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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
バトルフェスティバル編
53/90

048

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 魔空間の廃墟エリア。

 隠れる場所も多く、さらに石レンガの隙間から生える草木に火をつければ戦火せんかの独壇場と化す。有利といえば有利だった。

 だが何通りもの作戦が存在するということは、経験の差が生まれやすい。作戦一つでも取り上げれば、実行したことがあるかどうかの経験によって出来がかなり違う。臨機応変はもちろん、思いつく作戦の量にも差がでるのではないだろうか。

 とりあえず、しげると戦火はすぐに行動できる広さはある物陰に身を隠していた。


 「えっと、戦いは戦火が指揮でいこう。ぼく初心者だし」


 「わかりましたわ。では私も、私の師匠である松本まつもとさんたちを見習うことにします」


 「それ負けちゃうんじゃない?」


 一回戦の松本姉妹対前川まえかわ兄弟の戦いは記憶に新しい。松本瑠砺花るれかの建物ごと凍らせた魔力量には驚かせられたが、結局奴隷云々がなくてもあの試合は負けは負けだ。


 「いいえ。勝つつもりさえあれば、勝てる方法ですわ。まず小さな廃墟を探しましょう。十数分で燃え尽きてしまう程度です」


 「んー、火種になる植物が絡まってるほうがいいよね?そうなるとなかなか無いよ」


 「いいえ、火種は最終的には茂に頼ります。いくら劣化したからといえ、哀歌茂あいかもの土の力を使えば植物ぐらい生やせるでしょう。そう思えば、哀歌茂と貴族ほど相性のいいペアも無いと思います」


 「そうかな?そうだとしたら嬉しいけど。でもなら何を優先すればいいの?小さい、というか殆ど壊れてる廃墟ばっかりだからすぐ燃えると思うよ」


 「では条件を一つつけましょう。これでかなり絞れるはずです。壁ができるだけ壊れていないもの、です。密封性といいましょうか、とりあえず風は入ってきますが、炎の熱は逃げない。その程度でお願いします」


 「…もしかして建物ごと焼くつもりなの?」


 「松本さんたちは、氷で責められました。結果としては、事故が起こり不発に終わりましたが、時間さえ稼げば勝てていたでしょう。勝つつもりがないとのことでしたから、単純に閉じ込めるつもりだったのかもしれませんわね、ご自身を」


 「自分たちが逃げれないように、ってこと?でもたしかに氷だからわかんなかっただけでアレが火だったら普通に危ないよね。火事とおんなじだ」


 「氷も十分に危ないですわよ」


 カメラにも見られていない、という戦火の言葉でマイクははずしていた。念のため、声を拾わないようにマイク部分を握り締めている。


 「聞いていい?」


 「何を、ですか?」


 「聞く、って言うか…、話すだね。似てると思わない?」


 誰と誰が、とは言わなかった。だが、戦火も同じことも思っていたのかそうですね、とだけ応える。


 「初戦の時、声が同じだって気づいたよ。でもまさか、血が繋がっているなんて思ってなかった。そもそも相手が誰かもわかっていなかった。それでも、あの人、キセトさんの名前出した時、何の反応もしなかったよ」


 『…そのキセト君はこういうこと言わないのか?』

 そのキセト君。なんだ、その言い方。他人行儀にもほどがあるだろう。


 「………茂」


 「何?」


 「茂は両親に愛されていると思いますか?」


 「思うよ。だって、忙しい仕事の合間を縫ってぼくとの時間を作ってくれる。ちょっとの時間でも会話してくれた」


 「私も…そうでした。貴族ですから、正妻、第二、第三夫人とたくさんのお母様方がいらっしゃいます。私は第二夫人の子供です。それでも、正妻の血を引かれるお兄様方と差別されたとは思っておりませんよ。むしろ一番愛されていたと思います」


 家を継いだ哀歌茂葉脈ようみゃくは、茂を跡継ぎではなく息子として育て、家を一代で育て上げた闘技とうぎ柳鬼りゅうきは、戦火を政治や出世の道具ではなく娘として育てた。

 跡継ぎとして長男に生まれながら、家の道具として長女に生まれながら、そのような待遇であっただけで、愛されていたと思うには十分じゃないだろうか。


 ならキセトは?

