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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
バトルフェスティバル編
56/90

051

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 やけに帝都が騒がしくなった日の夜に、キセトから異例の全員集合の声がかかった。

 全ギルドの隊長と副隊長にはいかなる時も、ギルド隊員を一箇所に呼び出す権限がある。だが、自由奔放な者たちが多いナイトギルドでこの権限が執行されたことなどなかった。他ギルドですら、滅多なことがない限り全員に声はかからないはずだ。


 「日をまたぐ仕事はなかったな?」


 「夕飯のときには、お前以外食堂に集まるしなー。お前さえ来たら全員なんだしあんまり害はないだろ」


 「わざわざ声をかけてまで集まってもらったのは伝えたいことがあるからだ。連夜れんやが覚えているとは期待していないが、決勝の前日には俺たちの目的をナイトギルド隊員へ伝えると決めていた」


 「あっ!わーすれてった」


 「だろうな」


 連夜が無理矢理参加を決めた一ヶ月前の約束だ。自分から言い出した出場にはノリノリだったものの、キセトが持ち出した約束など覚えていなかったらしい。

 予想通り過ぎる連夜の態度にいちいち反応したのはキセトだけで、他の隊員はキセトが言った目的という言葉に反応していた。


 「前に連夜が『家族で堂々日の下の大通りを歩きたい』って言ったけど…?」


 「それはどちらかというと俺の目的だな。今日は具体的に何がしたいかということを伝えるつもりだ」


 「何を…って、皇帝陛下へ謁見して何言うかってこと?」


 小さくキセトが頷いた。

 今日の演説を経たとしても、一晩経てば明津あくつへの幻影にも誓い敬意が消えているというわけではない。敵対すれば、以前ほどではないにしろ、民から嫌悪感を買うだろう。それを踏まえても果たしたい目的をナイトギルド隊員だけに明かすという。

 静葉しずはを始め、それぞれが聞く態度を取る。それを確かめて、キセトは言葉を切った。


 「俺の両親と連夜の両親の名前を打ち明ける。その場で。はっきりと。非難の声だってあるだろう。それを受け入れることも、血を継ぐの俺の役割だと思っている」


 キセトの両親を明かすということ。それはキセトの特異な立場も公にするということだ。キセトを嘘つき呼ばわりするものもいれば、明津の血を利用したいと祭り上げるものも出るであろうし、しずくの血を蔑むものも出るであろう。

 どちらにしても、公にしてキセトが楽になるかといえば、そうではない。


 「キセトは…、その、それでいいの?」


 「それでいい。もともと四年も引きずった問題だ。今からで解決に向かうべきだろう。今回はきっかけになればいい。そう考えてる」


 そこでキセトが笑った。あの笑みだ。見たほうが悲しくなるような、今にも泣き出しそうな笑顔。

 キセトがどのような未来を描き、その未来で自分をどのように位置づけているのか。なんとなく分かってしまう笑み。


 「おれは、問題を解決するためにキセトが只ひたすら耐えるだけだというのなら、反対する。別にキセトのためではなく、おれの目的にそぐわないからだ」


 今まで、キセトが決めたことならと、ナイトギルドの隊員ですら止めなかった。とめられなかった破滅への道にストップをかける人物がここにいる。

 堂々とキセトを守るために動くと宣言している晶哉しょうやがここにはいるのだ。


 「晶哉の目的ってキセトじゃねーの?」


 「その言い方はやめろ。でも、そうだな。今のところそうなる。」


 「なんだよ、その曖昧な言い方…」


 今のところ、という言葉に引っかかるのは連夜だけではない。

 静葉が晶哉の入隊に目を瞑ったのはキセトの敵ではないからだと在駆ありくから聞いたからだ。静葉の敵であろうとも、キセトの敵ではないのなら、一人意地を張ることもないだろうと思ったのだ。

