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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
化物と心と命編
62/90

057

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 バトルフェスティバルが閉会し、連夜れんやとキセトを囲む環境はある程度変わった。

 嘘つきと罵る人物もいたし、賢者の一族として突然崇めだす人物もいたし、今までどおり何も変わらない人物もした。

 どれにしても、周りを気にしない連夜には変化など無意味で、周りを気にしすぎるキセトには予測できたことなので苦労はしなかった。

 そんなことよりも、二人やナイトギルド周辺で大きく変わったことといえば、キセトがナイトギルドから外の家へ引っ越したことだろう。


 次々にナイトギルド本部から運び出される荷物。運び出してはトラックに積み、運び出してはトラックに積まれる荷物もとい本。

 キセトと亜里沙ありさの仲が噂として広まり、どうせなら、とキセトが引っ越すなどと言い出だしたのだ。


 「お前、一軒家買う金あったのかよ」


 「黒獅子くろじし時代の貯金に手を出した」


 「あー、なーるほど。で、誰とお住まいになるんです?」


 「…亜里沙」


 「わー、遊びに行きたくねーな!!いっちゃいっちゃしてんだろ!」


 「と…」


 「と?」


 「と」ってなんだ、と連夜がキセトを見る。キセトはとても言いにくいことでもあるのか、黙ったままだ。しかも次に言葉にしたことは何か相談でもしているかのような内容でもある。


 「た、たとえばだが。二十四の男が八年付き合った女性と一緒に住むとしよう」


 「例えばというか思いっきり自分のことじゃねーか。んで?住むとしてなんだよ」


 「例えば!例えばの話でしかないが!!」


 「叫ぶなよ!びっくりするだろうが!」


 キセトにしては珍しく自己主張するかのように叫んでいる。連夜としては珍しいキセトの姿に、何をそんな必死になっているのかわからなかった。


 「例えば…」


 「例えばなんだよ。二十四にして一軒家買って、しかもローンじゃなくて一括払いした馬鹿」


 「…子供」


 「ぶはっ!!」


 キセトの小さな呟きに、思わず連夜は噴出してしまった。

 まぁつまりキセトも男だということなのであろう。


 「子供欲しいのかよ、欲しいのかよ!いいんじゃねーの?成人男性らしい…。二人で暮らすんだし!夜は二人っきりだし!!」


 「欲しいというか…、その、まぁ、目の前の光景をよく見てくれ」


 「はぁ?目の前?」


 「ヨッス!」


 連夜の目の前に立つ少年。背丈的に英霊えいれいぐらいの歳だろう。

 だが、連夜はおかしいことに気づいた。


 「誰かに似てますな」


 「…」


 「似てますだろ!」


 キセトに話しかけたつもりだったが、子供が応じた。連夜は子供を無視して、キセトのほうに言葉を投げかける。


 「このはねっけといい、空みたいな色してる片目といい、どうしようもなく目立つほどのイケメンといい、どっかの誰かにそっくりなガキがいるー」


 「父ちゃんの子だぜ!」


 「あはははー。父ちゃんって誰だよー」


 とかなんとかいいながら、連夜はギルド本部建物内に逃げた。

 いやいやまてまて。当たり前のように作業を手伝ってたあのガキなんだ。それにキセトとの会話のあの流れはなんだ。まるであのガキがキセトの子供みたいじゃないか。


 「レー君何サボってるのだよー!!」


 「あ、瑠砺花るれか。ちょっといいところに。外にいて当然のように作業を手伝っているキセト似の糞ガキ誰?」


 「えー?そんな子いたのだよ?レー君の見間違いじゃないのだよ?」


 「いたって!マジでいたって!!」


 「わかったわかったのだよー、見とくのだからレー君本持って来てほしいのだよ。階段往復やだー」


 「見たら報告なー」


 「はいはーい、なのだよー」


 瑠砺花は軽い気持ちだった。本当の本当に軽い気持ちで、連夜の見間違いと思っていたのだ。

 大体、キセトに似ている子供などと。連夜の冗談もいよいよ嘘っぽいことが増えてきたものだ。


 「よっ!ねーちゃん重くないの?おもったそー」


 「大丈夫なのだよー……ぉぉぉおおおおお!?」


 (うわぁぁ!!レー君がへんなこと言うから、レー君が言ったとおりの幻がぁ!幻聴と幻覚がぁぁぁ!!誰ぇ!?誰なのぉ!?)


