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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
日々というもの
6/90

002

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 少し休んだら戻ってくるといっていたのにこの有様か。

 俺が抜けたときから余り書類処理の作業は進んでいないようだ。一番面倒な書類で詰まってそこかあとは何も触れられていない。それどころか床にぶちまけられている。


 「どうしろと言うんだ……」


 とりあえず床にぶちまけられた書類たちを集めて机の上に置く。 机の半分以上を占めて寝ている連夜れんやを、机の端まで追いやって何とか場所を確保した。

 だがそこで、机の上にある白紙の書類を見てちょっと詰まった。わざわざ俺が避けていた書類だ。

 なぜ入隊許可をだしたのか。そんなことを聞かれても、文字にできるような大層な理由などなく、ただの感覚に頼った部分も大きい。この手の書類が一番厄介なのだ。

 今までも結局、公式の書類に見合う用、大げさな表現や時には嘘を用いて埋めてきた。


 「仕方がない、よな」


 独り言をいって作業に移る。決して連夜を起こさないように。無理やり起こせば不機嫌になるに違いない。不機嫌になれば俺の妨害をしてくるのも予想できる。そうなると一人で作業するよりもはるかに要領が悪いだろう。


 「あら、お疲れ様」


 書類と正面から向き合ってやる気を高めていると入り口から声がした。そちらを見ると静葉しずはが立ってる。 時間が時間だ。どうせ一人酒のつまみでも取りにきたのだろう。


 「酒はいい加減にしろよ」


 「やーよ。お酒取り上げたりなんかしたらその書類引き裂くから」


 「おまえな。少し手伝うとか建前でも言え」


 「いや。面倒そうな書類だって一目でわかるもの。手伝いなんてしないわ。絶対」


 「…………」


 そういいながらも最終的には手伝う気はあるのだろう。俺の隣に座り、数枚、白紙のままの書類を手に取っている。隣に酒があることを注意したいところだが、せっかく手伝う気になっているので今回は目を瞑ることにしよう。


 「それより久しぶりね。新隊員。英霊以来でしょ?」


 「そうだな。無差別に入隊許可って訳でもないから。俺と連夜が決めた勝手なラインだが条件はある」


 ナイトギルドは基本的に少人数隊である。

 入隊者には「居場所を必要とする者」というアバウトな物を掲げている。そのせいで一時期多い入隊希望者がやってきたこともあったが、一応一人一人審査した結果、現在俺と連夜を含めて十人の少人数のまま過ごしてきた。

 その一応の規定では、このような書類の時に困る。公式の書類に文章にするほど大げさな理由などないのである。


 「あの男の子はこのギルドに馴染めそう?たしか、哀歌茂あいかも君?」


 「哀歌茂しげる。名前を間違えたりするなよ。失礼だぞ」


 「それぐらい分かってるわよ。それで?馴染めそうなの?」


 難しいことを聞く。馴染めるか馴染めないかなど本人とこちらの考え方次第だろうに。


 「茂はただの子供じゃない。あれで哀歌茂商業の跡継ぎだ。だからこそ、家にも他のギルドにも場所がない。で、入隊許可ということ。このギルドは仮の場所。逃げ場にでもすればいい。ここ以外に逃げ場がない、どうしようもないと感じた奴だけ連夜は入隊許可を出してる。馴染めるかどうかは茂自身の問題だ。何とかするだろう。本人が困っているようならば手を貸してやるといい」


 「そうね……。何とかしてもらわないと何もできないわ。手を貸すにしても手を貸していいのか、悪いのかを示してもらわないとね」 


 他人から助けることができないのはナイト隊員の共通特徴、か。自分が変わるしかないこと。他人の認識から変えてもらうしかないこと。自らで自らを救うしかないものばかりの集まり。

 茂はいち早く問題を解決してギルドを出て行く一人だとなるのだろう。哀歌茂家という家の中に自分の居場所を見つけ、このギルドに居場所を必要としなくなる。今、茂に必要なのは距離を置いておく時間なのだ。


 哀歌茂家。それはこの羅沙らすな大栄帝国の中で最も大きい商人の家だ。

 国内はもちろん海外へ手を伸ばそうとすれば哀歌茂家の貨物船利用は欠かせない。 商業という世界に入るには哀歌茂家との友好関係が必要になるというのは羅沙という帝国において当たり前のこと。いや、この世界において当たり前と言うべきだろう。

 商業を成り立たせるには商品を買ってもらうことが必要だ。だが大手の取引先は全てと言っていいほど哀歌茂商業組合と取引を交わし、商品の買い取りは哀歌茂商業を通さずに行えない。

