073
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
連夜が運ばれた病院に一番に着いたのは松本姉妹だった。
ギルドに連絡を入れたのはキセトだったが、キセト自身は明津が運ばれた特別層の医療機関へ向かったらしい。キセトが言うぶんだと、連夜の体調はかなり悪く、意識も無い状態で発見された、と。言えば、死んでいないだけで発見が遅れることで死んでいてもおかしくなかったのだと。
松本姉妹も、このときばかりは自分たちに向けられる嫌悪の視線など気にしていられない。教えられた病室に走りこむぐらいしかできない自分が歯がゆく感じるしかない。
「レー君!?」
「おう、どうした。可愛い顔が台無しだな」
聞こえたのが幻聴だと気づくのに何秒かかっただろうか。
似合わない入院着、コレでもかと付けられている電極とそれからのびるコード類、おまけに点滴まで付けられている。未だ状態が安定していないのか、松本姉妹の隣を何度も看護師が行ったり来たりしていた。医療機器の画面に出た初心者には良くわからない直線は、なにを示すのだろうか。まさか、心拍を示しているとでもいうのか。
「ナイトギルドの人?」
「は、はい…」
医者が瑠砺花に声をかけてきても、瑠砺花は返事をしない。慌てて瑠莉花が身を乗り出して応え、医者は瑠莉花のほうへ体を向けて説明しだした。瑠砺花が放心状態であることぐらいみればわかる。
「心拍数は安定してきたから大丈夫なんだけどね。血中魔力が安定しないんだよ。彼は賢者の一族だから、血中魔力が一定値以下になると命の危険性も出てくる。点滴で魔力を作り出す物質をいれてるんだけど効果がないみたいでね……」
声が瑠砺花の考えを乱した。なにを言っているんだろうと思った。我々医者ですら賢者の一族の魔力の知識は少ないんだ、と悪びれもせずいう医者を殴ってやろうかと思った。
医者のくせになにをしているんだと、そう叫びたい。目の前で医者が連夜に呼吸器まで装着させ、声など出なくなってしまったが。
「…うっ……うえっ、ひっ……っ…」
奴隷のことが公になったときと同じように声を殺して泣く瑠砺花だが、あの時とは違う。
あの時、声を殺したのは少しでも連夜に幻滅して欲しくなかったから。今は、今は幻滅してくれさえもしない。ただ泣いて発散することさえできないほど、連夜のことは瑠砺花の中で大きくなっていたから。
ただただ声を殺して、いや、声を出せずに泣く姉に瑠莉花は声をかけるしか、できることが無い。声をかけないことが瑠莉花にはできない。瑠砺花という姉に対して、瑠莉花は何かしないということが出来ない。
「キー様は明津様のほうらしいのです、ルー姉。シー様も明日羅に帰っちゃいましたし、アー様もいませんし、ショー様も連絡がつかないのですよ。今、ナイトギルドで最年長はルー姉なのです。指示を……」
出せる状況ではないことはわかっている。放心状態で涙だけが流れ出る姉の姿を見て、瑠莉花は言葉を飲み込しかないのだ。今、瑠砺花を立ち直らせることができるのは連夜の声だけなのだから。
泣き出したいのは瑠莉花も同じ。瑠砺花が泣いているのだから瑠莉花も泣きたい。そうだというのに、瑠莉花の瞳は乾いたままで、一向に体の水分は瞳を避けている。
医者が慌てていることだけが乾いた瑠莉花の瞳に映っていた。患者の前で落ち着くべき医者は慌てている。連夜の治療に手こずっているのだろうか。賢者の一族の専門医はいないわけがないのに。最低限、皇族の担当医は賢者の一族の専門医のはずだ。明津も怪我をした今、連夜に回ってこないのだろうか。こんなときですら、命を懸けているときですら、明津しか見ることが出来ないのか。
瑠莉花の心に、連夜を失うだろう不安よりも、羅沙の民への不満が増した時。その考えを止めるかのように声がした。
「あら? こちらもおかしな事になっているようね」
