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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
亜里沙の電話が一方的に切れたナイトギルド食堂だが、沈黙が訪れることはなかった。時津嵐が怒り心頭といった様子で大声で独り言を放ち、静かにはしてくれなかったからだ。
「やはり、あの青年。駆我の親族だったのか…。しかも理紗姉さんが殺されただと!?やはり不知火になど行くべきでは……」
嵐は年齢が年齢なのでギルド隊員に怒りをぶつけるようなマネはしなかったが、ぶつぶつと呟き続けている。
と、そんな人間に構い続けるような人間はナイトギルドには少ない。嵐を無視して、勝手に連夜と瑠砺花で話を盛り上げていた。
「へー、アークのお袋さんて静葉の伯母さんなんだー。へー」
「って、駄目なのだよ、それは」
連夜は呑気に感心しているが、瑠砺花や瑠莉花にはなぜ隠していたかすぐにわかった。
在駆自身が自分の感情をどう結論付けたかはわからないが、他人から見ればバレバレの恋愛感情だ。だから静葉と在駆がいとこ同士であるということを黙っていたに違いない。羅沙・明日羅の法律ではいとこは結婚できないのだから。
「え?なんで」
「だって、肉体的に三親等、魔力型的に五親等までは異常な子供が生まれやすいとかで婚約は禁止されてるのだし」
「いとこって何親等?」
「四親等なのですよ!魔力型的にアウトなのですぅー」
「あー、いいんじゃね?子供つくらなきゃ」
「投げやりすぎなのだよ!」
だが、そういうことなのだろうと思う。
在駆の感情が、本当に母親を追っただけのものであれば打ち明ければよかったのだ。静葉に「妹のように愛している」と言えばそれは異性愛ではなく家族愛としてすぐに認められたはず。
ただ、在駆はそうはしなかった。子供のことまで考えていたかというと、そこまではわからないが、黙っていた。恋愛の邪魔になる条件をずっと。とても大切なことなのに。
その行動が、在駆の感情の真意を表している。
「アー君はシーちゃんのこと、本気だったと私は思うのだよ」
「本気かー。本気ねー。静葉の親父さんは嫌ってるみたいじゃん。アークの父親をさ。そのつながりでついでにアークも?」
「あっ!そういえば話の通りつなげるなら、アー君のお父さんのせいで時津の街は政府に引け目があって、その、シーちゃんのお父さんの引き抜きの件が起きたってことになるのだよ!?それにそれに、その件と街が燃やされた件が無関係だってまだ決まったわけじゃないのだし。アー君のお父さんのせいなら、きっとシーちゃんはアー君のお父さんを恨むのだよ!」
「えー、そこはどーでもいいじゃん。アーク自身が嫌われるわけでもあるまいしー。父親とか母親のせいで全部決められるなんて、子供からすればたまったもんじゃねー」
「うっ、レー君がいうと妙な説得力があるのだよ」
「だろだろー?オレとキセトぐらいだと思うね!こういう発言にここまでの説得力を出せるのは!」
賢者の一族という代表的な血で繋がる一家に生まれた連夜やキセトだからこその発言だが、瑠砺花はそう取れなかった。
なにせ賢者の一族でもなければそれに対する石家でもないアークが、こうやって家に縛られている。家というよりは家族の行為に。なら、家族によって縛られるなどどこの家庭にでもあることではないのかと瑠砺花は思うのだ。奴隷として売られた自分には家族という縛りがないからこそ、余計にそう思う。皆堅苦しそうに生きている、と。奴隷である自分のほうがよっぽど自由だと。
「アー君個人とシーちゃん個人の問題だっていうなら、なおさらアー君は自分でシーちゃんの敵側になったのだから恨まれても仕方がないのだよ」
「アークも自分で言ってたろ。恨まないで下さいって。代償があるなんてかわいらしー言い方じゃないか。自分でも自覚してるんだよ、静葉への感情ってものを。アークはキセトじゃないから、なんとなくわかりつつもそれでも守るためにわからないフリをしてるだけ。健気健気」
「んー…。納得できない。わかってるなら傍にいてあげたらいいのに」
「それは女の考えだよ」
しみじみと、連夜が諭すように言う。連夜にしては珍しく静かな声だったので瑠砺花は言葉をつまらせた。
