表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
化物と心と命編
65/90

060

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 城から帰った日。連夜キセトと続いて見慣れない金髪が入ってきたときは、その場にいた全員が顔をしかめた。唯一まともな(皇族に対する敬意を示すのが一般的である)反応をしたのは、明日羅あすら帝国出身の静葉しずはぐらいだろう。その静葉もすぐに視線を逸らしたが。

 現在ギルドでは、早々と自室へ逃げ込んだ連夜れんや以外が食堂で挨拶を受けていた。


 「改めまして。本日より羅沙らすな大栄帝国滞在の間、お世話になることになりました。明日羅翡翠ひすい様とその御付の面々です」


 深々と頭を下げた代表の男と、その隣でふてぶてしく構える翡翠。兄、いや従兄である連夜以外に懐くつもりはさらさら無いらしい。

 そしてその挨拶にまともに答えたのはキセトぐらいで。在駆ありくはわざとらしく席を外していたし、静葉と松本まつもと姉妹は見向きもしないでトランプに夢中になっている。その他はそもそも集合の声かけに仕事やらを理由にして集まらなかった。


 「女性の方は上階を使っていただいておりますので、翡翠様もぜひそちらをご利用ください。護衛には女性をつけるつもりですが、不要でしたら事前に私にご報告ください。翡翠様は優秀な部下をお連れのようですからこちらでわざわざ護衛をつける必要もなさそうです」


 「優秀すぎて皇族の護衛に引き入れるのに苦労したほどですわ。文官なのですが剣の腕も悪くなくてよ。このギルドの者もお兄様の部下なのですから相当とお見受けするわ。ぜひ手合わせしているところを見てみたいわね。あらしはどう思いまして?」


 意見を求められた翡翠の部下、嵐と呼ばれた男性は苦い笑みを姫君に返しただけだった。文官だというのにバリバリの戦闘種であるナイトギルド隊員と戦わされるなどごめんだと思っているのかもしれなかった。

 だが、そんな嵐の細かい表情を観察できる余裕など訪れなかった。トランプに夢中になっていた静葉が派手に椅子を鳴らして立ち上がったのである。表情はまさかと語っている。


 「あ、あああああ、嵐って、まさか、まさか!」


 叫ぶ静葉を無視して嵐という男性はキセトに改まって向き直り、深々と頭をさげる。突然の出来事にキセトですら驚いた表情を晒している。


 「全くの私情となりますが。騒がしい娘がお世話になっております。私は時津ときつ静葉の父、時津嵐と申します」


 その言葉と同時に、静葉の絶叫がギルドに響く。

 キセトが改めて嵐に尋ねると、あっさりそうですという返事がなされた。そんな嵐のあっさりさに比べて静葉はいまだ驚きから立ち直っていない。


 「お父様!まさか、そんな!あの事件で亡くなったはずでは…」


 「あの事件はあの事件でいろいろ裏があるということだ。少なくともここに立つ私は幽霊ではない」


 「そんな…、それでは何のために皆は…」


 静葉と共に命を懸けた復讐。復讐のうちに殺人に快楽を覚えた仲間。そしてそんな仲間を切り捨てた静葉。

 何かが悪いというつもりは無い。だが、あの事件に裏なんてものがあるのなら、事前に知らせることが出来たというのなら、あそこで死んだ人々は何のために死んだというのか。

 絶句することしかできない静葉に、嵐はすまないと淡々な謝辞を述べる。


 「まさか放火されるとは思っていなかった。私が帝都に引き抜かれて終わるはずだったのだ。放火は偶然だった。私が助かったのも偶然にすぎないだろう」


 「引き抜かれて?それもどういうことですか…?」


 「時津の街には明日羅政府に引け目があったのだ。過去に犯罪者をそうとは知らず助けてしまった。大臣を殺した犯罪者だ。そこでかねてより話があった私の帝都への勤務の話が持ち上がってしまった。時津の街の領主として断り続けていたのだが、跡取りも十分育っているとして、その引け目のこともあり強引に決まってしまった。領民に説明する間もなく帝都に出発した日、あの事件が起こったのだ」


 「引け目って…。知らなかっただけじゃない」


 犯罪者とは知らなかった。

 ならあの優しい街の人々が傷だらけの男を街全体で受けれたことなど、静葉には簡単に想像がついた。誰にでも優しいわけではないが、傷ついた、弱った人を放っておくような人はいない。幸せな街に暮らす幸せだった人々は、その幸せを他人に分け与えることに何の躊躇も抱かなかったのだから。


