066
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
静葉は翌日にも退院し、ギルドに戻ってきてはいた。まだ戦闘系の任務には参加できないものの、傷も日常生活に支障が出ないほどにはなっている。が、そんなことよりも静葉が気にしてたことは在駆のことだ。
ギルドを辞めたらしい。キセトの敵に回ったらしい。
そして静葉の中で、そのことと昨日のキセトの様子が繋がり、また複雑だった。
「はーあ」
ため息を漏らしながら在駆に思いを馳せる。いなくなればいなくなればでつまらない。
今の静葉には選択肢が用意されていた。一つ目は父の嵐から。一緒に明日羅に帰ろうと。もちろん嫌ではない。二つ目はギルドから。このまま残りたいなら残ればいいと。今のところ静葉の意思に一番近い。
だからと言って即答できるほど軽い選択でもない。父の嵐について国に帰れば、おそらくは一通りの幸せというものが待っているはずだ。ナイトギルド隊員としての日々さえ忘れることが出来れば、人生で最もよい道である。
だが、ナイトギルドも静葉にとっては大切だ。ここで知り合った仲間もいる。ここでの仕事内容にも達成感を覚えている。帝都での日々にもやっと慣れ始めていた。
結局、どちらを選ぶべきか悩みながら、帝都をぼうっと歩くぐらいしか静葉にすることはない。ギルドも怪我をした静葉を気遣ってか、少しよそよそしい空気が広がっていて居難い。
「あっぶねぇーー!!」
「な、なってうひゃぁ!?」
考えことをしていてぼうっとしていた静葉に誰かがぶつかる。いや、ぶつかるというよりは、頭を抑えられて無理矢理しゃがみこまされたというべきか。
「なんなのよー!」
「なんなのはこっちだよ!お前危機察知能力ゼロなの!?あんな丸わかりに襲われといて警戒してないの!?」
「はぁ…?って、ギィーリじゃない」
「なんでおれ見て落ち着いてるんだよ!むしろもっと焦ってくれないとおれが戸惑うわ!」
静葉の目の前にいたのはギィーリ。静葉の義弟で、互いにすれ違ったまま消えた相手だ。ギィーリは殺人鬼ミラージュの容疑者でもあり、静葉にとって因縁の相手でもあり、ギィーリの言うとおり静葉もっと焦るべきなのだが。
だが、ギィーリにはそんな余裕がないように見える。いそいで静葉を移動させようと必死だ。
「何よ!本当に何なの!?」
「後ろ振り返ってみろよ!ってあれ?いない?嘘だ…」
走りながら後ろを見るが、静葉にもギィーリにも特に目立つ人物はいない。
ギィーリが説明するには静葉に切りかかる影が見えたというのだが、切りかかるどころか武器を持っている人物すらいない。
「あ、あれー?」
「はぁ…。確かに私はぼうっとしてたけど、切られかけて気づかないほど間抜けじゃないわよ。むしろ無用心なのは私の前にまんまと姿を現したあなたじゃないの?」
「た、確かにいたんだけど……」
静葉の脅しを無視してまで不思議がっている。本当に見たのかも、と静葉も考えたが、もっと考えれば静葉の後ろを取れる人物のほうが少ない。しかも殺気もなにも悟られずに。やはりギィーリの気のせいだろう。
ギィーリの納得いってなさそうな呟きを聞きつつ、静葉も前に向き直った直後、子供が二人、ギィーリと静葉の手を引いて走った。どこから現れたのかわからないが、ギィーリの名を呼んだので、どうやらギィーリの連れらしい。
「「ギィーリ兄ちゃん!ヤバイよ。なんかいるよ!」」
見事なハモリの声が響いた。静葉がなんのことよ、と聞こうとした瞬間、後ろで地面をえぐる音がする。振り返らずともそれが子供たちのいう「ヤバイ」だとわかった。
静葉も手を引かれるまでもなく、自分で走り出した。音がしたいまですら気配が無い。攻撃があった後ですら、気配を読めない。それが示すのは気配を消す特別な技術か、圧倒的な実力さだ。
静葉としては昨日襲われたばかりなので後者だと直感的に思う。それならば勝てるわけが無い。逃げるのが一番だ。
「なんなんだ!姿が消えたり!なんであんなのに襲われてるんだよ!?」