 が、それが今だけで、いつかはキセトの敵になるかもしれないというのなら、静葉以外も黙ってはいない。

 ナイトギルドで素性の知れない人が隊員になることには慣れているが、一環してキセトと連夜の味方でないかぎり、馴れ合いはごめんである。


 「晶哉が俺の保護を目的とする理由は俺が知っている。深追いはするな」


 「教えてよ。篠塚しのづかがキセトを守ろうとする理由。そのために沙良さらは利用されたんでしょ?教えてくれてもいいと思うんだけど?」


 沙良のことを持ち出すと、キセトが少したじろんだ。視線だけで晶哉を仰ぎ、晶哉がそれに応えるのを見てから、再び静葉を見る。


 「晶哉が石家だからだ」


 まるで子どもをあやすようなやわらかい声がした。

 だが石家など言われても静葉には分からない。それどころか、石家という言葉に理解の色を示しているのは在駆ぐらいである。


 「石家って何?聞いたことない」


 「名前は違えど各国にある家だ。ただ横のつながりはなく、ただ絶対の縦の関係があると聞いている。石家の役目は…賢者の一族を抑制だ」


 「えっと、縦ってどこと石家の縦?それに各国に同じ家柄があるわけないじゃない。それに賢者の一族ってあれでしょ?皇帝とかの家ってことでしょ?そんなの抑制してるなんて聞いたことない」


 「縦の関係については黙秘する」


 「何よそれ!?」


 キセトのやわらかい声に対し、遠慮もない不躾な晶哉の声は実物以上に鋭く聞こえた。静葉もとっさに噛み付いたが、晶哉は応える様子もない。


 「主について話せないということがあってもおかしくないだろう?只でさえ、石家は秘密が多い家だ。ここで主従関係以外答えてもらえるというだけで十分だと思ってくれ」


 「まっ…、キセトがそういうならそういうことにしといてあげる。でも納得できなかったらどんどん質問するからね!」


 だそうだ、とキセトがすぐ隣にいる晶哉を見る。晶哉はキセトの視線だけ受け、それ以外は一切無視して石家について語りだした。


 「各国に同じ家柄があるわけがないと言ったが、横のつながりはない。別々の家が同じ目的を持っているだけだ。それに抑制していると聞いたことがないとは言うが、皇帝に付き従うが皇帝の意見を唯一叩き落せる大臣は抑制している以外の何者だという。石家は各国の重役についていることが多い」


 「え?じゃ羅沙らすなでも大臣に石家とかいるの?」


 「大臣だとは限らないが石家は必ずある。そもそも家柄を強く押し出さないようにしているはずだ。一般人に紛れ込んでいるだろうな。羅沙の石家も一人二人なら知っている。今のところは協力体制だが、おれがキセト個人の味方であろうとしていることを知ればそれも崩れるだろう。彼らは紛れもなく石家として動いている」


 「石家としてって…、皇帝を抑制してるの?もしかして東雲しののめ高貴こうきとか?」


 「違うも正しいも言うつもりはない」


 晶哉は否定もしなかったが、隣でキセトが説明を付け加えた。

 東雲家は代々軍人を輩出してきた家柄だが、皇帝に関わるほど地位を上げたのは東雲高貴ぐらいしかいないということ。殆どが第一番隊の一般兵ぐらいで止まっていたということ。いくら東雲高貴が現在で最も皇帝に近いといえど、制御や抑制の役目を家として代々続けてきたというのには無理だということ。

 静葉も、羅沙にいる石家を言い当てるつもりはないらしく、キセトの簡単な説明で納得したようだった。

 すると、今度は静葉ではなく戦火せんかから質問があがる。


 「私から別の質問をさせていただいてよろしいでしょうか。賢者の一族を抑制すると仰いましたが、それはキセトさんも対象になるのではありませんか?キセトさんだって紛れもなく賢者の一族ですもの」


 「それはあくまで石家の役目だ。おれは自分の目的を優先する。石家の命令でキセトが選ぶ道を阻むつもりはない」


 「でもそれってキセトを守る理由が石家だからっておかしくない?逆でしょ?抑制って言うと邪魔するってことじゃない。今はキセトを抑制しない、っていうならキセトを守る理由が石家っておかしいじゃない!」


 やっとしっぽを捕まえたとばかりに静葉が詰問するが、晶哉は淡々と応えていくばかりだ。自分の家の立場として疑われることに慣れているといわんばかりに。


 「加害者が石家だ。石家から守ると言っても過言じゃない。賢者の一族を抑制するためのだけの家ってこともあり、対賢者の一族では最強だと言っていい。純血ともいえるキセトだと、そういう術の効果は他の賢者の一族以上に出るだろうな。キセトにとって石家は天敵だ。おれは石家の生まれだが、家よりも友を選びたい。たとえそれが苦しい道になろうとも、そうしたい」


