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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
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以上の点をご理解の上、お読みください
キセトの家にイカイが訪れた翌日、キセトはイカイを連れて羅沙城へ来ていた。
イカイに頼まれ、弟に弱いキセトはいくつでも思いつく問題点を無視した。もちろんイカイに数個の条件は出したものの、不知火頭領と羅沙皇帝を会わせるにしては甘い条件だというしかないだろう。
「初めまして。不知火イカイです」
謁見の間で挨拶をするイカイを見る目は、愉快そうではないものが多い。
イカイが黒髪で黒い目をしていたこともあっただろう。自分を不知火と名乗るものが羅沙城にいるということもあっただろう。事前にキセトから、キセトの弟であることを知らせていなければ、特別層に踏み入れることすらできなかったはずだ。
キセトがイカイに出した条件はまず第一に、「不知火頭領」を名乗らないこと。あくまで個人という名目を掲げること。頭領として皇帝に会いたいのなら、それは公式的な手続きをするべきだ。不知火イカイのプライベートとして羅沙明日のプライベートの時間に会う。その体を守れ、と条件付けた。
「初めまして。明津様のご子息ですわよね」
第二に、「明津の息子」と呼ばれても嫌悪感を出さないこと、だ。
イカイは自分の両親を嫌っている。それはおかしいことではなく、捨てられたと思っているイカイには当然の考えである。むしろ、捨てられた側であるキセトが両親を尊敬し愛して欲しいと願っていた方が異常なのだ。
よって、「明津の息子」「雫の息子」という表現を、イカイは極端に嫌う。嫌悪を出さないためか、イカイは明日のその言葉には返事をしなかった。
「従姉弟にあたる明日様と驟雨様にはお会いしたかったのです。兄を通してですが、こうしてお会いできたことを嬉しく思います」
そして第三に、驟雨を無視しないこと。
今では姉弟皇帝として驟雨も重視されているため、何があっても驟雨を会話に参加させることだ。だが、決して間違ってはいけないのが政治の話をしろということではない。むしろ、「不知火」イカイは羅沙の政治の部外者なのだ。触れないほうがいいだろう。
「…年上、だよな?」
驟雨の恐る恐るといった声に、イカイは笑顔を向けて応えている。その笑顔が明日と驟雨にはキセトとの違いとして大きく印象に残った。キセトの表情は、明日や驟雨にとってはまだ無表情の仮面にしか見えない。
兄弟の範疇でしかないが、顔が似ているキセトとイカイが並び、片方は表情はなく、片方が笑っていると、その違いは良くわかる。
「今年で二十歳に成ります。不知火では二十歳でやっと成人ですよ」
「羅沙帝都では成人を二十歳と定義しております。帝都以外の都市では都市それぞれの法に従った年齢となっておりますが」
「俺は十九だから、年上なのか…。そうは見えないけど」
「外見が幼いとはよく言われますよ。羅沙皇族は総じてそうでしょう。父さんが代表的ですね」
全員が明津の顔を思い浮かべると頷くしかない。キセトは明津と並んで鐫の顔も思い浮かべ、やはり歳にしては若かったと今更ながら思った。
頷く三人を見てイカイは安心した。
キセトを含めてこの三人にとって、不知火を名乗るイカイでも羅沙皇族の血を引いているという言い回しを嫌がってはいない。国民はともかく、国の上に立っている立場の人間には、国同士の嫌悪はそこまで無いのか。
「皆こうならよかったのに」
明日たちには聞こえないイカイの呟き。キセトには聞こえたのかもしれないが、反応はしていない。
ただの呟きに過ぎないが、それは紛れもなく、イカイの本音だった。
明日や驟雨、キセトが話す中、イカイは後ろに控える護衛たちや大臣たちの顔を見た。キセトとイカイの黒髪に不愉快な思いを隠さない視線を送っている。
「兄さん。ごめんなさい。僕は騙していました。今すぐ父さんを探してください。……もう、手遅れでしょうけれど」
きょとんとした明日と驟雨はイカイの顔を無言で見つめ返してきている。不愉快な視線を送る大臣たちは明津のことに反応しているだけ。
イカイの言葉の内容に反応したのはキセトだけ。だがもう遅いものは遅い。そう、手遅れだ。手遅れ。
なぜだ、と落ち着いたキセトの声。何も分かっていないのか、とイカイは失望しかけたが、キセトの瞳を見て考え直した。全てわかっていている。わかっているから手遅れのことを追いかけたりしない人なのだ。たとえ、傷ついたのが自分の両親であっても、冷静に行動しているだけか。
「羅沙で不知火人が活動するには、兄さんが邪魔でした。だから、僕が兄さんを抑える役目を果たしていたんです。兄さんさえいなければ、東さんを止められる実力者はいないという、判断ですから」
イカイも負けじと、声を震わせないように答えた。
キセトはわかっている。イカイがしたこと、不知火がしたこと。それに明津がどうなったのか。それでも、ここで一切の焦りを見せず、「敵の頭」であるイカイに質問しているのだ。敵の情報を手に入れるためだけに。
いや、焦ってなどいないのか。これが、作戦の途中なら、急いで明津を助けに行ったかもしれない。イカイを捕らえることすら考えずに。
