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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
バトルフェスティバル編
54/90

049

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 戦火せんかが目を覚まして一番に見た天井は、ナイトギルドの質素な私室のものではなく、実家、闘技とうぎ家にある真っ赤な私室のものだった。

 横を向いて、赤い部屋に青い人がいることに気づく。短いはねっ気の強い髪はよく知っている。戦火は無意識に喜んでいた。


 「…しげる


 「ん?んあぁ…っと。俺が寝ちゃってたか。おはよう、戦火」


 「おはようございます。ふふ、よだれ、出てますわよ」


 「うおぅ!?」


 顔を真っ赤に染めて驟雨しゅううは口元を袖口で拭う。そして恥ずかしさをごまかすように視線を泳がせていた。


 「あの…、しげるはどうなったのでしょう?」


 「茂?茂も実家で休養中。ちなみに準決勝が昨日のことな。茂は昨日のうちに起きたんだけど、一応安静にしてろってことで家からは出てないな。もしかしたら試合中の発言について説教喰らってるのかも。分家のこととかについてもあいつぶっちゃけてたし?自分のせいで分家で腐らせる才能がある、ってこと。あれは結構問題に取り上げられてる」


 「そうですか……」


 うん、と軽い返事。驟雨は立ち上がって扉に近づいていき、扉のすぐ外で控えていたメイドに戦火が起きたことを知らせておいた。これでこの家の主である柳鬼の下にもすぐに伝わるだろう。

 くるりと戦火のほうを振り向くと、なんと戦火が違う服装に着替え終わっているではないか。


 「う、後ろで堂々着替えるな!」


 「ラッキーエロですわね」


 「なんか違う気がする!?」


 「違いません」


 早着替えはギルドで身につけた技術だ。静葉しずはにすると早着替えなんてものではなく当然のスピードらしいが、貴族出身の戦火からすれば十分早い。


 「滋、私は出かけますわ。茂のところへ参りますけれど…、ご一緒なさいますか?」


 「もちろん!…ってそのために着替えたのか?哀歌茂あいかもに行くならそんなかしこまった服じゃなくても、もっとラフなものでもいいだろ?」


 「驟雨様の隣を歩きますのにこれ以上崩した服装は笑われますわ。ここは第一層です。哀歌茂本家と貴族しか存在しない空間ですので…。第一層を歩く限り、私は貴族の闘技戦火ですから」


 外を歩ければ人目を集める。だがその視線に混じるのは蔑みだ。

 羅沙らすな驟雨は、皇位継承権第一位で、しかもその継承権を争う相手はいない。現在ですら姉と羅沙皇帝の権限を分割しているのだ。羅沙で皇帝の次に敵に回してはいけない、はずだった。

 だが、羅沙明津あくつが現れた。皇位継承権?何をいいだすんだ、明津様が皇帝にならないという選択肢がおかしいだろ。第二子の娘や息子が継ぐなんておかしい。羅沙明津という第一子の第一子が現れたのだから。

 第一層は貴族の住まい。そのような事情には敏い。今や羅沙驟雨は切り捨てられることが決定した飾りでしかない。そしてその第一婚約者である闘技戦火も、また切り捨てられるかわいそうな"脱落者"だ。


 「あら?戦火様ではありませんか。お久しぶりですこと。覚えていただいておりますか?日笠ひがさでございます」


 馬鹿にするような声。しばらく第一層から姿を消した戦火への嫌味も込められている。

 相手は日笠ほのか。一代で伸びた闘技家とは違い、二代前の皇帝である羅沙将敬まさのりの正妻を出した古くからある家の長女。そして、驟雨の第一婚約者の座を取れなかったことで、闘技家もしくは戦火を強く恨んでいる人物でもある。


 「仄さんでしょう?もちろん覚えておりますわ。驟雨様の第二婚約者。私の家族になるお方ですもの」


 第一婚約者、第二、第三まではそのまま皇后、側室、側室に上がるのが典型的パターンだ。特に、来年に成人の儀を控え、次の皇帝の座が決定していた驟雨の場合、それは絶対となっていただろう。

