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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
晶哉もキセトも去り、呆然と佇む静葉に子どもたちとギィーリがそっと近づく。ギィーリには話しかけられるような様子ではなかったので、子どもたちに声掛けを頼んだ。
「「あー、あの人どっかいったー!よかったぁ、あの人こわーい」」
「……」
子供たちもなぜかちぎれた胴が繋がっていることすら、静葉は聞かなかった。キセトの自分への接し方がそれほどショックでもあった。それを隠そうと必死になって相手を気遣う余裕すらなくなっていた。そして、ギィーリには話さなければならないこともある、とそのことばかりに気を取られていたからだ。
静葉はギィーリに話さなければならない。いまだ、羅沙を滅ぼしたいと思うほど憎み復讐を考えているはずだ。現状を知らないまま走らせてはいけない。静葉の知る限りを知らせる義務がある。
「話があるの、ギィーリ」
「は?あー、じゃ、うん。人気の無い場所で頼む」
そういいながらギィーリが進む先は確かに人気がなさそうである。子供たちもそれに素直に従って進んでいる。静葉はギィーリと一緒にいるところを誰かに見られたりしないかと思ったが、あいにく大通りに残っている人物など怪我で意識を失ったものだけだった。
ギィーリについていくことに罪悪感もあるが、それでもついていった理由は、ギィーリなら答えを出してくれるかもしれないと思ったのかもしれない。ここ数日で知った、キセトの化物加減というものとの向き合い方というものを。
――ということよ」
静葉は全て話した。ギィーリが黙って聞いてたので一息で話しきった。
父が生きていたこと。ギィーリからすれば義父にあたる嵐が生きていた理由。そして、やはりあれは事故という扱いになっていること。明らかにおかしい点があるが、誰もそこには触れていないこと。静葉の感想。
もらさず聞いたギィーリの答えは簡単で、
「それはおれが立ち止まる理由にはならない」
というものだった。
「そう」
だから静葉も単純な答えを返す。ギィーリと静葉は別の道を進んでいるのだから、ギィーリの答えに必ずしも同意しなくてはならないわけではない。ギィーリの復讐を止める気などない。
「そもそも、結局事件についてはなにもわかってねーじゃん。何も変わらないから、何も変わらず復讐もするよ。火炎も水河もそれで同意してるんだ」
「「同意してるー!!」」
「だから、そうって言ってるじゃない。復讐を始めた時に私が帝都にいたらまた止めるけど、今はそうじゃないんでしょう。なら否定する必要はないと思う。だから、そうっていうだけ」
「帝都にいたら、っていないかもしれないのか?何それ。街には帰れないって言ってたんじゃないっけ?」
よく覚えてるわね、と静葉が呟いた。
たしかに静葉は言った。ギィーリに言った覚えはないが沙良から聞いていたのだろう。時津の街には戻れない、と。
「お父様からお誘いがあったのよ。明日羅に帰らないか、って。明日羅の帝都での仕事をお手伝いすることになると思うの。どっちにしろ、お父様も私も街には帰らないでしょうね」
「なるー」
「「ギィーリ兄ちゃんも帰るの?それ」」
子供二人が全くブレないハモリで尋ねてくる。
静葉はギィーリが帰るなど言うはずないと思っていたし、ギィーリも自分がそれに便乗して帰るなど考えていなかったのか、二人して子供たちの質問に呆気を取られた。
静葉も形だけでも聞いておくべきか、とギィーリに向き直って尋ねておく。
「え?あ、帰りたいならお父様に言えばいいんじゃないかしら」
「かえりませーん。そもそもおれはさ、事件の日に街についたから街自体に興味ないし。ただ、沙良姉ちゃんのためだけに復讐するんだ」
静葉に対してではなく子供たちを安心させるためのギィーリの返事。
