063
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
亜里沙が眉をひそめる。相手は予想以上に低い声をしていたからだ。明らかに静葉の声ではない。
「あれ?静葉ちゃんじゃない?」
「どーしたのだよ?」
「それが在駆君が出たのー。ちょっと待ってねー」
亜里沙が少し席を離れる。なぜ静葉の携帯に在駆が出たのか事情を聞きだしているらしい。松本姉妹も互いの顔を見合って亜里沙の電話が終わるのを待つ。
電話を終えた亜里沙は、先ほどまでの楽しそうな表情を消し去っていた。その代わりに深刻な出来事だと、一目でわかる表情がそこにはある。
「静葉ちゃんが襲われたらしいわ。犯人は不明。見てた人が言うには手も足も出てなかったらしいわ。静葉ちゃんって、ギルド戦闘種女性ランキング上位だっけ?そういう実績もあるから周りでも恐怖が伝染してしまっているそうよ。二人は私がギルドまで送って行くわ。さっきまでキセトといたからそれぐらいできるでしょう」
「え!?なんでシーちゃんが襲われるのだよ!しかも誰にそんなこと!」
「仕事上の恨みとかでもありえるでしょうし、静葉ちゃんはナイトギルドだわ。その肩書きだけで襲われてもおかしくないのは、瑠砺花ちゃんもわかるよね?」
「うっ……」
奴隷を包容するギルド。敵国の者でも受け入れるギルド。なのに皇族が属するギルド。
ナイトギルドが嫉妬や憎しみの対象になりやすいのはわかっている。瑠砺花も、瑠莉花も。だが、だからといって襲われておとなしくしているような人間はいない。戦火や茂ですら、突然接近してきた者を不快に思うほどだ。警戒心は高い。
それに静葉はおとなしくするどころか、反撃するタイプである。しかも、その実力は実績が証明しているのだ。簡単に「襲われた」など。それはおかしい。
「とりあえず相手もわからないの。集団行動を心がけましょう。今、在駆君がキセトにも連絡入れたって言ってたから、キセトもこっちに引き返しているわ。キセトと合流できれば無事を確保したも同然よ」
「た、たしかにキー様と合流したら無事は無事なのでしょうけど……」
「ここでごにょごにょ言ってるなら動きましょう。こういう時は即座に行動すべきよ。動く目的も目的達成も明らかなんだから」
「はーい…って、亜里沙ちゃんってなんだか……」
てきぱきと指示を飛ばしつつ、キセトが残しておいたお金を払っている。ただの居酒屋(ただのとはいうが超有名店)のオーナーである亜里沙がどうしてここまで非常時の対応を的確に出来るのか。
松本姉妹の視線にその疑問を感じたらしく、亜里沙は面白そうに笑う。
「過去の栄光を誇るつもりはないけれど、これでも不知火でシャドウ隊戦闘特化部隊副部隊長を生前は務めていたわ」
「「えっ」」
「生前の力で言えば晶哉君の直属の上司で、在駆君の間接的な上司に立てていたの。力自身は失っても指揮力はそのままよ」
「う、うわー。もう頼りにするしかないのですねー」
ギルドで連夜とキセトを除いた面子で一番強いのは在駆だった。今では晶哉と在駆が均衡している。三番手に静葉が構える並び。つまり、その下に並ぶ瑠砺花や瑠莉花がここで慌てて動くよりも、一番二番手の元上司だった亜里沙の指示に従うほうが言いに決まっている。
亜里沙の指示は単純だった。周りの人々の不安を煽らないように極自然に歩け。道は遠回りになっても人の多いところを通れ。その二つ。松本姉妹がぎこちないもののその指示に従う中、亜里沙はギルドに遊びに行くようにしか見えないよう、完璧に周りを誤魔化していた。東の炎の曲について楽しそうに語ったりしている。その視線は時々周りを警戒して鋭く尖っていたが。
「亜里沙」
前から声がかけられた。丁度松本姉妹は横を警戒してた時だったので跳ね上がったが、亜里沙は安堵を隠すことなく声の主に駆け寄っていく。
「キーセト!お迎えご苦労様ー!龍君にもギルドに帰るように言ったから、私と龍君と、こんばんはギルドにお世話になっていーい?」
「あぁ。行こうか」