 だが、日笠はあきれたとばかりに鼻で笑った。


 「家族など…。わたくしが驟雨様の側室になろうとも、羅沙皇族になれるわけではございませんのよ?皇后にもなられるお方とは違いますの。二度と戦火様と家族になれるなど、希望を持たせないでくださいまし。…それに、お父様はどうやら婚約解除を考えておられるようですわ。闘技家でも検討されているのではありませんの?家の利益は消えましたでしょう?」


 「あら、日笠陽炎かげろう様ともあろうかたが早まった判断ですこと。明津様は城に戻られるつもりはありませんわよ?家の利益ばかり追って驟雨様と繋がる貴女は陽炎様のお人形ですの?それとも陽炎様もそのことに気づいていないと仰いますの?事実、明津様は帝都に姿を現しにはなりましたけれど、城には一歩も入っておりませんわ」


 新聞のことは嘘でたらめだと連夜が言っていた。戦火はただその言葉を信じるのみである。


 「何を仰っていますの、戦火様ともあろう方が。明津様がお帰りになられた今、驟雨様が皇位を継がれる可能性は零ですわ」


 驟雨本人を目の前にしてそれを口にするということは、日笠家は本気で驟雨を切り捨てたらしい。これは本当に婚約解除もあるかもしれない。

 立場を利用されているということぐらい、驟雨も理解している。だから今ここで驟雨が口を出すことはない。日笠の御付の人間もいる以上、驟雨の発言は公式的な物になる。戦火と日笠なら知り合いの貴族同士の戯れとでも言えるが、驟雨は貴族ではなく、皇族だ。その言葉の重さを戯れという言葉では拭えない。


 「私、仄さんと違いますの。愚かにも皇位に継がれるから驟雨様をお支えするつもりはありませんわ。驟雨様だからですの。皇位につかれないからというのは婚約を解除する理由にはなりませんわ。それと、そろそろ道を塞ぐのもやめてくださるとうれしいのですが。ぞろぞろとお連れを継げて煩わしいですわよ。御付なしでは何もできないのでしたら、御付が全員揃って日笠仄と名乗ったほうがらしくなるのではなくて?」


 「なっ!?」


 何もいえない驟雨の前で好き勝手言ったこと、後悔させよう。

 戦火の思いはそれだけだ。今まで無表情で聞いていた驟雨まで驚いた表情で戦火を見ている。戦火は驟雨に安心させる笑顔を、日笠に思わず縮こまってしまう笑顔を向ける。


 「私は私の目の前で驟雨様を馬鹿にしたこと、許しませんわ。私が手に入れるすべてで仕返ししますから。それではごきげんよう。仄さんの元気な姿を見ることができるのはこれで最後ですわね」


 「お、脅しのつもりですの!?」


 「脅しではなくて、事実ですわ」


 日笠だろうが、日笠に並ぶ旧家神林かんばやしだろうが、闘技以上の上流貴族だろうが、つぶしてやろう。権力とかそんなものに頼らない。燃やし尽くすのでもいいかもしれない。怒りと恐怖で固まっている日笠の隣を通り過ぎて、歩いて哀歌茂区へ向かう。

 第一層の一割程度が哀歌茂区だ。本家だけの住まいとは言うが、仕事上多くの人物が出入りしている。戦火と驟雨が門をくぐるのはお馴染みの光景でもあった。


 「哀歌茂茂にお取次ぎをお願いいたします」


 「闘技戦火様、羅沙驟雨様でございますね。坊ちゃまからお二人でしたらすぐにお通しするように言い付かっております。どうぞ、お通りください」


 門が開く。母屋までの道のりは案内なしでも分かるが、他人の家だ。遅い歩みの道案内に従って歩く。茂の私室は遠い。


 「坊ちゃま。闘技せ――


 「いれて!」


 茂らしくないヒステリックな声が扉の向こうからすした。案内人は少し戸惑ったように見せたが、扉を開けて二人を部屋の中に入れる。

 中にいた茂はベッドから出ておらず、上半身を起こした姿だ。

 それだけなら、戦火だってすぐに駆け寄れただろう。

 驟雨はすぐさま駆け寄った。躊躇なく肩などに触れて、その傷の深さを確認する。その体には、軽い火傷に混じる、赤い線を描く刀傷が刻まれていた。


 「茂、おまえ、その傷、準決勝のやつじゃないよな?明らかな刀傷じゃねーか!ちゃんと治療したのか!?おいおい、顔までザックリいってるじゃねーか!誰にやられたんだよ!」


