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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
日々というもの
7/90

003

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 一生懸命走っているつもりなのだろうが。

 遅い。遅すぎる。


 「大丈夫か?」


 「速いですね」


 特に急ぐ理由もないが、走ってギルド本部を出たのは少しの嫌味のつもりだった。キセトへの。だが被害はしげるに出てしまったようだ。

 悪い、癖でな。とだけ謝っておく。だが茂もそれが建前であることぐらいわかるらしく、形だけの、癖ですか、という相槌が返ってきた。


 「そうだな。いろんな癖がある。すべて説明してやりたいけどそれほど時間は余ってるわけじゃない」


 「そうですね。またの機会にお願いします」


 なんとか息を整えた茂が顔を上げ、冷めた目でオレを見てきた。その視線にはどこへ行くのかなどの説明を求める意味がこめられている、気がする。


 「そんな目で見るなよ。せっかくキセトから逃げ出してきたのに意味がないだろ」


 「逃げ出してきた、ですか?悪いことでもしたんですか?」


 「いやー……。実は今オレが、持っている書類は全部キセトが仕上げたんだよ。さすがに非難されると言い返せないだろ?だから逃げた」


 これから、キセトが仕上げた書類を、まるで自分が仕上げたという顔をして報告してくるのだ。少しなら悪い気もする。


 「それって、褒められることではないのではないですか?」


 「勘違いするなよ。オレなんて褒められない要素の塊だぞ」


 生きてる人間が全員正しい物を目指しているというのは嘘だ。いや、大体はそれが真実というか事実なんだろうけれど。 正しくなくてもいいと本当の意味で開き直った奴ほど、正しい物を目指す者からして恐ろしい者はない。

 オレは自分がその正しくなくてもいいと思ってる奴なんだ、とか言うほど痛い奴ではないつもりだけど。


 「褒められない要素の塊、ですか?それがいいんじゃありません?人間らしいといいますか……。あっ貶しているとも取れますが、褒めてますからね!」


 「自分より劣る物を見て満足するってやつか。お前にしか決められないことがあるんだ。気持ちが落ち着くまでは自分より『ひどい物』でも見て安心すればいいさ」


 「ひどい物、だなんて。それは言いすぎですよ」


 「……行くぞ」


 「あっ、は、はい!」


 茂の表情に真剣な色が差し込んだので深くは聞かないで置いた。オレとしては冗談の一つだったんだがな……。

 茂を正式に入隊させるためには管理塔へ行く必要がある。

 この書類を提出し、ギルド担当者に承認してもらうだけでいいのだが気が進まない。ナイトギルド担当の東雲しののめ江里子えりこが嫌いだからだ。とんでもなく嫌いだ。嫌いでしかない。


 「とりあえず管理塔に行くからな。そのあと一旦ギルドに帰ってすぐに挨拶回りに出る。それでいいか?」


 「分かりました」


 素直だ。江里子嬢もこれぐらい素直ならいいのに。

 通称管理塔、正式名称羅沙らすな大栄帝国軍第二番隊私的軍個々隊本部。

 まぁつまりはギルド全体に指示を出す軍のお偉いさんが集まっている場所ということだ。そして雰囲気も全体的に悪い。 ギルドという存在が公式的には羅沙帝国軍扱いであることを不満に思っているせいだ。

 もし何年も何年も訓練して帝国軍人になれた者からすれば、ギルドなんて不満の塊のようなもの。

 それもそのはずだろう。なにせ何百個もあるギルドの隊長が許可さえだせば、名前だけといえど羅沙帝国軍人として登録される。悲しいことに、血のような訓練をしてきた第二番隊以外の軍人と、ギルドの軍人は、立場上同じ扱いをされる。それだけでも不満だというのに、軍人になって第二番隊の管理をさせられるなど不満で不満で爆発しそうなぐらいだろう。