「「ギィーリ兄ちゃん!黒髪だ!!黒髪だよ!不知火だぁぁ!!」」
「不知火ぃ?なんで羅沙の帝都に不知火が…!」
「「ギィーリ兄ちゃん!止まって!いない!消えた!!」
「了解!」
静葉が口を挟む隙すらなく、三人で決めてしまったようで足を止めた。静葉はこのまま走り続けてギルドに向かおうかと思っていたのだが、子供に両腕を掴まれて仕方がなく止まる。
「不知火って…。昨日のかも」
「昨日!?あんなのと毎日戦ってるのかよ!さすが時津様だな!!」
ギィーリが見えない敵を警戒しつつも、もうヤケで叫んでいた。
見えない相手に狙われている。しかも狙われる立場になると全く攻撃が見えないときた。第三者から見れば丸わかりなのに当事者になるとわからない。例えば静葉に察知できなかった攻撃をギィーリが気づいたように。
「冗談じゃないわー。言っとくけど、勝てないから。逃げるの手伝って」
「それこそ冗談じゃ――「「いいよ!!逃げよう!ヤバイもん!」」
ギィーリに食い込み気味で子供たちは同意してくれた。静葉も小さく頷く。ギィーリもしぶしぶという様子で頷いた。
「「ギィーリ兄ちゃん。お姉ちゃん。ぼくたちの合図で走ってね!」」
「あーもう!お前らが言うからだからな。別に時津様に従うわけじゃない!」
「なんでもいいけど、合図出すのが子供でいいの!?」
「「まかせて!攻撃される瞬間がね、見えるから!」」
二人の子供がそれぞれ静葉とギィーリの手を握る。じっと周りを警戒しているようで、まかせてと言ったきり発言しない。静葉とギィーリも無意味かもしれないが周りを警戒する。二人で警戒するより四人のほうがいいだろうという単純な考えだ。
「「今だ!」」
声と同時に静葉の体が引かれた。その力に任せて引かれておく。集中力を全て視界に集めた。足も手も、何にも意識を向かわせず、その視界に映るものを見る。
銀の線が走る。振り下ろされた刀か。黒髪の男が構えている。レイピアを愛用する静葉が知り尽くした突きの構え。鉛色の点がちらついた。静葉の顔に、目に、真っ直ぐ放たれた刀だと遅れて理解する。もちろん相手の間合いの中に静葉はいる。喰らうだろう。
「「ていっ!」」
「あんた馬鹿か!?」
子供のハモリとギィーリの声。
二人がかりで子供たちが黒髪の男の刀を止めていた。ギィーリが静葉の服を引っ張ることで突きも何とか当たらい位置にいる。
襲われたのなら顔ぐらい見ておかなくては、という静葉の考えはギィーリに馬鹿と一蹴されてしまった。
「火炎!水河!なんとかなるか!」
「「体裂けそう!痛い!!」」
「……あぁ、元田畑沙良、か。人間まがいの化物ね。なるほど、それでおれが見えたわけか」
黒髪の男――不知火弦石――が笑う。
子供二人、火炎と水河と弦石が均衡して動けないのをいいことに、ギィーリと静葉は弦石をまじまじと観察した。
若くはない。決して。フードを被っていたのだろうが動いたことで落ちている。髪は短く、目は敵意さえ篭っていなければ優しそうだ。ただ、真っ黒という色がそれを打ち消して見えるのは静葉の偏見なのだろうか。
「邪魔だ」
弦石の一言。同時に弦石が右手を宙に払った。
それだけだったというのに、火炎と水河の胴体が綺麗に切れた。何が切ったのかすらわからない。二人の言葉通り裂けてしまった体が崩れ落ちる。
「火炎!水河!」
ギィーリがやっと動くが体は裂かれた後だ。ギィーリが駆け寄って二人の体を何とか繋げようしているが、くっつけておけば繋がるようなものではない。即死だろうと静葉は思った。せめてギィーリが悲しむ時間ぐらい稼ごうと前へ出た後、驚くべきごとに子供たちは変わらないハモリの声が聞こえる。声量が落ちているようにも思えない。
静葉の疑問には子供たちの第一声が答えてくれた。
「「大丈夫だよ!ぼくらは人じゃないもの。それよりヤバイよ!ワイヤーだ!一杯張られてる!」」
「ワイヤー?そんなもんどこにも……」
ギィーリの言葉が途切れた。不審に思って静葉がギィーリを振り返ると、頬が裂けている。先ほどまではなかったはずの傷。今度は弦石が動いてすらいない。