キセトも極自然体で亜里沙と並んで歩き出す。松本姉妹の先を歩いているものの、時々二人の視線が後ろの松本姉妹を振り返っている。そして、自然に会話しているようで周りを警戒している。そのおかげか、四人は無事にギルドについた。
キセトが三人ともここにいるように、と一つ指示してすぐにギルドを出て行く。その場には連夜もいたので、詳しく現状を知るために、亜里沙が一番に切り出した。
「で?なにがあったの?」
その声にキセトに対するときのような優しいものは篭っていない。
自分の友達である静葉が襲われたという知らせは、周りが思っている以上に亜里沙を怒らせているのかもしれない。
「んー、アークが一番知ってるみたいなんだけどなー。まともに話せる状態じゃないんだわ。今、静葉がいる病院に、蓮とアークとキセトがいることになってる」
「いることになってる、てなに?本当はどうなの?」
「アークは犯人に覚えがあるとかでそっちに向かった」
「ふーん……。ねぇ、在駆君と"時津"の関係は、連夜君知ってるの?」
亜里沙の突然の質問に反応したのは連夜だけではない。松本姉妹や戦火や茂、そして誰よりも時津という名に嵐が反応している。
だが亜里沙はここで間違えた。ギルド隊員以外、つまり明日羅翡翠一行を無視してしまっていたのだ。そこにいる時津嵐のことも当然無視していた。だから気づかなかった。こんなところに時津家の者がいるわけないと思っていた。
「前置きを一つだけしておくわね、晶哉君もいるし。私はキセトの利益になると思うから今から話す。質問には一切答えないわ。キセトの都合のいいように伝えること伝えないことをわざと操作するわ」
「りょーかいりょーかい。で、アークと時津がなんかあんの?静葉とアークが恋人なんちゃら~って話はギルド隊員なら全員知ってるぜ?」
「在駆君のお母さんは時津家の出身なのよ。在駆君が二歳の時に亡くなられたけれど」
「あ?あぁー?初めて聞いたわ。静葉は聞いてたのか?」
「聞いてないと思うのだよ。シーちゃんそんなこと一回も言ったことないのだもん」
「言っていないと思うわ。在駆君にとって母という存在はなかった人だから。ありもしない、空虚でしかないから」
「はぁ?意味わかんね」
連夜の声にも篭っているのは素直な疑問なのだろう。亜里沙が見る連夜の表情は感情に素直だ。
「在駆君のお母さん、キセトに殺されたのよ」
亜里沙の目の前で、連夜の端麗な顔が歪んだ。
ただその奥で晶哉の顔付きも恐ろしいものになっている。キセトを思う彼のことなので、たとえキセトの最愛の人である亜里沙の言動としても、キセトの過去に関わるこのことを悪戯に吹聴するのが許せないのだろう。
晶哉が守りたいのはキセトであって、亜里沙ではない。キセトを守るためには亜里沙を守らなければならないから守っているだけだろう。
「詳細を話してくれるんだよな」
「うん。私が知ってる限りはね。キセトにとって在駆君は償うべき相手だもん。その在駆君の大切な人、静葉ちゃんを狙った今回のこと。嫌な予感がするのよねぇ。
もし在駆君への償いのためっていうなら、キセトは戦うようになるかもしれない。連夜君はキセトを物理的に止められる唯一の人だから、事情を知っておいて欲しいの。キセトの行動の理由をわかって欲しいの。キセトを止めるべきかどうか、それを決断しなきゃいけないとき、あなたが知るキセトの全てを判断材料にして。止めてはいけないときの止めないで」
「静葉を狙ったとはいえないだろ」
「静葉ちゃんを圧倒的力で倒せる数少ない人が、偶然静葉ちゃんを襲ったっていうの?それに偶然在駆君が身に覚えがあるっていうの?そんなの、おかしいわ」
「……わかった。話せ。オレが判断すればいいんだろ」
うん、と亜里沙の消え入りそうな声。仕方がないとは言え、キセトのことを誰かに委ねなければならないのが悔しかった。
「話しましょうか。キセトが在駆君の母親、時津理紗さんを殺したいきさつを」
亜里沙は目を閉じて思い出す。キセトがその口で亜里沙に語ってくれたときのこと。苦しそうに自らの罪と称した過去を吐き出していた様子を。
「そのときも、キセトはただ、守りたいだけだったの。自分の大切なものを」