 「篠塚がキセトの敵じゃないってのは、まぁ、うん、納得できるけどさ?抑制から一気に敵になるの?飛びすぎじゃない?」


 「そもそも石家が賢者の一族を抑制するのはバランスを取る為だ。特別な力を持って生まれると分かっているからこそ、賢者の一族の人間が、人間の枠を出ないように見張る。人間を超えた人間は石家が抑制という名で処分する。血の繋がりは守るために子どもだけ生ませてからとかな。そう考えて見ろ。キセトの力は明らかに行き過ぎてる。いつ石家が殺そうとしてもおかしくない」


 「んー、人間の枠以上なら連夜も危ないでしょ?どうなってるの?」


 「異例過ぎるからな。二つの血筋を継ぐのはキセトだけじゃない。異例は二人だ」


 全員が晶哉の言葉をかみ締めて。

 いつものごとく事実を知っている在駆は黙りこくり、静葉を筆頭とする知らないものたちは想像力を限界まで働かせる。


 「え、まさかキセトの弟が連夜……」


 「ちげーわ!髪の色とか目の色とかで考えろよ!あおい明日羅あすらだっ!」


 突拍子もない想像に、思わず連夜が突っ込む。まさか同い年だというのに兄弟にもってくるとは思ってもいなかった。

 大体、連夜の銀の髪と金色、いやここでいうなら夕日色の瞳を見ればすぐに分かるだろう。突っ込まれた静葉もやっぱり?などと言葉を返している。


 「うわぁぁ!!連夜が明日羅皇族とか泣けちゃう!違うのよぉ!!」


 明日羅出身の静葉にとって、一番身近な賢者の一族である明日羅皇族が出てくることで、やっと事の重要さを実感したらしい。

 実感すると同時に半泣き状態だが。


 「キセトが皇族の皇子様でも別にいいけど連夜が皇子様って違う!違う違う!皇族の人たちってもっとドヤァみたいな感じなのよぉ!」


 「なんだそのアバウトなイメージは!?あといろいろ失礼だぞ!俺が皇族の血引いてるのがそれほどおかしいかよ!」


 「だって絶対変だもん!」


 「おい、話が進まないから黙れ」


 「うぅ…」


 晶哉に言われて仕方がなく静葉が黙る。

 問題は、と改まってキセトが話を切り出した。


 「まとめて言うぞ?俺は羅沙と不知火しらぬいの賢者の血を引いている。連夜は明日羅と葵の賢者の血を引いている。それを皇帝陛下に謁見した時に伝えようと思っている。以上だ」


 「んー。石家とかいろんなことまだ納得できないけどー…。てか!私が納得できないのは篠塚晶哉のことなの!!沙良に起こったことをちゃんと説明しなさい!意味分からない説明ばっかり聞くのはもうこりごりよ!」


 「………」


 「晶哉」


 「分かってるよ。協力体制になろうってのにまたはぐらかすつもりはない」


 静葉に怒鳴られても無言で返す晶哉が、キセトに名を呼ぶだけの催促をされるだけで素直に応える。

 晶哉は息を深く吸い、田畑たばた沙良とはじめてであった時のことを話し出した。


 **********


 「こんにちは。初めまして、田畑沙良と申します」


 裏路地を歩いている晶哉に声をかけてくる人など稀だ。そもそも裏路地で顔も知らない相手に声をかけられることなどありえない。

 だが、情報屋の志佳しかに指名されることが多い晶哉はその例外であった。不知火の情報を知りたい相手や、それこそ石家など特注の中の特注の情報を知る者として、よく勝手に紹介されているのである。


 「…何の用だ?」


 「情報屋から貴方を紹介して頂いたのです。復讐に必要な『殺人術』を教えてください」


 晶哉自身としては殺人術ではなく守る力なのだが、目の前の女性が求めているのは人を殺す力なのだろう。それに守る力としては自分の力が異質であることは自覚していた。


 「復讐?おれが関わることじゃないな。国をまたいだ復讐なんて関わるもんじゃない。羅沙の帝都であるラガジで、茶髪の女がいう復讐なんて、関わって利益が上がると思えないな」


 「情報屋によると貴方は実験台を求めていると聞きました。自らの術の実験台。その実験台に名乗り出ましょう。ですから教えて欲しいのです。協力しろといっているのではありません」