「アークのワイヤーも見えないぐらい細いし透明だわ。その類なのかも。もしそうなら、ワイヤーなんて一言で言える品物じゃないわよ。しかもこんな大通りで扱えるなんて、相当だわ」
「やべーじゃん…、おれら」
ギィーリがしみじみ呟き、子供たちが不安そうな顔をした。それを見たギィーリは無理矢理笑って、お前らは寝てろ、と優しい声で子供たちに言う。素直に目を閉じたのを確認して、ギィーリは静葉と並んで立った。
相手の出方を静葉とギィーリで伺っていると、すっと弦石が手を地面と水平になるまであげた。ワイヤーを警戒していたが、静葉もギィーリも、子供たちも傷が増えることはなかった。
「後始末」
弦石が無遠慮に静葉を指差す。その言葉からして、静葉を殺しに来ている。しかも、周りを巻き込むことに躊躇する様子は見られない。このまま対峙すれば確実に、その目的は達せられるだろう。
だがここは街中だ。この状況だって人が見ている。ちらほらと悲鳴も上がっている。キセトか連夜の耳にこのことが届くまで耐えればいい。晶哉の説明を静葉もあとから聞かせてもらったが、特徴的に弦石だと判断できるし、そうであるならキセトか連夜で十分だろう。
そう、遭遇するまでは考えていた。だがそれは甘い判断だったのだろう。キセトか連夜の耳に届く前にバラバラに成っている可能性のほうが高い。
「あの二人は本当に大丈夫なの?」
「え?あぁ…、たぶん。まだよくわからん」
「なんなのそれ!それに『元沙良』ってどういうことかしら!」
「しらねーよ!なんかそうなんだって!」
静葉がギィーリの投げやりな返事に苛立ったものの、静葉もギィーリも警戒すべき相手は弦石だとわかっている。相手が動かないから会話などできるが、二人にはなぜ相手が動かないかもわからないのだ。
静葉がレイピアを、ギィーリが片手剣を構えて弦石を睨むが、弦石はまるで世界に自分しかいないように遠くを見ている。静葉を指していた指も、ペンまわしでもしているかのように無造作に動かされているだけで、攻撃とは思えない。ワイヤーのことを考えるとその指の動きも警戒すべきなのだろうが、静葉とギィーリに実害が無い以上、そんな余裕は二人にはなかった。
「なぁ……。昨日のとか言ってたけど、ホントにあんなのと戦ったのか?よく無事だな」
「無事じゃなかったんだけどね。警備兵に助けられちゃったし、相手がすんなり引いてくれたのよ」
「うー。助けがこないと二人揃って火炎と水河みたいになっちまうぞ!」
「そんなこと言われてもねー」
静葉が横目で逃げ惑う一般人を見た。すでに逃げ切っていてもおかしくないのだが、まだ人がかなり残っている。ワイヤーに当たったのか倒れているものも数人見かけられた。
「下手に動いたほうが切れそうだわ。相手も動かないんだからこちらも動かないでいましょう」
「正解だよ、それ」
「え?」
突然ギィーリではない声が会話に混じってきた。誰が?と二人が振り返る前にその声の主は静葉とギィーリを超えて、弦石に切りかかっている。もしかして一撃入ったのかと二人が期待するが、そんなわけは無いようで、声の主の攻撃は弦石に簡単に受け止められていた。
「よっ。久しぶりだな。晶哉」
「会いたくはなかったけどな」
「で?お前でおれを止めるのか?」
「キセトが来るまでは止める」
晶哉が構える。弦石も晶哉には応えるように構えた。静葉やギィーリには応えなかったくせに、だ。
だが静葉が見る限り余裕が崩れたわけではないようである。少し態度を変えたが、あくまで晶哉の登場に焦っているようには見えない。
だが、それは弦石が焦りを表面に出さないだけだ。敵にそんなもの見せない技術があるだけだ。
だからといって晶哉の登場に焦っているわけではない。そんなものは気にするところではない。弦石が余裕を無くした原因は「キセトが来る」という言葉である。今すぐにでも逃げ出すべきなのだろうが、一つ疑念が生まれたからギリギリ立ち止まっただけだ。
