが周りと違ったからそうなったのではなく。誰もが努力し続けているそのことから、逃げ出したキセトが弱いだけなのだろう。
松本瑠莉花の命と引き換えに、化物だからという言い訳を持ってして、キセトは人間であることを諦めた。
瑠莉花の死によって、キセトは羅沙でも指名手配された。それは大きなニュースでもあったし、明津が襲撃されたことや開戦の知らせに埋もれた小さなニュースでもあった。
「おやまぁ、元気だったかい? って、気を失ってる子に何言ってるんだか、ぼくは。死にかけてるね、峰本君とやら。君とは初めまして、か。ぼくは世界一の医者だよ。勝手に治療するね、賢者の末裔さん。安心して、ぼくはこれでも石っころのお気に入りでね。賢者の一族相手でも治療が出来るんだ。あ、キセトを治療してるっていう時点でそれはわかってもらえてたかな? はい、ちょい失礼っ!」
侵入者が連夜の体に触れていく。暗い手元で間違えないために触れて、傷を抉って、その影響を確かめる。
「魔力漏れ、か? よく放っておいたなー。まっ、羅沙の石家がみーんな引きこもってるんだから仕方がないか。自分で刺して自分で治してちゃ意味ないもんねー。そのついでのせいで明津さんの治療も出来てないのか。羅沙の石家は峰本君を治さないために姿を消して、不知火は明津さんを殺し損ねたが石家がいない羅沙に明津さんを治すすべは無い。うまいこといくもんだよねー。ぼくがうまいこといかせないけどさ。明津さんに死なれちゃ困るんだよ。それに、松本瑠莉花ちゃんの遺体見てみたんだけど、あれはないね。死んでなんかないよ。石家の術はさ、賢者の一族と石家の人間はころせても、それ以外の人間は殺せないの。定義の問題なんだけどさ、ミラージュの田畑沙良も死んでないんだよ、あれでも。別の存在として生きてるでしょ。……ねぇきいてる?」
応えるはず無い相手に返答を求める侵入者改め世界一の医者。丁度触れていた場所が痛む場所だった連夜がうめき声をあげると満足気に微笑んだ。
傷である場所をなで、痛いのかな? と呑気な声で聞く。
「傷自体より、再生能力を封じられてるのが状況を悪くしてるみたいだね。かなり魔力が流れちゃったから自然回復も時間がかかるだろうけど、何もしないよりましだよね? 傷口から広がった石家の術を壊しといてあげる。そうすれば、君は一人で立ち上がれるでしょ。ゆっくり休みなさいって。ちゃーんと傷口二つ分は治すから。自然治癒を急がないでね。君たちは化物なんかじゃなくて、ただ傷つく強い人なんだから」
パキンと何かが割れる音がした。世界一の医者は満足したように暗闇を去っていく。ここから連夜が起きるまでの数日で世界は変わるのだ。
戦争というものによって、羅沙は絶対の強者から弱者の地位に落ちることになる。
さて、Black Night have Silver Hope 074です。
私の別サイトでは041に当たるお話です。
今回は話の内容には触れず、題名の由来を話したいと思います。
実はBNSHの元の題名はBlack Night だけでした。黒い夜、ですね。
黒はキセト君を、夜は連夜を表現したつもりでしたが、黒って言うと不知火なんです。別にキセト君個人を指す色ではありません。それにキセト君のイメージカラーは空色のほうです。外見の若さや顔立ちなど、まだ語られぬ物語としての理由もありますが、作者個人としてキセト君は羅沙寄りのイメージを持っています。イカイ君が不知火よりで、兄弟でバランスを保たせたつもりです。
現在のBlack Night have Silver Hopeという題名は、黒い夜は銀の希望を持つ、となりますね。黒い夜、も銀も大体なにを指すのかはわかると思いますが、希望ですね。わからないのは。
実はBNSH世界のお話はBNSHだけではなく、BNSHからすると過去、「賢者の物語」、そしてBNSHからして未来のお話「モチツモタレツ」があります。
持ちつ持たれつ。これがBNSHの意味と成っております。
はぁ? ってなるでしょうね。それが当然だと思います。
黒い夜はキセトと出会い、少なからず影響された連夜です。物語の初めから連夜はこの状態にあると言えます。キセトに出会わなければ存在しなかった連夜ですので、黒い夜という単語だけでキセトと連夜、二人を表現したつもりです。
そしてSilver Hope。銀の希望。銀は連夜です。少なからず連夜に影響されたキセト、となります。これもまた、連夜がいなければ存在しなかったキセトのことなのでキセトと連夜を指した言葉のつもりです。
さて、なぜ希望がキセトになるのか、ですが。それは明津がキセトを名づけた時に与えた漢字からです。本編、SS全てにおいてキセトはカタカナで表記しています。それはキセトが自分の名前に当てられた漢字を知らないからです。
生まれてすぐに明津と雫と別々になったキセトは、後々音だけで自分の「キセト」という名前を知ることになります。よって、字を知らないんですよ。明津はキセトに「希狭道」という漢字を当てていました。自分と雫の子ですから苦労するのはわかっていたので、狭い道の先に必ず希望はあるから、と未来への願いにも似たような思い出名づけたのでしょう。
キセトの漢字表記の名前から「希望」がキセトを指す言葉となります。よって、この題名はキセトと連夜が連夜とキセトを持つ。そこから持ちつ持たれつの意味を感じ取っていただければ幸いです。
さらに余談の余談ですが、キセトの息子である龍道にも道という漢字が入っています。これは、龍道が生まれるときにはキセトも自分の漢字表記を知っていたんです。親子のつながりが皆無だったキセトは、名前一つでも繋がりを持たせたかったのでしょうね。