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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
化物と心と命編
64/90

059

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 庭が見える場所を通り過ぎて建物の中へ入った三人。青の城に似合わないレッドカーペットの上を東雲しののめ連夜れんや、キセトの順で歩く。使用人の視線が黒髪のキセトに突き刺さるが、東雲の咳払いで皆仕事に戻っていった。

 そんなことが数回続いて、突然キセトが立ち止まった。数歩進んでからキセトが立ち止まっていることに気づき、東雲がすぐに引き返してくる。


 「気になるのかい?」


 「やはり城に来るべきではありませんでした」


 髪の色を元の水色に直すのは絶対に嫌なのか、羅沙らすな城に黒髪でやってきているのだ。

 その髪の色は嫌悪の対象であり、いくらキセトが羅沙皇族であったとわかってもそう簡単には白い目線を向けることはやめられないらしい。


 「城に来なければ花は見れなかった。意味が無かったわけではないだろう。それに足を止めることでさらに陛下たちを待たせることになる。陛下と一緒に明津あくつ様も待っているが、もちろん明津様も待たせることになる。今からでも帰るというのなら、皆さんに待ちぼうけを食らわせることになるな。それをどう思うんだい?まさか、焔火ほむらび君がそんなこと気にしないなんて言うのかい?」


 「……いきます、けど」


 「ならいこう、ほら」


 「はい…」


 キセトの性格を上手く利用した東雲の説得の仕方である。

 キセトなら自分の行動一つで周りに迷惑をかけるようなことは避けるに決まっている。他人面して聞いていた連夜は素直な感嘆の声を上げた。


 「うわー、珍しいもん見たー。キセトが丸め込まれてるー」


 「君以外には結構丸められているから。焔火君は峰本みねもと君の言葉となると意地でも頷かないからね」


 「まぁ、嫌いですからね」


 「嫌いって言いやがったこいつ!さらりとはっきりいいやがった!」


 「うるさい」


 そもそも連夜はキセトを丸め込もうとしないのだ。言い放って、言い逃げで、そのまま物事を推し進めてしまう。キセトの同意など得ないで次へステップを進めてしまう。嫌いといわれても仕方が無い過去の行為を積み重ねてきているのだ。

 ひどいなど文句を連ねる連夜を無視して東雲が進みだす。キセトもそれに従ったので連夜も従うしかない。会議室の扉の前まできて、東雲は二人を振り返った。


 「さて。しっかり話してきてくれたまえ。私は引継ぎを進めなければならないから同席しないよ。あと、黒獅子くろじし銀狼ぎんろうの件についても正式にどうするか名言しておいたほうがいいと言っておこう。うやむやにすると国交に関わることだ。いいね」


 「はーい」


 「わかりました」


 「では、私はこれで」


 東雲はその言葉だけ残して今来た道を戻っていった。同じ特別層に軍本部もあるのでそちらに向かったのだろう。もう彼も明津と同じように前線から退くのだ。


 「失礼します」


 「ようこそ、いらっしゃいました。座ってください」


 部屋に入ってすぐキセトたちに大臣たちの視線が集まる。

 いくら明津の血を引いているからといって、黒髪が羅沙城に来ていることは変わりないのだ。仇敵である不知火しらぬいの象徴である黒髪が。非難の視線が集まるのも当然のことである。そして、さらにキセトが、不知火の象徴でもある黒獅子だというのだから。

 だからと言って、無視された形になる連夜は面白くない。キセトの動きのみ追う大臣に連夜が近寄った。明津はその動作に気づいていたようだが、何も言わない。

 机の真横に並んだ連夜は手を机についた。

 例の若い大臣が注意しようと身を乗り出し机に手をついて気づく。この机、本当に前からおいていた机か?そうだというのなら、この違和感はなんだ。


 「お前らは二人を呼んだんだろ。無視されちゃ悲しいぜ?」


 「う、うわぁぁあ!?」


 情けない大臣の声。

 それも仕方が無いだろう。自分の目の前で机が異物に変化しているところを見せ付けられているのだ。連夜が手をついている場所からメキメキと音がなっている。机は明らかに木ではない形と物質となっている。机の機能も果たせないだろう。


