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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
次の日の朝、約束どおり連夜はキセトを迎えに来ていた。
連夜にしては珍しく早起きして、僅かに緊張しながら、迎えに行きたくないと思いつつも、迎えに来ていた。
店員に店内へ通してもらい、連夜は忙しく走り回り店員たちの中で優雅にお茶を頂いている。亜里沙の店、『異世界の扉』からは閉会式へ様々な提供をしているらしく、準備に追われる店員たちは連夜に気も留めていない。
「れーんや君」
「ちぃーす。キセトは?」
「んー、もうちょっと時間かかるかな?みたらきっと驚くわ」
「キセトが笑いでもしない限り驚かないね」
「あら、キセトはすぐ笑うわよ?」
「…そりゃ、あんたの前ならな」
亜里沙の前ならキセトも笑う。本当に楽しそうに。永遠のこの時間が続けばいいと、本気で願っていると見てわかるほど嬉しそうに。
だからこそ、昨日聞いた事実が連夜の中で引っかかる。今、連夜と話しているこの女性は死人なのか。本当に死んだ人間なのか。
ふと、誰かが奥から出てきた気配がした。連夜が入り口付近を見ると、黒い髪の男が微笑みながらこちらを見ている。
「ちーす?あれ、誰お前……」
「わからないのか?」
連夜の目の前に座る男。いや、その体の細さといい色の白さといい、目の前にいるのはキセトに違いない。だが、髪型が変わっていた。大きく変わっていた。
キセトの右顔を覆っていたあごを超える長さの前髪が、バッサリと切られていたのだ。右目の傷を隠すためにそれなりの長さが残っているものの、前と比べればかなり短くなっている。それに、顔を隠していた役目もすでに果たしていない。もう誰であっても、キセトの顔が誰に似ているのかわかるだろう。
「お前、髪どうした?前髪。あとついでに後ろ髪」
「切った。公にするなら別にいいだろ。元々顔を隠す目的だったんだ」
「…あー、まぁうん、いいけど。さっぱりしたじゃん」
顔の半分を覆っているよりはいい。元々肌の色が白いキセトの顔を、真っ黒の髪が覆っている姿はどうしても重く見えていたのだが、短くなればキセトも明るく見える。亜里沙と一緒に居たためか、表情も柔らかく、連夜が四年間友達だった無愛想男はどこかへ消えてしまったようだ。
いくら顔が変わっても真っ黒のスーツを着るとそんなこともないと、すぐ後に連夜は訂正することになったが。
「やっぱスーツ着ると誤魔化せるな…」
「着太り…。でも太めに見えてコレ…。私ダイエットしなきゃ」
「えー、女はちょっとぐらい肉ついてないとなー。せっかく男と違ってそこがエ――
言葉を途中で切ったのは、キセトの笑顔が一瞬でどす黒い笑みに変質したからだ。
すでに手遅れでもあるが、せめてキセトの質問にこれ以上悪化させない言葉を選ぶ。
「随分楽しそうに何を話しているんだ、亜里沙と」
「亜里沙さんがいいんじゃねーよ!適度な肉ついた女がいいって話だ!」
「はぁ!?亜里沙が最高に決まってるだろ!」
この辺りで亜里沙が恥ずかしさのあまり黙り込んだ。連夜はそれに気づいて、キセトはそれに気づかず、会話を続ける。
「その亜里沙さんはお前みてダイエットを決意してるけど?今のままが最高じゃねーの?」
「ん。どっちでもいいや、亜里沙なら」
「結構テキトウじゃねーか」
「適当でいいだろう。亜里沙なら外見なんてどうでもいい。あ、いや、外見も好…みなのだ、が…」
「うわー、キメェ」
「うるさいっ!」
連夜が笑いでごまかし、開会式に間に合うようにもう出ようと提案すると、キセトも素直に応じた。
普通にしていれば普通に普通じゃないキセトなのだが、黙っているとよくわからない。いや、キセトは普段から黙っている方なのだが。外見を簡単に説明するなら、黒髪黒スーツの明津なのである。開会式場に向かうまでもかなり一目を集めた。明津に激似でもあることからこそこそと噂されている。
一番困ったのは、閉会式参加の受付でいくら本人証明をしても信じてもらえなかったことである。受付嬢は驚きの声を上げて固まってしまい、最終的に東雲高貴を呼び出す羽目になってしまった。
「すいません…」
「何事かと思ったけど、その髪を見て納得した。思い切ったんだね」
「髪が口に入るほど長かったものですから」
「違う理由もあるんだろう?」
正装姿の東雲は苦笑していた。
キセトの姿は若いころの明津を思わせたからだ。
恋か国か、自分か民か。決まってるはずの選択肢に悩み、苦しみ、病んでいたともいえる時期の明津の姿を、だ。国を選ばなければ成らない定めに生まれた。それでも定めを覆すほどの恋をした。
あのころの明津は、東雲や将敬といった頼れる人物に当たった。東雲には、分からないくせに、と叫びながらも本音を漏らした。東雲は明津が将敬にどう頼ったのかは知らないが、将敬の私室へ明津がよく訪ねていたのは知っている。
