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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
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以上の点をご理解の上、お読みください
暗い部屋だった。だが周りが見えないわけではない。バーのような、雰囲気を出すための暗で居心地が悪い暗さではない。
そんな部屋にいるのは三人。マスターらしき人物と、カウンターでマスターらしき人物と話している男。そして、その二人から離れた場所で酒を少しずつ飲む晶哉という面子だ。
親しげな様子でもないが、全く知らぬ仲でもないようで、三人の会話は一応成り立っている。
「晶哉様、不知火の石家に戻ったらどうですか?嫡子がこんなところにいると分かっていて報告しなかったとわかったら、おれたちも罰を受けることになりますし」
「石家の役割は賢者の一族の抑制。それぞれの国にある石家だけで、あの化物じみた二人を監視しつつ、時には抑制できるってなら帰るけど?」
「無理だな。コレは昌平の負けでだろ。さっさと呼び出した理由を話せよ、暇じゃないんだ」
昌平と呼ばれたマスターらしき人物は、晶哉と男の言い分に納得したようで、特にもったいぶることもなく、二人を呼び出した用件を伝えた。
「主様のお言葉が降った」
カウンターに座った男が姿勢を整え、不敵な様子で酒を飲んでいた晶哉もテーブルに酒を置いた。「主様」というのは四国全ての石家共通の主を指す言葉だ。石家に属する以上、この「主様」の言葉には逆らえない。
晶哉はすぐに視線をカウンターから逸らしたが、男のほうは間逆で待ってましたとばかりに次の言葉を促す。
「で?なんて?」
「化物は二人。戦えば世界は壊れる。神の力同士の戦いは避けるべき。念には念を」
男が結局はそうなるのか、と呟いた。先ほどまで言葉を待っていた態度は崩れ、うんざりしたようである。晶哉は今にも舌打ちしそうな表情でまた酒を呷った。
しばらく三人は沈黙していたが、突然カウンターの男が上を向いたので他二人が注目する。それって違う意味でとれないかな、とまるで独り言のように男がどちらにでもなく訪ねた。昌平はその心境を察して黙り、晶哉はあえて答えてやる。
「化物は二人というは間違いなく焔火キセトと峰本連夜だ。二つの賢者の血筋を引く第一子。『戦えば』と言っているんだから戦えなくすればいいだろうな。簡単なのは力を封印してしまうことだけど、そんな生半可なもの効くと思えない。殺すほうが確実だ。ただ、簡単には死なない奴だから、比較的楽に殺せるほうを殺す。念を押されてるんだから両方のほうがいいかもしれないが、おれたちにそんな力はないだろう」
「晶哉様がそう言うならそうだろうなー。で?どっちがいい?やっぱり弱りに弱った焔火キセトのほうか?」
「はっ…、何もわかっちゃいないな。弱った、だと?キセトのどこが弱っているんだ。いや、確かに全快ではないが、おれたちと比べれば相変わらず強者だよ」
ノリノリで晶哉がキセトについて語る。昌平も男も呆れつつ、ならどうするんだ?と首を傾げておく。
彼らは全員石家の人間だ。ただし、晶哉とは違って羅沙の石家の人間である。石家は全ての国において平等だが、「主様」がいる不知火の石家だけ特別扱いされる傾向にあるのだ。
よって、この場では不知火石家の嫡子である晶哉がリーダーで方針を決める立場だった。
「だーからって、峰本連夜をやれるのか?」
「あぁ。殺せる。そのために俺はギルドに留まったんだからな。おれがいうことを実行してもらうぞ、昌平」
「いいですよ。で、なにをすればいいんですか?」
昌平がにっこり笑いながら答える。なんでもしてやるよ、とカウンターから出てきていた昌平は晶哉に酒をついでやった。昌平の奢りであり、いい作戦を期待しているという意思表示のつもりだった。
「いいのかよ。あんたにとって峰本は――
「いいんです。いいんですよ……。おれは石家に生まれました。石家の運命なら、果たすだけのことです」
「………」
晶哉は感情の篭らない沈黙で、男だけが昌平を気遣うように言葉を濁している。次の言葉が見つからないのか、結局男もそのまま黙りこくってしまった。
不知火のように石家が強い力を持たない羅沙で、昌平のように「石家の運命」にこだわる人物は少ないと思われている。ろくな報酬も保障されていないのに、と考えるの者が殆どだ、と。羅沙の大臣や貴族たちが石家を重視しない理由がそのためだ。
だがそれは違う。石家の人間はその命をかけなければならない。もし、「主様」に裏切りや怠慢が知られれば、彼らは死ぬ。石家に生まれたものは全員が全員、その命ある限り、「主様」との契約状態にあるからだ。
「主様」の言葉を逆手に取るなど逃れる方法はあるが、繰り返すと「主様」の癪に障る可能性だってある。石家に生まれた時点で「石家の運命」に縛られて生きる。
ある意味、賢者の一族同様、その血に縛られた一族が石家なのだ。
「やることは簡単だ。後ろを取って、後ろから刺す。以上」
それだけ言うと晶哉は注がれた酒を全て飲み干す。薄い酒ではないはずだが、晶哉が酔った様子は無い。単純すぎるこの作戦も真剣に考え出されたものらしい。
自分にも、今酒を奢ってくれた昌平にも、カウンターに座っているだけの男にも、「主様」との契約が鎖として見えそうで、晶哉はあからさまに二人から視線を逸らした。それが二人の男には、この作戦の適当さを表しているようで不安に思う。
「後ろを取れるのか?」
視線を逸らされたとわかっていても昌平は気にした様子はみせないようにした。単純にしか説明されない計画について聞く。失敗すれば命はないのかもしれないことだ。慎重にもなる。
「とれるさ。峰本連夜は、意外と知人を大切にしてるからな」
「大切に、か……」
「これを使え。術を施してある。自分で強化してから使えばいいだろう」
晶哉がテーブルに出したナイフ。常人相手でも刺す場所を選ばなければ殺せないほどのおもちゃのようなナイフだ。切れるのかすら怪しい。
だが術が施してあるというのは本当のようだ。ナイフが時折怪しく光る。光るとその胴に手書きの術式が見えた。
「晶哉様が施した術に強化なんて必要か?このままで……」
「念のためだ。相手は賢者の一族だぞ。気を抜くな。確実に殺せ」
「わかったさ。文句は言わない。きっと奴と知り合ったのもこうするためだったんだ。背中を取るためだけの友情だった。それだけ」
ナイフを手に取った昌平が目を閉じて決意を固めている。連夜との楽しかった日々を思い出しているのか、逆に連夜への恨みを思い出しているのか。それとも連夜のことではなく、自分の使命というものを考えているのだろうか。
どちらにしたとしても、昌平はナイフを晶哉に返しはしなかった。