 そのせいでこの管理塔の中はギルドへの嫌悪で一杯だ。行きたくない。


 「どうかしました?すごくスピード落ちてますよ?」


 「嫌味言われそうだなーと思ってよー。江里子嬢は違う意味で嫌味言うし…」


 「嫌味ですか?」


 「気にしなきゃいいんだけどなー。オレは基本そうだし。何言われても、どんなことされても気にするなってことだ。そうすれば人生楽だぜー」


 「分かりました。神経質はトラブルの元ですから」


 茂はうまく世の中を生きていけるタイプの人間だろう。手が掛からなくて楽だ。楽なんだが、大人と子供の関係としてコレでいいのか疑問だな。

 ゆっくり歩いても管理塔にはすぐに着く。それもそのはずでナイトギルド本部などの各ギルド本部と管理塔は帝都の中でも同じ「ギルド街」の中にあるのだ。ギルド街なんて三十分もあれば歩いて端から端まで横断できるのだから。

 受付で簡単に手続きを済ませ、個室への案内に従う。茂は物珍しそうに辺りを見回していた。周りからの視線など本当に気にしていない。こいつは大物になるだろうな。あ、いや、決まってるのか。哀歌茂あいかも商業組合組長の席が。


 「また未成年?平均年齢がどんどん下がっていくわね」


 「これが親からの許可状。こっちが詳細。で、これが履歴書。あとこっちが入隊許可状」


 「全て焔火ほむらび君の字じゃないの?あなたは何をしてたの?」


 「なに言っているんだ。全部俺の字だって」


 「あなたの字は初見では読めないのよ」


 そうだっけ、と誤魔化しておく。オレのとてつもなく汚い字とキセトの整った字の区別ができない人間は、眼科医へ行ったほうがいいとだけ言っておこう。

 江里子嬢が一通り書類に目を通し終わり、書類をフォルダーに入れてオレに視線を寄こした。


 「一つだけ言っておくわ。髪の色は染めさせなさい。あなたのギルドはただでさえも目立つの」


 江里子嬢が遠慮なく茂の髪を指差して言う。人のこと指差しちゃいけないんだぞー、というオレの注意は綺麗に無視される。茂までオレの声を無視して、短い緑の髪を片手で撫でた。

 髪や目の色というのはそのものの身分を明確に示している。茂の緑の髪と目は哀歌茂を示していのだ。

 他にも赤は貴族、紺色が羅沙帝国民、黒色が不知火しらぬい一族、銀色があおい一族、茶色が明日羅あすら帝国民。そして羅沙皇族は水色、明日羅皇族が金色と身分や国によって色がはっきりと分かれている。髪や目の色を見れば出身地など一瞬で分かってしまうわけだ。

 はっきりと分かるせいで特別な色を持つ物は狙われやすい。茂が緑の髪のままでいれば狙ってくださいと言っている様なものなのだ。ギルドが預かるということは帝国が預かるということ。もしものことがあった時に責任を負いたくない帝国としては少しでも厄介ごとを避けて欲しいのだろう。


 「茂の意思だ。髪の色を言うならオレもキセトも戦火せんか静葉しずはもアークもだ。戦火は赤から変えるつもりはないと言い張っているし、オレやキセトなんてそれが特徴とまでなってるんだから」


 「そうね、あなたの銀色や焔火君の黒色のほうが問題ね」


 「黒色は目立つよな。停戦中とはいえ不知火は羅沙の敵国。お互いの民も嫌悪し合う仲だ」


 だから黒い髪がトレードマークなんて言われてしまうんだ。

 四年もかけてやっと黒い髪であろうとも普通に接してもらえるようになってきた。四年も頑なに髪の色を変えず、ギルドの仕事を通して羅沙に尽くしたキセトの功績だろう。


 「髪の件は考えておいて。帰っていいわよ。あぁ、始末書の提出は遅れないように」


 「へいへい」


 逃げるように管理塔から茂を連れて出る。

 一度ギルド本部へ帰るべきなのだろうがキセトがいると説教されること間違いない。それは避けたい。丁度ギルドを空けていないだろうか。そういえばそろそろ英霊えいれいの散歩の時間か。ささっと帰ってすぐに出かけよう。そうすれば出会わないだろう。


