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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
バトルフェスティバル編
60/90

055

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 立食パーティーだと言うのに会場の空気はとても気軽さがあるとは言えない。何を思ったのか、連夜れんやは会場の外でブラブラしているし、一方キセトは誰も寄せ付けない雰囲気を纏っていた。

 パーティーの主人公である優勝者二人に近づくことすらできず、場は思い空気を溜め込んだようにも思えた。だが、暫くしてキセトに近寄る人影が人々の視界に映る。この二人を待っていたとばかり、キセトも歓迎の空気を纏う 。キセトに近づいた人物と言うのはもちろん明津あくつしずくだ。


 「よっ」


 気さくな声かけに思えたが、その声は少し震えている。誰も聞いたことのないような、明津の緊張した声。

 それに応える声は、


 「どうも」


 同じように震えていた。

 何ともないようにしようとしても、震えてしまった。

 パーティー会場にいたもので、何人がこの声に驚かなかっただろうか。焔火ほむらびキセトの感情の篭った声など、そう簡単に聞けるものではない。ましてや、たった一言にここまでハッキリした感情を聞き取れるとなると、亜里沙ありさや連夜が相手の時位ではないだろうか。

 キセトはそうして、自らの意思を示す。特別だと。明津と雫と言う肉親は自分にとって、何にも代えられないぐらい大切なものなのだと。


 「キセトって、名乗ってるんだよな?」


 「はい」


 「そっか」


 明津が少し悩むような素振りを見せた。あわててキセトは言葉を付け加える。


 「し、支障がありましたらどうとでもお呼びください」


 「いや、嬉しい。俺が考えた名前だからな。その名前を名乗ってくれるのがありがたい」


 明津の素直な感想に、キセトも嬉しそうに笑った。成人しているとは思えないほど子供じみた純粋な笑顔を、愛する両親に向けている。まるで一緒に過ごせなかった幼少期を今やり直すかのように。


 「あの、質問してもいいですか?」


 明津たちから見ても微笑ましかったキセトの笑顔が曇った。キセトの中の不安を吐き出そうとしているのだろう。どんな質問でも素直に答えると明津たちが約束して、やっとキセトは続きを口にした。


 「愛して、くださいますか。いままで、愛してくださいましたか?俺が息子でもいいんですか?」


 キセトは自分が化物だと自覚している。

 だが、それは受け継いだ力や血筋のせいだとは考えていなかった。明津や雫の血を引いたからとは考えられなかった。

 なぜなら、明津と雫はその国の民に慕われていたのだから。キセトと違い、支援する者たちがいた。というのに、それがキセトにはいない。

 不知火しらぬいにいたころ、キセトは物だった。兵器でしかなかった。羅沙らすなでは、北の民として虐げられた。敵でしかなかった。

 不知火の雫のようにはなれなくて、羅沙の明津のようにもなれない。なる資格などない。

 それがキセトの自分の分析。


 「こんな気持ち悪い俺を、愛してくださるんですか」


 もう問うてすらいなかった。ただ呟いただけのような細い声は、先ほどより明らかに震えている。問うてすらいないのだから、明津と雫も答えない。ただそっと、明津と雫はキセトを抱きしめただけだった。その場に居たものすべてが流石に理解する。抱きしめるという行為が答えであるとういことを。


 「今までずっと忘れたことなんてなかった。ずっとずっと、一人にさせてごめん。寂しい思いさせてごめん。つらい思いさせてごめん。いくら謝ったとしても許されることじゃない。それでも、ごめん。だから、我慢してそんな風に笑うな。泣きたいときは泣け」


 あの、キセトの泣きそうな笑みに、明津は初めて泣けばいいと言った人物だった。

 苦しいだろう? つらいんだろう? そんなときは笑わなくていい。泣けばいい。初めて聞いた優しい言葉に、キセトはただただ呆然とするばかりしかできない。


 「そんな顔してたらこっちまで悲しくなるだろうが。今はな、嬉しい時だろ。やっとこうやって触れて、話せる距離に来れた。俺はお前の父親だし雫だってお前の母親で、お前は俺たちの息子なんだ。怖いことからもつらいことからも守ってやる。だから、そんな我慢するな。そのままでいいんだ。泣きたいときは泣け。笑いたいときは笑え。いつだって受け入れてるから」