東雲は思う。目の前の青年は、自分の苦痛に対して、それを分かち合う相手はいるのだろうか、と。
受付には一般人も居る。連夜は影を薄めていたため、明津にとてもよく似ている「誰か」と東雲高貴だけが目立っていた。
そして誰もが言う。「まさか、あの黒髪がご子息なのか」と。
「控え室に移動しようか。ここは目立つ」
「分かりました。連夜、行こう」
「またうまい菓子が置いてあるといいなー」
昨日はでかい荷物ができて持って帰れなかったから、と連夜が付け足す。東雲が意味が理解できずに言葉を返さなかったが、珍しくキセトが気まずそうにしていたので二人に何かあったことは悟った。
悟ったことには触れず、控え室に菓子などないことを伝える。その代わりすぐに立食パーティがあることも伝えて場を流した。
キセトが見るからに安堵していたのだが、連夜も東雲もそれには触れない。
「中の服は何を使ってもいいからまともな服に着替えるように。正装という条件だからね」
「はーい」
「十分後には特別室へ来るように。くれぐれも、変な姿をしないでくれよ」
「わかりました」
物分りの良い二人(特に連夜)に気味悪さを感じながらも、東雲は待機室を後にする。
服装についてはキセトも例外ではない。
羅沙では喪服としてしか使われない真っ黒のスーツを日常から着ているキセト。真緑のインナーに真っ赤の上着、真っ白のズボンを履く目に優しくない連夜。どちらも普通といえる服ではない。
控え室には一般的なものしか置かなかったものの、どんな組み合わせで出てくるか。頭痛の種でもある。
頭痛の種なんていうものではなかった。特別室。皇帝の横で二人を待っていた東雲は、先ほどまでの二人に任せればいいと思っていた自分を恨む。
「えーと」
大臣や皇族の中でも一番おしゃべりな驟雨ですらそれしか言えなかった。
目の前にいる二人の服装…、いや服装だけの問題ではない。
キセトは真っ黒の服だった。だがスーツではない。羅沙の民の恨みの対象、黒獅子のロングコートである。肩から裾にかけて黒から灰色のグラデーション。羅沙の民が一番最初に教えられる"敵"の姿。
連夜はそれに対するように白い服だった。だが特別室に居るほどのものなら分かる。あれは黒獅子の対でもあり、葵最強の民が着る服だ。銀狼だけが着用を許される服だ。黒獅子に対するように、ではなく黒獅子に対しているのだ。
「え、え…。戦火たちが一目置いてる人らが…黒獅子に銀狼…?それだけじゃないし」
そう、驟雨の言うとおり。それだけではない。
不知火の黒獅子のコートを着るキセトは羅沙の水色の髪で、葵の銀狼のコートを着る連夜は明日羅の金髪。
一見どころかどう考えても矛盾する色同士。
「掴みはよさそうだな」
「お前の考えることは最悪だ」
「なんだっけ…一石…忘れた。まとめてするとお得!ってな」
「いいたいことは分かったが、意味が違うぞ」
特別室の中が凍り付いている。二人以外誰も言葉を発しない。呑気な連夜を遠巻きから見つめるだけだ。
そんな中、キセトがあの、と大臣側に声をかけた。キセトの次の発言にカメラも注目する。
「おそらくそちらが聞きたいことは今から話すことと同じ内容だと思います。それなら、俺のことはそちら側で知っている人がお話してくださっても構いません」
大臣側がどよめいた。
あの第二層の"黒髪"が、今、なぜ羅沙で最も高貴な色の髪をしているのか、知っている者がいるというのか。それも政治を進めてきたはずの自分たちの中に。知っていて今まで黙っていたやつが居るのか、と。
そんな時、東雲殿、と大臣の中から東雲を呼ぶ声がした。いつぞやの会議で静葉とミラージュの関係を疑った比較的若い大臣だ。
「東雲殿なら知っておられるのでないでしょうか?」
「…知らぬことでもありませんが、私は本人が話すべきことだと思います」
東雲の言葉に大臣たちがさらにざわめくが、東雲は真っ直ぐキセトを見る。大臣たちなど気にするなと言うように。
東雲の視線を受けて、キセトは嬉しそうに微笑む。その顔は、大臣たちがよく知る羅沙明津そのもので。キセトが話し出す前から、その話の内容を理解した。あぁ、こんなに近くに「明津様」は居たのだ。というキセトには嬉しくない感情も同時に発生したのだが。
「私から皇帝陛下に進言したいことは、私の家族、特に両親についてです」
「………」
キセトが話し出しても明日は黙っていた。大体話の予想などついている。このバトルフェスティバルで話題になった、「明津様のご子息」が、彼なのだろうと。
「察していただいていると思いますが、父は、皆さんがよく知る明津様です」
カメラを通して聞いていた客席もざわめいてきた。まさか、いや、でもあの顔は。と誰もが隣人と話し合う。明日は、目の前の男に、証拠などはないのか訪ねようとして止められてしまう。