 「無視すんなよ。わざわざ素直に応じて来てやったんだから」


 「そもそもお前たちは本当のことを言っているのか!?北の森が羅沙を混乱させようとしているのではないのか!銀狼と黒獅子だというではないか!」


 「落ち着いてください。まずお二人は席にお座りください。ゆっくりお話するためにお呼びしたのですから」


 「連夜、とりあえず座れ。陛下もこう言ってくださっているんだからな」


 「ふーい」


 皇帝の向かいに用意された二つの席。連夜が座り、それに続いてキセトも席に着く。異物となってしまった机を召使が運び出していく中、皇帝が口火を切った。


 「まず峰本連夜さんの件については私どもでは決めかねます。明日羅あすらのことを羅沙の独断で決めるわけには参りません」


 「なのに呼び出したのかよ!」


 「私どもでは決めかねますから、決められるお方を及びいたしました。停戦条約を結び、両帝国保持同盟にて友好関係を深めているとはいえ、皇帝陛下を不躾にもお呼びするわけにはいきませんでしたので、明日羅ひす――


 「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 それまで大胆不敵に構えていた連夜が、途中から青ざめ、羅沙を訪れているという明日羅皇族の名前の途中で叫びながら立ち上がった。何の説明もなく部屋を出ようとするので、咄嗟にキセトが連夜の腕を掴む。


 「れ、連夜!?おいどこへ行くんだ連夜!」


 「帰るぅぅ!!帰るって言い方に問題あるならここから去る!ちょ、キセトマジで放せぇぇぇ!お前のそのほっそい腕へし折るぞ!怪力!お前のどこにそんな筋力あるんだよ!放せ!放せ!頼むからあのキモ娘が来る前に放せ!」


 「キモむすっ…!?何を取り乱しているんだ!帰るって来たばっかりだろ!」


 「明日羅翡翠ひすいっていうオレの従妹はな!マジの変態なんだよ!オレが珍しく、嫌いじゃなくて苦手で苦手で超絶苦手な相手なんだ!」


 「皇族の方を変態なんていうなよ…」


 「まじでまじでまじでまじでまじで!うわぁぁぁ!机変な形にしてスイマセンでしたぁあ!!あのキモ娘とまた顔合わせるぐらいなら世界ふっ飛ばしたほうがましだぁ!!」


 どうやらあの連夜が、本気で嫌がっているらしい。キセトの手を振りほどけないとわかると地面に崩れ落ちた。

 頭を抱えてなにやらぶつぶつ呻いている。


 「連夜が謝罪するぐらい苦手なのか。可哀想でもあるが、帰すわけにはいかないな」


 「可哀想とかもう!!もう!!まじで苦手なんだよ!翡翠だけは、あのキモ娘だけは!あれ、オレに接する時皇族の気高さとか一切ねぇから!キモイただのキモ娘だから!」


 連夜が立ち上がって復帰したと思ったら、まだキモ娘などと言っているらしい。

 フォローしようとキセトが連夜のほうを見ると、連夜の後ろに小柄な人影が見えた。連夜に教えてやる前にその人影は連夜に後ろから、なにやら聞き覚えのある言葉を叫びながら思いっきり抱きつく。


 「じゃじゃじゃじゃーん。お兄様に名前を呼ばれての登場だなんて!嬉しすぎてこの翡翠、お兄様に抱きつきたい思いを堪えるのに精一杯でございます!!」


 「うわーーー!堪えてないしオレはお前のお兄様じゃないし!従妹!い、と、こ!まじで離れてくれぇー!キモ娘!抱きつくついでに変なところ触るなぁぁぁぁ!!」


 「お兄様、少々お痩せになったのではありませんか!これは五キロほどですわね。あぁ久しぶりのお兄様の体ですわ!うふふふふふふふ、お兄様の体…」


 「きもいきもいきもいきもいきもい!」


 再び床に崩れ落ちていく連夜とそんな連夜にべったりくっついている翡翠。そんな二人を目の前にして、キセトだけではなくその場の大臣や明日、驟雨しゅううはあっけに取られるしかなかった。

 大胆不敵な連夜だが、今は見る影もなく床の上で体を丸めている。たぶん、心の中で泣き言を言っているはずだ。


 「……明日羅翡翠、様でよろしいんですか?」


 「あ、はい。初めましてですわね。明日羅帝国の代表としてまいりました、明日羅翡翠です。お兄様改め、明日羅縺夜れんや様の地位確定のために参りました!決定ですから!私と一緒に明日羅城で暮らすのですわ!お兄様と毎日、愛の溢れる生活が待ってますのよ!」


