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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
化物と心と命編
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061

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください

 ギルドで話題に上がっていた在駆ありくは、何の用事もないというのにギルドを出てきたことを後悔していた。街をぶらついていたところ、半分以上誘拐のような目にあってしまったのだ。


 「……」


 目覚めて後悔など一通りしてから部屋を見渡す。周りも確認したいところだが、見知らぬ建物の一室で椅子に縛り付けられていた。相手は油断をするようなタイプではないのか、封印石の腕輪がきっちりとはめられていて魔法は使えない。武器ももちろん奪われていた。

 しばらく一人で過ごしていると、扉を開けて男が二人、入ってくる。在駆には嫌というほど見覚えがある人物たちだ。


 「おはよう」


 「あなた方でしたか」


 「そう、おれたちだ」


 名乗る必要は無いと思ったのか、男たちは名乗らなかった。在駆が逆らう(と言っても身じろぎするぐらい)前にあごを掴まれて顔の位置を固定させられる。無理に口が広げられ、何か液状のものを飲まされた。吐き出そうとしたが、それよりも早くあごを掴んでいた手が口を押さえる。無理に上を向かされて、飲まされた薬を飲み込むしかなかった。


 「そうそう、いい子だ」


 何の薬かはわからないが自白薬等ではないだろう。この者たちが在駆から聞き出すことなど何も無い。それにしても在駆の反応も見ずに突然薬を無理矢理飲ませるのは、なにがしたいのかつかめない。

 十数分経ってから、さて、と一人が切り出した。在駆に飲ませた薬の効果が出てくるのかもしれない。


 「まず、このまま帰してやるよ。ただし、おれたちのこは口が裂けても言えないようにしといてやる。まぁまぁ、そう睨むなよ。殴ったり薬漬けにしたりはしないって。ただ脅すだけだ。その薬の解毒剤はおれたちしか持ってない、とか言ってな。ギルドに優秀な薬剤師がいるみたいだけど、飲まされた薬もわからないのに対処できるのか?ちなみに解毒剤を飲まないと三日ほどで死ぬ」


 「帰って、なにをしろと仰るんですか。どうせそこまでがセットでしょう」


 「話がはやいと助かる。キセトと晶哉しょうや不知火しらぬいへ戻るように説得しろ。もちろんお前も不知火へ戻る気でいろ。なに、晶哉はともかくキセトは簡単だ。こういえばいい。『脅されていてあなたが不知火に戻らないとぼくは毒で死んでしまうんです』とな。キセトが戻れば晶哉も自然に戻る」


 「誰に飲まされたのかという話になりますよ」


 「いいや、ならない。キセトは『晶哉は自分で決める分なので俺にはどうにもいえないが、俺が戻るだけでお前を救えるのならいつだって戻ろう。俺がどこに属するかなんてことで人の命が救えるのならどこへでもいくさ』とか答えるだろうし。誰がそんなことをたくらんでいようが、お前の命を救うという名目さえ掲げてしまえばキセトは何事も不思議に思わない」


 根拠のない断言だと言いたい。だが、この人はキセトのことをよく知っている。ナイトギルド隊員などよりもずっとずっと深く知っている。おそらく、在駆よりも。

 ただ在駆だってただ言われた通りにするわけには行かないのだ。そうすれば、この者が考えるとおりに進むことなど在駆の目にも見えているからである。


 「ぼくは副隊長を追って不知火を出て、さらには羅沙らすな軍の制御下にあるギルドへ入りました」


 「お?どうした、突然」


 「あの人の揺るぐことの無い強さに負けたのです。いえ、魅入られたというべきでしょうか。今だって若造ですがまだ十代だったころは、あの強さを追っていればいつかは手に入れられると夢を見たものでした」


 「…?」


 「ですが、今はどうだっていい。副隊長の強さなんて要らない。あの強さは大切な人をも無差別に傷つけてしまうからです。ぼくは強さよりも大切な人と並んでいられる弱さが欲しい。強欲にも強さを求めて追っていた人を突然みぎり、欲に走って弱さを求めました。ぼくが大切に思う人と共にいるためにはほどほどに強く、ほどほどに弱くなくてはいけないのです」


 「ははーん。言いたいことはなんとなくつかめてきたぞ。こっちだって下調べはしてるんだ。時津ときつ静葉しずはのことだな。血は争えないというか、なんというか」


 「そうです。ぼくの大切に思う人は時津静葉だ。焔火ほむらびキセトでも不知火頭領でもありません。彼女だけがぼくをこの国に縛り付けている。彼女も不知火で受け入れてくださるというのでしたら、薬などなくても全力で副隊長と晶哉君を説得します」


 「ほんと、血は争えないのか?それともその静葉って女に母親の影を求めてるのか?」


 「ぼくに母などいません。存在しません。ぼくは空虚から生まれたんです」


 「駆我さんが聞いたら悲しむぞ。元はといえば、裏切り者であるお前が不知火に生きて戻れるのもあの人の取り計らいであって――


 「父がいるというのなら!…父がいるというのなら、母はどこにいるというのですか?それなら魔法で作り出された幻だといわれたほうがマシだってものです」


 在駆が人の言葉を遮って叫ぶことなど珍しい。『過去がない』ことは在駆にとってそこまでの苦痛だった。

 在駆には母がいない。家柄が家柄だけに愛人の子などいろいろ噂は立った。だが在駆の父親である駆我くがはある主張を通した。『妻がいた。正妻がいた。だが正妻は存在ごと消されてしまったのだ』と。誰もが駆我が狂ったのだと言った。だが、駆我の言葉を証明するように、在駆の母親らしき人物は誰一人、名前も候補に挙がらなかった。