 「わわっ!ねーちゃんあぶないなぁ!本落としちゃだめだよ?」


 そんなこといいながら、目の前の少年は軽々と本の山を持ち上げた。はいっ、と元気な声とともに本を瑠砺花に返す。


 「え、えっと」


 「俺、りゅーと!どらごんのりゅうに、みちってかいてりゅーと!」


 「あ、え、っと」


 幻ではなく、本当に目の前にいる。

 英霊ぐらいの子供だ、ということは六歳ぐらいか。偶然似てしまったということか。年齢違いのドッペルゲンガーか。キセトのことはニュースにも取り合えげられているので、子供がキセトの実物を見に遊びにきたのか。


 「龍道りゅうと。おいで」


 「うん!」


 キセトに呼ばれて、キセト似の男の子が瑠砺花の前から去る。

 男の子は自分に差し伸べられているキセトの手を遠慮なく取って、キセトと戯れている。とりあえず知り合いのようで、ここで初めて会ったわけではなさそうだ。

 瑠砺花は勇気を持って男の子とキセトに近づいて声をかけた。


 「キー君!え、えっと、キー君の知り合いなのだよ?その子」


 「ん?あぁ、俺の子だ」


 「ほむらびりゅーとです!」


 「へぇー、そうなんだー。レー君呼んでくるのだよ」


 「頼む」


 覚悟していたが、もう瑠砺花に返す言葉など無かった。駄目だった。まさかキセトに子供が居るとは。そしてその子供がこんなに大きい子だとは。

 さきほど連夜を馬鹿にしたことを心の中で謝罪しておく。


 「レー君…」


 「お!?なんか分かった?」


 「キー君の、子供…なのだよ」


 「あ、やっぱり?まじで?英霊ぐらいだったよなー?英霊と一緒として、六歳か。今あいつ二十四だから十八の子か。若いよな」


 「若いというか…、亜里沙さんの子なのだよ?」


 「聞いてないのだけど、亜里沙さんの子じゃないのにここに連れてくるのだよ?」


 「口癖まねするななのだよ!!亜里沙さんの子だとしたら、亜里沙さんが十六の時の子なのだよ?その…」


 「漂う犯罪臭」


 「うん…」


 貴族ならいざ知らず、不知火しらぬいの一般人であった亜里沙が十六で子供を産むというのは異常だ。

 おそらく、不知火政府がキセトの子を、不知火本家の血を欲しただけだろうとは分かる。手の届かないところで勝手に相手を選んで子をつくられるよりも、手の届くところでさっさと第一子を産んでしまいたかったに違いない。

 もちろん不知火の血を少しでも濃くしたいのだから、相手の女性には不知火女性を選ぶのも当然だ。

 わかるが、目の前にすると話は別である。


 「ちょっとキセトから聞いてくるわー。荷物頼むー」


 「はーいなのだよ…って!重い!」


 「ガンバレー」


 外に出ると、すぐに子供(ここで言うなら龍道というらしい)とじゃれているキセトを発見できた。


 「あのさ、そいつ…」


 「聞いたと思うが、俺の子だ。否定などしない。俺の、俺が望んだ子だ」


 「のぞ…、って何歳?」


 「今年で六歳になる。英霊と同じ歳だ。俺が奴隷であった英霊を無理に引き取ったことも、英霊が奴隷身分であったことを隠そうと思ったことも、龍道に重ねなかったといえば嘘になる。俺は、この子を血筋がどうなどという話の中に入れたくない。何事からも守ってやりたいんだ」


 龍道の肩に置かれたキセトの手に力が込められたことなど、隣にいれば分かった。

 キセトが激情と戦っている。連夜は直感的にそう思った。思ったからこそ、連夜らしく、逆なでする。


 「自分は犠牲になるから、自分の子は巻き込むなってか。それはちょっと、いや、かなり虫が良すぎだろ」


 「…関わらせてはいけない。実力で言えば、龍道は俺以上だ。俺と同等の力を持ち、そして何の患いもない体を持ち、健やかに育っている。だが、力とは別に思考力は子供だ。歳相当だ。もし、現段階で政治に関わらせるというのなら、龍道は龍道が愛するものだけを守るだろう。狭い自分の世界の住人だけを。精々、母と父ぐらいしかこいつの世界に住人は居ない」


