072
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
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以上の点をご理解の上、お読みください
町を歩く連夜の姿は珍しくない。厭われる銀の髪も、目立つ色の組み合わせをした私服も、堂々と晒して飲食店を練り歩く姿はよく目撃される姿だ。
だが、連夜の隣にナイトギルドの隊員もしくは夏樹冷夏、志佳、江里子以外がいることはとてつもなく珍しい。そもそも連夜は誰かがついてくることを好まないのだ。自分のペースを乱されることを嫌う。
だからこそ、今横にいる鹿島に対しても、実のところいい思いはしていない。
「なーんでついてくんだよ、ストーカーですか、情報屋」
「いや、良く食べるなと思って」
連夜が大量に持っている食べ物を見て言っているのか、今日連夜がギルドを出てから食べた物の量を見て言っているのか、少々呆れているようだ。
連夜が持っていた食べ物を一気に口の中へ放り込み、ゴミをビニール袋に突っ込んでから鹿島を振り返る。構えた鹿島に対して、オープンカフェを指差して、座るか、と独り言のように連夜が言った。無視されると思っていた鹿島は拍子抜けだと感じつつ、連夜の後に続いてカフェに座る。メニューとにらめっこをしている連夜を観察して、自分はいちごミルクを頼んだ。
「話があんの? それとも観察でもしてんの? オレは植物かっての」
「質問したかったのと、謝罪だ。松本瑠砺花と松本瑠莉花のことで」
「あー、そういえばお前、前川の奴らと一緒にいるんだっけ」
「謝罪からにするか。戦いに立場は関係ない。戦いの場で相手を混乱させるためだけにあぁいうことを言うのは間違っていたと前川たちもわかっている。ただ、まだ自分の行動が悪いと認めるのが嫌なようだ」
「違うだろ。明津っていうおっさんと戦えた誇りーとか言って、自分がしたことなんて忘れてる。そっちが正しいな。ただ、お前はオレのご機嫌取りに来た。オレが明日羅皇帝の息子で、葵の頭領の息子だから。情報屋として繋がりを保っておいて損はないからーとか」
「……必ず、前川たち本人に謝罪させたい。峰本さんには関わるなと言われたそうだが」
「うーん、謝罪で腹はふくれねーからいいや」
それぞれの注文したものが運ばれてきて、机に置かれる。鹿島からは店員の視線が連夜に向いているのがよくわかった。銀髪に対する嫌悪かもしれないし、連夜が明日羅皇族だということを知っての敬遠かもしれない。
店員の視線にどんな意味が込められていたとしても、連夜は店員などいないように扱って早速食べ始めていた。すぐに一皿を空にしてやっと連夜の視線が鹿島に戻る。
「で、謝罪は導入だろ。質問って?」
「本当に明日羅皇帝の息子で、葵の頭領の息子なのか?」
そのことかよ、とばかりに連夜は息を吐き出した。何度も聞かれたことでもあったし、連夜の知らないところで特集を組んでたりもしていたからだ。まさか情報屋との話でもそこから始まるとは思っていなかったのである。
「焔火さんとはまた立場が違うってわかってるのか? 明津様と不知火雫は互いに関係を認めた。焔火さんはな。だが峰本さんは認められてない。明日羅皇帝と葵頭領は互いの関係を認めてない。どっちも自分の子だが相手は違うってそればっかりだ。明日羅は正式は使者まで出した。葵は羅沙との条約の関係で羅沙領土に入れなくて手こずっているが、峰本さんは葵の銀狼だって国際的な発言を続けてる。峰本さんは、どっちのつもりなんだ?」
「どっち、ってどっちもだろ。オレの主張はどっちもの息子なんだし。そもそも親なんてどうだっていいしなー。オレは自由に生きるんだよって。どっちでも、今のオレは羅沙のナイトギルド隊長だし。テメーに心配されることじゃねーよ」
「……髪の色、閉会式の時は金色だったって聞いてるけど。どっちが地毛なんだよ」