 協力ではなく手段を教えるだけでいいと田畑はいうが、そう簡単にいくわけがないと晶哉は思う。一つだけ術を教えてしまって、さっさと姿をくらましたほうがいいかもしれない。

 だが惜しくもあった。晶哉の守る力は、その殆どが命を懸けるハイリスクなものばかりだ。いきなり本番――キセト――で使用するのは躊躇いがある。


 「実験台か。確かに適当な奴がいたら紹介しろとは言ったが…。正直言って復讐なんてものに捕われてるあんたが適正だとは思わない」


 「私はそうかもしれません。ですが、私を思うばかりに、こんな大馬鹿な復讐にまで付いてくる少年がいます。情報屋が言うには貴方の術は想いが大切だとか。その少年の想いを代償にしましょう」


 「自分を想う少年を代償にしてまで果たしたい復讐なのか。人に想われるってのは幸せでもある」


 「幸せなんて…、あの炎に焼き尽くされました。私は、私の炎で羅沙の幸せを焼き尽くすまで只の復讐女です。想われようと想うことがあろうと、復讐のために駒とするだけなのですわ」


 その時見た、田畑の淡い笑い方が晶哉を決意させた。

 あ、こいつの笑い方、キセトに似ている。

 たったそれだけで、命を懸ける『殺人術』を田畑に教えたのである。自分がキセトのために使おうと思っていた、人を蘇らせる術を。


 **********


 「…そう、沙良から申し出たのね」


 晶哉がいなくても、田畑沙良は殺人鬼ミラージュとなったのだろう。そして、ただ単純に死んでいったのだろう。

 そう考えると、静葉からこれ以上の言葉は出なかった。田畑沙良から、キセトや連夜との出会いを奪ったのは自分だから。先に静葉が出会ってしまった。


 「正確には人が蘇る術ではないが…、詳細を知りたいか?」


 「んー…、いらない、かな?沙良が死んだってことに変わりはないんでしょう?あんたを好きにはなれないけど、納得できちゃった。だって、復讐を諦められない心は私も分かるもの。あんたがいなくても沙良は同じことしてたわ。そして、同じ結果を招いたでしょう。あんたがいて変わったのは、終わった後がややこしくなるか単純に終わるかよ。

  私、簡単に終わって欲しくなんてない。サラの心が違う形になっても今に残ってるなら、そのほうがいい。一人でも多く、街の人には生き残って欲しいの。街の人の心も…ね」


 なんだ。生き残った静葉がいちいち心配する必要なんてなかったのだ。

 沙良は沙良で、自分の道を生きていただけだ。それを静葉と同じ道と勘違いしたのは静葉だ。同じじゃない。誰かと一緒にその道を歩こうとした静葉とは違う。一人で歩こうとした。最愛の少年を代償にしても。

 復讐という道を。


 「それでさ?バトルフェスティバルにキセトと連夜が勝って、生まれのこと明かしてどうしたいの?」


 「俺は、父と母と弟と、どこでもいい、どこかの国の、どこかの道を歩いて見たいな」


 「オレはそのほうが自由にできると思ったからだっつーの。このまま親がどうこうなんてことに縛られるのはごめんだわ」


 「目的は正反対なんだ…」


 「まぁ、オレらの最終目標は『世界平和条約』だ。四カ国全ての間に平和条約を結ばせること。今回のことで第一歩。いきなり最終目標に届くとは思ってない」


 「ふーん…。……ん?え、世界平和ぁ!?平和条約なんて一国と一国の間でもできれば十分なのに!?それを世界規模でやるなんて無理よ!」


 「無理?そんな言葉で片付けられちゃ、オレたちの存在も一言で否定されちまう。二つの賢者の一族の血を受け継ぐ、ありえないはずのオレたちが、無理なはずの世界平和に臨んでみよう、ってな!