 こいつ、と自分のことを指しているとわかった龍道は、自分の父に笑みを向ける。

 キセトはその笑みに笑みで応えていた。最近は見ることも多くなった純粋な笑顔である。


 「だが、それでいい。世界は経験を積むことによって広がる。無理に広めた世界は柱もなく崩壊するからだ。関わらせるというのなら、龍道の世界が広がってからに。こんな俺でも、その時までの時間稼ぎぐらいできるだろう?」


 「お前はそのガキが経験を積むまでの時間稼ぎになるつもりか」


 「俺がそんな立派なものになれるのなら」


 「立派って…、無駄死にだろ…」


 「俺の命一つで、この子が自分の世界を自分の足で切り開いていける道を歩めるのなら、それは無駄死にではない」


 キセトがその腕で龍道を抱き上げる。龍道は父にされるがままで、父との接触を楽しんでいるようだ。自分と同じ高さにある父の視線に喜び、父の頬の自分のそれをすりよせて、父を感じているらしい。

 そしてそれはキセトも同じのようだ。人との接触を嫌うキセトが、摺り寄せられた頬を嫌がることもなく応じ、その細い腕のどこにそんな力があるのか、左腕片腕でだきあげた子供を支えている。


 「俺は、俺の人生を幸せだと思っている。今ここで、お前に切り殺されたとしても、死が訪れる最後まで幸せだったと言い切ろう。だが、俺の考え方が周りと違うことも理解している。

  人は生まれてすぐ川に投げ捨てられた人生を幸せとは言わない。

  人は魔物や術士に育てられた人生を幸せとは言わない。

  人は一国に兵器として殺人術を叩き込まれる人生を幸せとは言わない。

  人は奴隷として見たことも無い老若問わず男に体を弄ばれる人生を幸せとは言わない。

  人はモルモットとして人類最悪の毒を打ち込まれる人生を幸せとは言わない。

  人は、生きたくない人生を幸せとは言わない。

  だが俺は、幸せだと言い切る。こうやって龍道がいて、お前という友がいて、亜里沙がいて、今では両親すら俺を愛していると言ってくれる。幸せ以外に何がある?」


 「悲痛な人生だな。それに、オレが友人なことはマイナスだろ?」


 「そうでもないから、腹が立つんだよ」


 そう言ってキセトは笑っていた。驚くことに連夜にも優しい微笑を向けたのだ。 我が子の温かさを感じ、友人の不服そうな顔を見て笑っていた。

 もしかしたら、これから過ごせる誰もが認める幸せな生活を思って笑っていたのかもしれない。

 キセトは引っ越す。

 キセトと亜里沙と龍道だけが住む家に。第二層でもなく、第三層の門近くにある一軒家だ。そこに家族三人で住んで、子供は普通に学校に通って、妻と夫として愛した人と過ごす。

 これこそ、誰もが認める幸せだろう。


 「ま、もう追求しねーよ。その代わりそのガキ、あのおっさんにも紹介しとけよ」


 「も、も問題はそこなんだ!父さんも母さんも知らないんだよ」


 「え、知らないのか。へー」


 「な、なんていえばいいんだ!あ、亜里沙との仲も何も言っていないし…」


 明津あくつしずくとキセトはここ数日で初めて出会えた親子だ。お互いの状況など何も知らないのである。それに亜里沙は過去に明津を殴っている。あまり印象がいいとも言えない。


 「キセト?キセちゃん、キセ君」


 「あ、亜里沙…?どうした?家のほうを頼んでいたはずだが…」


 今まで姿を見せなかった亜里沙がいつの間にか現れていた。相変わらずこの女性もキセトの前ではしまりの無い女の顔である。

 龍道は母の姿を見つけ、父の腕からすり抜けて母に駆け寄っていく。おそらく今まで母と暮らしたはずなので、父より母のほうがいいらしい。連夜にはキセトの物足りなさそうな顔が少し面白かった。


 「静葉しずはさんと瑠莉花るりかちゃんが手伝ってくれたからすぐだったの。龍道を英霊君と会わせるんじゃなかったの?」


 同い年の子供同士、仲良くなるだろうということだったのだが、運悪く、英霊は現在特別教室のほうへ登校していたのだ。


 「あー、ごめん。父さんと母さんに報告を先にしよう。ギルドに呼ぶか?それとも家のほうに呼んでいいのか?」


 「本当なら実家に、って言いたいんだけどね。わざわざ不知火に帰るわけにもいかないでしょ?相手はホテルに住んでる人だし、失礼だけどギルドでお願い。って、ギルド勝手に借りていいの?」