「それは金髪。葵にいた頃に悪目立ちすることかで親父に染められてからなんとなく染め続けてんな。あれ?質問ってそれだけか。それじゃここの支払い頼むわ」
「おい!」
鹿島は自分のいちごミルクに手すらつけていないというのに連夜の前の大量の皿は空っぽだ。金を投げ捨てるように払い連夜を追うが、明らかに歩くスピードが早くなっている。走っているのではないだろうかと思うほど。
「峰本さん! 賢者の一族に生まれておきながらそんな適当に生きてていいのか!?」
人影の少ない道を歩いているからか、鹿島の声が自然に大きくなる。いや、この道には連夜と鹿島しかいないのだから、それでも何の問題も無い。
「はぁ? 賢者の一族だろうと好きに生きたいって思って何が悪い。お前だって哀歌茂の養子入りしたんだろ。それはお前がそうしたかったからじゃないのかよ、鹿島。オレだってしたいことがあるから、そうできるようにしてるだけだろうが」
「生まれた血筋を無視してでもか!」
「……なんでお前にそんなこと言われなきゃいけないんだよ」
「峰本さん、あんたが賢者の一族だからだ」
連夜の視線が鹿島の握るものを捉えたのがわかった。鹿島が握る小刀に浮かぶ魔法陣まで見えただろうか。その魔法陣が石家の魔法だとわかっただろうか。この小刀に石家の魔法を宿したのは晶哉だとそこまで想像つくだろうか。
いや、見えなかっただろうしわからなかっただろうし想像ついていないだろう。鹿島のありったけの殺意を込めて小刀で連夜を刺したのだから。
「いってぇ……。そうか、お前、石家か」
「ちっ、ずれたっ」
心臓を狙っていたはずが刺さったのは腹部。石家の魔法で再生能力は適応されないかもしれないが、元々丈夫な連夜のことだ。腹部を刺されただけで即死するはずがない。
鹿島の思考に失敗という文字が押し寄せる。賢者の一族を抑制するための石家とはいえ、真正面からぶつかれば負けることは他と一緒だ。
(糞っ!石家にさえ生まれてこなければ!石家さえなければ!こんな化物さえいなければ!!……やっと夢が叶ったのに)
普段なら、連夜の腕が動いたこともわからなかっただろう速さの正挙が鹿島の肩を襲う。死に直面しているからか、鹿島にはやけに遅い突きに思えた。そして自分の体はなにかに止められているように動かないと感じた。
当たった瞬間を感じることもできた。なんて威力の無い正挙かと考えかけ、遅れて感じた衝撃に悲鳴を上げるしかできなかった。
確信などないがもう鹿島の腕は二度と動かないだろう。壊されたのだという理解か追撃か、どちらが早かっただろうか。ただわかるのは、正挙の衝撃で吹っ飛ぶよりも追撃のほうが早かったということだけだ。
「はぁ…、いってぇな。なんか治らねぇし。これが石家の対賢者の一族用ってやつか。で、なんでオレが賢者の一族ってだけでお前に刺されなきゃなんねーの? ちょこっとつついただけなんだからまだしゃべれるよなぁ?」
這い蹲る鹿島に連夜が視線を合わせるためにしゃがむ。乱暴に髪をつかまれ無理矢理上を向かされた鹿島に話す気力なんてものは無い。それでも鹿島は笑う。絶対の強者であるが故に油断している連夜をあざ笑うために。
ジャリと砂を踏む音がした。誰もいないはずの道で連夜と鹿島以外に砂を踏むものなどいないはずなのに。
「ボウヤ、やめておきなさいヨ」
声をかけてきた女、いや男は、連夜の行きつけのバーのマスターだ。この場でこれほど冷静な声を出す異常さを気にも留めず連夜は笑顔でマスターに応答する。
「ん? あれ? マスターじゃん。なに言ってんの? 正当防衛だって。ほら、オレ刺されてるし」
「深く刺さってないじゃないのヨ。コレぐらい刺されてから言いなさいナ」
「え――
連夜の後ろから刺された小刀。連夜の上にもたれかかるようにしているマスター。マスターの全体重をかけられた小刀は、連夜の心臓に届いているのだろう。
その証拠に、あの連夜が呆然と、何の冗談も言わず地面に倒れこんだ。似合いもしない血に囲まれて。だが、その表情は信じられないと語って。
