053
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
閉会式は明日開かれるそうで、勝利品はすべて閉会式に渡されるらしい。遅くまで待って皇帝に会えるの待っていたのだが、そういうことで今日は会えないそうだ。なのでキセトも連夜も帰る準備を進めていた。
特にキセトたちで準備した武器もなく、キセトの絶刀もすでに魔法倉庫に戻したので、帰る準備といっても殆ど荷物は無い。控え室のお菓子を連夜が持って帰るなど言い出し、鞄等も持ってきていないため、どうやって二人で持ちきるか、互いに渡したり渡されたりで無駄に時間を喰っていた。
「わざわざ絶刀持ち出すとはなー。意外だったわ」
連夜が音を立てながらキセトに話しかける。
決着が付いた直後、明津に話しかけるかずっと迷っていた様子だが、結局一言も声を発しなかった。何もかもこれからなのだが、キセトはいまだどうするか決めかねているようで。呑気な様子の連夜を見て時々呆れの視線を送ってくる。
「倉庫の中で錆びさせるには惜しい業物だ。それにコレを出しておけば気づく人だっているだろう」
連夜の手から零れ落ちた飴を拾いながらキセトは坦々と言う。
黒獅子しか持たない刀身まで真っ黒の刀。そこからキセトが黒獅子だと気づく人物だってもちろん居るだろう。なにせ羅沙ではわかりやすい敵の象徴の一つとして教えられているものだ。
「気づかせて何すんだよー。いっか、今日は休もうってことで。早く帰ろうぜ」
深追いはしまいと話を急に変えたのだが、連夜の言葉にキセトが飴を持ったまま動きを止めた。何が引っかかったのか、本当に連夜の言葉のせいなのか。さっぱり分からないが動こうとしない。
連夜はそれを視界の端に捕らえつつ、あえてここでは触れなかった。連夜がキセトをイラつかせることなどたびたび起こることであったし、キセトにかぎらず連夜は他人を怒らせてしまう性格なのだ。いちいち気にしていられない。
「あー疲れた疲れた。もう寝たい。あぁいう見世物みたいなの嫌いなんだよ」
「連夜…」
「はいはーい、連夜君はここですよーってな」
「連夜!」
「…っと、なんだよ、怒っちゃってよー」
さすがにキセトに怒鳴られて、連夜もいつもと違う怒りであることを感じ取った。何がそうしてしまったかはわからないが、キセトの琴線に触れてしまったらしい。
自分の発言を思い出してみるが、何気ない一言だったので細部までどうであったかは、すでに明確ではない。
「お前、どこのことを話してるいる?どこへ、"帰る"なんて言っているんだ?」
キセトの質問を聞いて、連夜は心の中でしまったと呟きを漏らした。
連夜とキセトの間で、"ただいま"は絶対に言えない言葉の一つだったはずなのだ。連夜とキセトに差が生まれしまったことは仕方がないが、この言葉だけは口にできないはずだった。連夜とキセトに"おかえり"と言ってくれた人物はもういないのだから。
「あー…、言った?」
なんとか誤魔化そうと連夜がとぼけるが、キセトは詰め寄り、それを許さない。
「言ったから聞いているんだろう!?帰るなんて――
「あのな!言っとくけど!」
「…なんだ」
「言っとくけど、静葉たちだって、"おかえり"ぐらい言ってくれる、と、思うぞ」
言ってもキセトには分からないことは分かっていた。だからからか、連夜から進んでこの話をしたくはなかった。言っても伝わらない言葉は、連夜のトラウマを思い浮かべさせる。
連夜の中で静葉たちが部下だけではなくなったかもしれない。守るべき対象となったかもしれない。だが、キセトは違う。あくまでキセトにとって、部下は部下。それ以上の意味などない。ただの部下としてキセトは保護しているだけだ。
ただいまと言ってくれるからといって、キセトは決してその言葉を受け止めはしないだろう。自分にそんな言葉をもらう価値がないと、相手の心ごと拒否するのだろう。
「もう一つ。お前は変わることを拒否してる。人に受け入れられることを拒否してる。お前にだって愛される価値はあるよ」