 「どうせギルドの奴らにも説明が必要だろうからな。その代わり父さんと母さんだけではなく、ギルドの奴らも同席するけどいいか?」


 「なんでもいいわ。どうせ報告だけなんだもの」


 「と、言うわけだ。連夜、食堂に全員集めてくれ。聞きたくないという奴まで集める必要は無い。俺は父さんと母さんを呼ぶから」


 「へいへーい。オレは雑用ですよーっと」


 連夜は笑ってギルドの中へ消えた。全員に声をかけているのだろう。殆どのものがキセトの引越しを手伝っていたので、すぐに全員が食堂に集まるはずだ。

 キセトも急いで自分の携帯を操作した。バトルフェスティバルの閉会式時、連絡先を聞いておいたのである。


 『どした?』


 「えっと、ご報告したいことがあるのですが、今どちらにいらっしゃるのでしょうか?」


 『んー?あー、第一層。ちょっと友人の家訪ねてる。ちょっと若かりし頃を思い出すような光景になってる。あと、このケーキうまい』


 「状況が全くわかりません。出来ればナイトギルドへいらしてください。大切なことですので。母さんも一緒に」


 『わかったわかった。ちょっと顔洗って着替えてからな。今顔ひどいことなってるから』


 「パイ投げですか…」


 『おー、よくわかったなぎゅぅ!?』


 「と、父さん?」


 『大丈夫大丈夫、このケーキ上手いし』


 「くらったんですね」


 『まぁ、とりあえずギルド向かうわ』


 「お願いします」


 『おう』


 電話の向こうで、「会話中はやめておけ、相手に失礼だ」や「あれ?まだ終わってないの。まだまだ準備してあるんだから早く」など、聞き覚えのある声が会話しているのが聞こえた。

 なぜ四十四にもなってパイ投げをしているのかはさっぱりわからないが、明津曰く「若かりし頃に戻っていた」らしい。若い頃でもそんなことをしていたというのはおかしいとキセトは思う。


 「パイ投げをしていたから遅くなるそうだ」


 「明津さんって何歳なのよ…」


 「俺に二十足すから四十四のはずだぞ」


 「わからないわね。あの外見だもの。中身も子供のままかもしれないわ」


 「ご友人も一緒だったそうだ」


 「ちょっと引くわ」


 亜里沙には、明確に、絶対的に、たった一つの感情として、キセトが明津に似たのが外見だけでよかったというものがある。明津という男、羅沙らすなの民が理想として掲げていたにしては幼稚すぎる。どちらかというと息子であるキセトのほうが大人だ。


 「りゅーも中?」


 「龍道も中に入りましょうねー」


 どうか龍道が明津に似ませんように、と亜里沙が心の中で祈る。四十四にもなって友人とパイ投げしている祖父になどなってほしくは無い。

 亜里沙がキセトにも声をかけるが、キセトは門の方へ歩いていってしまっていた。すぐ来るはずも無い父親を迎えに行くつもりらしい。


 「りゅー君、パパびっくりさせようか」


 「えー、どうやって?」


 「パパが帰ってくるまでにぜーんぶ運んであったら驚くと思わない?それにとっても喜ぶよ」


 「何それいいな!母ちゃんと競争な!」


 「負けないわよー」


 キセトは自らのとの両親との距離を測りかねている。近くによるまではできても、そこからどうすればいいのかいまだつかめていない。

 それに反して。明津とキセトのように、キセトと龍道は共に過ごした時間は短い。そのはずなのに、キセトはいい父親である。滅多に会えない代わりに愛情を注げるだけ注ぐ。よって龍道は母のことも父のことも同じぐらい大好きなとても良い子に育った。


 「これ最後ー!」


 (龍道が本気でやるとすぐねぇ…)


 「あ、父ちゃんだ!」


 「え?どこ?」


 「あっちー!」


 龍道が指差す方向には確かに人影があるが、亜里沙ですらその人影がキセトなのか他人なのかわからない。だが龍道には確信があるようで、そちらにかけて行ってしまった。


 「パパと知らないおじさんとおばさん…」


 龍道がキセト、明津、雫をつれて亜里沙の下に帰ってきたときには、明津と雫も何を報告されるのか悟っていたらしく、亜里沙を不躾に見つめてきた。亜里沙も真っ直ぐに明津と雫を睨み返しておく。