 驟雨が茂の頬の傷に触れようとしたが、それは茂にとめられた。もしかしたら肩を触れたときも痛かったのかもしれない。驟雨はおとなしく、自らの手を引っ込める。そして、小さく謝罪した。

 痛かった、と茂は素直にいい、驟雨の謝罪一つでそれは許す。お調子者の驟雨と冷静な茂の、いつもの光景だ。


 「家出て、すぐ。顔は見てない。それで家から出ないように、って父さんが。哀歌茂が大層な護衛つけるわけにもいかないでしょ?だから二人が来るってことを信じて待っちゃった。ごめんな?」


 「バーカ。そんなんいいんだよ。それより、家で出てすぐって…、一層ってことだろ?」


 つまり、貴族か、哀歌茂本家に仕える誰か。哀歌茂の中に犯人がいれば哀歌茂邸といえども安全ではないだろう。

 茂は上半身裸。治療痕も見られるが痕の残りそうな傷も何個もある。顔も、そうだった。なにより、戦火や驟雨が相手だというのに、体には不自然な力が入っている。


 「茂がどうして……」


 やっと状況を飲み込み、処理を終えた戦火が口を開く。

 しずくと一対一を行った戦火も相当な傷を負ったが、なぜか急所という急所は避けてあった。見た目ほどの傷ではない。

 だが、この茂の傷は逆だろう。急所を狙った様子はないけれど、無差別に容赦なく、見た目以上の痛みがあるはず。


 「わかんない、って言いたいけど予想はできるよ。ぼくを襲った奴ら、どうやら根っこからの明津様信教徒みたいだった。羅沙国民同士の殺しは明津様信教は禁じてる。ぼくのことを殺すな殺すなって繰り返してた。それに、『明津様の名の下に』って言葉。子ども殺しした親がさ、無罪になったじゃん?その時、裁判後の映像で同じ言葉言ってた」


 「『明津様を知らない我が子が成人するのが許せなかった』っていう、一連の殺人だよな?あれは確かに明津様信教徒独特の事件だったもんな。同じ言葉を選んだってことは、その可能性が高いのか…。つまり、茂を襲った理由も、明津様がらみなんだろうな。戦火も一人で歩かせなくてよかった。家出たとこですぐ日笠仄に会ったし。日笠家は代表的な明津様信教徒だからな」


 日笠一人についていた多すぎる御付。もしかしたら、そのためにそろえたのかもしれない。隣に驟雨がいて、いくら明津の名の影に隠れようが皇族に傷つけることは恐れ、中止したのかもしれない。