だが一瞬の隙を逃せば逃げる暇もなくなる。晶哉は弦石が小細工する時間をなくすためにひたすら攻めたからだ。ワイヤーを操る暇も、新たな暗器を出す暇も与えないつもりなのだろう。確かに、姿を現している弦石相手ならそれが最適な戦い方なのだが、晶哉と弦石の実力差を考えると長く続く晶哉の有利とは言えない。
まさにキセトがたどり着くまでの時間稼ぎなのだ。
「キセトが来てなにになる?あいつは人を傷つけられない。他人が理由を与えないといけない。おれたちにあいつが刃を向けるというのか?」
「向けられるさ。おれもそれが出来ないと思っていたから策も考えていたんだが、そんなこと必要ないと知った。あんたらが知らない四年の間にかなり変わったのさ」
「……へぇ」
晶哉の剣には自信が表れている。嘘でもないようだ。
だが、だからと言って弦石が知るキセトが消えたわけでもない。他人を傷つけられないキセトも確かに存在しているはずなのだ。
「お前は殺せないからな。石家さんよ」
「………」
晶哉は弦石の言葉に銃を引き抜いて答えた。超至近距離の発砲だったが、弦石は余裕を持って避ける。そして避けたままの体制で晶哉に一撃加えた。避けられると思っておらず、さらには追加で攻撃など考えもしていなかった晶哉はまともにその一撃を肩に受けてしまう。
「峰打ちだから安心しろ。骨はイッたかもしれないがな」
「いってぇ…」
その場に晶哉がしゃがみこんだ。弦石はもちろん痛みのためだと思っていたのだが。
座り込む晶哉がニヤリと笑っていたことから違うと悟る。だがすでに遅い悟り。
「こんにちは」
淡々とした声と、冗談ではない威力の横薙ぎ。晶哉がしゃがむことで出来たその空間には、すでに人がいた。
キセトが、いた。弦石はキセトの間合いにいる。しかも少々油断した状態で。それは致命的過ぎた。
「…つぅ!?」
横薙ぎは無理に受け止めずその威力に任せて吹っ飛ばされる。地面に叩きつけられ数度体が跳ねた。だが、その手刀をまともに受けるよりはダメージは軽いはずだ。
「お久しぶりです、弦石部隊長。部隊長クラスであるあなたと一介のギルドに所属する俺では勝負になりませんが、俺も俺で成さなければならないことがありますので。失礼ながらお付き合いお願いしたいものですね」
「はは…」
弦石は目の前に広がる絶望を見ていた。
キセトが構えている。こちらを攻撃するためだけに。それを弦石だけで向かうのは厳しい。いや、キセトが本当に戦う気なのならば東がいたところで厳しいものは厳しいか。
ともかく、他人を傷つけることを最も嫌うキセトが敵対している。それは本当に絶望でしかない。
「逃げるのですか?」
「まーな。元々対面して戦うのは苦手だ」
今、弦石とキセトの距離は離れている。この距離を弦石からつめる必要などない。キセトがいるというのなら、弦石は逃亡一択だ。
会話も弾ませず、別れの言葉すらなく弦石は去った。
「……逃げた。すまない、晶哉。逃げられた」
構えを解いて、キセトの足元にうずくまっていた晶哉に声をかける。手を差し出して晶哉が起き上がるのを手伝っている。晶哉もキセトに起こされてからキセトの言葉に答えた。
「いや、全員無事だしそれで十分だ。わざわざ呼び出してすまないな」
「だが、俺や晶哉の推測が正しいのならこれでは終わらないだろう」
「それは羅沙の出方次第だろ。お前が不知火に行くよりはいいほうに動くはずだ」
晶哉が即答することでキセトは納得したようだった。
が、静葉は逆である。キセトや晶哉の推測とは何だ。なぜ、今まで武器すら握ることのなかった(今回も武器は持っていなかったが)キセトが、いきなり元仲間であった不知火人に敵対できたのか。なぜ、また何もかもが秘密なのか。
納得できるはずもなかった。
「ねぇ、私に説明とかないの?」
キセトならすまないなんていいながら説明してくれる。聞けば答えてくれる。これはキセトの過去を聞いている質問ではない。今、静葉が襲われたことに無関係であることでもない。
キセトなら、説明してくれる。
「ない」
「え?」
「おいおい」