 「りゅー君。知らないおじさんとおばさん連れてきちゃだめでしょ」


 「えー、でも父ちゃんは知ってるっていったんだもーん」


 「へぇー」


 「亜里沙。子芝居もそこまでにしとおけ。あと、父さんを殴ったんだって?」


 「うん。むかついたから。怒ってるの?」


 「いや、別に」


 「でしょうねー」


 そもそもキセトが亜里沙に対して怒るなどありえない。堂々と理由まで素直に答える亜里沙も亜里沙だが、それを別にと言い切るキセトもキセトである。明津と雫は息子の新たな一面を見せ付けられた。

 改めて、キセト、龍道、亜里沙と視線を送る。羅沙の遺伝子の強さなのか呪いなのか、龍道の顔はキセトによく似ていた。あくまで親子の範疇で、キセトと明津のような生き写しのレベルではないが。


 「へぇ、片目だけ水色なのか。力はどうなんだ?」


 「龍道」


 「へい!」


 キセトの合図で龍道が思いっきり明津の頭を殴る。跳躍力などなど掛け合わせても常人以上であることは一目でわかった。


 「と、言うことです。父さん」


 「身にしみてわかった。超いてぇ…」


 と、頭をさすりながら明津がぼやく。出血まではしていないものの、頭を割られたような衝撃である。素直に言えば、動きなど全く見えなかった。


 「父ちゃん以外に腕相撲負けたことないんだからな!」


 「へぇ…、どうせ皆手加減してくれたんだろ!俺はしないぞ!」


 「明津、やめて頂戴。大人気ないわよ」


 明津も自分の孫相手に意地になって叫ぶ。頭を殴られたことが結構効いているらしい。そんな明津を見て雫はいつも通り呆れるだけだ。

 ただ次のキセトの言葉がなければ。


 「手加減なんてしてたら腕もげますよ」


 「え?」


 「え?」


 「ママはリュー君と腕相撲できなくてごめんねー」


 「父ちゃんがしてくれるもん!左手だけなんだけど!」


 「右腕は力入らないからな」


 キセトの化物加減はよくわかっている。何せ自分たちの力を両方持っているのだから。自分たちがそれぞれ持つ力だけでも十分チートの部類であるというのに、それを両方。

 いや、よく考えよう。そのチート足すチートのキセトの子供なのだ。チート足すチートをそのまま受け継いでると考えていい。


 「お、俺の頭割れてない?大丈夫?」


 「割れてないわよ。大丈夫、えぇ、大丈夫大丈夫」


 「俺加減できるよ!父ちゃんが言ってた!本気で人を殴ってはいけません!悪い奴でもちょっと弾くぐらいの気持ちで!」


 「リュー君は偉いわねー。加減できるもんねー」


 「当然だ!」


 微笑ましい孫の笑顔のはずが、まだ頭が痛む明津には悪魔の微笑みに見えた。

 自分の血筋のはずが、やはりとんでもない化物らしい。


 「まぁいいわ。かわいいし。どんな子でも孫は孫。かわいいかわいい」


 「触んな!父ちゃんいじめる奴は大嫌いなんだからな!」


 「お、俺がいつキセトいじめたんだよ!?」


 「ずっとだい!母ちゃん言ってたもんね!父ちゃんも母ちゃんも俺が守るの!だから母ちゃんと父ちゃんいじめるやつは俺がぶったおす!」


 「いたっ!いたいいたいっ!」


 見た目でいえば子供が大人にじゃれているだけなのだが、殴られている明津からすればそれだけではない。どこぞの成人に殴られるよりも痛い。

 キセトにSOSを送ってみるが、亜里沙と並んで笑顔を向けていた。おそらく何も気づいていない。


 「はーい、リュー君。そのおっさんは体の節々が痛いみたいだからやめてあげてねー」


 「えー」


 「一応リュー君のおじいちゃんだよ?一応」


 「えー、おじいちゃんて外見じゃねーもん」


 龍道の言葉に、キセト以外が明津を見つめる。

 あぁ、それは否定できないわ。

 周りの無言の声を聞いて明津が苛立ちを隠さずに叫んだ。


 「糞!こんな時にまでこの外見が俺の邪魔をする!」


 「龍道。お父さんのお父さんなんだから、龍道よりはかなり年上だよ」


 「むー、仕方が無い。お年寄りは大切にしないと駄目なんだ。我慢我慢…」


 「リュー君偉い偉い」