 驟雨が苦笑する。どうやら横にいるだけでも戦火を守れたらしい。


 「この傷、きれーさっぱり治してやろうか?俺だって薄くなってるけどちゃんと皇族の魔力継いでる!コレぐらいの傷、治せるぜ!」


 「それって傷が驟雨に移るってことだろ?断るよ」


 「そっか。せめて顔だけでもしっかり治せよ!残りそうだからな」


 「ん」


 茂が自分の頬の傷に触れて顔をしかめる。

 哀歌茂組合の未来の組長の顔に刀傷の後があるとなると、見た目が悪いだろうか。キセトが右目の傷痕を前髪で隠しているようにサイドだけ伸ばしたほうがいいだろうか。


 「はぁ…、ぼくなんて髪伸ばせばいいけど。戦火はダメだよ?傷があるないだけで大きく違うんだから。驟雨の隣で公の場にもたくさん出るだろうしね」


 「分かってるよ。しばらく戦火の送り迎えは俺がする」


 「わかった、戦火についてて。こっちは傷が治ったら大丈夫。二人の顔見たら元気になった」


 「そうだといいけど」


 体はまた強張っているようだが、声にあったヒステリックさは消えている。傷のよしあしはともかく、精神的には落ち着いたらしい。

 驟雨と茂が普通に話しているのを聞いて、やっと戦火も茂に近づいていく。


 「そういえばなんでぼくの家来たの?信じといてあれだけど、来る用事なんてないでしょ」


 「あーそのこ――


 「ぼ、坊ちゃまーー!」


 「ん?牧野まきのさんだ。ちょっと待ってて」


 「お、おう……」


 出鼻を挫かれた。軽い足取りで部屋を出て行った茂を見送って、おとなしく待つ。だが、中々茂が帰ってこない。なにやら中庭で騒ぎが起こっているらしい。


 「ちょっと覗いて見るか。戦火こっちきてみろよ、中庭が一望だぜ」


 「相変わらず簡素なお庭ですわね…。あら?あれ…明津様?」


 「えっ!?どこ?」


 「あの、噴水の近くですわ。明津様と、葉脈ようみゃく様と茂?もめているようですわね」


 「たっくもー。明津様って奴はどれだけ騒ぎが好きなんだよ!俺たちも行くぞ!」


 「はい!」




 「牧野さん、どうしたの?」


 「だんな様が…、明津様を…。あぁ口にするのも恐ろしいです!」


 「明津様ぁ!?なんで明津様がここにいるんだよ!」


 「兄さんを訪ねてきたんだよ!」


 突然後ろからした声に振り向くと、懐かしい顔が二つ並んでいた。茂がギルドに寝泊りするようになってから一切見なくなっていた弟と妹だ。避けていたと思ったのだが、今は避けられないぐらいのことが起きているのか。

 泣き崩れる牧野を片手で諌めながら、視線は師管に向ける。一つ下の弟はその視線を真っ向から受けた。


 「明津様が、ぼくを?どのような用件か仰った?」


 「さぁ?父さんが接客してたから」


 「なんでこんな騒ぎになってるの?」


 「父さんが急に明津様を殴ったんだよ!会話はよく聞こえなかったけど、応接間から中庭まで引きずり出して、今帰れとか叫んでた」


 慰められていた牧野がさらに泣き声を強めた。

 なるほど、組長で家長でもある葉脈があの羅沙明津を殴ったとあれば、それは哀歌茂の大失態だ。哀歌茂本家勤めである牧野が号泣してもおかしくはない。


 「ぼくに用事だったんだね?ならぼくが出ればいい。父さんも手を出すなんて。歳なのかな?短気だよ」


 「兄さんが出ててっも邪魔だろ!?父さんと明津様のやり取りに子どもの兄さんが付いていけるのかよ!」


 「師管。勘違いしてないか。付いていけなくても明津様は用件としてぼくを指名した。ぼくはなら出るしかないだろう。子どもも大人も関係ない!哀歌茂の名に懸けて、指名されたらやり取りに応じる!ぼくはその心積もりで"次期哀歌茂組合組長"を名乗る!その覚悟がないなら生半可に座を狙うな!今すぐにでも家を継げるつもりじゃないとダメだ!子どもという肩書きは、哀歌茂本家という肩書きの前では無意味だ!」