子供たち――元沙良――は嬉しそうに笑っている。
「……あなたたちなら」
「ん?なに?」
静葉が言おうとしたこと。
ギィーリたちなら復讐を最後まで果たせるのではないか、という言葉。
だが、その言葉は言うべきではない。静葉は仮にも羅沙に属している立場だ。羅沙を襲おうとしているギィーリに、それを成し遂げられるなんて言うべきじゃない。
だから少し内容を変えて言っておいた。それでもギリギリの発言だが。
「あなたたちみたいなら、私はミラージュを成し遂げられたのかもしれないわ」
仲間との関係。最後の最後まで信頼し、利益が無くても相手に尽くせる関係。
ねぇ、沙良。私とあなたは違ったようね。私には、あなたにとってギィーリのような存在がいなかったもの。一番信頼し合っていると思っていた形ですら、違った。
ねぇ、沙良。あなたとギィーリなら、復讐を成し遂げるのかしら。
「……まっ、いいわ。過去のことを言ったって仕方がないものね。あなたは明日羅には戻らない。お父様に伝えておくわよ?」
「別に伝えなくていいじゃん…。会ったこともないんだし、手続きだけの養子だし。おれはあんまりそういうの気にしてないし」
「気軽に聞いてみただけよ。帰ってくるなんて思ってないし、私も帰らないし」
「あれ?悩んでるんじゃないのかよ。だからあんなふうに言われても黙ってたんじゃ……」
「聞いてたの?知らないフリしてたのね」
「はうぅ!?」
「…いいわよ、別に。今さ、迷うってか、思うのはさ。キセトと連夜の行く道が違ってきてる気がするの。私が進みたい道は連夜に近いのよね。なのに、あの二人はあくまで同じ道を歩んでるつもりらしいの。私からすれば全く違う道よ。いま、隊員たちはみーんな、どっちにつくのか迫られてるみたいなもん。私は連夜よりなんだけど、だからといってキセトを捨てるわけでもないし」
静葉も全員の選択を知っているわけではないが、ちらほらと同じ声をギルド内から聞いた。
蓮はどちらにもつかないと明言した。ただ治療という面でキセトよりに見えるかもしれないと断ってはいたが。静葉の知るところではキセトに恋心を持っていたはずなのだが、それでも中立であるらしい。
在駆も結局はどちらも選ばなかった。蓮とは違ってギルドの外へ出るという選択肢を取った。
戦火と茂はキセトよりだと聞いている。ただ、キセト個人ではなく、羅沙皇族、もしくは二人の友人である驟雨の影響が大きいらしい。
松本姉妹は揃って連夜よりだと言っていた。瑠莉花はともかく、瑠砺花は少々キセトに不信感が芽生えたとか。
英霊はどちらかを選ぶほど状況を理解しておらず、慕っていたキセトにそのままつくと思われる。
晶哉は言わずともキセトよりだろう。
「キセトは…、人外過ぎるから。ついていけないというか……」
「人外?おれのイメージではひょろっとした色白のモヤシだったけど」
「強いのよ、あれでも。強いだけならいいけど、その、あまりにも人から離れすぎてる。人は死んだら終わりっていう基準すら破ってるじゃない」
「え?こいつらのことか?」
ギィーリが子供たちを庇うように立ち位置を帰る。静葉にそのような思いは無かったものの、常人からすれば"元沙良"の子供たちだって十分"蘇り"の対象にはいるだろう。
だが静葉にとって子供たちは沙良ではない。全くの別人として生まれ変わったという表現がしっくりくる。亜里沙のようにそのまま蘇ったわけではないと思う。
「ちがうわよ。その、私が言ってるのは、生まれ変わりのことじゃないの。そのままで蘇るなんて気持ち悪いってこと。亜里沙さんには悪いけどね」
ギィーリには個人名はわからないものばかりだったが、誰かのエゴで誰かが蘇ったことだけはなんとか理解した。
結局は彼も、元沙良の子供たちで少し感覚が鈍っているのである。静葉は死んだ人間が蘇ったと言っているというのに、特に嘘だとも思わなかった。