 「どうしたらいいのか、分かりません…。そんなこと、言われたことありません。泣きたいとか笑いたいとか分からないのです」


 「自分が泣きたいのかも笑いたいのかもわかんないのか…。じゃ泣きたくも笑いたくもないのかもな。そのままでいいだろ。あ、あとお願いというか…、その、ほら」


 「どうかしましたか?」


 敬語の返事に少し残念そうな顔をする明津。そんな明津を見て、しまったと思うキセト。

 どうしても間にある距離が埋められず、だが急に埋めるには離れすぎている。せめて形だけでも近寄りたいところだ。

 抱きしめられていたはずだというのに、いつの間にか明津と雫とキセトの間には距離が開いている。彼らの距離を表すかのように。


 「その、明津様とか呼んでたよなーって。よ、呼びたくないなら強制はしないが!ほら、その…父さんとか呼ばないのか?」


 実は明津も雫も父や母と呼ばれたことがない。

 キセトの弟であるイカイにも、呼ばれる前に離れてしまったのだ。呼ぶ間もなく離れてしまった息子たちに、父や母と呼ばれることは一種の憧れでもある、のだが。


 「呼んでよろしいのですか?」


 キセトがそんなこと知るわけなかった。


 「当たり前だろうが!よかった、呼びたくないのかと思ったぞ!雫も母さんって呼ばれたいって昨日にだな!」


 「ちょ、ちょっと。恥ずかしいからそんなこと叫ばないで頂戴」


 「え、言ってたじゃん。え?何がそんなに恥ずかしいんだよ」


 「あなたは精神年齢が二十歳のままだからいいのよ。私は大人になったから恥ずかしいの」


 「ひでぇ!」


 二人で盛り上げる明津と雫。そこに入りにくそうにするキセトの様子に雫が気づき、咳払いをして場を仕切り直す。


 「これから名乗る名前なのだけど…、私と明津も焔火姓を名乗るわ。旅をしていた間はずっとそうだったから。隠すならともかく、公開されてるのに同じ姓名で変なこともないしね。できれば一緒に旅をしない?私たちは一緒に来てくれると嬉しいわね。それにイカイのこともあるし…。一度、四人で顔を合わせたいわ」


 「確かにイカイにはしっかり話さなければなりません。ですが、今イカイは不知火に居ますからそう簡単には話せる状況ではないありませんし、それにこの国で俺がどのような扱いになるのかもわかりません。もう少し時間を下さいませんか?」


 「返事を急がせるつもりはないのよ?ただ、この都には居づらくなるんじゃないかと思っただけ。無理して状況を良くしようとする必要はないわ。って、私が言えた義理ではないのだけれどね。居づらいと思うのなら、私たちと一緒に旅をして、世界を見て回るってのも一つの手よ、っていうだけ」


 「ありがとうございます。ですが、ここに残ると思います。この四年で生活に苦痛を感じたことはありませんし、なにより、こんな俺にも役職を与え、頼ってくださった人たちがいますから。きっとこれからも、多少なりともは変わっても、芯は変わらないと思うんです」


 「そう…。辛かったり困ったりしたら言うのよ?しばらくはこの都に居ると思うわ」


 雫が保護者として、母として当然だと思う言葉を言っただけだというのに、目の前の我が子は人生で初めて聞いた言葉だというように、ぽかーんとしている。

 慌てて雫が明津に、変なこと言ったかしら?と質問するが、明津も今の息子の行動が分からない。雫の発言に特異なところはなかったはずで、キセトも、はい、なりなんなり返事をしておけばいいところだ。


 「お、おぉ?どうした?雫がなんか変なこと言ったか?」


 「い、いえ!辛いとか困るとかよくわかりませんから…。連夜の行動には毎回困り果てているんですが、だからと言ってそんなことをお話してもつまらないでしょう?」


 今度は雫と明津がきょとんとする番だった。

 無言で顔を見合わせている雫と明津を見て、キセトがいけないことを言ったのだろうかと慌てふためく。キセトが自分の言葉を訂正しようと様々な単語を口にするが、二人の反応が芳しくないので、結局まとまらない。