 「………」


 「牧野さんを頼む。従業員のケアだって必要なスキルだ。頼むよ、師管はぼくを次期組長の座から引きずりおろすんだろ?それぐらい、できるよな?」


 「…わかった」


 「ありがとう。牧野さん、それじゃぼくは対応してくるから。落ち着いてね」


 牧野が無言で顔を何度も上下に振る。師管も黙って牧野のケアに当たる。導管も師管に従った。

 この場にいる全員が、茂のこの一面には逆らえない。家の中で見せる茂の顔だ。ギルドの中では中々出ない、"次期組長"の。


 「父さん、明津様。遅れて申し訳ありません。ぼくに御用とお聞きしました」


 「茂…」


 一発触発という空気の中、茂の声がやけに大きく聞こえた。周りを取り囲んで二人を抑える機会を伺っていた使用人たちも、茂の声を聞いて安心した。

 まず葉脈の臨戦態勢がすぐさま解かれた。そして周りを落ち着いて見て、自分のしたことを頭の中で処理しているらしい。自分に対する呆れがすぐに表現された。


 「はぁ…、こちらも少し熱くなりすぎたようだね。非礼は詫びるよ。城にまた出向こう」


 「あっ…葉脈…。その、俺は今城住まいじゃない。それに謝らなくていい。俺の言葉が悪かった。それに、お前の言葉は何一つ間違ってない。俺が、悪い」


 「………」


 戸惑いながらも明津の臨戦態勢も解かれる。やっと使用人たちがばらばらと持ち場に戻っていった。なぜか、葉脈は納得いかないそうに明津を見つめていたが。


 「茂、応接間は少々荒れてますから、西側の客間にご案内しましょう。牧野には悪いことをしました。案内は違う者にお願いします」


 「ぼくが案内します」


 「ではそうしてください。こちらはお帰りになるまでに頭を冷やしますから」


 「はい。では明津様、こちらです」


 「おう」


 こうやって話す間にも応接間だって整えられているだろうに。

 そう思いながら、後ろを付いてくる明津と、前を進む父の間でどのような会話があったのか想像する。

 そういえば父は羅沙明津と同世代だ。自分が哀歌茂を継ぐか継がないかと言われた微妙な年齢な時、新聞等は最盛期の羅沙明津の姿があったはずだ。今までも、そして羅沙明津が帰ってきてからも、父が羅沙明津の話題に触れたことはなかった。仕事上、彼に関わることがあるときは冷めた反応を返していた。

 もしかして、父は羅沙明津が嫌いなのだろうか。

 茂の大好きな焔火キセトの父親でもある羅沙明津が嫌いなのだろうか。そう思うと茂は少し複雑である。


 「茂、何が…って」


 「明津様……」


 騒ぎがそこまで大きくなっていたのか、戦火と驟雨が部屋から降りてきていたらしい。茂の後ろのいる明津を見つけてあからさまに驟雨は警戒心をあらわにした。


 「ちょっとぼくに御用だって」


 大丈夫、と言外に込めて二人に知らせる。同時にもうちょっと部屋で待っていて欲しいと伝えたつもりだ。


 「いや、その二人なら一緒にいてくれていい。特に俺の甥っ子殿はな。すぐに公式発表することだから先に知らせて混乱は減らしたい。ま、立ち聞きされるのは避けたいから中に入ろう。哀歌茂の客間だ。盗聴対策は信頼できる」


 「えっ!?じゃ、じゃぁ、二人も中に入って」


 茂が三人を中に入れて、哀歌茂が誇る盗聴防止策を全て作動させる。面子だけで言えば羅沙城で行われる会議以上だ。

 大臣と同格ほどの地位と皇帝の権限半分を持つ驟雨。姉弟皇帝とまで呼ばれ、それは公認されている権限だ。公式発表することだというのなら、皇帝へ先に知らせる行為とも言える。

 そしていまや貴族を代表する闘技家の長女、戦火。皇族といえど貴族の意見を無視した法を出せない以上、貴族を代表するという言葉は重い。

 そして貴族でも皇族でもない一般人の代表とも言われる哀歌茂の次期組長。一般市民にカテゴリされておきながら第一層の住人であり、一般人で唯一登城許可が下りる一族だ。

 そして言わずもがな。羅沙明津である。地位も権利もない彼だが、羅沙の民が認める羅沙の神だ。


 「それで?何の話があるっての?」


 「滋!」


 態度の悪い友人に渇を飛ばして、茂もソファーに座った。

 この客間の、茂の私室より高級なソファーが茂は苦手だ。今回落ち着かないのは、そのせいにはできなそうだが。


 「言いたいことは山ほどあるが、まずお礼だ。第三試合…じゃなくて準決勝か?最後の最後でかばってもらったからな。おかげで俺も妻も軽い怪我で済んだ。ありがとう」


 「あ、いえ!あれは決勝で言い訳して欲しくないからですし!」


 「その通りですわ」


 「それでも、俺はともかく妻が軽傷で済んだんだ。うれしいことだよ。次は謝罪。俺がしたわけじゃないけど、信教徒なんだろ?その傷。あやうやにしようとした俺の態度が招いたことだ。申し訳なかった」