「…お前に。お前に…、何が分かる?俺の価値?人に愛してもらえる価値?こんな気味の悪い化物を?はっ!お前が理解した人間の心ってのはそこまで広いのか!?化物相手に一緒に居ようって思ってもらえるほど?いいな!そんな心なら俺だって理解した――
キセトの言葉を最後まで言わせてはいけない気がしただけだ。もちろん声で遮っても良かった。
なぜ手が出てしまったのか。殴られたキセトより、殴った連夜のほうが不思議だった。
「わる――
「それが人の心を理解したお前の答えか。わかった。お前は人間になれよ。俺は、俺は、化物だ。一緒には居れない」
「待てよ!そうやってすぐにお前から距離を置くから何も変わんないんだろ!傷つけるの覚悟で近寄ってみろ!」
去ろうとするキセトの肩を掴んだ。ここで行かせてしまったらなにも変わらないだろう。無理矢理にでもここで引き止めなければならない。
そう思ったはずなのに、連夜の手は簡単に払われてしまう。キセトが連夜を振り返る。また、あの笑みだった。いや、今度はさらにひどい笑みだった。もういっそ、殺してくれという笑みだった。
「傷つけることを覚悟して、俺は亜里沙を好きになった。一緒にいたいと願った」
「そ、そうだ!あの人がいるじゃねーか!ナイトギルドが無理でも、あの人になら、ただいまって言えるだろ!?そこから始めても…」
「傷つけることを覚悟して傍に置いた人は、俺のせいで死んだ」
連夜はやっと分かった。笑みなんかじゃない。キセトのあれは笑みではない。
ある意味連夜が知りたがっていたキセトの過去だ。キセトが心の奥底に沈めて過ごしてきた闇だ。キセトが今まで意地になっても他人と関わらなかった理由だ。
きっと、キセトにとって、口にすることすらつらい話だ。今まで封印してきた話だから、今にも泣きそうな顔をしているのだ。
「あの人生きてるだろ…?」
「羅沙皇族の魔力で死の存在力を奪ったからだ。生きてもいないが、死んでもいない。それが現状の愛塚亜里沙なんだよ。俺のせいで、そうなった」
「死人を蘇らせたってことか」
「蘇ったら、よかったな。生前の亜里沙と比べて病弱で、医者が診ても長くはないと。俺は、死んで欲しくないっていう俺の欲で、亜里沙を化物にしてしまった。死んだのに死ななかった。亜里沙を診た医師はこう表した。『生きている者に最も近い死者』だと。動く死体だと。動いて、意識があって、心臓が動いていて、温かい。それだけの死者だと」
「……」
「それでも、そんな風にしてしまっても。傍に居て欲しいと思う俺は強欲だ。だが、誓ったことがある。これからは、誰も傷つけないで生きようと。誰かが俺を殺してくれる日まで、俺は誰も傷つけない。傷つけることは殺すことだ」
連夜とキセトが初めて出会っとき、年齢的にすでにキセトと亜里沙は出会い別れた後だったはずだ。キセトは戦場で自殺行為のような戦い方をしたが、連夜は再生能力に頼っているのだと判断していた。
違うのか。ただ本当に、死にたかったのか。
「俺の最後の砦はお前だよ、連夜。鐫様も亡くなってしまった。お前も、いつかは死ぬんだろうな。お前は人間になれる。きっと、また俺のせいで死んでいく一人になるんだろ?俺はそんなの嫌だ」
「ならねーよ」
「鐫様も、そう言ったよ」
すぐに帰ってきた言葉に連夜が言葉を詰まらせる。
確かにあの人は言った。一緒にいてあげる、と。年齢的にも僕が先に死ぬだろうけれど、決して君たちの責任になるような死に方はしないと。君たちは自由でバカ正直でくだらなく生きていけばいいと。僕は拘束されて嘘にまみれて立派に死んでやると。君たちと正反対の、君たちが関わることなんで出来ない死に方をしてやるって。
だが、鐫様は言葉に反して自由でバカ正直にくだらなく死んだ。キセトと連夜に見せ付けて死んでいった。あの人が自分の言葉を守ったのは嘘にまみれるということぐらいだろう。