  よわっちぃ奴らはいいじゃん。みんなで憎しみあっとけよ。オレはオレがやりたいように俺のレベルでやるんだ!」


 そのままの勢いで連夜が、解散!!と叫ぶ。

 知りたかったキセトたちも目的を知れた隊員たちは、素直にその言葉に従って食堂を出て行く。晶哉が、全く動こうとしないキセトと連夜を振り返ったものの、その晶哉も言葉を発することなく食堂を出て行く。

 それを見届けて、キセトはやっと席から立ち上がった。


 「おっ、酒でも開けるか?」


 「俺が酒に弱いのを知っているだろう。ただの水だ」


 「じゃオレは開けるかね」


 「やめろ。俺はにおいで二日酔いになる男だぞ」


 「そうだったなー。じゃせめてジュースでも開けるか」


 「それは好きにしろ」


 水とジュースの奇妙な乾杯を済ませ、互いに一口分を口に含む。

 何の味もない水と、ただただ甘ったるいだけのそこにあったいちごみるくだ。互いに決勝まで勝ち進んだチームが乾杯するには役不足にも思える。


 「甘いー。でもまぁこれはこれでいいかも」


 「無駄に味の付いた飲み物は苦手だ」


 だが本人たちはそれで満足らしく、それぞれがそれぞれの飲み物を何回もおかわりする。

 ひたすら飲み物を飲み続ける沈黙。どうしても、互いに話したい話題があって食堂に残ったはずなのに、互いにその話題を言い出せない。

 その話題を口にしたほうが、口にしなかったほうを置いていくことになると分かっていたからだ。


 「………」


 「………」


 「キセトはどうか知らねーけどさ。オレ、もう秘密っていう秘密ないわ。ナイトギルドには全部明かした。銀狼ぎんろうってことだけ静葉はまだだけど、別にもう言ってもいい。お前はどうなんだ?まだ秘密とかあんの?」


 「ある、な。あるよ。申し訳ないが、ナイトギルド隊員に心を開けたとも思わない。俺にはわからない。理解できない。人と馴染めるとは思えない。部下だとは思うが、部下だからなんだ。やっぱり変わりない。晶哉が入って実感した。過去に友人と言えた晶哉と他のナイトギルド隊員を比べて見ると、本当に、どうでもいいんだ。死のうが生きていようがどうでもいい。人が人の生死を喜んだり悲しんだりする心がわからないんだ」


 分からない、と繰り返すキセトを見て、さすがの連夜も自覚した。

 同じ化物としてスタートしたはずが、連夜だけ人間を理解して人間に戻ってしまったことを。化物という立ち居地に、キセトだけ残してきてしまったことを。


 「悪い。オレにもわかんねーよ。どうやったらお前が人間を理解できるかなんて」


 「…そう、だよな。連夜はそうやって人間として生きていけるってことだ。俺にはできない。それだけの差だ。お前はそうやって人間になれよ。俺たちは互いに違う存在なんだから」


 「人間って、弱いけど悪くはねーよ。オレは大嫌いだけどよ、悪くない。江里子えりこ嬢とか志佳嬢とか夏樹なつき嬢とかマスターとか。オレは個人的に楽しんだぜ?」


 「女性ばっかりじゃないか」


 「マスターは性別的に男だけどな。なによりこのギルドも良かった。瑠砺花るれかとか、あんなふうに一緒に馬鹿できるの、楽しいと思った。お前も誰かと一緒になんかしてみたら?変われるかもしれないだろ」


 「そこから、俺とお前は違うよ。俺は誰かと一緒に何かするなんてできないんだ。何かしようとしたら、どうしてもパートナーを傷つける。傍観するか、全て俺一人でやってしまうか、だ。協力とか、できないんだよ」


 完璧だとよく言われるキセトだが、完璧にしかなれないだけなのだ。一人で完璧にするか、関わらないか。どちらかしかできないらしい。中途半端にして誰かに助けてもらうことも、誰かができないことを助けてやることもできない。

 結局一人きりで居るしかないのだ。


 「つまんねーな。せめて明日は共闘してみようぜ?オレがパートナーだ。最初の第一歩だな」


 「そうだな。お前となら、俺も、きっと……」


 きっと、誰かを必要とすることができるだろう。一人きりの世界から、きっと抜け出せるだろう。

 連夜と共にいても、結局は一人だった。キセトはこの四年をそう振り返る。立場も似ていて過ごした時間は同じはずで。そんな連夜と一緒なら一人から二人になれると思った四年前。

 あの時期待したように、また今日も明日に期待してみようとキセトは考える。また気づかないうちに時間が過ぎ、気づかないうちに一人で過ごしているのだろう。もしかしたら一人のまま死んでいるかもしれない。

 連夜には自己犠牲とばかり言われるキセトだが、幸せを願わないわけではないのだ。世界に同種として存在する人間と、共に過ごしてみたい。人間と共に。一人と多数ではなく、一緒に。