 「あ、謝らないでください!対応に困ります!」


 「俺は謝ってもらって当然だと思うけどナー。顔の傷とか残りそうジャンー」


 「滋!!」


 腰を半分ほど浮かせてもう一度渇を飛ばす。驟雨にひるんだ様子はない。

 だが、そのような様子すら、明津は羨ましそうな視線で見ていた。

 そういえば、過去の新聞の何を見ても、記録上の明津の活躍を見ても、個人の成果が記されるだで、彼が誰かと何かを成したことはない。実の父親である将敬とも、弟であったえるとも、協力したものを見たことがない。

 記録上、羅沙明津と協力した人物はいない。

 なら羅沙皇族である驟雨が茂や戦火と親しげにする姿は彼にどう写っているのだろう。


 「謝罪だって一言で終わると思ってないさ。だが今回は本題があるから手短になる。正式な謝罪が必要ならまた今度にしてくれ。

  それで本題だが。二日後の正午。すでに記者にも伝えてある時間だ。その時間に公式発表を行う。俺には何の権限もないから場所は第二層の中央広場だ。第一層以上の場所を使用するには許可が必要だしな」


 「公式発表…ということはあの方の名を明らかになさるのですか?」


 戦火の不安げな声に明津は違うよ、と笑顔で首を振る。

 二日後ということは決勝の前日だ。もしそんな時にキセトの名が明らかにされれば、決勝が荒れることは間違いない。

 違う、といわれて戦火と茂は安堵したが、次は、なら何を?という疑問が考えを占める。


 「息子の存在自身はもう公にしたんだ。いつまでも名前を非公開じゃ抗議される。それに準決勝で君たちが俺の息子が誰か分かっているような発言でかなり叩かれるだろうな。君たちが個人で知った情報だが、周りはそう思わない。俺が、"羅沙明津"が、"闘技"と"哀歌茂"に特別に知らせたと思うだろう。そして君たち二人からは羅沙驟雨に繋がりやすい。現在の羅沙皇族への反逆心に繋がるかもしれない。特に闘技以外の貴族からな。

  だからいつ、名前を明らかにするのか、を明らかにする。俺がバトルフェスティバルで優勝したら、という発表の仕方をするつもりだ。俺が負けたら、もう俺から明らかにするつもりはないということになる」


 「キセトさんと連夜さんは勝ちますわ。それは自ら発表しないと言っているようなものです」


 「負ける気はない。君たちが実力差を分かっていても、俺たちに挑んできたように。

  そしてもう一つ公表することはある。俺は羅沙帝国政、または世界政治に今後一切関わるつもりはないということだ。皇帝なんてなるわけがないし、また、これからは羅沙明津とも名乗らない。一応使っていた名前はあるんだが、息子が先に名乗ってしまったからな。事実が明らかになるまではただの明津という名にする」


 日笠家は驟雨を切り捨てた。それは羅沙明津が政治に戻ってくることを前提とした選択だ。明津の決意が本物なら、古くからある日笠家は、貴族の地位争いの中で修正しようのない選択ミスをしたことになる。

 戦火と茂はただ驚いて黙っただけだが、驟雨は呆れて言葉も出なかったのだ。

 国政には関わらない。それすら政治や貴族の家柄の生存に関係してくると、分からないのだろうか。そんなこと、教えてやるほど驟雨は明津が好きではない。


 「……別にそれはどうでもいいけどよ?それをここだけに言うなら、それこそ特別に秘密を事前に知らせた、ってことになるんじゃねーの?」


 「城には東雲を通じてもう知らせてある。あと神林家、日笠家、闘技家と回ってきたところだ。羅沙軍にも東雲に教えたからもういいし、一応ギルドにはフィーバーギルドにこの後行く予定だよ。公表されるまえに噂で持ちきり程度にはなるだろうさ」


