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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
在駆が走る。ただがむしゃらに。目的も持たず。
いや目的ならある。こうやって帝都中を回っていれば向こうから接してくるはずなのだ。それを待っている。向こうから接近してくるのを待っている。走りながら。
「はっ…はっ…」
だが一向に相手が現れる様子が無い。それに在駆の体もいつもより重く感じた。息絶え絶えで人気の無い路地で休んでいたのだが、全く息が整わない。
これも昨日無理矢理飲まされた薬のせいかもしれない。それかそこまでする相手の要求を何一つこなしていない罪悪感か。
罪悪感だというのなら静葉への罪悪感もある。彼女の熱い性格に媚びるように走り続けているのかもしれない。自分の言葉が彼女を標的に選ばせたのは一目瞭然なのだ。
「口に出ている。しばらく会わないうちにおしゃべりになったものだ」
「弦石、部隊長……」
「罪悪感なんてものを持つぐらいなら帰ってこい。おれたちの要求はそれだけじゃないか」
「それだけのために、あなた方は…ぼくの大切な人を、傷つけた」
息が整わないせいか在駆は話しづらそうにしている。
在駆が予想したとおり現れた不知火側の人間、不知火弦石は知らぬ顔でポケットを探っている。襲ったことを否定すらしないのだから、静葉の件は彼らのせいだろう。
「聞いた話だと、自分で言ったそうじゃないか。自分の弱点を自分で話すなんてお前らしくない。少なくともおれの部下だった不知火在駆はしないミスだな」
「ぼくの、ミスだとしましょう。ですが……、いまさら…、いまさらあなた方に、屈したところで…、彼女の怪我は治らない」
「まぁな。おれたちに怪我を治す力はない。でも賢い在駆ならわかるだろう?次におれたちが選ぶ行動。お前がこの帝都に執着する理由を消してやるよ。根こそぎ、な。おれたちは敵国の人間。この国の人間を襲いもすれば殺しもする。相手が女なのに武力行使で済んだことを良かったと思って欲しいな、今回は」
言外に下品な行為をほのめかす弦石だが、彼の言うとおり、彼らは敵国の人間なのだ。この国に属するものたちに手加減する必要はない。この国で罪人とされることなど彼らの恐怖ではない。
「在駆。三度も声は掛けないぞ。最後だ。お前の意志か、周りの命か。お前が選べ」
「……」
無意識のうちに在駆が視線を逸らした。周りの命と言われても、在駆の中ではたった一人の女性が浮かぶだけだ。その女性はすでに傷つき、彼女に似合わない真っ白な病院で横たわっている。
傍にはキセトがついていてくれるので、万が一のことはないだろうが、これからもそうであるとは限らない。
「…病院の中だろうが、殺そうと思えば殺せるぞ」
「なっ!?」
「選べ。選択肢があるなんて羨ましいなぁ。ほら、選べよ。言い方を変えてやろうか?お前が一つ諦めるだけで、お前の命と周りの命が救える。お前も大切なものを守れる。どうだ?」
「……」
在駆と弦石の間には距離がある。だが、在駆には耳元で囁かれているように感じられた。まさに悪魔の囁きというものだ。羅沙では不知火人のことを不知火人であるだけで悪魔と呼んだりするので、言うほど外れてはいないのかもしれない。
在駆とてわかっている。自分に選択肢などなく、守りたいと願うならここで取れるものは一つだ。取らなければならないものはたった一つ。
「ぼくは……、副隊長を、焔火キセトを取ります。ぼくの、命も…、彼女の命も……、いりません」
在駆自身、なにを言っているのだろうと思った。昨日と言っていることが間逆だ。なぜここでキセトを取らなければならないのか。強さに憧れただけではないか。なぜ、自分や愛した人の命を捨ててまで彼を選ばなければならないのか。
だがそんな自問の声にこたえる声も、自分の中にある。
「副隊長が…、彼がいなければ、ぼくの母の証明など、誰にもできない……。ぼくが人間の子であることは、彼が証明してくれる。ぼくは…、母の影を彼に追っている…。時津さん、だって……、結局は母の影を、追っていただけなのでしょう。"時津"だから、彼女だったというだけなのでしょう……。母が、ぼくが失った過去を全て持っている…から」
「そうか。わかった。お前は早ければ明日、遅ければ明後日死ぬ。駆我さんに遺言はあるか」
「…………『死んでしまえ』」
在駆は目を閉じた。父が何度もキセトへ投げた言葉を吐き出した口がやけに渇いたように感じる。父はキセトを恨んでいた。ずっと、ずっと。在駆は覚えてもいない母との因縁で。
父を代表とする人間たちがキセトを苦しめたというのに。そんなことは忘れたとでもいうように、父はキセトを責める。そんな人は死んでしまえと、在駆は思うのだ。
「キセトが在駆君のお母さん、理紗さんを殺した理由。それはただの暴走だったのよ。感情の暴走じゃなくて、力の暴走だった」
意識が半分ほど飛んでいる状態の在駆の耳に、突然亜里沙の声が届いた。在駆の知らない、在駆の物語を口にしている。
「術士に育てられていたキセトは、ある日をきっかけに人間の世界に戻ることになったらしいわ。だけど、その時に争いが起こった。キセトを道具としてしか見ていない人間と、キセトを仲間として愛していた術士との争い。キセトはたった三歳。争いという重さを受け止められなかった。傷ついて倒れていく術士、当時のキセトからすれば家族。家族が倒れていく姿をあの優しいキセトが受け止められるはずがない」
「亜里沙…」