 不知火か羅沙の跡継ぎとして産んだのか。それとも愛する我が子として産んだのか。


 「キセトさんは、愛されていると思えないのでしょうね」


 「きっと、簡単な愛情表現でいいと思うけど。何か、難しいことあるんだろうね」


 たとえば、名前を呼んで一言謝る。ごめんな、の一言で全て終わるんじゃないのだろうか。入隊して間もない茂にすら分かる。キセトが、愛されていないことを寂しいと感じていても、決して恨んでいないということは。どんな一言でも、言葉にすれば誤解は解け、問題なんて消えてなくなるのではないだろうか。

 あれ、そういえば。焔火ほむらびキセトという人が、誰かを恨んだことがあるなんて聞いたことがない。誰かを愛せたように、誰かを恨むのだろうか。


 「さ、茂。出ましょう。向こうにも無駄に時間を与えるだけですわ」


 「う、うん」


 周りに敵がいないか、その確認に互いに逆方向から首を出して確かめようとした。が、敵の襲撃にみすみす首を差し出したような形となってしまっただけだ。


 「ひぎぃん!」


 「ちょっと茂!情けない声出さないでください!」


 すぐさま首を引っ込めた茂と、ここは思い切って影から全て体を出した戦火。その結果のよしあしは明らかで、茂は狭い物陰で敵の二撃目を待つ結果、戦火は自らに必要最低限の一撃目を防御という形で繰り出す結果となった。

 茂が初心者であることは明津あくつしずくも知っている。故に、"弱い"明津が茂を担当したのである。それは、茂にとって幸いなことで、防御態勢すらとらない茂に明津は追い討ちを放てなかったのである。


 「明津っ!甘い!」


 「いやいや、それでもこれはなぁ…」


 戦火が繰り出す槍も、それに付属している見えない刃も雫はさばききっている。とても四十過ぎた女性の動きとは思えない。しかも、それをこなした上で、明津に叱責を飛ばす実力があるということだ。

 対して茂と明津は。そもそも茂に明津を本気にさせる実力がない。雫の実力を示すために戦火の実力が必要だったように、明津が実力を示すためには茂の実力が必要になる。それが、茂にはない。よって、激化する女性陣の戦いに対して、これ以上情けなく、静かに始まった。


 「ほら、とりあえず剣抜けば?」


 明津は、自分はすでに抜いている自分の剣の先で、茂が帯びている剣を示す。それに茂は応えず、明津の脇を抜け、逃走を図った。


 「武器構えてない敵に攻撃するのは嫌いなんだけどなー」


 茂の後ろから聞こえる呑気な声。だが、その呑気な声と矛盾する闘気。

 明津は行動不能にさせるためアキレス腱を狙っていた。もちろんそれにともっなって視線も下に下がっていたのかもしれない。一対一ではないことを忘れ、背中を向ける敵を追いかけようとしていた。


 「明津、甘いって言ってるでしょう!」


 「う。と、っととっ!」


 いきなり茂と戦火の間に割り込んできた赤い影。姿勢が低い。明津の剣が、このままでは胴体を裂いてしまう。

 結果、殺すつもりなんてない明津は、体に無理を言わせ、剣を止めた。

 それが分かっていたのか、分かっていなかったのか。戦火からすれば隙だらけの明津に、一撃も入れず戦火も茂と同じ方向へ逃げ出す。


 「わるい。二対二だったんだ。忘れてた」


 「分かっているならいいわ」


 逃げる赤と緑を追いかけて、水色と黒は笑う。前を見るだけで、若者二人は何かを探していることはすぐに分かったからだ。


 「みごとに逃げてるな。罠にはまってやろうぜ。相手はかわいい子どもたちだ」


 「だから甘いと言っているでしょう?その甘さで負けたいならそれでもいいけれど、どうなの?負けたいの?」


 「いや、勝つ。余裕で勝つ」


 「……そう。いいわ、付いていくだけよ」


 「ありがとさん」


 しばらく追いかけて、前方を走る二人が建物に入った。なるほど、狭そうな家だ。戦いなれない初心者を連れて広い場所はやりにくいだろうに。

 明津たちも建物に入るため、己の武器の最終確認をする。そして互いに注意がないか、視線を交わす。


 「あの赤い子。強いわよ。私から逃げつつ、それでもあの緑の子を助けられるように動いてる」


 「まぁ、柳鬼の娘らしいからなぁ。頭いいぜ、たぶん。柳鬼に俺は戦略で勝ったことない」


 「明津が基準だとあまり参考にならないのだけれど」


 「ひで…。緑…しげるクン?は剣は、初心者かもなぁ。でもあれだ、赤の闘技ちゃんを信頼してるってのすごいぜ。俺の攻撃分かってても振り返りもしなかったわ。自分はひたすら逃げればいい。プライドとかも、信頼のために捨てれるタイプだ」