 「決めないで下さい…」


 「連夜、お前浄化されてるぞ」


 「マジで嫌だ、このキモ娘」


 流石に目の前でこの現状を見るとキセトにもわかる。連夜が言っていることが珍しく本当で、明日羅翡翠は見ていて気持ち悪いほどのブラコンのようだ。従兄弟という関係らしいのでブラコンという表記が正しいのかはわからないが。

 翡翠という人は、それ以外はまともそうに見えるが、ブラコンの印象が強すぎてほかが入ってこない。

 そんなとき、失礼という断りと共に扉が開けられる。入ってきた人物は一瞬、目の前の光景に呆気にとられたようだったが、すぐに冷静な声で翡翠を立ち上がらせた。


 「姫様。立ち上がって羅沙皇帝にご挨拶くださいませ」


 「あら、私ったら。お兄様との再開が嬉しすぎて陛下を蔑ろにしてしまいましたわ。失礼しました、陛下。私は明日羅翡翠。現明日羅皇帝であられます明日羅はるの姪にあたり、現在では第二皇位継承者となっております。伯母に代わりまして羅沙へ参りました」


 「初めまして。私は羅沙明日。ご存知のように羅沙皇帝を勤めさせて頂いておりますわ。翡翠様が滞在していらっしゃる間に峰本さんのことについて決定していただきたいのですが、お任せできますか?」


 「私とっ!」


 翡翠が叫んだが途中で入ってきた男がそれを遮るように翡翠を嗜める。おそらく翡翠の御付のものなのだろうが、かなりの重役なのか、姫相手に引く様子は見受けられない。


 「姫様、陛下はご子息に決められるように仰りましたよ」


 「うぅ…」


 「ん?あのばばぁがオレに?何を決めるんだよ?」


 翡翠から開放されて、連夜がすぐにキセトの後ろに隠れる。体格的に隠れられるわけ無いのだが、真正面から翡翠に向き合う心がもうない。キセト一枚でも間に何か置いておきたいのである。

 御付の男は翡翠、連夜と順に見て少し落胆した様子を見せた。だがそれはキセトも同じである。全世界で、たった四人しか公になっていない明日羅皇族のうち、二人はこんな様子なのだから。


 「明日羅城に参られ明日羅皇族としてお暮らしになられるのであれば、第一皇位後継者に。このまま羅沙に留まられるのなら第二皇位継承者に。あおい本家の人間として葵へ行かれるのでしたら皇位継承権は与えられません。どの道を歩まれるかはご自分でお決めくださいとのことです」


 「即答だ!ギルドに残る!だれがそのキモ娘と同じ家で住めるか!」


 「連夜、俺を挟んで叫ぶな…」


 「やだぁ!お兄様と一緒がいいの!」


 キセトの存在など無いかのように、翡翠はキセトごと連夜に抱きつく。

 キセトはその体の細さのおかげで抜け出したが、連夜はまた床にうずくまる結果となってしまった。


 「こっちが嫌なんだよ!べたべたべたべた触りやがって!マネキンでもこんなさわられねーよ!」


 「え!?私の部屋にあるお兄様がモデルのマネキンは触りすぎて塗装がはげてますわよ?」


 「うわぁ!!聞きたくなかった!絶対こいつと同じ家なんて住めねぇ。いつか犯される…」


 見ていられないほど連夜が可哀想だったので、仕方がなくキセトが間に入る。あの連夜が椅子の陰に隠れて半泣き状態だったので、補佐に回って間違いなかったと、キセトは一人心の中で頷く。


 「連夜はギルドを出るつもりはないようですから、第二皇位継承者でよろしいんですね?」


 「そうなるね。銀狼の権利は葵に帰らない限りは効力を持たないとして扱うつもりです。宣戦布告に関しても葵の正式文章でないかぎり、無効とします」


 前半はキセトに、後半は明日に向かって発せられる。明日もキセトの黒獅子の権利は同じようにすると宣言した。


 「羅沙でも焔火さんは第二皇位継承者とするつもりです」


 「…俺はどうなるんだ」


 今まで見ているに徹していた明津が神妙な声で尋ねた。明日が淡々と答える。


 「明津様は正式に羅沙一族から名を外されることになります。焔火さんも名を連ねるわけではありません。焔火さんだけ、一代きりの皇位継承権です。理由は焔火さんはハーフですが、そのお子様はすでに不知火女性との間に生まれているとお聞きしました。クウォーター、しかも不知火の血のほうが濃いとなると認められないでしょう」