瑠砺花の指示も諦めて、自分に出来ることがわからなくて立ちすくむしかなかった瑠莉花は、この場に合わない落ち着いた声にキセトを見た。ゆっくり振り返って、キセトではなく女性のシルエットであることに気づく。キセトではなく焔火雫、キセトの母親か。
他人を認知することで冷め切きった自分の感情と向き合って、瑠莉花は自分を飾り立てた。いつも通り、他人に見せるためのキャラを作ってから返事をする。
「あれ。えっと、確か雫さん?キー様と明津様はどうなったのですぅ?」
「それが、賢者の一族の専門医と連絡が取れないらしくて。応急処置の段階で止まっているわ。ナイトギルドに石家の子がいたから、その子に任せようと思って来てみたの。ほら、ペンダントをしている背の高い子よ」
瑠莉花の中で晶哉と、晶哉がいつもつけていたペンダントが鈍く光る映像が流れる。
だが、彼は医者でもない。正規の医者が投げ出した状態をどうかできるというのだろうか。
「ショー様ですか? 連絡ついてないのですけど。というか、賢者の一族の治療に、何で石家なのですぅ?」
「あら知らないの? 賢者の一族の治療には石家が適任なのよ。暴走気味の力を制御しつつ、さらには治療へ力のベクトルを変化させることが出来るから」
へーといった瑠莉花の興味なさそうな反応に雫が不審に思った。
ナイトギルドに属している以上峰本連夜は特別な存在のはずだ。その連夜を治せる存在について興味が無いというはおかしいだろう。
瑠莉花もそれに気づき、本音半分嘘半分といったところで場を流す。
「別にヒー様でも治せるのですもーん。わざわざレー様と敵対してる石家の人たちに任せなくてもいいじゃないのかなーって思っただけですぅ~。それに、私たちレー様大好きですから。信用も出来ない人に見せるわけないのですしぃー」
「大好き? それにしては、冷めてるのね。お姉さんと大違いよ?」
まだ瑠莉花の隣で呆然と佇む瑠砺花を雫の視線がチラリと見る。雫が来ていることにすら気づいていないはずだ。
比べて瑠莉花は冷静。いや、冷静という言葉にすればよいように聞こえるが、正しくは冷酷というべきだろう。死にかけた恩人を見てもなおその冷静さは、彼女が連夜を慕ってなどいなかった印となる。
「どうしてあなたがその子の傍にいるのかしら? おばさんにはわからないわね」
「べっつにぃー。傍にいるのって、大好きな人だけじゃないのですよ。私はだーい好きなのですけどぉ」
「バレバレの嘘はやめておきなさいよ。おばさんの厚化粧もびっくりするぐらい、あなたの表情は固いわ」
「んー、雫様しつこいのですねぇ…」
瑠莉花だって連夜やキセトのことがどうでもいいわけでもない。雫に言われるほど嫌っているわけでもない。それだというのにここまでしつこくされても鬱陶しいと思うだけで。
逃げ道を探している沈黙の中、瑠莉花は丁度いい音を聞いた。
「あっ、ほら、ルー姉を落ち着かせてください! 外に連れて行って! 無駄に年取ってないならか弱い二十代の女の子一人慰めて欲しいもんなのですよ」
「え? ちょ、ちょっと!?」
瑠莉花が瑠砺花と雫の手を無理矢理結ばせ、病室の外へ追い出す。ついでとばかりに応急処置の仕様も無い医者たちも病室から追い出された。
雫からすれば、意識の無い息子の友人と、その友人に何の友好も感じていない女が二人っきりで病室にいて、何が起こるかわかったものではない。すぐに病室に戻ろうとして、後ろの足音に気づいた。
「母さんっ」
「キセト……」
あの子はなんなの? と聞きたかった。キセトも慕われていないということぐらいわかっているだろうと雫は思う。それでもその質問は飲み込むべきなのだろう。キセトや連夜と瑠莉花という個人がどういう関係であるか、それは雫が踏み入るところではない。
だから、雫の口を出たのはもう一つの心配ごとだった。
「明津は? どうにかなりそうかしら?」