 言ってしまえばこの世界の商業は哀歌茂家が成り立たせているも同然なのだ。商業の世界で地位を確保するためだけに哀歌茂家の分家などに養子として入り込む者までいる。

 その哀歌茂家の本家。それも現哀歌茂商業組合組長の長男が哀歌茂茂なのだ。茂に圧し掛かっていた期待というものも計り知れない。

 俺がその茂と初めて出会ったときのことを思い出し、笑いを堪える。 現哀歌茂商業組合組長、哀歌茂葉脈ようみゃくの依頼により家出した息子を探しに行った時のことになるのか。だが俺がつみつけた茂は葉脈が言っていた我侭な子供ではなかった。

 子供だ子供だと聞いていた目の前の少年が、俺をまっすぐに見て言った言葉は衝撃で今も一字一句間違いなく覚えている。


 『逃げ出したのではありません!!あの場所では分からないことがあるのですから!家の中に引きこもっていて全てがわかると!あなたたちもそう言うのですか!?』


 我が強いのだろうと思った。未来に約束された地位におぼれることもなく過ごしてきたのだろう。その瞳にも声にも、慢心など欠片も伺えなかった。

 だが、それがこのギルドではマイナスにならないか心配なのだ。


 「瑠砺花るれかとか瑠莉花るりかとかが絡んでるのは見たけどねー。あの二人にも絡んでもらえなかったら馴染むなんて無理だし」


 「絡んで……?あれは襲われていたというべきではないのか?」


 男女の壁など感じていない松本姉妹にくっつかれ、抱きしめられ戸惑っていた姿なら記憶にある。もし静葉がその光景のことを言っているのだとしたら絡まれていたなんて生ぬるい言葉ですまないと思うのだが。


 「襲うっていうのは瑠砺花とか瑠莉花が真顔でくっついてる時ね!その場合とても危険だわ」


 「その時は全速力で逃げることをお勧めしよう」


 茂は慣れないためか、小さな騒ぎとなっていたが、本来ならこの問題は茂だけのものではない。

 俺や連夜、そしてナイトギルド男性隊員全体の問題である。今のところ連夜の「慣れろ!女のほうから抱きついてきてるんだ!嬉しいことだろ!」という発言により無視するということが暗黙の了解となっているが、そこまで開き直れるのも連夜ぐらいのものだ。

 ついつい会話に集中してしまって作業が止まってしまっていた。作業を再開しようとして視線を落とし、机を占める赤い服が見えて気分が落ち込む。一言で事を収めるカリスマ性も持つ連夜だが、ただ今は邪魔だ。再び机を占領しようと、体勢を変えてきていた。


 「邪魔ね。うちの隊長さん」


 「あぁ、邪魔だ」


 静葉が連夜を押しのけさせた。机の上からは完璧に退いた連夜だが、椅子の上だけでバランスよく眠ったままだ。起きて手伝えといいたいところだが、我慢である。現状として、静葉が手伝ってくれているのだから、わざわざ連夜を起こす必要もない。

 あとは連夜がにこやか営業スマイルで帝国軍に提出すればいいというところまで仕上げ、時計を見る。すでに空が明るく、時計も短針が五の数字を示している。ギルド隊員たちを起こすには早い。だが今から寝なおすにしては遅すぎる。

 目の前にいる静葉と雑談でもできればいいのだが、俺には程よい話題がない。


 「あー。そういえばアークとはどうなっている?アークは最近意味ありげにお土産を買ってくるが、貰ったことがないって聞いている」


 俺が必死に搾り出した話題に、静葉は酒の入ったコップを机に置いて応えるだけだった。色恋のことに口を出されたくないのか、それともこの話題自体が気の進まないことなのか、応えるようすはない。

 アークが静葉に告白していて、静葉もそれを受けいれているというのはギルド公式の事実だ。

 だが静葉はアークに冷たい。恋人として冷たいのではなく、本当に他人のように冷たいのだ。買ってきてもらったお土産なども、あくまで「仲間」としてしか受け取らない。かわいらしい話をまったく聞かない。アークも相当参っている様子だった。


