表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
化物と心と命編
74/90

069

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 昨日は在駆ありくが去り、今日は静葉しずはがギルドから去った。

 連夜れんやは何も言わなかった。静葉の退職届の中身を読んで、俺には見せるわけにはいかないな、と笑っただけだ。


 ギルドからの帰り道。ふと、俺はナイトギルドを立ち上げた理由を考えた。ギルドから家に帰るまでの間に答えが出るとは思わない。だが、俺にとって隣に亜里沙ありさがいるというのに他のことを考えるということは、よほど大切にしたいことなのだと思う。

 俺の心は元々理紗りささんのものだった。理紗さんが大切にしたいこと、普通の人が大切にしたいことなのだろう。それでも、俺にはなぜ大切にしたいのかがわからない。去っていったものを追う必要も無い。引き止める必要も無い。そう思うのに、去っていったことをきっかけにこのギルドの存在意義を思い起こすなど。

 やはり人の心は使い勝手がわからない。俺にとっては持余すものでしかない。


 「亜里沙。今少し考えていたんだが、なぜ俺はギルドを立ち上げたのだろう。当時は何を思っていたのだろう」


 「ん?んー、連夜君とえる様がいたんでしょ?鐫様の騎士もしてた。でも北の森の民でもあった。帝都にいやすくするためじゃない?」


 「そうだったのかもしれない」


 いや、そうではないはずだ。

 ただいやすくするためなどというのなら、騎士として仮面を被って城にいればいい。わざわざギルドを開いた理由はなんだったのか。

 あぁ、そういえば連夜が喚いていた。そして今もギルドの入隊基準だ。『居場所を求めるもの』。居場所が無い人間に居場所を与えるため。仮のものでしかなくても、それでも腰を落ち着けられる場所を。

 ナイトギルドが居場所だというのなら、なぜ在駆と静葉は去ったというのだろうか。居場所ではなくなってしまったのだろうか。では彼らはどんな居場所を求めていたのだろう。


 考えた。ただただ考えた。キセトに感じることはできない。ただ理屈で考えた。根拠を探した。だが、たった一つすら、根拠のある考えは浮かばなかったのだ。

 家について、倒れこむようにベッドに入って。このまま眠って死んでしまいたいと思う。目覚めなくてもいいと。朝日など二度と浴びたくないと。神なんていうものがいるのなら願ってやってもいいなどと思うほど。


 「父ちゃん!えほんよんで!」


 そんなくだらない考えは、愛する息子のこの一声で砕けられるのだが。

 龍道りゅうとや亜里沙がいるのだから。だから、俺はまだここにいなくては。


 「あぁ。どれを読めばいい?」


 「これ!」


 龍道が差し出した絵本。それは俺の所有物で、もう絶版されたために取っておいたものだった。絵本は絵本なのだが、中身は子供向けとは言えない。あまり気が進まないのだが、龍道が望むのなら仕方が無いか。


 「ほら、布団に入りなさい。読んでやるから」


 「あ!母ちゃんには内緒ね!父ちゃんの本触ったら怒るの!」


 「わかったよ」


 龍道が布団に入ったのを見て、絵本の表紙を開けた。それは、はるか昔の兄弟の話。遠い遠い、追えば気が狂いそうになるほど遠い先祖のお話。


 登場人物は四人の兄弟。どこにでもいそうな兄弟。だが神の森で迷ってしまったため、彼らは過酷な運命をその血に宿した。現代の俺や龍道にまで残る運命。神の力を受け継ぐという運命。神のしもべの主になるという運命。

 神の森は常人では足を踏み入れることすら出来ないはずの空間だったから。その森で迷えたというだけで、四人の兄弟は神を打ち破ってしまったのだ。

 神は自らを打ち破った四人に試練を与え、一人でも欠けされるために人間には過ぎた力を与えた。だが、神が知るよりも人間は醜かった。人間には過ぎた力を持つ兄弟たちを奪い合い、引き剥がし、互いに戦わせた。狂うほど長い間。そう、現代に至るまで。