 「傷の手当程度ならそれもよかっただろうな。だがその犯罪者は傷が治るまで時津の街に滞在し、あろうことか時津家の女性と恋に落ちた。その犯罪者が時津の街を去るとき、その時津家の女性も共についていってしまった。犯罪者とその領地を納める一族が結ばれてしまったのだ。

 もちろん知らなかったとも。その男が罪を犯したことなど。だが、他国の人間が明日羅の街に傷だらけで倒れていることもおかしいだろう?報告しなかったのはなぜかと問われれば、非があったことは認めざるをえない」


 「だからって…」


 「もちろんこれは私の無理な引き抜きの理由であって、街が燃やされる理由にはなるまい。跡取りとして十分育っていると判断されたもの冷樹れいきであって静葉ではない。残念なことに冷樹はあの事件で死んだと聞いているがな」


 「…」


 遺骨が回収されていたのを思い出し、静葉には何の断言もできなかった。兄同様死んだとばかり思っていた父はこうやって生きている。それならば兄が生きていても何もおかしくは無い。兄だけではなく姉だって静葉にはいた。冷樹以外の兄だっていた。ギィーリのように血の繋がっていない兄弟たちは日に日に増えていた。

 誰が生きていてもおかしくないのなら、ぜひ全員に生きていて欲しい。静葉にとって冷樹以外は好きとは言いがたいものの、故郷を失った街の人々は喜ぶだろうから。


 「明日羅政府はあの事件を『事故』だと言い張ったし、あの事件を引き起こした羅沙兵士にも罰があったとは聞いていない。まぁ、悲しいことに凶悪な殺人鬼の犠牲になったと聞いたが、それも羅沙がついた嘘かも知れないな」


 「それはっ!……その、本当です。私は知っています」


 「ん?そうか、静葉がそういうのであればそうなのだろう。街をあれほど愛していた静葉がこんなところで嘘をつきはしないだろうから」


 嵐は静葉がその凶悪な殺人鬼だということは知らないのだろう。娘を信じる父の表情に偽りなどなかった。むしろ隠し事をしている静葉のほうが圧倒的に顔色が悪い。

 嵐を責めたい気持ちも静葉にはある。生きていたというのなら、あの事件を知っていたというのなら、なぜ生きているとだけでも知らせてくれなかったのか。それだけで街の人々がどれほど救われたことか。

 だが死んだ人が生きているという喜びがその疑心を打ち消していた。何も文句など言い出せなかった。


 「ところで先ほど出て行った男性はどういう人物なんだ?」


 「アークのことですか?炎楼えんろう在駆という者ですが。このギルドの隊員です」


 嵐の質問にはキセトが答える。ふむ、と嵐は納得いかなそうにしていた。重ねて次の質問がすぐにでてくる。


 「明日羅にしては髪の色が暗いが、染めているのですか?」


 「いえ、あれは地毛だったと思います」


 「アークは混け―あいたぁ!」


 静葉が嵐に快く教えようとしたところ、キセトに足を踏まれてしまった。キセトは軽くのつもりなのだろうが、静葉にとってはかなり痛い。

 静葉が目線でキセトに理由を問うが、キセトは静葉の視線を完全に無視した。


 「髪の毛の明暗ぐらい誰にでもあると思います」


 「そういうものか…」


 「なぜそんなことをお聞きになるのですか?」


 「いや、その犯罪者の男によく似ていると思っただけだよ。まぁ歳から考えてありえないか。あの男は私の少し上ぐらいだったから」


 「アークと似てるの?目つき悪いのね」


 「あぁ…」


 黙れとばかりに静葉の足がまた踏まれる。今度ばかりは静葉も声に出して抗議した。だが、キセトは困惑の表情(以前と比べれば分かりやすいが、これも静葉が勝手にそうだと思っただけ)を向けるだけだ。


 「俺じゃない」


 「え?だってさっきから足踏んでるじゃない!」


 「踏んでいないぞ」


 「じゃ、誰だっていうのよ」


 そういいながら静葉が机の下を覗きこみ、体育座りの晶哉を発見した。キセトに負けをとらずわかりにくい困惑の表情に染まる三人だが、晶哉はのそのそと机の下からでてくる。

 膝に付いた埃などを払って、「このギルドは汚い」などと一通り愚痴ったあげく、話は聞いてたけどと話を切り出した。


 「在駆先輩は秘密主義なんだよ。たとえあんたの父親といえど、在駆先輩が居ない場所でぺちゃくちゃ話すのはいいとは言えないな」


 「なによ。あんた、アークのこと嫌いじゃないの?」


 「嫌いだぜ?だがお前が今べらべら話そうとしたことは不用意にもらしていいことじゃない。在駆先輩じゃなくてキセト的に、だ。キセトにとって害になるかもしれないから情報漏えいは止めたのみ。以上」