だがイカイが情報を与えてしまった。「もう手遅れ」だと。キセトは手遅れのほうを後から追ったりせず、目の前にいる情報源を捉えようとしているだけ。感情的にならない判断かもしれない。
かもしれない、が。ここ数日の間にやっと再会した親が殺されているかもしれないのに、それが正しいのだろうか。親を憎むイカイですら、この決定には時間をかけた。親を尊敬し、愛し愛されたいキセトが、この一瞬で焦りもせず切り捨てていいことなのだろうか。
そんなイカイの思いは知らず、キセトの淡々とした声がする。本当にわかっているのだろうかと思うほど冷めた声が。明日と驟雨は会話についていけず、視線をイカイとキセトとを往復させるだけだった。
「戦力を増やそうとしていたようだが、それは諦めたのか?まだ石家と愛家の回収は?なぜこのタイミングにした。……やはり、望むのは戦争なのか」
戦争という言葉で場に緊張が走る。
キセトと晶哉がそれぞれの情報網から予測していたことだ。宣戦布告の権利を持つ黒獅子を失った不知火が羅沙と戦争をするために出るだろう行動。羅沙から宣戦布告させるための行動。
皇族が不知火人に殺されたとあれば、それはなぁなぁと済ませるわけにはいかないだろう。そう考えると、キセトはないにしても、明津、明日、驟雨は危険だったのだ。イカイを皇帝に会わせる以上、キセトはその場に同席するつもりだった。イカイが刀を取れば、明日や驟雨、そしてその護衛たちでは敵わないというキセトの判断だったのだが。
「そこまでわかって、僕を城へ連れてきたのですか?兄さんは、舐めているんですか?僕もただの飾りではありませんよ?ここで皇帝を殺すことだって、可能です」
皇帝が身構えるが、遅い。それに城で習う護衛術程度でイカイは負けない。イカイだってキセトの弟なのだ。キセトには及ばないかもしれないが、血筋によって決められた化物の一人なのだ。再生能力も、皇族の魔力も、イカイの中にある。ついでに言うとキセトにはない"奥義"もイカイは持っている。
「だ、黙れ!不知火人がぁ!!」
大臣たちの声など意味はないと言い聞かせる。集中して、キセトの動きを見るんだ。東がくるまでの間、生き残るだけのこと。罵倒を相手にする必要もないし、ここで国の関係について語ることも無い。
「黙るのはお前だ、無能」
キセトの言動に集中していたからこそ、キセトらしくないこの台詞に狼狽を隠せなかった。
キセトが他人を見下す言い方をしたのか。黙っていたこともできたこの場面で、わざわざ?
「む、無能だとっ!?」
当然、叫んだ大臣も怒りのベクトルをキセトに向けた。平然とその視線を受けるキセトは、聞き間違えでは無いとでも言いたいのか、はっきりと繰り返す。
「無能は無能だ。現状を理解もしていない者が口を挟むな。無能でも大臣だろう。迫る戦争を避ける方法でも考えていろ」
「キ、キサマ!」
「無能を無能と言っているだけだ。今、イカイが口を閉ざせば情報源を失うのみ。さ、イカイ。東さんが来るのを待っているのだろう?東さんが来るまで、精一杯話して俺に刀を抜かせないことだな。黙れば、斬る」
「……その必要はないよ、兄さん」
イカイの言葉を押しのけるように耳鳴りのような音が成りだした。耳のいいキセトは無意識のうちに聴覚を閉ざし、イカイを逃さないように踏み込む。キセトの突きはイカイに腕を掴まれて無効に終わった。
キセトの右手を掴んだイカイは少し悲しそうな表情で――
「 」
イカイの口が動き、口を閉ざせば腕は開放され、すぐにイカイが駆け出す。向かうのは皇帝…、ではなくその後ろの窓か。
まだ音が響いているのかキセト以外は耳に手を当てている。一歩遅れてキセトがイカイを追うが、伸ばした右手が思い出したかのように痛んだ。痛みに支配され右手を畳む。再び手を伸ばしてももう遅いことはキセトだってわかっている。
高速でこちらに突っ込んでくる影を窓越しの空に認め、キセトは後ろに跳んだ。
「きゃぁぁぁ!!」
悲鳴がキセトの聴覚を呼び覚ました。この場唯一の女性である明日のと思えば、後ろを振り返ったキセトには逃げ惑う大臣たちが見えた。逃げ惑う情けない大臣の中、明日は真っ直ぐに侵入者を睨んでいる。もちろん驟雨も、おびえてはいるものの視線を逸らしはしていない。
侵入者、ドラゴンに乗っている東はその視線に視線を返すこともなく、イカイを回収している。窓を叩き割ったドラゴンは流石に痛みを感じているのかかなりおとなしい。
「ドラゴン…」
「北の森の特権だよなぁ、魔物を制御して戦力にするなんて。羅沙じゃ南の森が一番近い聖域か。まぁ、羅沙の人間は魔物を半永久的な魔力を供給するための道具にしか見てないようだが。制御さえしてしまえば、魔法を使わない不知火人すら、空を自由に飛べるのにな。羅沙は魔法に頼りすぎなんだよ」
「野蛮ですね」
決して東の言葉にキセトがそう答えたわけではない。ドラゴンの体にある無数の傷を見てそう言ったのだ。言うことを聞かせるために覚えさせたのだろう。逆らうことは痛い目に合うという事を。言葉が通じないドラゴン相手には武力ぐらいしか人間は方法を持たないから。
幼少期を術士たちと共に過ごしたキセトは、そうではないのだが。だからといって、ここでこのドラゴンにしてやれることなどキセトには無い。
「じゃぁな、キセト。戦場にお前が出てこないことを祈る」
東が捨て台詞を吐いてドラゴンに飛び立たせた。
後に残されたのは壊された謁見室と、立って睨むことしかできなかった姉弟皇帝と、なにもしなかったキセトだけだった。