 キセトの説得を受けて龍道は仕方が無いとばかりに明津に対する暴力をやめた。そしてそんな龍道を亜里沙がべた褒めしている。キセトも笑顔で龍道の頭をなでていた。

 まさしくそれは明津や雫が夢見た家族というもので、亜里沙との交流を心地よく思っていなかった二人だが、否定できる心境でもなくなってしまった。


 「あー、反対はしないけど、何歳?何歳の時の子?」


 「俺が十八で亜里沙が十六の時です。龍道は六歳ですよ」


 十六という数値に明津と雫が言葉を詰まらせたものの、亜里沙自身がなにか?と睨んできたので黙っておいた。外聞はともかく、本人が嫌がっていないのなら、明津たちにどうこう言うことではない。

 キセトが、中へどうぞ、とギルドのほうを指したので、明津と雫はそれに従う。引越しの途中で散らかってますが、とのキセトの言葉で引っ越すのか、といまさらな質問が明津から出てきた。


 「はい。第三層と第二層をつなぐ門のすぐ近くの一軒家へ引っ越します。第二層のほうが龍道と亜里沙も都合がよかったのですが、俺のわがままを聞いてもらいました」


 「小学校は元々帝都のんに通ってたのか?転校とかするのか?」


 「亜里沙も店がありましたので、今までは施設から帝都の私立の小学校へ通ってました。転校はさせないつもりです。できればギルドに居る同い年の男の子とも仲良くなって欲しいと思ってますよ」


 「母ちゃんから聞いたー!えーれー!楽しみなんだ!」


 龍道が力いっぱい食堂の扉を開く。連夜の声掛けで集まっていたギルド隊員が一斉に龍道の姿を認めた。


 「龍道、自己紹介だ」


 「ほむらびりゅーとです!」


 龍道の元気一杯の挨拶を聞いて、すでにギルド隊員ははいはいという空気になっていた。しばらく時間があったので事実を認識するのには十分だった。


 「キー君が犯罪者である証拠…」


 「雫!俺の息子が犯罪者にされている!?」


 「まぁ相手が十六じゃね」


 不知火であろうと羅沙であろうと、いやあおいでも明日羅あすらでも十六で子供を生むというのは若すぎる年齢だ。二十代前半で小学生の子供がいることも周りから白い目で見られることだろう。


 「亜里沙ちゃん…、でいいのかしら?その、自分の意思で選べた道なのかしら?不知火のやり方に強攻策が多いことは身にしみてわかってるつもりよ?強制されたことではないの?」


 龍道だけは落ち着きが無いが、そのほかは各々席に落ち着いて、一番に口を開いたのは雫だった。どうしても気になることがあったのだ。


 「子供を生んだことですか?それともキセトと一緒にいることですか?」


 「どちらもよ」


 「不知火で、キセトに恋愛感情があることがわかったとき、お偉いさん方々はキセトの子を成そうと必死になりました。どんな女だろうが腹があればいい。そんな風に、キセトを不知火は扱いました。でもそうさせたのは私です。キセトに恋愛感情があると証明してしまったのは私ですから」


 「…?」


 質問の答えとは思えない内容を、突然亜里沙が語りだす。

 不知火での当時を知るキセト、晶哉しょうや在駆ありくは沈黙を守るつもりらしく、全員が亜里沙の言葉に耳を傾ける。


 「その時、キセトは私に言いましたよ。ただ血筋を欲しがっているだけのお偉いさん方々の思考に私を巻き込みたくないって。私とも子をつくるつもりはもちろんあるけれど、今はまだ若くて、地位や周囲に縛られてる状態だからやめようと。ゆっくりと、お互いに責任が取れるようなってからにしようって。でも、私はキセトの言葉を断りました」


 「若くして子供を生むのは大変だったでしょう?なぜ断ったの?」


 「他の女がキセトの子を生むなんて堪えられなかったからです。他の女がキセトと肉体的な関係を持つことが堪えられなかったからです。たとえ用済みと殺されたとしても、キセトを誰かに渡すつもりなんてありませんでした」


 亜里沙が語る内容に周囲はさらに沈黙を深めた。

 いま亜里沙が語った感情こそ人間らしい。自分の苦痛よりも耐えられないことは、自分の欲求が満たされないことだ。自分の欲求のためには自分の苦痛すらいとわない。それが、人間というものだ。