よくある強い言い切りの形ではない。諭すような、反論があるならしてみろというような、言葉。だが、それでも言い返せない何かがある。
「ばーか。そんな顔するな。オレはここにいるからさ」
「だ、だからレー君に馬鹿って言われるほどじゃないのだもん!!」
「わはははっ!それはそーだ!」
これはわざとなのかというほど丸わかりの台詞に、周囲が黙り込む。
お前らこそ自覚しろよ!という悲痛な叫びがあったはずなのだが、連夜の耳には届いていないようだ。
「にしても、だ。アークがギルドから去って終わりじゃないだろ。そのまま不知火に流れるのが当然の流れだろうな。不知火側はそれを狙ってたとも言える。なーにがしたいのかなー」
松本姉妹が揃って頷いた。
在駆の実力は馬鹿に出来ない。フリーであれほどの実力者がいると分かれば誰だって欲しいと思うだろう。そして、今のところ獲得できる可能性が一番高いのは不知火だ。
そして今回のことを引き起こした不知火側なら、狙っていた展開のはずである。何のためにそんなことをするのか、を考えるのは当然の対策だろう。
「おれやキセトも戻そうとしているのなら、戦力が大きく不知火寄りになるな」
「戦力を集めてどーする?わざわざ羅沙を刺激してまでお前らを呼び戻す必要があるのか?」
「……在駆先輩とおれを総合すると、未来的に話せば不知火の十分の四の決定権を得るようなもんだからじゃないか?」
「はぁ?おまえらそんな権利持ってたのかよ」
話したことあるぞ、とばかりに晶哉が呆れをあらわにする。食堂に置かれている掲示板を使って図示しながら説明しだした。馬鹿な連夜のために。
「不知火には老議院がある。石家は篠塚席、楼家は炎楼席を所持する家なんだ。それぞれ老議員には不知火全体の方針決定権の十分の二を持ってる。もう一つの愛家の愛塚席は置いといて、おれも在駆先輩も嫡子だからな。敵国にいるのは不知火にとっては結構厳しい」
石家と晶哉、楼家と在駆と書き込み、それぞれを矢印でつなぐ。その二つを丸ごと囲ってその円に羅沙と書き込んだ。そして不知火と書かれた空っぽの円を描き、羅沙と書かれた円を睨むような目を描く。
全く関係ないが、意外とうまい。
「嫡子かよ!しかも愛塚って亜里沙さんじゃねーか!」
「ん?言ってなかったか?あの女も生まれで言えばかなり上位だぞ。不知火としてはおれが正式にギルドに入った辺りから見過ごせなくなったんだろ。石家、炎楼家、愛塚家、しかも本家のキセト。全員片側に偏って、しかも羅沙にいるときた。回収に乗り出してもおかしくは無い」
愛塚家と亜里沙、本家とキセトというのも羅沙の円の中に描く。不知火の円の中には頭領と描いてすぐ下にイカイと付け足していた。
こうやって見ると、不知火は取って付けたような現頭領しか重役を確保していないことが丸分かりである。しかも、それにすらキセトというイレギュラーな存在がある。
「そいういうことは早めに言えよ!」
「キセトは全部知ってたはずだ。あいつが黙ってるなら黙っているままでいい。あいつが話してるならおれが話す必要はない。どちらにしろ、おれが話す必要はないはずだった」
「相変わらずお前はキセト基準か!」
「当然だ」
「ストーカーというより、こっち系じゃねーのうって痛いっ!」
晶哉が連夜を思いっきり蹴ったが、連夜の言いたいことは言い終わった後だった。瑠砺花たちも下手に否定できず(晶哉が異常にキセトにいれこんでいることは事実なので)、黙り込む。
晶哉が足を上げて瑠砺花たちにも蹴りの構えを取ったので、形だけ否定しておいた。
「とりあえず、不知火は在駆先輩を取り戻した。これは確実だろう。だが、それで手を緩めるような奴らじゃない」
晶哉が手で掲示板を叩く。今まで描いたものを全て消して、不知火について、と大々的に描いた。不知火側が明カーペット片付けたらいい動いている今、出し惜しみをしている状態ではない。下手に隠せばそれがキセトを追い込むことになりかねないからだ。
「不知火の代表的な戦力は三人。まずキセトの前の黒獅子、不知火東。強い。次、不知火鈴一。強い。次、不知火弦石。強い。どれから聞きたい?」
掲示板に線を引いて三つに割る。それぞれに不知火東、不知火鈴一、不知火弦石と頭に書いた。
「全員強いんじゃん。まー、順番かなー」