 「わかりました。できれば連夜のほうでも皇族に名を連ねないほうがいいのですが…。羅沙と明日羅では皇族であるというだけで軍の一部への指示権を持ちます。名だけの皇位継承権のほうがそちらでも安心でしょう。『一般人が皇位継承件を持っている』という立場でありたいと思います。協力は惜しみませんが、あくまでギルドという立場でありたいのです。そして俺の息子に関しては、皇族だとか本家だとか、関わらせたくないのです」


 キセトの提案に明日も翡翠も頷いて応える。あくまでキセトも連夜も敵国の血を引く者なのだ。純血と同じ扱いはできない。

 今まで話したことを正式な書類にするためにそれぞれが筆を執る。書類が明日、驟雨、翡翠、そして連夜に回ってきた時、連夜が純粋な疑問を口にした。


 「そういえば、それぞれ第一皇位継承者は誰なんだよ」


 「明日羅では明日羅麗句れいく様。現皇帝である春様の弟君であり、翡翠様の父君にあられる方です。羅沙ではここにもいらっしゃいます驟雨様でございましょう?」


 翡翠の部下の男が驟雨に視線を投げるが、驟雨はゆっくりと首を振った。


 「…いいや、俺じゃないよ。羅沙に第一皇位継承者はいない。空席にするんだ」


 「どういうことですか?」


 「俺と姉様二人で皇帝の権限を分割する。これはもう会議で決まったことだ。主に政治権は姉様、俺は軍事権を握ることになる。城内を二分割しかねない処置だとはわかってる。だからこそお互いに牽制できる要素を増やしていく。ただただ皇帝が君臨する国じゃなくて、上の人間同士でも互いを注意できる環境にできるように。よい意味で互いが互いを意識して、民からの意見も聞いていければって思うんだ。民に好かれなきゃ政治も軍も金欠でつぶれちゃうし。政治でも軍事でも民に好いてもらうことからやり直さないとな、って」


 「民に好かれること、ですか」


 キセトが繰り返した言葉を最後に全員が無言で一人に視線を集めた。視線を向けられた明津は困ったように微笑んでいる。

 羅沙の歴史上、最も民に好かれた人物がここに居る。その当人である明津は政治から離れてしまっているが、だからといってその人気が落ちたかというとそうではない。

 たとえ焔火明津と名前を改めた今であっても、明津を神と崇める声が消えることはなく、明津が微笑みを向けるだけで歓喜の声を上げるのが羅沙の民なのだ。


 「何かいいたいことあるかよ」


 驟雨が明津に短く問うた。その声に敬意などは篭っていない。明津はその声に懐かしさを感じつつ、必死に虚勢を張っている甥っ子に答えてやった。


 「民の期待なんて流れだからなぁ…。俺の場合は親父があれだったからその分が流れただけだし、最初は。後は病的な入れ込みというか、鼠商法式?俺自身なんてあんまり関係なかったなー。というわけで、何の参考にもならん。しっかり見てもらって、見てもらった結果で民意を集めたいんだろ?真面目にしっかりやるしかないなぁ」


 「なんだよ、役に立たないな」


 驟雨の素直な言葉に賛同したのはごくごく僅かだった。

 まずうんうんと頷いて大賛成を示しているのは連夜だけだ。キセトはこの四年間で鍛えたとでも言いたげに無表情を貫いていて、賛成か否定かよくわからない。

 大臣たちは言わずとも明津の味方であった。姉は今までの癖で驟雨を抑えようとして思い直したように、「明津様に頼っていていてはならないのですよ」と付け加える。

 翡翠や翡翠の部下は、羅沙の人間ではないので明津の言葉にさほど重みを感じていないようだ。明津様信教は明日羅にも広まっているとはいえ、さすがに皇族まで届くほどではないらしい。よって、元々明津の助言など聞くに値しないという態度を取っていた。


