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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
キセトの引越し後、変わったことといえば、キセトの私服があの黒スーツではなくなったことが一番にあげられるだろう。あとは表情が柔らかくなったことだ。連夜に対する怒りっぽい面も、亜里沙に向ける全てを受け入れる器の大きな男の面も、両親に向ける子供っぽい面も、全体的に表立つようになってきている。
そのおかげか、キセトの支援者も増え、キセトが羅沙皇族であることも認められつつあった。
「だからって城呼ぶか。わっかりやすいなぁ」
連夜はめんどうだと感情を隠さず愚痴る。
キセトが民から認められるようになったからかどうかはわからないが、キセトと連夜は羅沙城へと呼び出された。本格的にキセトの立場をどうするか決めるのだろう。いつまでもただのギルド隊員では周りから不平も出るのもしかたがない。
もしかしたら城を出るころには、キセトが皇位を継ぐことになっているかもしれないのだ。
「東雲さんは軍に滞在するのですか?騎士の権限は剥奪されたのでしょう?」
愚痴る連夜に付き合ってはいられないと、キセトは案内人である東雲に尋ねる。
わけあって、キセトと連夜は案内されるほど城内を知らないわけではないのだが、付けられた案内人には従っておいた。こんなところでわざわざ反感を示すことはない。
「そうだねぇ…。軍のほうも受け継ぎさえ終わったら引き下がるつもりだよ。ただ、すぐというわけにはいかないだけなんだ」
「東雲さんが抜けた穴は大きいでしょうけれど、いつかはしなければいけないことです。皇帝はくるくると変わるのに、その配下が変わらなかった今までがおかしいんですよ」
東雲高貴という男は、先々代の皇帝の時から第一番隊の隊長として活躍してきている。地味に一番長くこの城に通っている人間だろう。
「皇帝は変わる、ね。きっと今回は変わらないよ。明日陛下は皇位という重さを他人に押し付けるほどは弱くいられない。中途半端に強いことを憂いていらっしゃる」
「今回は皇帝はかわらず、配下である東雲さんだけ変わるのですね……」
「それがいいんだろうさ」
東雲はすべてわかっているかのように語る。
キセトや連夜からすれば、この城内一番の理解者が現役を引退することは痛手だ。二代前の皇帝、羅沙将敬から仕えていたこの騎士は、皇帝の次にこの国を支えてきたはずで、この柱を失った羅沙がどうなるか、キセトにすら想像付かない。
この城も姿を変えるのだろうか、とキセトが辺りを見渡して気づいた。小さな庭園のような場所。隔離されるように少し高い場所にある、その庭園に咲く青い花。その青さが空と溶け込むようで目を釘付けにした。
「東雲さん、あそこ、花が」
「ん?あぁ…、明日様は土弄りがお好きなようでね。羅沙ローズを育てていらっしゃるんだよ」
「そうではなくて。あの花は」
あの花は。
城にある皇帝が私有する空中庭園に咲くあの空色の花は。
あの人の髪と同じ色の、決して市場には出回らない花は。
「…その通り。将敬様がお育てになっていた羅沙ローズの種が残っていて、そこから明日様がお育てになったものだ。あそこまでの空色は、他の種では出せない」
「やっぱり…。お爺様…」
キセトの視線を追って連夜が空中庭園を見る。
確かに花が咲いているのかわからないほど空に溶け込む色をしているが、だからと言って特別綺麗だとは思わなかった。
「キセトって羅沙将敬とも関わりあんの?オレらが帝都にきた四年前には死んでた人じゃねーか」
「関係もなにも、俺の祖父に当たる方だぞ」
「そーじゃなくて。こう、交流とかあったのかよ?お前が羅沙にいたのって奴隷のときか、ギルド隊員としてかだろ?奴隷と皇帝が交流なんてできないだろ。どこで知り合うんだよ。花のこととかさ」
「…話したくない」
「あーはいはい。さいですか!相変わらず秘密主義だな、お前」
連夜が呆れて嫌味を放つが、キセトは連夜の言葉など聞いてはいなかった。
あの花を育てる苦労を知っている。あの花は意志があるのだ。育て主を選ぶ花。あの花を育てられるというのなら、現羅沙皇帝、羅沙明日は思ったより出来る人間なのかもしれない。ただ、今は不安定になっているだけで。
「不安定なのは支えるしかない。連夜、俺は今ここで決めた。皇帝を支える。鐫様の遺言だからじゃない。あの花が咲いているからだ。あの花を育てられる人だからだ。きっと、俺たちが思っているような軟弱な人じゃない」
「花ぁ?お前人の心がわかんねーとか言っときながら、花が咲いてる咲いてないでわかるのかよ」
「わかるさ。人はわからなくても花はわかる」
言い逃げのような形でキセトが先に進む。しばらく空に溶け込む花を見ていた連夜だが、キセトを追って歩みを進めた。
花ごときでなにをそこまで、と連夜が空中庭園を振り返る。不思議なことに先ほどまでいなかった影が見えたような気がした。
「…嘘だ」
距離があるのにその人影が笑っていることがわかった。連夜が何度も見た、不敵な笑み。連夜が心から仕えた唯一の人。
「おい!そこにっ…」
連夜が叫び、キセトたちが振り返った頃にはその影は消えていた。
「なんでもない…」
「急ぐぞ、連夜」
「おう」
気のせいだ。あの人は死人なのだから。愛塚亜里沙でもないのに死人が蘇るなどありえない。
ただ、心の中で尊敬する人の笑みを見ることができた連夜は悪い気分ではない。しかたがねぇ、話ぐらいおとなしく聞いてやるか、なんという気分になっていた。
空中庭園で微笑むその人は、懐かしい青年たちを見て思わず笑ってしまった自分を自覚する。もう城外へ出れない自分の身を恨んだこともあったが、会いたい人々は向こうから来てくれたようだ。