「こんにちは。弦石さん。さて、私は身を捨ててでも在駆君を守るけれど、キセトの怒りのトリガーを引けるかしら?わざわざ刀に当たりに行きますよ?死にに行きますよ。ここは引いてください」
「ちっ…」
脅しで刀をチラつかせた弦石だったが、亜里沙の発言が脅しではないことはわかっていた。舌打ち一つ残して弦石が去る。
結果、二人きりになったわけだが、亜里沙は在駆に見向きもしない。在駆の前に立つと、在駆に語りかけるように話を続けていく。
在駆の母親の、最後の瞬間を。
「キセトは家族、術士を守るために力を使った。人を傷つけることが悪いことだとわからなかった。ただ、キセトは仲間を守りたかった。でも、途中で気づいてしまったのよ。今まで傷つけたその相手も生きていて、傷つけられると悲しむ人たちがいると」
「どう、して……。どうして、知っているんですか?」
その頃は亜里沙はまだ二歳だ。それにキセトとも出会っていない時期の話である。
過去を話したがらないキセトや、キセトのことに関しては出来る限り極秘を貫いている晶哉が話すとは思えないのだが。
「キセトから聞いただけ。私が死ぬ前よ。巻き込むのなら、全てを話すからって。全てを教えてもらった。キセトが歩んだ道の全てを」
「…す、べて」
「そう。全て。術士と人間の戦いは術士の優勢が続いた。当然よね、術士は元々人間より大幅に全てが上回った存在なんだもの。魔法が使えない不知火の人間と魔術を使いこなす術士とが戦っている時点で結果は見えている。
だからといって、そのまま負けるような人が指導者ではなかった。不知火鴉はこのような場面でも道を開いてみせた。たった一人を指名し、術士側に送り込んだの。相手を警戒させないために武力のないもの。そして、万が一何かあってもいいように、不知火人として周りに認められていなかったもの。それで選ばれたのが理紗さんだった。元は明日羅人だしね」
送り込まれて、キセトに殺された。なら、そこで起こったことなどすぐにわかるものだ。
「勘違いしないでね。キセトと理紗さんは打ち解けたのよ。術士たちと理紗さんも打ち解けることができた。理沙さんは術士と約束したの。『キセトを幸せにする。両親がいるこちらのほうが幸せに出来るはず。子供と親は一緒にいるべきだ』と。術士もキセトがものとして扱われないのなら、と二人を人間の世界へ見送ることにした。
――悲劇は、人間が起こすものよ」
術士側とも和解できたという在駆の母の存在。ならなぜ殺される。母を殺そうとしたのが人間だとでも言うのだろうか。
「なにが、起こったというんですか?」
「理紗さんだったのは事故としか言いようがないわね。引渡しのとき、見送っていた術士が不知火の人間に殺された。抵抗もなにも、敵意すら持っていなかった術士を射殺したの。そして、私が殺された時のようにキセトは動揺した。私のときは感情のコントロールを失ったけれど、その時は力のコントロールを失った。暴走した力をまともに受けたのは、すぐ隣にいた理沙さんになる」
「それで、『消えてしまった』んですか」
「そうなるわね。誰が悪いかは自分で考えてね。一言だけ言っておくと、キセトは人間が悪いとは一言も言わなかったわ」
「…ぼくは」
「在駆君は、なに?」
「そんなことも知らなかったんですね」
母がなにをしようとして殺されたのか。キセトは何のために母を殺さなければならなかったのか。母が死んだ時、母が最後になにを望んでいたのか。
そして、キセトがなにを望んでいるのか。
「決めました。ぼくはここを去ります。ナイトギルドを去ります。副隊長の下を去ります。あの人を恨むために」
母を奪われた息子に、妻を奪われた夫に、キセトは恨まれたいのだろう。
だが在駆には憧れられてしまった。皮肉にも、在駆の母親を奪ったはずの力を基準として。
「裏切ったなんてあの人は言わないでしょう。それでもこれは裏切りです。裏切った代償は、それなりにありますから。どうか恨まないで下さいね」
「静葉ちゃん、いいの?置いて行って」
「…代償はあると言ったでしょう」
「そう……。男って馬鹿ね」
そういって、亜里沙は携帯の電源を切った。先ほどまでギルドに通じていたのだ。先ほどの話は全て携帯を通じて連夜たちも聞いていたことになる。
在駆は驚きもせず、お世話になりました、とだけ電話に向かって礼をした。今の言葉は電話の向こうにいる連夜に言われたのだろう。ナイトギルド隊長に挨拶して、去る決心は揺らがないようだ。
いや、携帯の電源はすでに切れているので、律儀な在駆はまた連夜のところに直接向かうだろう。今の行為は自分の決心を揺らがないようにするためか。
「ばいばい。私、キセトの味方だから。一緒には行けないわ」
「分かっています。さようなら」
それだけ言って在駆は弦石が消えた方向へ姿を消した。彼の進む道はそれが正しいのだろう。彼はキセトを追いかけるべき人物ではなかったのだろう。
だが、亜里沙としては辛いものだ。また一人、キセトの敵が増えてしまった。それも元はキセトの味方だったはずの人間だったのに。
「あーあ。キセトに悪いことしたかもー。ごめんねー、キセト。キセトは気にしないとかいうかもだけど、気にしなきゃだめだよ。在駆君はキセトが望むから敵に行ったってこと、理解しないと。酷いんだから」
理解できないとわかっているから、ここで独り言を呟くだけなのだが。
亜里沙も在駆も願うことは似ている。キセトが望むことをしてあげたい。キセトを幸せにしてあげたい。
ただ、キセトが望む幸せは、周りから見るとあまりにも辛い。そして、周りのものも辛くなるものばかりなのだ。