 「一人は、つらいな」


 「今まで一人だったからな。よくいままで持ったもんだ。一人でも自分を保てる。それがお前が人間らしくないとこなんだろうさ。頼ってみろ。オレとかオレとかオレに」


 「…あぁ。明日はよろしくな、連夜」


 「おう、任せとけ。お前もしっかり戦えよ!」


 「あぁ、もちろんだ」


 また、水といちごみるくで乾杯をして、互いが互いの変化と不変を思う。


 連夜。

 初めて会った時から、自分と渡り合えるほどの強者を探してた。受け継いだ力を振るうだけで全てに勝ってしまうからこそ、工夫しないと勝てない相手。努力しないと勝てない相手を求めていた。そして自分が強いのではなく、周りが弱いといつもいつもいう。弱い奴を弱いと言って何が悪い、とも。そのあたりも俺とはかみ合わず、最初のほうが言い合いばかりした。

 ただ、連夜が変わったのは事実。

 弱いというだけで全てを嫌っていたはずなのに、弱者であろうとも自分と渡り合えるかを基準にしだした。力ではなく心を思っていくようになったよな。俺が理解できなかった人の心を、お前はお前の付き合いの基準にしていった。その時に気づくべきだったかもしれない。お前は人間として、人間の世界で生きていく存在だと。


 キセト、ねぇ。

 初めて会ったときは、オレに負け劣らずの戦闘狂かと思いきや、人を傷つけるのは嫌いなんてほざくから、なんだこいつと思ったなぁ。相変わらず、馬鹿強いくせに戦いは嫌いだとかほざくし、バトルフェスティバルでも本当に戦いやしねぇ。

 どちらかというと、せっかく持って生まれてきた力も捨てれるなら捨てるだろうし、その力を殺してくれる相手を探してる。つくづくオレとは逆なんだよなぁ。

 でもお前も変わらないってわけじゃないだろ。

 四年前よりは表情の変化も、声の変化も増えた。ギルド隊員ならあれが笑顔あれが不機嫌な顔って分かるぐらいはっきりしだしたじゃねーか。

 お前が分からない分からないって言う心を、おまえ自身が持ち出してるじゃねーか。オレはそれが心なのか、それとも人間にはありもしない何かなのか知りたくて、比べる対象として人間の心を知ろうと思ったんだぜ?お前が勝手においていかれたって思ってるだけで、オレは置いていったつもりなんてねーよ。

 お前は、お前がいうほど化物じゃないさ。いつだって人間はお前を同属として受けれ居てくれるに決まってる。お前が素直に笑えば、今すぐにだって。


 「…明日、終わらせて、また始めよう。親に、血に縛られるのは明日までだ」


 「心とかいうもので、人とつながりたいものだな」


 そうだな、と頷きかけて連夜は自分以外のキセトの例外をもう一人思い出した。

 冗談一つでキセトが本気で怒り、思い出すだけで気持ち悪いほどデレる、キセトの彼女の存在をだ。


 「お前の彼女とかは?」


 「彼女は例外すぎてなんともいえない。亜里沙ありさに接する時の心は、俺のものでありながら俺の理解を超えている。あの時の心は別人の物だからな」


 「なんだそれ」


 「いいんだ、亜里沙との関係は。俺が彼女のことを愛している。それ以上はいらない。愛せれば、それでいい。それだけで彼女の関係は満足できる」


 連夜としてはまだまだ聞きたいことがある。だが満足そうにキセトが微笑んでいるのを見て、言葉を飲み込んだ。

 あの悲しそうな笑顔でもなく、ただただ満足そうに、幸せそうに笑うキセトなど久しぶりに見た。

 いつ頃からこんなふうに笑わなくなったっけ。あぁそうだ、鐫様が死んでからか。


 「なんかそれも訳ありか。大変だなーお前」


 「あんな理解不能な生物である人間と一緒にやっていこうとしてるお前ほどじゃないさ」


 「…そうだよなぁ。オレ、結構大変な道選んだんだよなー…」


 「影ながら応援しよう。だから俺と人間の橋渡しも頼むぞ」


 「任せろって」


 互いに思うことをいまだに口にできないまま、化物と呼ばれた青年同士。

 二人は水と甘ったるいジュースの乾杯を何度か繰り返した。乾杯したガラス同士の乾いた音が、まるで互いの心を伝える信号だとでもいうように、ただただ乾杯だけを繰り返しながら。





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