 二人はというと、そんなキセトの様子を見て笑うをこらえていただけなのだが。


 「ふふっ、あははははははは!!」


 「ちょっと明津!笑ったら可哀想でしょ!」


 「え!えぇ!?わ、笑えるようなことを言いましたか?」


 「あのな、こっちは愚痴だって大歓迎なんだ。お前がする話ってだけでこっちはドキドキワクワクしながら聞いてるんだよ。つまらないわけないだろうが。変な心配すんなってーの」


 キセトの頭を少し乱暴になでながら、明津が溢れんばかりの笑顔で言う。


 「いつでも頼って来い。愛してるぜ、わが息子!」


 その言葉で、ずっと曇っていたキセトの顔がやっと満開の笑みを携えた。子供がするような元気のいい返事とその笑顔が、親子の距離が少し縮んだことを示すかのように会場に響いた。


 * * *


 「羅沙も冬は流石に寒いな…」


 パーティ会場がにぎやかになったのを、連夜は一人ベランダで聞いていた。

 早めに一回りして食事を一枚の皿にもり、外に出てベランダの柵にもたれながら食べていたのである。


 「レー君!こんなところにいたのだよー?今、中でキー君と――


 「あー、知ってるよ。感動の再会の中で飯を一心不乱に食べるのもあれだろうが」


 「レー様が一心不乱なんて知ってるのです!?ま、まさか偽者!?」


 「あのな、馬鹿にすんなよ。俺は馬鹿だけど馬鹿じゃねーんだぞ」


 「結局は馬鹿なのだよ」


 「まぁうん。馬鹿なんだけどな」


 お前らはどうしたんだよ、と連夜が尋ねても松本まつもと姉妹は黙ったままだ。連夜が質問を重ねてもただ笑って答えようとしない。連夜の目の前で瑠莉花るりか瑠砺花るれかを押したり、瑠砺花が慌てて瑠莉花の後ろに隠れたりしている。

 流石におかしいと思って連夜は別の行動に移った。

 皿を手すりに置いて、全体重を後ろにかける。柵は連夜の高身長にすれば低く、そんなことをすれば当然のように落ちる。


 「れ、レー君!」


 「おーないすー。反応はえーなぁ」


 「レー君は馬鹿なのだよ!?本当の本当に大馬鹿なのだよ!?落ちたら死んじゃうのだよ!!」


 「いや、これぐらいじゃ死なないけど。まぁ痛いんだけどな」


 「自分から痛い思いするなんて、相当な馬鹿なのですよぉ~」


 足は地に着いていない。松本姉妹が手を放せば落ちてしまう。

 だが、連夜はそんなことどうでもよかった。自分たちで楽しそうになにやらしていた松本姉妹でも、連夜が落ちそうだとなるとすぐに手を伸ばしてくれる。そのほうが、大事だった。


 (ほら、見てみろよ、キセト。こんな化物相手でも、こいつらは助けようなんて思うんだ)