「それなら不知火東から。前黒獅子という点からわかるようにキセトを除いて、不知火最強だ。ぶっちゃけ、五分なら本気のキセトと戦える」
東の欄に「黒獅子」と「激強」が追加された。なぜか似顔絵もある。東を直接見たことある人物が晶哉しかいないため、似ているかどうかは不明だ。ただ、絵を信じるのなら比較的温厚そうな顔である。
「おー!キセトと五分!!」
「拍手はいらん!」
連夜の素直な感激の拍手を晶哉は一蹴した。
キセトと五分戦えるなら連夜とも五分は戦えるということだ。それは素直に賞賛に値するのだが、晶哉は今の状況はそんなものではないとわかって欲しいところである。
「不知火東にあたったら、キセトか馬鹿隊長がいない限りは勝てない。こちらが複数なら勝てるなんて思わず、すぐに逃走することをオススメする。逃げ切れるかどうかもわからんがな」
「じゃ、静葉をやったのはそいつか?」
掲示板に「すぐ逃げろ」と書き足してた途中の晶哉は、連夜を振り返ることなく首を振る。
「いや、おそらくそれは不知火鈴一だ。状況を聞いたところじゃ、真正面から勝負を仕掛けたらしいからな。東さんは一時期は前線を退いた人。そんなことに出張ってくる性格じゃない。キセト対策に帝都には来てるかもしれないが、キセト以外にあの人を持ち出すのはやりすぎで、無駄だと判断するだろう」
東の名前の下に抜け目がないなどいろいろ付け足していく。そして一番下に大きくバツを書いた。無意識に静葉を襲った人間が誰かを気にしている連夜に示すためだ。こいつじゃない、と。
「鈴一、ってどーゆやつ?」
晶哉の思惑が届いたのか、連夜の興味はすぐ次へ移った。晶哉もあわせて説明を進めていく。
「不知火側シャドウ隊戦闘特化部隊部隊長。いえば、黒獅子の次席。不知火で二番目に強いやつがつく地位を約二十年ほど独占する古株。在駆先輩やおれレベルが三人いれば何とかなる。が、やはり戦うことは避けるべきだ。間違っても幻女レベル一人じゃ勝てない」
「ふーん」
といいながら、晶哉がさりげなくマルを書いた。そのマルを連夜はじっと見つめて、晶哉の説明を聞いている。心なしか、描かれたマル印を睨んでいた気がした。
「最後の不知火弦石。コイツは逃げる逃げないなんてことじゃない。気づいたら向こうの策に嵌ってるってことばっかりだ。不知火側シャドウ隊暗殺部隊部隊長。影からのアシスト、もしくは見えないところからの攻撃を得意とする策士。実力だって在駆先輩以上だが、警戒すべきなのは『知らないうちに攻撃されていた』ってことだな。気づいたら体がばらばらでしたなんてことになる」
もちろん、そんなことにならないようにしろという警告なのだ。連夜には必要ないものであっても、今羅沙を訪れている明日羅翡翠に何かあれば、国際紛争など簡単に引き起こせる。
今成っている平穏が極めて危ういものであると分かっていなければならない。
「はー。とりあえず静葉が不知火側の人間に襲われたのなら対策は必要ってこった。オレとキセト以外ナイトギルドは皆死にましたなんてしゃれになんねーし」
「そ、そこに皇女様も入れて欲しいのだよ!レー君!」
「あー?勝手に泊まりにきてそれですか!ならとっとと帰ればいいんだ。オレの返事はもうしたんだし」
「その件なのですが、お兄様!私、ナイトギルドにいる明日羅人を回収してきなさいと陛下より承っておりますの!ですから、時津静葉を明日羅へつれて帰る許可がいただけるまでは滞在しますわ!」
「うげー!そんなん静葉に直接聞けよー!」
周りは翡翠と連夜の相変わらずの様子に呆れたが、翡翠の言っていることは冗談ではない。
だいたい嵐も生きているのだから、静葉がここにいる理由はない。明日羅へ帰ればいいのだ。ミラージュの罪も公には成っていないのだから、静葉が羅沙にこだわる理由さえなければ帰ればいい。
連夜が縛ることではないと、連夜はそう思う、のだが。
「シーちゃんがいなくなるのはいやなのだよ!せっかく仲良くなったのだよ!?」
「オレが口だすことじゃないだろ!!」
「シーちゃんに残れよって言うぐらいはできるはずなのだもん!」
「残らせてなんになるんだよ?」
「えっ?だって、シーちゃんは仲間なのだし」
連夜の発言に瑠砺花も驚いたが、次の発言こそ、言葉が返せないほど驚いた。