 神を超えた一族、人間を滅ぼしたいという神の思惑は、別の形で叶うのだろう。このまま同じように時代を繰り返せば、必ず。それを変えたいという俺の願いこそ、神への反逆なのかもしれない。

 それでも、愛しい息子や、まだ存在もしない子孫たちを苦しめるだろうこの運命を変えたいのだ。


 「ねぇ、最後はどうなるの?その人たちはどうやって死んじゃったのかな?」


 「ここには何も書いていないけれど、他の文献を見ると、殺しあったらしい。最後まで。次に四人が再会したときに、互いが互いを殺した。四人で。誰にも何も言い残さずに」


 「ふーん……」


 「それぞれ四人の賢者の性格が国の性格になったといわれているんだ。目立ちはしないが安定した天然資源や人工資源の生産で支えるあおい、絶対の強さを持つ不知火しらぬい、お互いを知ることに重点を置きそれぞれの道を究めつつ一つの国として多方面に成長する明日羅あすら、一人の皇帝への信頼を糧にして団結する集団の力を持つ羅沙らすな。国として立ち上がっていたため、主が死んでも変わらなかった。ただ、協力していければもっと良かったんだな」


 協力なんてできないだろうけれど。

 神の力は遺伝した。人々は賢者ではなく賢者の力を見るようになった。誰よりも何よりも、神の力が選ばれた。そして、自然に神の力を色濃く受け継ぐ第一子が重視されるようになっていく。


 それでも、記録上で賢者の一族は人間として生きている。賢者の一族と呼ばれるようになる前も、後も、神の力を持つだけの人間であったはずだ。それこそ連夜のように。

 なら、俺は?なぜ人の心がわからないのだろう。なぜ人の心を持たずに生まれてきたのだろう。なぜ、人として生きられないのだろう。

 再会を果たした両親はとても人間らしい人間だ。人間と人間の子なのだから俺も人間なのだろう。なら、なぜその人間としての生活がこうも馴染まないのか。


 「あれー?りゅー君寝てるじゃない。せっかくお風呂いれたのに」


 「慣れない場所で寝泊りして疲れていたんだろう。それか、英霊えいれいと遊んで疲れたか」


 「そうかーそうかもね。よっし!じゃキセト入っちゃって!」


 「あぁ。お先」


 「はーい」


 笑ってくれる亜里沙は愛らしい。見ていてドキドキする。本当に好きなのだと痛感する。のに、俺には他人事で。この愛すら自分のものにできない。

 グラリと視界が歪む。いや、傾いている。自分の体が倒れようとしているんだ。近くのものを掴もうとした手に力が入らず、壁を滑るだけ。

 床に顔を打ち付けて派手な音がなった。意識が薄れることはないようだが、体はピクリともうごかない。エネルギーが切れた機械のようだと、自分のことながらキセトは感じる。それもそうか、とも思うのだ。


 言っていたのは連夜だろうか。賢者の一族の力を二つも継ぐことは、常に爆破を押さえ込んで生きるようなことだと。今、力の入らないこの体にそんな力があるのか。むしろエネルギー切れというほうが似合っている。力を抑えるためにエネルギーを使っているとでもいうのだろうか。

 いや、違うな。俺だってわかっている。万全ならエネルギー切れなど起こるはずがなかった。生命力が欠けているから起こったことなのだろう。


 「キセト?すごい音したけど、大丈夫?」


 そんな顔しないで。俺は大丈夫。大丈夫だから、捨てないで。

 意識ある限り尽くすから。亜里沙にも、龍道にも、連夜にも、誰にでも、尽くすから。誰かを幸せにするために。誰かを不幸にしないために。最後まで。

 それがこんな「化物」を生活の一部として受け入れてくれた人々への償いだと思うから。それが出来なかった静葉は、結果として離れていったけれど。残っている人々にはそれしかできないから。