 「政治は俺たちがやることだ。焔火さんと峰本さんはギルドで頑張ってくれよ」


 少し前には友人に皇帝になりたくないと言った同じ口とは思えなかった。

 だがそんなことを知っているのはここで驟雨本人のみで、他は知るはずも無い。連夜とキセトならしげる戦火せんかから聞いているかもしれないが、驟雨の言葉を気にしている様子は無い。


 「じゃ、そういうことで解散?この書類にサインだけして終わりだよな?」


 「他の書類が出来上がるまで時間がございますので、各自時間を潰していただきたいのですが…」


 「あの、それであれば、庭園を見せていただきたいのです」


 「庭園ですか?構いませんよ」


 「出来れば空中庭園を見せていただきたいのですが…」


 キセトの願い事に明日は少し気を悪くしたようであった。

 元々空中庭園は皇帝のみが出入りを許される空間である。先代の皇帝も先々代の皇帝もなぜか土いじりが好きでよく出入りしていた。明日からすれば、数少ない父の面影が色濃く残る場所なのである。あまり他人を招き入れたいとは思わない。


 「失礼だとは分かっています。ですが、羅沙ローズが咲いているのが見えたものですから。先帝の時代には結局咲きませんでしたし…」


 「そういえばお前と陛下でなんかやってたなー。オレが参加すると邪魔だろうからなにも関わってないけど、あれは羅沙ローズ育ててたのか」


 「ここで『陛下』は間違いだろ、連夜。える様はすでに先帝なのだからな」


 「おっと。まっ、別にいいわ。オレが羅沙に留まってるのも鐫様の言葉あればこそだし。羅沙ローズってそんな育てんの難しいのかよ」


 「俺と鐫様で挑戦した年はどちらも気候が整わなくてな。実際に空中庭園で羅沙ローズが育たない年は凶作になる可能性が非常に高い。そういう予知も含めて育てていたんだ。結局二年とも咲かなかったが」


 「オレらが帝都に来て二年だから、まぁ凶作の年ってのは当たってるじゃねーか。オレらのせいにされたからよーーーく覚えてるわ」


 キセトと連夜が昔話に花を咲かせる。

 明日や驟雨は困惑するのみだ。なぜこの二人が、先帝であり二人の父であった鐫のことをこのように親しげに話すのだろうか。関わりがどこにあったというのだろう。


 「ちょ、ちょっと待てよ!なんであんたたちが父様と花なんて育ててるんだよ!」


 「あ、そういえばお話する機会がありませんでしたから、ご存じないのでしたね。ある時期から鐫様の傍に騎士としてふざけた猫の仮面と猫耳パーカーを来た男がいたでしょう?あれは俺です。仮面とパーカーは鐫様の指示でしたが…」


 「オレは犬の仮面に犬耳パーカーだったな…。あの人すっげーいい笑顔で『君たちの髪は綺麗でそりゃもう自慢したいんだけど、僕と部下の価値観は合わないようだから、わざわざ罵られるために見せてやることも無いでしょ。顔だって同性の僕ですら見つめてしまうほどなんだけど、あんな醜い顔した糞大臣どもに晒すにはもったいなすぎる。で、隠してしまおうってわけ。猫と犬にした理由は黒獅子と銀狼ね。獅子ってネコ科でしょ?狼はイヌ科。ぴったりだよ』とか言ってたしなぁ…。思うと口悪いよな、鐫様って」


 思い出話をまた始めた連夜とキセトだが、周りは付いていけない。

 まさか。当時は北の森の民として虐げられていたはずの二人を。現役の皇帝が騎士に?そんなまさか。

 だが事実的にはおかしくない。その北の森の民をこの羅沙に招き入れたのは紛うことなき羅沙鐫なのだ。二人のために居場所として「特例」とまで称して二人きりのギルドを公認したのも鐫。明らかに贔屓して、明らかに二人を特別視していた。

 だからといって皇帝でもある自分の身を守る騎士に選ぶだろうか。連夜の発言からして、二人が黒獅子と銀狼だということは知っていたらしい。なおさら二人が裏切る可能性を考えるのではないだろうか。