 子供に聞かせることでもないので、目配せで亜里沙がキセトに頼みごとをした。キセトは言葉にもされていないが、亜里沙が思うことと寸分違わない内容の願いごとを承諾する。龍道をつれて、キセトは食堂をでた。亜里沙はそれを見届けてから続きを語る。


 「私は、本気でキセトと一緒にいたかった。もちろん、キセトと私の子である龍道だって、一緒にいたい家族です。私は自分でこの道を選んだんです。避ける道なんていくらでもありました。キセトの提案を受け入れることも出来ました。キセトに他の女なんて抱かないでって我侭言ってもよかったでしょう。でも、しませんでした。自分で、十六という年齢で子供を成すことを選んでんです。キセトも同意してくれました。自分たちの意思で、龍道を生みました。誰かに押し付けられたんじゃありません」


 「そう…。それならいいんだけどね」


 雫が安堵の息を吐き出す。

 自分の息子が関わっていようが関わってなかろうが、不知火本家という血を繋ぐために行われたことである。不知火本家の血を継ぐ雫にとって、他人事ではない。むしろ、雫という跡取りが不知火から姿を消したことで、不知火政府が強攻策に出やすくなっているとも考えられる。

 年齢に合わない行いを、もし押し付けられたのであれば、それは跡取りのしての責任をすべて放り捨てた雫も原因の一部なのだ。


 「ちょっと待った。不知火は不知火本家の血が欲しかったんでしょ?具体的に言えば、龍道君が欲しかったわけじゃない。でも龍道君は不知火じゃなくてここにいるわ。それにキセトの弟が今は不知火頭領だって聞いたわよ?不知火が第一子にこだわってないなら龍道君を生ませる必要なんて無かったし、こだわってるなら龍道君がここに居るのはおかしいじゃない」


 今までは聞き手に回っていた静葉が手を上げながら質問する。

 気づけばおかしい話だ。一国が望んだことでありながら、現実はそれに反している。


 「そうね。どこまで話していいのかしら。んー、じゃ、質問しましょう。子供を生んだ後、母親はどうなったと思う?跡継ぎとして生まれた子に影響力の強い母親。父親と違って不知火本家の人間でもなければ、代用の利くどこにでもいる不知火の一般女性。無事に赤子が生まれ後、母親はどうされたか」


 「えっと、この場合は亜里沙さんが、よね?追放…とか?」


 「ありえません。不知火は秘密主義ですので、跡継ぎの母親ともなる重要人物を国外に出すなんて」


 静葉の答えに亜里沙が合否を出す前に在駆が否定する。

 じゃーなんなのよ!と静葉が叫ぶが、亜里沙は微笑ましそうに同い年の女性を見つめるだけだった。


 「殺されたのよ。用済みだから、下手に生かしておくのも危険だし。それに私は跡継ぎだけじゃなくて、未来の黒獅子であるキセトの足かせにもなる。だから、跡継ぎに変なこと吹き込まないように、黒獅子の強さを損なわせないように、不知火の名において殺されたの」


 「え、ころ…され?だ、だって、亜里沙さんは生きてるじゃない?」


 静葉が生きてる、のよね?と周りに確認するが、誰一人頷かなかった。事実を知っているはずの晶哉や在駆すら、静葉と視線を合わせないようにあらぬ方向を見ている。

 亜里沙だけは優しい表情で、時には笑みを見せながら静葉に答える。生きているように見えるのなら、それはキセトのおかげよ、と。


 「私を殺して計算外のことが続いたの。まず、キセトが暴走した。今まで不知火のお偉いさんに従順だったキセトが逆らった。明らかな怒りを持って、不知火を潰すためだけにその力を用いたのよ。結果的にはからす様が治めたらしいけど」


 「鴉様は当時頭領でしたからね。やり方は決して心地よいものではありませんでしたが…」


 先ほどの静葉の問いから逃げた代わりとでも言うように、沈黙を破って在駆が説明を買って出る。

 ここから先の詳細は亜里沙の知らぬことなのだ。なにせ彼女が死んでから蘇る間の出来事なのだから。


 「どーゆことしたのよ?利用するだけ利用して亜里沙さんを殺した連中なんでしょ?それ以上に汚いって何したっていうの?」


 「ガキを使ったんだよ。比喩でもなんでもなく、本当に触れるだけで人を殺せる状態のキセトに、生まれたばかりの子供を投げつけた。キセトは、自分と愛した人の間の子供を殺さないために力任せに振るっていた力を納めるしかなかった。いつも通り、力を無理矢理押し込める、他人に触れても殺さない程度まで力を押し殺した状態に戻すしかなかった。そうするしか投げつけられた子供を殺さない方法はなかったからだ」