 「大丈夫だよ、亜里沙。大丈夫。ほら、服脱ぐから出てくれ」


 だが、亜里沙は俺が「誰かのために」というために悲しそうな顔をする。そんな顔をさせたいわけじゃない。笑っていて欲しい。だから、嘘付きにもなるし、表面で騙すようなこともする。


 「う、うん。無理しちゃだめよ?」


 「わかってるよ」


 無理なんてしたことはない。行き過ぎた力をもった俺に無理なんてできない。大丈夫、大丈夫。

 わかっている。理解はしている。静葉にもっといい言葉をかけてやれたはずだ。静葉にはもっと納得する選択肢を与えられたはずだ。もっと、もっと静葉にも俺は尽くせたはずだ。心なんていうものさえ把握することができれば、化物の俺でも何かが出来るはずなのに。


 「何も、出来てないじゃないか」


 今俺が尽くしているものでは足りないのか。おそらく、この幸せな空間に浸っている時点で足りていない。足りていないのなら足りさせなければならない。


 「ごめん。無理なんてしていない。本当だ……。俺にはこの幸せが耐えられない」


 俺が幸せになれば誰かが不幸になるなんてことはないと、これも理解はしているのに。低い声が俺の記憶に植え付けた。俺は幸せを感じてはいけないと、ただ事実を教えたあの声が忘れられない。


 「どうか、"俺"を許してください。からす様」


 俺が初めて知った肉親で、俺を兵器として育てた人。

 今思えば俺を一番理解していた。俺に心がないことも、人間として生きられないと言ったあの言葉も、今になってその通りになってしまった。

 俺の祖父であるはずの鴉様はイカイのことは孫と認めている。イカイのことを愛していると俺は聞いている。

 だが、俺のことになると孫であることどころか人間としても認めていない。俺は一度も名を呼ばれたことはない。俺がキセトであるとあの人は認めてくれない。不知火の兵器。それが鴉様にとっての俺という存在。


 「…………帰りたい」


 どこへ?自分の言葉に自問して、答えを出せない。

 帰るという言葉を使った連夜に俺は怒りを感じたはずだった。俺たちが帰る場所というのはギルドでもなく、鐫様がいてくれた場所だけだと思っていたはずだから。

 今、俺はどこに帰りたいんだ。帰りたいって、なんだ。

 帰りたいじゃない……、助けて欲しい。ここから連れ出して欲しい。だれか、俺を人間にしてくれ。俺に理解できない常識とやらを俺に教えてくれ。だれか、俺を――


 風呂から上がって出ない答えを悶々と探す思考を一時停止した。

 精神的には落ち着く場所が見つからなくても、今の俺には自宅というものがある。そこには亜里沙と龍道がいるんだ。それで十分じゃないか。

 俺はここで幸せになろう。許されないかもしれないが、それを望んでくれる家族のために。





 そう考えられるようになったのに。なんで、こんな時に。





 家のチャイムが鳴った。風呂上りの姿だが玄関先ぐらいは大丈夫だろうと俺が向かう。夜中に誰だろうという考えもあったが、どうせナイトギルドの誰かだろうと思っていた。


 「やぁ兄さん。久しぶりだね」


 扉を開けて立っていたのは弟。イカイの言葉通り久しぶりだ。久しぶりなのだが。


 「なんで…、なんでここにいるんだ?ここは羅沙だぞ」


 「知ってるよ。知ってる。だから、ここにいる」


 その後、俺の自慢の弟が言うことは知っている。

 だから思ってしまう。言わないでくれ。

 俺は血筋なんて関係なく、出会って好きになった女性と暮らすんだぞ?息子も運命なんてものに縛らせるつもりもないんだぞ?

 俺は、自分の血に定められたことから、逃げたんだぞ?


 「不知火頭領として、僕はここにいるんだよ。兄さん」


 俺が逃げ出した"黒"の全てを背負ってお前がここに現れるのか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