 「いらないもの。まぁ普通にお土産ならもらうけどー下心丸分かりなの。私を惚れさせたいのな物で釣るんじゃなくて、しっかり思いで勝負して欲しいわね!」


 「……そうか。それもそうだな。思いは大切だ」


 「純粋に思いがいいのよ。思いが、ね。大切なのは思いなの。物じゃない。ここで過ごしてる『居場所のない人』にもそういうこと、求めていいじゃない」


 静葉はギルドに入る時に言った。「私は全てを失ったけれど、心だけならある」と。その静葉を物で釣ろうというのはアークの作戦負けということだろう。


 「もちろん、その通りだ。だがもう少し優しくしてやれよ」


 「嫌。私、どうしてもアークが心の奥底から好きになれないのよ。告白を断ることができるほど嫌いでもないんだけど。なんか、嫌なのよ」


 アークの作戦負けは自他認めるところだが、かわいそうであることも否定できない。こうやって数年後には振られているのではないだろうか。それもかなり軽く。


 「そろそろ朝だし皆呼びましょう?キセトと雑談なんて久しぶりで楽しかったわ。連夜が起きていて、書類整理がなかったらもっと楽しかったけどね!」


 「連夜が起きていたら騒がしいだろう。早く他のやつらを呼びに行け」


 「はいはーい」


 静葉が食堂の外へ出て行ったのを見届ける。横では相変わらず連夜がぐっすり眠っている。こいつが起きていたら、本当に騒がしいだけだろう。


 「相変わらず騒がしい奴らとの一日、か」


 「それも悪くないと思ってるのだよ、きっと」


 「なんだ。お前にしては早く下りてきたな、瑠砺花」


 「だってシーちゃんが起こしてくれたのだよー。一発で起きるに決まってるのだよっ!リーちゃんはまだなのだけれどね」


 にっこり笑う瑠砺花の隣にいつもいる瑠莉花の姿がない。瑠砺花も目をこすっている。いつも起きるのが遅い松本姉妹にしては、瑠砺花一人としてもこの時間に起きているのは珍しい。

 静葉が起こしに来るという光景が珍しいのも分かるが、それ以上にそれですぐに起きれる瑠砺花のほうが珍しい。静葉も瑠砺花もいつもは寝坊組みだ。


 「キー君、キー君!今日の私の仕事はなんなのだよ?休みなのだよ?」


 「休みではない。瑠砺花には始末書を書くという仕事がある」


 どこかの権力者を誑かして好き勝手遊んでいたという報告を受け、瑠砺花もそれを認めた件に関する始末書を手渡す。

 大体どこでそんな遊びを知ってくるんだ。大体遊びでそんなことするな。そもそも相手を誑かしてまでしていたこともどうでもいいことだった気がする。


 「し、仕事ぉ。始末書なんてキー君が書けばいいのだよ。下手な人が書くよりうまい人が書くべきなのだよー」


 「自分で書け」


 少し唸ってから瑠砺花が頷く。今日中に始末書も完成するだろう。瑠砺花が真剣に書けばの話だが。


 「瑠莉花と静葉、あとアークには始末書を書くように伝えてくれ」


 「はいはーいなのだよ~」


 にっこり笑ったときほど瑠砺花が心配なときはない。後で何をしでかしてくれることか。とりあえずアークと静葉、瑠莉花の分の始末書も瑠砺花に手渡す。


 「んー……。おはよー」


 そして隣では仕事をサボって寝ていた連夜が目覚めた。

 ナイトギルド隊員と名のつく者にはしっかり働けと言う前に、揉め事を起こすなと注意すべきなのだろうか。隊長が連夜だから仕方がないのだろうか。


 「おはよーつってんだろー。おはよー、キセト君」


 「仕事をしっかりしてくれたら心地よく挨拶ができたんだがな」


 「んー?仕事?あぁ書類?床にぶちまけて拾うの面倒になって寝た。だが現状では床に書類が散らばった様子はない。それにお前の手元にまとめられた書類がある。そこまで観察すると、常識的に、お前がやってくれた、ってことだろ?」


 「なら礼ぐらい言ったらどうだ?」


 「礼も言うけど朝の挨拶が先だろ。だからおはよーつってるだろ」


 「…………屁理屈だ」


 なんで俺の近くにはこうも面倒な奴が多いのだろうか。屁理屈にもなっていないのに反論できないのが悔しい。何を言ってもなんだかんだと言い返してくる。これが減らず口というものか。


 「オレは新隊員の茂とあいさつ回り、って訳で準備してくる。書類に関してはありがとな。あと、おはよう、キセト」


 「……おはよう」


 「いじけてやんのー。そうひねくれるなって。口でオレに勝てるわけないだろ、お前が」


 すごく腹が立つ。

 口下手なのは認めよう。だが連夜にこういう言い方をされることはないのではないか。

 やはり腑に落ちないので連夜を睨みつけると、連夜がさらに笑みを深くする。ただ深くしただけで後は何も言わず、自室から食堂へ下りてきた茂を連れて連夜はギルド本部を出て行った。


 「大変そう?ですよね」


 「れん、疑問符は取ってやれ」


 「大変そうですよね。……たぶん」


 「……たぶんな」


 茂が半分連れ去られたようにも見えた。下りてきたばかりで何も話されず連れ出されたのだから当たり前だろう。 連夜のことなのでうまく誤魔化すだろうが、逃げるように出て行ったことは感心しない。帰ってきたら説教でもしてやるか。