 「父様があんたらを騎士にしてた証拠とかは!すぐに信じられるかよ!」


 「んー、証拠なぁ。別に信じてもらわなくてもいんだけどな、こっちとしては。あ、東雲さんなら知ってるじゃん。東雲さんに聞けば?」


 「本当だとしても、なんで父様がお前らを騎士にするんだよ!それに俺の記憶ではあの猫仮面と犬仮面は激強だったぞ!お前らほんとに強いのか!」


 「それ聞くか。純粋に考えろよ!オレらは混血だぞ!キセトで説明すると、お前らの羅沙の皇族の力に再生の力があるってだけでも強いだろうが!加えて――


 「連夜」


 「ぐぬぅ…」


 言葉だけで捕らえるならとてもおとなしい止めかただったが、残念なことにここに目が見えない人物はいない。

 よってキセトが連夜を真横から思いっきり殴ったのは誰の目にも見えた。


 「連夜の強さはバトルフェスティバルでもわかっていただけたかと思います。俺の実力は言葉にするなら簡単ですよ?黒獅子が勤まり、さらには連夜と喧嘩できるぐらいです」


 「喧嘩というか一方的なリンチ…」


 「え?」


 「なんでもねーよ!」


 キセトが聞き返すと同時にメキッとどこからともなく音がした。言わずとも連夜の体のどこかが悲鳴を上げているのだが、誰も恐ろしくて聞けない。笑っているのは息子贔屓の明津のみである。


 「鐫様の騎士の件は東雲さんにご確認ください。空中庭園の花はぜひ見たかったのですが、現在の所有者である明日様の気分が進まれないのでしたら仕方がありませんね」


 「す、すいません…」


 「いえ、お気になさらずに、陛下。こちらの我侭なのですから」


 流石血筋とも言うべきか、ただ単に莫大な力のせいか、連夜の態度が大げさなせいか、いつの間にかキセトに支配権があるような空気になっていた。皇帝ですら頭を下げて謝っている状態である。


 「ですが帝政を続けられるのであれば、まず皇帝への信頼を取り戻さなければならないという話には同感です。将敬まさのり様の時代から現代まで比べると、やはり皇帝の支持率というものは下がっている一方かと思います。そこにはやはり第一子の伝統のこともあったのでしょう。これからは俺も率先して陛下に仕える態度を民に見せようと思います。血がどうこう言う輩はそれでかなり抑えられるでしょう」


 「というか、俺公認っていうのを噂で流せばいいんじゃないか?『明津様』の名前がまだ効くっていうならそれがいいだろ」


 「『明津様』の依存から脱却するためにはあまりそういう手は使いたくないのですが…。ただただ退かれるのがよろしいと思います」


 「それもそうだなぁ…。とりあえず『明津様信教』の教えに従ってたら人殺しでも無罪になるっていうのを改めないと。俺が率先したら一緒だろうからな。明日ちゃんが進めて、俺の発言が必要になったら言ってくれや」


 お終い、とばかりに明津が場を横切る。書類を作っている書記の手元を覗き込んで、書類を取り出してさっさとサインしてしまう。放棄するだけの明津の書類はキセトや連夜に比べると少ない。


 「じゃ。嫁さんと一緒にデートでもしてくるわ」


 自分の分だけ済ませると明津は早々と城を去ってしまった。

 明津に続いて自分たちの分の書類にサインを済ませたキセトたち(連夜は殆ど何もしていない)も帰ろうと席を立って、おかしなことに気づいた。


 「おい、キモ娘。なについてきてるんだ」


 「お兄様。私、お兄様のギルドで泊まることにしましたの!」


 「失礼ながら姫君。羅沙城領地内に来賓をお迎えするためだけの寮が存在します。そちらにお泊りになるのではないのでしょうか?」


 「いいえ、お兄様と同じ屋根の下で眠ります!安全面でいえば、ギルドは軍の指揮の下にあるというではありませんか。軍に属するものとして私を守ってくださいますよね?ナイトギルドの隊長様?」


 「……副隊長に一任!」


 「お、おい…」


 「よろしくお願いいたします」


 おとなしくしていた翡翠が、またまた暴走した。いや、おとなしくしていたのもどうやって連夜についていくか考えていたのだろう。

 堂々と城から去る二人についていく金髪(つまり他国の皇族)が嬉しそうに付いていく光景は、瞬く間に噂として城下町に広まったという。



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