 駆我の性格からしても、好きになった女性は正妻として迎える覚悟をするだろうし、子供を生ませておいて隅に追いやった生活のままにするなどとも思えない。誰もが在駆の存在で駆我の言葉を信じたのだ。なにせ子供は空虚から生まれるはずなどないのだから。


 「母は、母はどこにいるというんですか?存在ごと消えた?いなかったことと同じではないですか!死んだわけでもない!誰も覚えていない!父ですら顔も名前も思い出せないのだと嘆く存在を母などと呼べません!」


 「よーし、わかった。お前が不知火に帰るつもりなんてさらさらないってことはな。三日以内にお前を説得する気にさせてやる。ただし、俺たちのやり方で。やんわりとはいえ、おれの誘いを断ったことを後悔しろ、不知火在駆。いお前の人生には同情してやれるが、同情で手段を変えてやれるほど甘い立場にいるわけじゃないからな」


 目の前で男―かつてキセトを例外として不知火最強と呼ばれた存在―が笑った。極悪な笑みだった。

 なにをするつもりなんですか。在駆はそう叫んだつもりだった。だが、声は声にもならず小さなうめき声と大量の声のなりそこないが口から吐き出されるだけ。在駆の視界が暗転した。


 がっくりとうなだれた在駆を見届けて、あずまは息を深く吐く。

 縛られた状態のまま器用に体が痛まないようにしているのは無意識なのだろう。おそらくシャドウ隊自体の癖がそのまま残っている。戦いに身を置く者の悲しい習性を目の前にして少し気が滅入っていた。


 「あーあ、東さんだけ悪者かー。すいませんね、黙ったままで」


 全く謝罪するつもりなどないだろう声が響いたが東は何も帰さなかった。黙って在駆を縛っていた縄を解いてやり、近くのベッドにその体を横たわらせる。服をめくって殴った腹部の傷を見たが、申し訳ないことに痣になっていた。


 「計画のほうはどうだ?」


 在駆の服を元に戻してやり、念のために布団をかけてやって置いた。即効性のある薬ではないが体に害があることは間違いない。本来の調子でなければ風邪だって引きやすいだろう。

 東が振り向きもせずに出した質問に部下らしき男、不知火鈴一れいいちは部下とは思えない態度で答える。


 「れいたんは無理っすわ。どうやっても見つかんないです。あ、でもキセちゃんと晶哉たんはすぐでしたよ。ギルドなんてもんに属してますし。ただ晶哉たんは警戒心が強いですねー。あー怖い怖い。ちょっと探っただけで二・三人は動いてましたよ」


 「やり方を間違えるなよ。弦石げんせきはどうした?」


 もう一人、重要な任務を東本人から与えた男がいない。自由行動にしてから数日経っている。一度も報告がないなど、慎重な弦石の性格に反していた。


 「あっちは殺しなんで入念に調べてくるとだけ残してまだ帰ってませんね。でも、バトルフェスティバルとかいうふざけた催しを見ている限りたいした実力じゃないです。弦石じゃもったいないぐらいですよ、この殺しは」


 仮にもシャドウ隊の上位の人間がやることじゃないです、と鈴一が付け足した。東はそういうな、とばかりに玲一のほうに視線を送る。


 「逆鱗とまではいかないまでも、キセトの琴線であることに変わりは無い。警戒は怠るな。あと銀狼ぎんろうの琴線とかもわからないか?キセトと一対一で戦える逸材だ。警戒は必要だろう」


 「特には何も。人間らしいやつですよ、キセトに比べれば。一応ナイトギルドには手を出さないほうがいいかもしれませんが…、今あんた、そんなこと無意味だって顔してますよ、東さん」


 「ナイトギルドは一人、殺さない程度に遊んでやらないとなぁ。自分の弱さを知っておいたほうがいい」


 「時津静葉っすか」


 東が在駆に送る意味ありげな視線に気づけばすぐにわかった。なにしろ在駆本人が言ったのだ。静葉という女が羅沙にいなければ自分も羅沙に留まるつもりはないと。

 自分の弱点をあそこまで堂々告げてしまうあたり、在駆にも失態がある。弱点など知れば、そこを付くのは当然だ。


 「その女はどうでもいいとして、その女をボコるだけで在駆を牽制できるのはもうけものだ」


 「キセちゃんみたいに、ありりんが暴走しませんかねー!」


 そんなのごめんですよ、と声からにじみ出ている。東は優秀な部下に笑顔を見せてやっておいた。


 「在駆が暴走したところで、おれひとりで止められるさ」


 暗にキセトの暴走は東であっても治めることができないと言っているようなものだが、東の意見が間違っているとも思わない鈴一は小さく頷くのみだった。

 二人が部屋を去るとき、鈴一が言った「激動の時代はこれからですねー」という言葉が、これから数年を的確に表す言葉となる。



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