 「日笠にも、ねー…」


 その言葉だけで、驟雨にひれ伏して謝る日笠陽炎と仄の姿が想像できた。第二婚約者だったが、第三婚約者にしてそのまま婚約続行というのが一番いい手になるだろう。そうなると第二婚約者は前第三だった神林家の長女がそのまま繰り上がるだろう。

 そうなるとまた皇族に神林家のものが第二位として嫁ぐことになる。バランスとして違うものがいいのかもしれない。いや、皇后には闘技がいるのだから第二第三の差ぐらい誤差のうちか。今回の件を重く裁いたほうがいいのか。こればかりは驟雨が決めなければならないところだろう。

 それはわかっているのだが、余計なことを引き起こした明津に恨み事の一つや二つ言いたくなるものだ。 


 「一応、日笠にも神林にも言っといたけど、嫁に出すと羅沙皇族の中では浮く。俺の母親は俺に執着するあまり、お前の父親、つまり俺の弟の鐫に、呪いの儀式を実行させようとしたことがある。貴族として自分が生んだ跡継ぎが大切だったらしいけど、結局俺は跡を継がず、鐫が継いだ。東雲に聞いたところ、お前の母親も、実家に引きこもりっぱなしだそうじゃないか。嫁に出しても夫と関係を築けないなら、出さないほうがましだよ。嫌悪感しか湧かない」


 「……だから、なんだよ」


 「夫が、選ばないと守れないよ。嫁いだ貴族なんて、城の中では陸に上がった河童だ。そんな中、守ってやるなんて、本気で愛さないと無理だ。正妻も第二も第三も関係ない。誰であろうと守る気がないなら断れ。嫁じゃなくて、皇族と貴族として関係を築いてやれ。そのほうがいい」


 「俺が守る?」


 「あぁ。城の中で追い込まれた人が何をするかなんて分からない。プライドは高い人が多いからな。自分が夫からも、どの大臣からも相手にされず、消えそうになるのが許せないんだよ。さっき呪いって言ったな。それは、俺の母親は、俺の弟を殺して俺の病弱な体を治そうとしたんだ。追い詰められたあの人は、一人しかなれない跡継ぎだけに依存した。何を犠牲にしてもそれだけにすがった。自分が生んだ跡継ぎだ。それだけがあの人の支えだった。同じ自分が生んだ息子でも、次男というだけで、あの人には犠牲にできる供物にしか見えなかった。そんな人じゃなかったらしい。でも、城は、あの人を変えた」


 「………」


 「お前は、隣にいるその子をそんな風にしたいのか。代々羅沙皇族が重ねた過ちをお前は正してくれ。一人だけに絞れよ。その子が本気で大切なら、その子だけにしろ。日笠にも神林にも同じようなことを言っといた。特に俺の母親は日笠家だからだろうな、日笠家は苦しそうな顔で聞いてたよ。たぶん、お前が断っても分かってくれる。お前らの時代からでいい、正してくれ」


 驟雨が僅かに戦火を見た。彼女がそんな風に変貌するとは思えない。

 だが目の前の男の悲痛さも伝わった。彼が見た、本当にあった過去の出来事だということも疑う必要はないと思った。


 「なぁ、あんたは、好きな人守ってるのか?さっき嫁って言ってたよな?あのフードの人が嫁なのか?守ってるのか?羅沙から姿を消して、それでも一緒にいるあの人のこと、守ってるのか?」


 「守るというか、支えている。んで、支えてもらってる。互いに、互いが不可欠だと確信してる。狂わせは、しない」


 強い決意の声だった。戦火と茂には、キセトに対する態度が不満なことなのだが、驟雨には十分な強さだ。気に食わないことには気に食わないが、黙って驟雨は引き下がることにしたのである。明津の忠告の件も、どうせ考えなければならないことだとは思っていた。

 明津は誰も何も言わないことを確認して哀歌茂宅を後にした。


 その次の日からから戦火と茂はギルドに戻った。驟雨がギルドまで送る姿は異様とされ少しニュースで取り扱われたものの、翌日の騒ぎと比べると可愛いと評することができるだろう。

 戦火と茂がギルドに戻った翌日。羅沙明津は民の目の前で語ったのだから。





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