晶哉ですらキセトの断言に驚いていた。晶哉としては話すとばかり思っていたからだ。なにせ、静葉以外のナイトギルド隊員には全て推測を話したのである。
「いこう、晶哉」
「あ?あー?先行っててくれ」
「わかった」
自分の発言がおかしいなどとキセトは分かっていない。ここは晶哉がフォローしておかなければ互いに誤解したまま過ぎてしまう。
あっさりと場を後にしたキセトの背中を呆然と見送るしか出来ない静葉を見て、晶哉も上手くフォローできる自信などなかったが、しないわけにはいかないだろう。
「あー、その。そのガキに親父さんのこと話したか?」
「話してない」
静葉の返事は冷たい。はっきりとキセトに対して不満を持っていることを主張している。
晶哉はこれはおかしな方向に向いていると感じた。ここでナイトギルド内で入れ違いを起こしたくは無い。それがキセトのためだろうと思う。
そのために晶哉はここでフォローをやめるわけにはいかないのだ。
「その、事件の裏にあったこととか」
「そんなことどうでもいいじゃない。なんで、また黙ったきりなのよ」
「……お前が、揺れてるからじゃないか?現状を話せば話すほど、お前は羅沙に残る道しか選ばないだろ?キセトの優しさを間違えるな」
晶哉も、静葉が嵐や翡翠から明日羅に帰るように言われていることは知っている。晶哉が知っているのだからキセトだって知っているだろう。それならキセトはあえて羅沙で起こったことなど黙るかもしれない。
その優しさは殆どのものには冷酷さに取られることすら、気にせずに。今の静葉がそうであるように。
「そ、そんなのキセトに関係ないでしょ!今はギルド隊員なんだから話してくれればいいのに!」
「…関係ない?あぁ、関係ないな。全く関係ない。お前が明日羅に帰ろうが何にもキセトには関係ない。お前がその関係ない道に進むのを邪魔したくないんだろ。お前がその道を選んでもいいように、キセトは今の関わりを深くしないようにしてんだろ!お前が自分の意思でどの道だって選べるように!そのために自分は何のしがらみにもならないように!」
「そんなこと頼んでないわ!」
「あー、わかったよ。わかった。怒鳴ったこっちが悪かった。お前に何言っても無駄だ。ちょっと考えてから帰ってこい。キセトの優しさがわからねーから、在駆先輩に捨てられるんだよ」
叫んですぐに晶哉が顔をしかめた。
怒りに歪んでいると思われた静葉の顔は、悲しさが混じっていたからだ。もしかして、在駆に捨てられたなどと欠片も考えていなかったのか。
「なによ、それ」
「別に」
静葉がさらに言及しようとしたが、晶哉はすぐにキセトの後を追った。
晶哉は在駆が嫌いだ。理由はキセトを苦しめる原因の一つであったから。キセトは在駆に罰せられたかったのに在駆は傍にい続けたから。だから嫌いだった。だがら、現在では晶哉が在駆を嫌う理由は無い。
理由がないというのなら、その性格を嫌いになることはなにもないのだ。在駆の生き方も考え方も性格も、晶哉が嫌うところではない。なにせ、互いに実力も同じといい、生き方も似ていると認めている相手なのだから。
嫌いではないのなら、ここでわざわざ在駆が嫌がることを知らせてやる必要も無いと思う。静葉はまだ在駆が自分の従兄弟だとも知らない。在駆は自らの母のこともむくめ、静葉との血縁関係を隠したがっていた。
「なに、あれ。なんで」
置いていかれた静葉だけが何も知らず、何もわからず呆然とする。なんで、という自分の言葉の後を継げない。私は置いていかれたのだろうか。在駆にもキセトにも。
在駆との関係を上手くしていたとは言えないけれど。むしろ冷たい態度だったのかもしれない。
キセトを理解してあげることができたとは言えないけれど。むしろうわべに過ぎないものだったかもしれない。
でも、捨てられるほどまでのことだろうなのか。こんなふうに置いていかれるほどのことだったのだろうか。
ギィーリが近づいてくるまで、静葉の中には言葉にもできない疑問が渦巻いていた。
ただただ、去っていくキセトと晶哉の背中を見送りながら。