「ただ斬られて出血量が多かっただけのようです。出血と共に失った分は魔力を渡しておきました。もしもの時に備えて、魔力ボンベ二本を満たしてきましたので問題ないでしょう。傷さえ治れば父さんの意識も戻るはずですよ。普通の医者に任せましょう」
「それはよかったわ。あなたも疲れたでしょう。明津に渡した分と魔力ボンベ二本分の魔力を失ったのはきついはずよ。もう休みなさい。明津には私がついているから」
キセトは簡単に言うが魔力ボンベの基準は「一本で成人一人が万全である状態のときの魔力量が入る」ことだ。それを二本も満たしたあとに動き回るなどおかしい。特にキセトたち賢者の一族は魔力が生命力と言えるのだから。
あれほどの強さをバトルフェスティバルで示した連夜が、小刀の傷程度でここまで弱ったのは魔力の流れを乱されたからだ。賢者の一族にとって魔力は必要不可欠なものであるはずなのに。
「連夜の様子だけ見てそうさせていただきます。母さんも休んでくださいね」
キセトはなんでもないように、いつも通り、平気そうな無表情をしていた。無表情を平気そうも何もないのだが。
「瑠砺花も、今日はギルドへ帰れ。連夜なら大丈夫だから」
「う、うん。あ、あの、リーちゃんが中に……」
「瑠莉花が? …わかった」
たったそれだけの会話でキセトは連夜の病室へ入っていった。あまりにも冷たい反応に雫ですら一瞬ほうけてしまうほどだ。
「ね、ねぇ。いつもキセトはこうなの?あなたたちに対して、冷たいというか……」
「え?は、はい。大体、キー君はこんな感じなのですけど?」
「…そう」
違うわ、と雫がはき捨てたのは正しかったのか間違いなのか。この発見は遅かったのか早かったのか。
その答えを知る者はいないため、誰もが黙ってしまうのだ。キセトに違和感を覚えつつ、それでも黙ってしまう。その違和感を明確にできないから。
だから、悲劇を呼び込むのだということもわからないまま。その違和感を突き止めることもしないまま、悲劇を待つ集団になってしまうのだ。
はい。073です。毎回あとがきを入れていこうと思います・
さて、BNSHの恋愛要素は精々この程度ですので、甘い話をお望みの方はSSへ飛んでください。SSはキセトと亜里沙ちゃんが中心に成りますが、カップルの話もあります。
このお話までの瑠砺花ちゃんのイメージは「明るい」だとか「お調子者」だとか「なのだよ」とかですね。今までも時々その猫かぶりがはがれたところがありましたが、今回ははがれただけなんでしょうかね。
瑠砺花ちゃんのあのキャラクターを作るきっかけになったのは、いわずとも(そこまで伝わっているか、がわかりませんが)連夜です。連夜の強さが弱者である瑠砺花ちゃんを変えたお話も、書けたらと思っています。
でもキセトではないんです。キセトも強いですし、瑠砺花を変えることができたはずなんですが、キセトではないのです。キセトはできないでしょうね。キセトは誰かを変えるようなことはできません。自主性がないというべきでしょうか、誰かに望まれたことを望まれたままするのは上手なんですが。
瑠砺花や普通の人々がそうであるように、望みを「わがまま」と言い、心の奥に隠されるとキセトにはわからないんです。だから表面に出てくる言葉だけ必死に叶えてあげるんですが、みなさんどうですか? 自分が言葉にしないわがままに気づかないのは、仕方がないかもしれません。ですが、冗談であれ嘘であれ、言葉にしたことだけを忠実に叶えてもらったら。こまることありませんか?
連夜とキセトの差。物語の鍵でもあります。
瑠砺花ちゃんは過去にその差を感じ取った人でもあるので、きっとこの先の物語をよいものにする鍵も持っているはずですね。彼女がその鍵を使えるほど強い人間ではないところが痛いですが。
瑠砺花ちゃんは自分の恋とどう向き合うんでしょう。
連夜は瑠砺花に告白されたらどうするんでしょう。
未来の話ではありますがそんなところも想像してみてください。
もう一つ。
連夜やキセトは変われるんでしょうかね。化物から、化物以外の何かに。