「待ってください、いろいろ私に言いたいことがあるのは分かります。ですが最後まで聞いてください。問題は私の父が明津様であることではありません。父が明津様で、母が不知火の本家の女性であることです。決して認めてもらえると思えません。その間に生まれた私自身のことも、世に認められるとは思いません」
「不知火本家…?羅沙皇族と対する家ではありませんか」
「そうです。その不知火本家です。母の名を雫といいます。決勝戦で私が戦った二人が、私の両親となります」
「あなたは羅沙皇族と不知火本家の間の子、ということですか?」
「そうなります。髪と目の元の色はこの色です。父の色を受け継ぎました」
心なし、どこかかすんでいる明日の水色ではない。キセトの髪は、羅沙伝統の色、空色だった。ただの水色よりは青みを含む、美しい空を覆う色。この場に居るどの皇族――明日・驟雨――よりも、最も皇族らしい色をしている。
私からはそれだけです、とキセト。大臣たちもそれだけという内容ではないだろうと思ったが、キセトの後ろに控える金色を見て黙った。
ここまで来れば想像ぐらいできる。仮にも国を仕切る大臣の一角たちだ。ただの明津信教の馬鹿ではない。あの金髪は普段銀髪だったはずだ。普段黒髪だったあの男が羅沙の血を継いでいた。なら、あの男も。
「まー、オレも殆どキセトと一緒なんだけどなー。オレのほうは現役だし本人たちが認めないだろうけど。キセトとそろえて父親から言うか?父親は葵覇葉っていって、現葵頭領。母親は明日羅春。こっちは羅沙と国交があるから知ってるだろうけど現明日羅皇帝。そんなけ」
予想していたことといえど、大臣たちは慌てた。これが公表された場所が羅沙というのも問題だ。
あの明日羅皇帝と、あの葵の頭領が恋仲!?判明されている歴史上、永遠と互いを親の仇のように憎しみあってきたあの二国が?
いやいや、そもそもキセトの時点でかなりおかしい。羅沙と不知火間で恋?しかも皇族と本家で?ありえないのではないのか。
「君たちの言うことが本当だとするのなら、大問題だ。世界の理として君たちは存在してはならない」
大臣の誰かが言った。
次々にその言葉が同意されていく。
いくら顔が明津に似ていようが。いくら髪が金色だろうが。この四年間、彼らを北の森の民として差別してきた。混血?そんなものがあるはずがない。存在してはならない。交わらない、敵国同士の血。交わらないからこそ、国を統べる力を持つのだから。
が、連夜は笑う。存在してはならないなんていわれておきながら、とても嬉しそうに。
「やっぱり人間はこうでないとなぁ。自分の範囲以上のもんは全部、否定する生物さ。オレも結局はそういう生物だし。試しに聞いてみるけど、あんたらはどうすんの?存在しちゃいけないオレたちを前に、どうすんの?殺してみるか?それとも存在しちゃいけないって断言しときながら放置する?とりあえず国の外に出すか?」
ニヤニヤと笑いながら、連夜は試している。大臣たちの返事が連夜の期待に応えるかどうかを。
やはり人の心を理解しようが、連夜は人間を見下すしかできない。すでに存在する連夜とキセトを否定して何なるのか。そんなもん知るか。大臣たちの期待に沿って、大臣たちの前から姿を消して何になるのか。何にもなんねーだろ。
あぁ、やっぱり。存在しているからといって、それを受け入れてくれるのはごく一部だけなんだ。存在していても否定される。それが化物と人間の関係なんだ。
「存在してはならない。なら存在しないようにしろよ。お前らが羅沙明津に国を選ばせればよかったのさ。そうすればキセトは生まれなかった。明日羅の奴らがお袋に明日羅を選ばせればよかった。そうすればオレは生まれなかった。国レベルで腐ってきてるから、たった一つの恋心なんかに負けちまうんだよ」
それ以上言うことはないと連夜は勝手に特別室から出て行った。言うだけ言えば皇帝が相手でも用無しらしい。キセトがなんのフォローもいれず、丁重なお辞儀一つ置いて、同じように特別室を後にする。
特別室は、誰一人例外なく、凍り付いていた。
「化物、め……」
誰かがポツリと呟いた。それは氷を溶かす言葉ではなく、さらに部屋を凍えさせただけだ。
人々は賢者の一族を敬遠している。キセトと連夜に対しても、事実が明らかになった今なら敬意を抱いていいはずだ。今まで羅沙明津を代表とする羅沙皇族に、羅沙の民がそうしてきたように。
だが、二人は行き過ぎた。賢者の血を二種類受け継ぐ。それは敬意を超えて、ただ恐れのみが残ってしまう。
化物以外に何がある。行き過ぎてしまった。そして、置いてきた人間たちを決して振り返らない、化物。勝手に二人で生きてきた化物。化物、化物、化物。
キセトや連夜の意志なんて関係なく、ただ血を受け継いだだけで、彼らは化物なのだと。疑われることなく、常識として、世界に受け入れられた。
そう、あくまで化物として。人間ではない。世界という、その空間に生きる人々は、彼らを人間とは決して認めない。化物として受け入れることが、常識。
常識。狂った、この世界の常識。