「お前にとっては仲間でも、オレにとってはただの部下だ!部下が離れていくならそれはオレにその魅力がなかっただけの話だろうがよ」
「な、ななななな!」
「ななな?」
「なんでそんなこと言えるのだよーーーーー!!」
瑠砺花の絶叫がきっかけとなり、瑠莉花まで参加して連夜を責めたて始める。馬鹿やらアホやら、ある意味連夜を表すのに最適な言葉が繰り返される。しばらく三人のじゃれあいがナイトギルドでは続いた。
その騒がしさが病院まで届いたのか、そのころ静葉が目を覚ました。すぐ隣にいるキセトをその目に映して呆然としている。まだ意識が覚醒していないのかもしれない。
背中を向けるキセトは電話で何かを話しているようだ。静葉の手の横辺りにキセトの右手がだらりと垂れ下がっている。話が終わったのか、左腕が握っていた携帯が閉じられる音が静かな病室に響いた。
「ねぇ、キセト」
「起きたのか、どうした?」
キセトが振り返る。後姿からでは想像もできなかった表情を見せられて、静葉は頭の中で鐘を鳴らされたかのように衝撃を受けた。
あのキセトが、泣いている。
誰が見てもそれは涙だ。明らかに、涙を流して泣いている。
「ど、どうしたの!?わ、私なら大丈夫よ?って私のことでキセトが泣くわけないし!えっと、えっと……」
静葉だけが慌てる中、キセトが頬に手を当てる。手が濡れたことに驚いているようだった。自分が泣いている理由を懸命に考えているのか黙っている。
「キセト?大丈夫?私が倒れてる間になにがあったの?」
キセトは答えない。静葉は素早い動きでキセトをベッドに座らせ、逆に自分がパイプ椅子に座る。どちらが怪我人かわかったものではない。
静葉がキセトの携帯を手に取った。画面は電話が切られた時のままのようで、相手が表示されている。その名前は静葉にも見覚えがあるもので。だからこそ、その相手との会話でキセトが涙を見せたことが理解できない。
「息子に、恨まれたみたいだ。それがここまで悲しいのかな?」
「え?龍道君が?なんで?」
「違うよ。俺の息子じゃないから」
では誰が誰に恨まれたのか。なぜ自分ではないことでキセトが泣いているのか。
瞬時に浮かんだ静葉の質問は口には出来なかった。キセトが再び話し出したのである。
「なにがそこまで悲しいのか、俺にはわからない。わからないけど、俺の心を使って悲しんでるから、俺が泣いてるんだろうな」
「え、わけわかんないんだけど」
「俺に心をくれた人が悲しいんだって。その人が悲しくて涙を流したいのなら、俺が悲しんで泣かなくては。なにせ、俺が心を使ってしまってるんだから」
「キセトの心は借り物なんかじゃないでしょ?亜里沙さんが好きだって気持ちも借り物ってことだよ?」
「借り物を自分のもののように使ってるだけさ。亜里沙への愛情も、結局は全て借り物の心で感じたもの。俺には、理解できない」
声はいつもと変わらない。むしろいつもより無感情のように思える。それでも流れる涙は止まらない。
「静葉。すまない。"この人"だけじゃなくて、お前まで俺のせいで巻き込んだな。ごめんな。アークのせいじゃないんだ。アークを恨むな。"この人"もお前も、俺がいたせいで失ったんだよな。ごめんな……、本当にすまない」
「あ、アーク?なにが?ねぇ、どうしたの?」
「アークは、不知火側についた」
「えっ……」
「俺が、アークの母親を消してしまったからなんだ。俺に、心をくれた人……。俺を人間に変えてくれた人」
キセトの力が暴走して消えた理沙という女性。彼女はキセトに全ての存在力を奪われたのだ。人間である力も、物事を感じる力も、人を愛する力も、キセトに奪われた。
奪ったキセトは、他人のもので足りたい部分を満たし、『人間』になった。他人から吸収したもので人間として生きてきた。
理紗という女性は、キセトの中にいると言っても過言はないのである。
「やっと、やっと恨んでもらえる。今更だが、それでも、今からでも恨んでもらえる。いいんだ、それで。恨まれて当然だ」
「キセト?どーしちゃったのよ……」
「なんでもない。"この人"が泣きたいだけ俺は泣く。"この人"が泣き止んだら、俺はまた、俺の生きかたをする。それだけだ」
キセトは立ち上がった。強い決意を持って。
キセトの中に生きる理沙が、なにを悲しんで泣いたのか真に理解することなく。