 「レー君!ちょっとは自分であげる努力するのだよ!」


 「うぐぐ、おも、いのですぅ!」


 「ん?あぁ、わりーわりー」


 腕を引っ張ってもらいながら連夜が体勢を立て直す。手すりに置いた料理の皿を持ち直して、ニヤニヤと笑いながら松本姉妹を見つめた。


 「大好きだぜ、お前ら。やっぱこーなるよな。あいつは何にも分かってないだけだよな」


 「だ、大好きって!れ、レー君は急に何を言い出すのよ!!」


 瑠砺花が分かりやすく照れ隠しするが、連夜にそんな細かい感情は伝わらない。勘が鋭い連夜も、その方面は鈍感のようらしい。

 連夜の笑いに応えるように瑠莉花もニヤつき、姉の背中を押す。きっと上手くいくから、と。


 「私は中にもどるのですー、寒いのですし。ルー姉がレー様連れ戻してきてきてくださいなのですよー!」


 「ちょっと、リーちゃん?」


 「ルー姉、『がんばれ!』なのですよ」


 「ば、馬鹿っ!わ、私はそういうことじゃなくてただ…」


 「姉妹同士の可愛い会話の最中申し訳ないんだけど、なんか食い物とってきてくれねー?食べ終わっちまった」


 「はいはーい!私が取ってくるのですよ!だから、待ってる間はルー姉とお話してて欲しいのです!」


 「おー、分かった分かった」


 「じゃ、いってきまーすなのだよぉ!」


 「リーちゃん!!」


 瑠砺花が懇願の意味を込めて愛しい妹を呼ぶが、妹は一度視線を交わし、満開の笑みを浮かべて会場内へ姿を消してしまった。

 ここで明確にしておくが、瑠砺花は連夜に恋をしている。本人も自覚し始めていて、だからこそ、二人きりにされると何事もないのに照れてしまう。戸惑ってしまう。まるで相手が悪いかのように、気まずい沈黙を生んでしまう。

 松本姉妹の間によく生まれる沈黙とは全く違う。あの沈黙はこんな焦りを生まない。今の瑠砺花には、とにかく何か話さなくてはという焦りしかなかった。


 「れ、レー君はな、ななな何食べたのだよ!?」


 「落ち着けよ。別にお前が食べたいもん独占とかしてないって。お前あれだろ、肉好きじゃん。会場には食いきれない肉という肉が並べてあったぜ?お前も瑠莉花に頼めばよかったのに」


 瑠砺花は自分が肉を好きなことは否定しない。だが、好きだと思う人に肉肉と何度も言われて心地いい女性はいないだろう。こんな会話の始まりから、上手くいく気がしない。


 「にしてもなぁ、ホント、どーなることやら。これから、オレたちはどうしたらいい?」


 「どーしたら…て、ちゃんと、ちゃんと公式にケリつけて!」


 「はぁ!?」


 「国の決定を、世界の決定を馬鹿だって言うだけじゃなくて、レー君がいつもみたいにひっくるめて!皆に認めさせて!レー君やキー君みたいな特別な生まれだろうが、私みたいな貧困層の生まれであろうが、羅沙に生まれようが不知火に生まれようが、なんにも変わらないって示して!私…、私は、レー君やキー君が隠れるように生きていくところなんて見たくないのだよ!レー君もキー君も悪くないから、堂々としてほしい!曖昧のままが一番いいなんて絶対に言わないで!」


 「あ…、いつぞやの。まだそんなこと覚えてたのか」


 「だって、曖昧のままで、どっちつかずのままで生きていくなんて辛いに決まってるのだよ!お願いだから、託させて…」


 自分には出来ないから、ではない。たった一人でもそうできないなんて瑠砺花は絶対に言わない。

 でも、頼りたかった。貧困層で、他人を蹴落としてでしか生きてこれなかった瑠砺花にとって、誰かに頼ったり託したりすることは特別なことだった。

 瑠砺花は連夜が変わろうとしていることを感じ取っていた。だからこそ、自分も変わろうと思った。自分が変われるとしたら、ナイトギルドという落ち着ける場所のおかげであり、そのギルドを造った連夜とキセトのおかげ。だから、変わるきっかけは連夜かキセトにしたい。

 だから、自分が変わるために、瑠砺花は世界を連夜に託すことにした。


 「おっし、任せろ。オレに託せ。託された分はやってやろうじゃねーか!」


 「…うん。うん!私だって手伝うのだから。その…、ずっとと、隣で…」


 最後の言葉は瑠砺花の精一杯の勇気だったのが、連夜はそれに気づかない。

 ただただ、誰かに、自分より弱い誰かに、何かを託され、任されたことが嬉しかった。自分が誰かに頼ってもらえる化物になったのだと。すべての人間から敬意と称して迫害されるあの化物ではなくなったのだと。


 そこまで考えたのなら連夜にも分かったはずなのだ。キセトが受け入れられることを恐れるその理由に。連夜が迫害されてきたように、キセトは今迫害されているということに。その力に人々が悲鳴を上げているということに。

 過去に消えてくれといわれた化物と、今現在も消えて欲しいと願われ続けている化物の差なのだと、連夜には分かったはずなのだ。

 結局、連夜にはそこにたどり着くことはできなかった。




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