だから連夜もキセトの言葉に同意である。だが、ここだけはあの人に見習ってでも、嘘を付いてでも否定してやるべきだ。
「鐫様もお前のせいなんかじゃねーし。あの人は元々体が弱かった。自分の死に方を自分で選んだ。それだけじゃないか」
「…悪い。本当に悪い。すまない。悪かった。許してくれ」
何に対する謝罪なのか。キセトはその場にしゃがみこんでしまった。顔をうずめ、表情がわからない。
いつまでも控え室に居るわけにもいかないので、目立つこと覚悟でキセトを担ぐいでギルドへ帰ろうとした。だが、近づいてその気も変えられてしまう。謝罪の中に混じっている懇願の声が聞こえてしまったのだ。
とりあえず担いで控え室は出る。ギルドへの道ではなく、キセトが唯一心を開く女性の下へ運んでおいた。亜里沙はそっとキセトを抱きしめるだけで、キセトも素直に抱きしめられていた。
「…帰るわ」
「ありがとうね、連夜君。たぶん私のことを話したんでしょう?キセトは試合よりそっちが響いてるだけだと思うから。明日は大丈夫だから迎えに来てあげて。キセト、結構連夜君のこと気に入ってるみたいだから。私はキセトのお友達にはなってあげられないし。これからもよろしくね」
あぁ、と生返事で連夜は店を出る。目立ってしまったので、明日にはキセトと亜里沙の関係も噂されるのだろう。
キセトのあの謝罪は、連夜から鐫を奪った謝罪ではないのだろうか。珍しく連夜が心から忠誠を誓い、心の奥底から親しんだ相手が羅沙鐫だった。化物として居場所に困っていた連夜とキセトの帰る場所になってくれた人だった。二人におかえりと言ってくれた人だった。
そんな鐫の死をキセトは自分のせいだと抱え込もうとしている。連夜が敬愛した人を連夜から奪った謝罪だったのではないのか。
そんなことは連夜の想像で、結局はキセトの謝罪の意味は謎のままだった。
連夜が出て行ってから、場は沈黙が占めていた。耳が痛いほどの沈黙。そしてその沈黙と別にキセトの声が存在している。キセトの声は沈黙を破るのではなく、矛盾しているのだが沈黙と共存していた。
周りがなんと言おうと、弱ったキセトを抱きしめる役だけは誰にも譲る気などない亜里沙だけが、キセトの謝罪を聞いていた。
「ごめん。悪かった。許して欲しい。助けて。一人にしないでくれ。寂しい。傍にして欲しい。何でもするから、許してくれ。置いていかないでくれ。俺は何もできないけど、何もしてやれないけど、傍にいてくれ。一人だけにしないでくれ。亜里沙、傍にいてくれよ。謝るから、ごめんなさい。悪い。俺が悪い。一人にしないで…」
「一人なんてしないよ。ここにいるよ。いつだって私のところにおいで。いつだって、いつだって、私はキセトのものでしょう?」
亜里沙の声はとても優しい。キセトが唯一素直に受け入れられる優しさ。
キセトは他人の優しさを、自分には受ける権利はないと拒否する。だが、亜里沙からもらう優しさだけは、権利など言い出さず、素直に受け取るのだ。自分が欲しいと思う心に素直に従う。優しさをもらって喜ぶ。
だからこそ、亜里沙はキセトが弱った時に傍に居なければならないと考えていた。自分はキセトに選ばれたのだから、キセトに自分を選ばせたのだから、傍に居てあげたい。そう思うのだ。
「一人は……寂しい…」
「一緒に居るから、今日は寝たら?キセトが起きるまで、ここに居てあげる。添い寝してあげる。起きたらおはようのチューしてあげる。だから、今は寝て。おやすみなさい」
「……うん」
まぶたを閉じただけか、それとも本当に寝てしまったのか。どちらにしてもキセトは静かになった。
亜里沙はキセトをしっかり抱きしめて、その脱力した体を自分にもたれさせる。サラサラなキセトの髪をなでて、キセトの顔に手を沿わせて、ぬれているキセトの頬を自分の手で拭う。
この人を一人にはさせないし、弱いこの人は私が守らなくてはいけない。ギリギリのところで保っているキセトを誰にも壊させなんてしない。
亜里沙は寄り添うように支えあうように、キセトに持たれてそのまま眠りに身を任せた。