 「あ、レー君おかえりなのだよ~」


 「うーっす……。キセトいる?」


 「英霊の散歩に行ってるわよ?」


 「そうかっ!そうなのかっ!じゃオレは挨拶回り行ってくるからな!キセトに書類ありがとうって伝えてくれ!」


 「えっ?れ、レー様ぁ!?」


 「じゃぁなっ!!」


 すぐに本部から出てきたオレを外で待っていた茂が怪訝そう見つめる。そんな目で見るな。なんか心が痛いだろうが。


 「とりあえず代表ギルド代表のフィーバーギルドに行くぞ」


 「有名な情報屋ギルドですね。家にいたときも何度か父の付き添いでお邪魔したことが在ります」


 フィーバーギルドは商業系統にも情報を売っていたのか。最近になって羅沙の情報だけに縮小したものの、フィーバーギルドが扱っている情報の便利さは世界の商人も認めるところ、ということだ。


 「とっても礼儀正しい人ばかりでいつも怖いぐらいでした。失礼なことをしなければいいのですが」


 「……どこの話をしているんだ?」


 オレの知るフィーバーギルドは毎日が仮装大会で、客人にアルコール飲料を頭からぶっ掛ける非常識で礼儀知らずな奴らだ。もしかして茂の言うフィーバーギルドとオレの言うフィーバーギルドは違うのか?だがギルドは名前が重ならないように帝国が管理しているはずだしな。


 「あっ、見えましたよ!意外と近いんですね!」


 「あ、同じフィーバーギルドの話をしてたんだな。オレらは」


 茂が指差した建物は間違いなくオレが知っているフィーバーギルドの本部だ。名高い技術者メンバーが全力でイタズラを仕掛けている非常識な本部だ。不注意に壁にでも触れようものなら落とし穴に落ちる本部だ。

 入りたくねーな……。


 「おや?その子が噂の新入隊者?哀歌茂茂君だね。中にどうぞ」


 「は、はいっ!」


 「さて、連夜。今逃げようとしてただろ」


 「そんなわけないだろ。とっても優しいフィーバーギルドの隊長、夏樹なつき冷夏れいか自身にお出迎えしてもらってるのにー」


 逃げたら逃げた後のほうが面倒なことになるのは想像できた。冷夏嬢ならナイトギルド本部まで追ってきそうでもある。

 どっちにしても面倒なら早いこと済ませるべきだ。そうだよな?という無茶な振りをしようと茂のほうを見ると、茂が冷夏を見て首をかしげている。どうした?と声をかけると男性?という疑問が返ってきた。


 「冷夏嬢は女性だ。口調も服装も男になってるけどな。顔も元々中性的だしわかんなくなるのもわかるぜ」


 「以前お会いしたときはちゃんと女性としての姿をしていたはず、なのに」


 「ギルドが相手のときは男装した服装にこの口調でやらせてもらっている。哀歌茂商業や貴族、皇族が相手のときは元の姿で接客している。それだけの話だ、哀歌茂君」


 オレは逆に婦人服を着ている冷夏嬢を見たことないんだが。ちゃんと婦人服持ってるんだな。初めて知った。


 「で、まぁ冷夏嬢のことだから知ってると思うけど。哀歌茂茂。十八歳。現役高校生。男。哀歌茂商業組合の跡取り。以上」


 「以前から交流は在りましたよね。これからは一介のギルド隊員としてお世話になると思います」


 茂が丁重に頭を下げる。

 冷夏嬢がにこやかスマイルのまま、近くにあった紫のボタンを押した。上というか屋根裏のほうからゴゴゴゴという変な音が聞こえてくる。オレは黙って冷夏嬢の近くに避難しておいた。