 「ななな!なんでアークの出身でキセトに迷惑がかかるのよ!意味がわかんない!」


 「晶哉。その通りだ。俺自身わからないんだから」


 「何もかも話す気はない。おれの過ぎた心配ならそれでいいんだ」


 「なによ、わけわかんない!」


 静葉の叫びを利き終わる前に颯爽と晶哉は立ち去る。なぜ机の下なんかに居たかも語らずじまいだった。ただ当然のようにキセトがいるところには現れる男なのである。

 この場で一番戸惑っているのは嵐である。その事実に遅れながらも気づいたキセトはすいません、と一言謝っておいた。自由奔放な奴が多いので、と。


 「私も自分の仕事に戻ります。娘と話せてよかった。最後に、静葉。けいを知らないか?」


 「えっ!?えっと…」


 上田うえだ形。父親の昔の副官のことだとはすぐにわかった。

 だが知っているも何も、静葉と一緒に殺人鬼ミラージュとして活動した人だ。若い静葉を支え、実質のナンバーワンだった。そして、他の仲間たち同様、静葉がこの手で殺した人。


 「わかりません…」


 結局静葉は嘘をついた。隣から送られるキセトの視線が痛い。

 だが父の対応はあくまで優しかった。


 「そうか。これからしばらく世話になる」


 上田形については何の言及もせず、さらには大昔と変わらない優しい声をかけてくれる。

 すべて失ったと思っていたもので。失ったはずの父は変わらずここに居る。亜里沙ありさのような特異な例ではないかぎり、この父はずっと生きてきたのだ。


 「うん」


 失ったと思っていたものだからこそ、目元を熱くせずには居られなかった。静葉は涙を弱さだと思っていたけれど、こういうことなら喜んで流そうと思う。

 自分のような人殺しに、この父の優しさを受ける資格はないかもしれないが。それでも拒否できるほど自分が強くないことを静葉は自覚した。


 会話に参加せず話を聞いていた松本姉妹は、感動して泣きそうになっている静葉よりもキセトに注目していた。その表情は言葉に表現しにくいものになっている。

 理解できないものが目の前に置かれているような、なぜ静葉が泣いているのか全くわかっていない様子だった。キセトは静葉の事情も知っているはずなのに、キセト自身だってごく最近両親と再会してその喜びを味わったはずなのに、静葉の喜びがわからないのだ。喜びを超えた、過去の自分に知らせてやりたいほどの安堵がわからないのだ。

 松本姉妹からみればそれは一目瞭然なのだが、キセトは本気でわからないらしい。まじまじと静葉を観察している。


 「キー君、始末書終わらないのだよーん」


 だから助け舟を出しておく。もちろん静葉の今の心境を語って聞かせるわけではない。逃げ口をつくってやるという意味の助け舟。そんなことわからなくてもいいんだよ、という逃げ道。


 「始末書ぐらい自分で書け」


 明らかにほっとしているのに口ではそんなことを言う。瑠砺花るれかは面白すぎておもわず笑ってしまった。

 そんな緩い表情でなにを言っているんだか。そう思う。緩い表情といっても、キセトと親しくない者からすれば無表情なのだろうが。ニヤリと瑠砺花が笑って食堂からキセトを連れ出した。瑠莉花るりかも付いてくる。今の静葉は一人にしてやったほうがいいだろうという松本姉妹の判断だ。

 最後までキセトはさっぱりわからない様子だった。やはり人の心を理解するのは難しいなどと呟いている。


 (ねぇ、キー君。なんでわからないの?シーちゃんは今、嬉しいんだよ。ねぇ、キー君。なんでわかんないの、なんで、なんで?ねぇ、キー君)


 瑠砺花が心の中でキセトの背中に尋ねる。

 あぁ、この人は本当にわかってないんだ。人の心が。私が悲しいときに黙ったままでも一緒に入れくれた連夜とは違う。本当にわからないんだ。

 わからないんだ、と心の中で繰り返して。初めてキセトに対して同情の涙を流した。人と一緒に生きることをなにより望んでいるキセトに、神なんているのなら、なぜ人の心を察してやれる心を与えてあげなかったのか。


 「かわいそう」


 瑠砺花の心からもれた声をキセトは静葉を表したものだとおもったらしく、何の反応もしなかった。だからこそ、瑠砺花はもう一度可哀想と繰り返した。ありったけの同情を込めて。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