 「不知火だって凡人の集まりではありません。強さを極めた人間が山のようにいます。その一瞬の隙で十分だったんです。副隊長を無理矢理抑えて、石家の術で半封印状態にしました。それから鴉様が直接交渉を行い、亜里沙さんの遺体と龍道君の身柄は副隊長の自由にしていいことになったんです」


 「遺体って…、まさか今の亜里沙さんはキセトの力で動いてる死体だっていうの?」


 「まさかというか、そのままなんだけどね」


 自分の知らない事実を晶哉と在駆に補足してもらって、亜里沙は満足気だった。自分が死んでいるという事実に周りが驚く様子を見て楽しんでいるようでもある。


 「ありえないわよ!どんな魔法でもそんなことはできないじゃない!ただ動いてるだけならともかく、亜里沙さんは一人で行動できるし、キセトと全く違う人間としていきてるわ!」


 「どんな魔法でもない。だが不思議な現象。亜里沙さんの死が存在しなかったかのような現実、ってわけか」


 連夜の呟きに明津がまさか、と呟き返した。

 生まれてからずっと羅沙の皇族の力と向き合ってきた明津だからこそ思いついた。机上論としてだが、自分も考えたことがあった論理だからだ。だが、あくまで机上論は机上論。実行するには道徳的な何かも一緒に投げ捨てなければならない方法だ。


 「そのまさかぐらいしか可能性ねーだろ。それに、そこまでしてでも蘇らせたいって、亜里沙さんはキセトに想われてた。事実、静葉が言ったとおり死人を生きてた頃みたいに動かす魔法なんてないんだからな。それにキセトが魔術を使えて魔術にはそういう術があるとしても、亜里沙さんに加わる負担はそっちのほうがでかいだろうし。キセトなら絶対に亜里沙さんの負担が少ないほうを選ぶね」


 「でもそれは、自分がその分の死を受け持つことが必要なんだぞ?」


 「ちょ、ちょっと話がわからないわ、明津。説明して頂戴」


 「…羅沙の皇族の魔力。対象の存在力を奪う力。理屈で言えば、死の存在力を奪うこともできる。死の存在さえ奪ってしまえば、死が無かった状態、つまり生きてる状態に似たものにできるだろう。だが、そんな簡単な話じゃない。自分の中に他人の死の存在があるんだぞ?そのまま、キセトは何年過ごしてるんだ?」


 「六年になるわ。龍道が生まれたときの話だもの」


 明津の質問に亜里沙はまた笑顔で答える。

 短絡的に言えば、キセトの力、羅沙皇族の力で亜里沙は蘇ったのだ。それはつまり、明津であろうが羅沙皇族でさえあれば死人を蘇らせる力を持つということである。

 ただし代償は、自分の中に死を抱え込むという取り返しの付かないものであるが。


 「知り合いの医者の話だと、器というものがあって、そこに白色の液体、つまり生というものが満たされている。でも死んでしまうと黒色の液体、死がその器を満たす。私の器を満たしてた黒色の液体のほとんどがキセトに移り、キセトの器から零れ落ちた白色の液体が私の器に移ったんじゃないかって。万全ではない私は生前の力は発揮できないし、万全ではないキセトは本来の力を発揮することはできない。一人分の生命力で二人生かせているんだもの、欠陥が出ても仕方が無いわよね」


 仕方が無いと笑う亜里沙に誰が同調できるのだろうか。

 今目の前にいるのは死人です、など簡単には信じられない。

 ただ言えることは、キセトは自分の何を犠牲にしても亜里沙を蘇らせたいと思うほど亜里沙を愛していて、実質、半分以上をも蘇らせてしまったのだ。


 「龍道はちゃんと生きてた頃の子供だからなんとも無いと思う。だからこそ、普通に育ててあげたいのよ。力は確かに周りより持ってるかもしれない。それでも、阻害されて生きるだけがあの子の人生じゃないはずなの。せっかくキセトが苦手な交渉でもぎ取ってくれた権利だもの、存分に使わせてもらうわ」


 そう言って亜里沙はまたまた笑う。

 誰にも邪魔なんてさせない、とその笑顔は強い決意に彩られていた。



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