 バシャーーンという派手な音と共に上から赤い液体が落ちてくる。まともに液体をかぶった茂は何も言わず、いや、何も言えず呆然とこちらを見つめている。


 「今回は赤ワインかよ。もったいねぇ」


 「はっ!未成年だからオレンジジュースのほうがよかったか?」


 「そういう問題じゃねーし」


 「オレンジジュースだったら全部飲みます!何なんですかっ!コレはっ!悪ふざけにもほどが在ります!」


 オレンジジュースだったら飲むのかよ。もしかして好きなのか?頭から赤ワインが流れ落ちてきて軽いホラーみたいになっている。緑の髪から赤いワイン……。かっこいいのかもしれない。


 「連夜。今、馬鹿なこと考えていただろう?」


 「オレは馬鹿だからオレが考えてることは全部馬鹿なことだ」


 「では大馬鹿なことだ」


 「……オレはいたって真面目なんだがなー」


 「なぜ和んでいるんですか!タオルを持ってきてくださいっ!」


 茂は自分が持っていたハンカチなどでもワインと対戦していたが、ハンカチ自体もワインで赤く染まっている。

 オレは欠伸をして近くの椅子に座り、冷夏嬢と一緒にタオルまみれになる茂を眺めていた。


 「面白い子だなー。前から思っていたんだが、からかえばからかうほど面白い反応する子だよ。いい子選んだね。いつかは哀歌茂からも新隊員を入れるとは思っていたが」


 「思ってた、ってなんだよ。予知能力者かっつーの」


 「なにせ貴族もいれば不知火出身者、葵出身者、明日羅出身者もいる。もちろん羅沙の者も。あとは哀歌茂がいれば完璧じゃないか」


 「完璧ねー。別にそんなもん意識したことねーな」


 「まぁまたナイトギルドへの依頼は増えるだろうことは確実だ。なにせ哀歌茂への信頼が茂君にくっついてナイトギルドへも流れるわけだしな」


 「面倒な仕事は拒否する」


 貴族である戦火が、ギルドに入ったときもそうやって一騒ぎがあり、依頼が増えた。収入が増えると喜んでいれば、内容はすべて貴族の人脈を利用した物ばかり。殆どの依頼が戦火にしかできないこと。それも貴族世界へ迷惑をかけるような興味本位のことばかりだった。

 それでやむなく殆どの依頼を拒否したのである。


 「ふふっ。いつも面倒なことは焔火君に押し付けるくせに」


 「にこやかスマイルのまま言うことじゃないぞ、冷夏嬢」


 「そういう連夜も笑っているではないか」


 「まぁ面白いし」


 「茂君がね」


 「うん。茂が」


 現状況で茂は、フィーバーギルド隊員に渡された代わりの服に戸惑っている。仮装用というか演劇用の服だ。あれを着ると動きづらそうだな。

 そもそも哀歌茂や貴族には服にも規則があると、情報屋ギルドであるフィーバーギルドの隊員なら知っているはずだ。哀歌茂は緑、貴族は赤の服を着ることになっているのだ。さすがに原色一色ということはないがそうだといわれたらその色に見える服を着ている。そのせいで茂の服選びは難航しているようだ。


 「茂ぅーーー。そろそろ次行くぞー……」


 「早くしたいなら手伝ってください!!」


 「ヤダ」


 「くっ!」


 あぁやっぱり見ていて楽しい。からかう甲斐があるというものだ。


 「うぅ、生地が気に入りませんがコレしかないですね。パーカーなど問題外です。コレをお借りいたします」


 「じゃ、またな。連夜、茂君」


 「じゃーな冷夏嬢。他のギルドに挨拶行ってくるわ」


 「それでは失礼します」


 パタン、とフィーバーギルドの扉を閉める。同時にオレの後ろで茂が崩れ落ちた。


 「お、おいっ!?どうしたっ?」


 「い、いえ…。来るときと今の印象のあまりの違いにめまいがしただけです」


 「礼儀正しいとか言ってからな。お前」


 「幻を見ていた気分ですよ」


 ふむ。現実を知っていた者として一言ぐらい言ってやればよかっただろうか。

 まぁいい。おかげさまで面白い物を見れた。携帯で連写していたことは秘密にしておこう。




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