 「それで、私は何をすればいいんですか?連夜さん、何も言わずに行ってしまったので」


 「あ、あぁ…。戦火と二人で来月の予算を考えてくれ。これ、来月配布される分の予算予定表。新隊員が入ったから新しい武器とか買える余裕を持ってくれるとこっちも楽だな。あと食費もこれから一人分増えるとなるとかなり切り詰める部分も出てくるはずだ。生活費に関しての節約なら全員に遠慮なく協力を申し出ること。それに――


 「大丈夫ですよ。代表ギルドになってから予算も増えましたからね。一人増えたぐらいでは揺らぎません!」


 「そうか。蓮がしっかりしてくれているからずいぶん楽させてもらっている。松本姉妹や静葉にいたっては始末書を書かない日が少なくなってきている気がするからな」


 「にぎやかでいいじゃないですか」


 「騒がしいの間違いだろう」


 「騒がしくても楽しいのだよっ!」


 「そーなのですぅ!」


 声と同時に背中に人肌の温かさと重みが発生する。

 声からして松本姉妹だ。ということは背中の重みの瑠砺花か瑠莉花だ。妙齢の男女としてこれでいいのかと思うほど…、近いはずだ。近いと判定されるはずだ。だが――


 「キー君キー君!やっぱりキー君に書いて欲しいのだよっ!」


 「私たちじゃ書けないのですぅ~!」


 この二人には関係ないらしい。まず何から注意すべきなのか未だに分からない。 連夜のように開き直ることはできないようだ。最近の俺の選択肢は無視一択なのだが…、それでいいものなのか。

 立ち上がって任務遂行のため外に出ようとする俺の前にアークが立ちふさがる。まさか真面目なアークまで仕事の邪魔をするようになってしまったのか?


 「副隊長。明らかにショックな顔をしないでください。始末書が書けたので提出しようと思っただけです」


 「あ、あぁ。そうだよな。お前が、お前が邪魔するわけないか」


 「そうですね。時津さんに可愛くお願いでもされない限り邪魔しませんよ」


 「…………」


 それは喜ぶべきなのだろうか。俺が言うことではないだろうが、恋愛感情とは恐ろしい。それもアークは真剣なのだろう。顔が真顔だ。出来上がった物を受け入れないわけにもいかないので、アークが差し出している始末書に手を伸ばす。が、俺が触る前に横から書類は掻っ攫われていった。


 「アー君はさすがなのだよー!写させてもらうのだよ」


 「アー様、ありがとうございますなのですぅ~」


 俺の背中から重さが消え、俺とアークが呆然としている間に松本姉妹は近くの椅子に座ってなにやら書き始める。まだ真面目に自分の始末書を書いていればいいが、どうみてアークの始末書に落書きをしている。抜け駆けするな、と言外に二人は告げていた。

 だいたい、松本姉妹も静葉も書こうと思えばすぐに始末書の一枚ぐらいかけるはずだ。今となっては始末することが多すぎて面倒になっているだけだろう。


 「あー、その、アーク。瑠砺花と瑠莉花、あと静葉にも始末書書かせておいてくれ。俺は英霊と一緒に散歩に行ってくるから。俺が帰ってくるまでにな」


 「無茶をいいますね。時津さんだけならともかく、あのじゃじゃ馬さん二人も相手しろというのですか?」


 「頼んだ。……で、行こうか。英霊えいれい


 「うん」


 アークの盛大なため息を背中越しに聞いて心の中で謝っておく。俺だってあの三人を同時に相手するなんてごめんだ。

 入口近くで絵を描いていた英霊は俺のほうを不思議そうに見つめられてしまった。日課の散歩の時間はいつもより遥かに早い。


 「ちょっと逃げたいことがあってなー。それに今日は仕事もある。散歩、早めに行っていいか?」


 「わかりました。それは大丈夫です」


 微笑ましい笑みとは想像しにくい硬い言葉がその可愛らしい口から発せられる。未だ底までは心を開いてもらっていないということなのだろうが、硬い言葉を聞くたびに少し悲しい。


 「じゃぁ行こうか」


 「わかりました」


 小さく頷いた英霊はクレヨンなどを丁重にしまうと自力で床から立ち上がる。 俺が手の伸ばしているのにも気づいていないなしい。一人で自分のことをこなしてくれるのは楽なのだが、この歳の子供までそうしていると、自分が頼りない大人のようだ。


 「キセトさん?」


 「いや、なんでもない。行こうか。英霊」


 「はいっ!」


 ただ、今はこの元気の良い返事だけ聞くことができれば十分なのだと、自分を言い聞かせる。

 この小さな子どもは、差し伸べられた手をいつかは握れるようになるのだろうから。俺はその"いつか"まで英霊の傍に居て、手を差し伸べ続けてやりたいと、そう思うのだ。



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