「聞こえてる? ごめんなさいネェ、ボウヤ。ワタシも石家なの。石家だから、アンタを殺すのヨ。ワタシが石家じゃなかったら、アンタが化物じゃなかったら。そうは思うけれど、現実に従うしかないわよネェ。今度生まれてくるのなら、どんな家に生まれても自由な世界にしたいワ。ワタシ、アンタと仲良くなれると思うの。アンタと話してるの、楽しかったのヨ?」
マスター、篠塚昌平の言葉に連夜は反応しない。すでに息絶えているのか、それとも気を失っているだけなのか。
どちらにしろ、これが連夜とマスターという友人関係の最後なのだ。しばらくマスターは連夜を見つめ、振り切るように連夜を見ないようにしてその体の横を通り過ぎた。
まだ地面に這い蹲るしかない鹿島に手を差し伸べるため、しゃがみこむ。
「……昌平。悪い、手貸して」
「ハイハイ、千陽。ご苦労様。肩大丈夫かしら?」
「たぶん治らないな。でも、賢者の一族一人と引き換えに肩だけならいいもんだ。まぁ、殺人罪がついてまわるから、もう哀歌茂には入れないだろうけど。賞金首になるかな?なら前川たちに追われるようになるのか」
「さあネ。でもワタシたちは石家。これが定めだったのヨ」
「あぁ……」
「辛いわネ。辛いワ。なぜ石家だったらお友達を殺さないといけないのかしら? なぜ石家だったら夢を諦めないといけないのかしら? なぜ賢者の一族に生まれたから殺さなければならないのかしら?なぜ自由をつかんではいけないのかしら?これも、一種の差別よネェ。差別のない世界に憧れるワー。この世界は醜い差別だらけヨ」
おかしい世界だと気づいている。狂った常識がはびこっていると知っている。それでも、それに従うしかない二人は、一度だけ連夜に対して手を合わせ数秒目を閉じ、そして去った。
そのころ表通りで明津が黒髪に襲われた騒ぎが起こり、重傷の連夜が発見されるのはかなり後の話になる。
私の構成力の問題で入れられなかった石家のお話を、補足させてもらいます。読まなくても本編に影響が出ないようにはしたつもりです。
石家の役割のために鹿島さんは連夜を殺す(未遂)という罪を犯したわけですね。その罪のために、自分の夢だった哀歌茂の分家入りを諦め、ずっと行動を共にしてきた前川兄弟たちから追われるかもしれない存在(賞金がかけられると、賞金稼ぎである前川兄弟から追われることになるでしょうから)、になってしまったわけです。
自分のやりたいことをできるようにしているだけ。
この072の中でそう言ったのは連夜でした。石家という役割のためにそうできない鹿島にとってそれはどんな言葉だったのか、少し考えていただけると嬉しいです。
鹿島が本文中で「賢者の一族さえいなければ」と考えています。それは、石家の存在そのものが「対賢者の一族」なので、賢者の一族さえいなければの後に続く言葉としては、「石家なんてものは必要なかった」というところでしょうか。
さらに言葉を続けるとすれば、「石家なんてものがなければ、哀歌茂の分家に入れた(夢が叶った)だろうし、前川たちとも一緒に入れただろう」という願いですね。
さて、そこまで定めを恨んでおきながら、定めに逆らいはしない鹿島及び石家に生まれた人々ですが、彼らはなぜそこまで石家の定めに従順なのか。それは「主様」の時に本編中で少し話しました。彼らの命の問題でもあるからですが、違う理由をここで。
彼らは、賢者の一族の持つ「神の力」や「主様」について過去の出来事を正しく伝承しているからです。そこのあたりはこの先の本編で語られますが、「主様、または主様に従う石家が正しい」と信じているわけです。世界を正しい形に直したいと思うのが石家たちです。言えば、賢者の一族が治める世界は正しくないと思っているわけですね。
昌平と連夜や晶哉とキセトのように、石家と賢者の一族の間でも友人になったりします。ですが、あくまで個人としての関係で、家として関係を持つには全員が脆いです。キセトは例外なのですが、感情というものと刷り込まれた常識というものの葛藤ですね。
葛藤の末どちらを選んだのかは本編の通りです。