「でもさー。おれはこいつらでも思ったんだけど。蘇った人と当然のように接することができるおれも気持ち悪いかもしれないし、蘇ったこいつらだって気持ち悪いかもしれないけど、一番気持ち悪いのはさ、蘇らせた人だよな。そんな力、おれなら使いたくねーもん。好きな人が死んだら、死んだんだって受け入れるのが残った人間のやることじゃね?」
「キセトにとっては亜里沙さんは特別だったのよ。かなーりね」
「じゃ、時津様が人を蘇らせられたとして、沙良姉ちゃんとか時津の街の人たちを蘇らせる?一人だけ選んで。一人しか蘇られないのに、選べる?選んだ責任も、選ばなかった責任も何もかも背負える?自分のエゴに自信もてる?」
「それは……」
「特別だったとか言ってさ、誰だって特別な人ぐらいいるじゃん。その人にとってどれぐらい特別かなんて、誰かと比べられないでしょ。おれにとって沙良姉ちゃんが特別だったのと、そのキセトって人にとって亜里沙って人が特別だったのは違うのかよ。おれの沙良姉ちゃんへの思いはその人の思いに負けてんの?」
「……」
答えられるはずがない。どんな言葉を答えたとしても、それはこの場をやり過ごす表面的な言葉になる。
だが何かを答えなくては。そう思って静葉が言葉を探しているうちに、静葉の中で何かが動いた。劇的に動いたわけでもない。ただ、静かに、コトッとでも音を立てているんじゃないかというぐらい、軽いものが動いた感触。
それでも、それが抑えていたものは静葉にとって意表過ぎて、さらには大きすぎて、突然すぎた。
気持ち悪い。
キセトが気持ち悪い。キセトの持つ力が気持ち悪い。
今までその思いに蓋をしていたのかと思うほど、静葉の中に気持ち悪いという感情が溢れてくる。ギィーリへの答えを探すことが、自分の蓋を取り払ってしまった。動いたのは蓋だったのか。
キセト自身を否定したくない自分と、でもどうしようもなく気持ち悪いと思う自分。
なぜ、人を蘇らせようなんて思ったの?いくら大切な人でも、生き返らせてまでなにがしたかったの?ねぇ、キセト。賢者の一族も特別な力も関係ないよ。なんで。なんで今まで平気そうな顔で亜里沙さんと会話できてたの?
なんで、平気なの?
「気持ち悪……」
「お、おい。無茶すんなよ?」
静葉に反発心の強いギィーリですら心配している。だが静葉にギィーリに応える余裕は無い。
ただただ、今まで慕っていたはずの相手を気持ち悪いとしか思えなかった。
キセトに人の心など無いのではないだろうか。キセトは人の心を何もわかっていないのではないだろうか。
キセトに語りかけるつもりで、静葉は必死に言葉を吐き出す。ここにキセトはいないのに。
「わかんないよ。わかんない……。なにが正しいなんて。でも、キセトはおかしいよ」
人の幸も不幸もわからない。嬉しさも悲しみもわからない。
だが、涙を流していたキセトの姿も静葉は見ている。何も分かっていないと思っていたのに、在駆のナイトギルド離脱には涙を流していた。
「どっちなのよ……。キセトは何なの?何がしたいの……」
静葉には連夜の道ははっきりと見える。連夜はきっと、ナイトギルドを守るために、なんだかんだ言っても静葉たち隊員を守るために動いてくれる。
でもキセトは?ギルド隊員には優しさも見せる。だが距離を置かれていると感じるのだ。ただ絶対埋められない差として。そしてキセト自身がどこに向かおうとしているのかも、ギルドに執着しているのかすらわからない。
このとき初めて、静葉はキセトという化物が敵になるかもしれないと考え、その恐怖の鱗片を味わったのだった。あの化け物と対立しなければならない恐怖を知った。想像に過ぎないと言うのに、戦士である静葉を戦慄させるには十分すぎる力がキセトにはある。
恐怖を感じるのに、それでもキセトを気持ち悪いという思いは止まらない。キセトと共にいることなどできないと、心が悲鳴をあげていた。
そしてそれが、静葉とキセトの別れの始まりでもある。