 「面倒ね…。パートナーの存在を決して忘れてない強者と、パートナーに自分を利用させることができる弱者」


 この建物で行う策。雫にも明津にもいくつも浮かぶ。だが、それに対する脱出策だって、同時に数個浮かぶのだ。罠にはまりに行くものの、負けるとは思えない。


 「行こうか」


 「えぇ」


 そういって軽い相槌で雫が建物に足を踏み入れた頃。

 すでに建物の上階へ来ていた二人は、仕込みを始めていた。


 「こんなのでいいの?一応植物は改造してみたけど。注文どおり炭にならず、適当に燃えやすくってところだよ?」


 「いいのですわ。それよりも気づかれないことを優先してください。と、いっても気づくと思いますが。隠そうとしていると思わせてください」


 「それでいいの?」


 「はい。私もできるだけ炎を一瞬で出せるよう、今から詠唱します。長い詠唱さえクリアすれば火柱の一本ぐらい出せるでしょう。その代わり、立ち上がりに落ち着いて詠唱できる環境を要求しますが」


 「わかった。ぼくの準備はあと待つだけだし、下に行って時間稼ぎでもしとく」


 返事の変わりに戦火が頷く。それを見届けて、茂は階段を下りた。

 先ほどは抜かなかった剣を最初から抜いておく。明津だけでも実力不足だったのに明津と雫に対して時間稼ぎができるかどうか。…するしかないのだけれど。

 階段を降りて、しばらく歩いてから、今度は場所を主張するように足音を立てて歩く。瑠莉花るりかでもないけれど、足音さえ聞こえればこちらへやってくるだろう。罠だと気づいても、建物内に入ってる時点で罠を避けるつもりがないことは分かっているのだから、結果的に寄ってくることは分かっていた。


 「みーっけ」


 分かっているからといって、初心者の茂は奇襲に反応できない。曲がり角は警戒していたが、まさか、天井に張り付いているとは思わなかった。


 「猿ですか?」


 「猿のほうがもっと身軽だと思うけどなぁ…」


 「っ…」


 真上からの衝撃を別方向へ逃がして免れる。もちろんすぐに追撃が来る。それを弾く。また追撃。また弾く。

 茂を鍛えてくれた元殺人鬼・時津ときつ静葉しずはは言った。鍛えてないとか女性だからだとか、理由がどうであれ力がないならすることは一つ。まともに受けるな。受け流せ。流れを変えろ。できるなら相手に返してやれ。それだけで君は負けない。

 もちろん、弾くなんて簡単にできることではない。一度弾くだけで、一度流すだけで、武器を握るのになれない茂の手はしびれ始めていた。


 「あと何撃だ?」


 「それを教えれば止めてくださるんですか?」


 「ははっ、そんなわけないだろ」


 「そうですよね」


 もう武器を握っているだけで限界だった。

 茂がちらっと窓の外を出る。窓など見れば分かるところに植物は這わせてないが、本来かかるはずのない影がかかっているのを見て時間であることを悟った。


 「なんだ?外が何か気になるのか?」


 そういいながら、明津は手首をひねる。それに応じて明津の剣が動き、茂の剣を弾き飛ばした。

 しまった?まさか、計算内だ。大丈夫。

 そう自分に言い聞かせて、茂は武器の回収を諦めてその場から逃げ出す。


 「あっ!?ちょっ!待て待て!ちょこまか逃げるな!」


 息を荒らしながら、茂は情報をまとめる。

 二人とも入ったはずなのに、不知火雫の姿がない。もしかして戦火の下に向かったのだろうか。そうだとすればヤバイ。でもどうしようもないので保留。

 自分は無力化されたということ。武器を回収する余裕なんてない。しかも武器を握りなおす握力も残っていない。これも報告するしかないので保留。

 これは天井に張り付くために軽量化しただけで近くにあるのかもしれないが、盾を持っていなかった。茂が知る羅沙らすな式王道剣術は盾の存在が前提だ。もし、明津が羅沙式王道剣術しか剣術を使えないのなら、明津は無力化されてるも同然である。もちろん、その無力な明津に茂は負けたのだが、それは置いておく。


 (でもやっぱり始めた時には盾持ってたんだから、近くに置いてたってのが、正しいんだろうな。天井張り付くためにちょっとでも軽くしたかったのかな…?)


 階段を駆け上がる。後ろから追う足音だって聞こえてる。茂は攻撃を受け流し、時間を稼いだだけ。もちろん、雫がそこに立っていてもおかしくはないと思っていたけれど。

 その光景に絶句した。


 「せ、んか……?」


 傷だらけだった。どうやら無抵抗を貫いていたらしい。

 なんで?なんでなんて、この場でぼくだけは知ってるだろうが。戦火は詠唱を続けたのだ。斬られても、傷つけられても。


 「駆け寄るなんて無意味です、茂。そこから移動して、明津様を中へご招待して差し上げてください。炎の宴会へ」


 傷だらけでもそれでも立ち上がる。その姿勢と態度は、貴族がお客様を宴会会場へ案内するそれそのものだ。

 誇り高く、美麗で、鮮やかな、姿。


 「そうだね。ようこそ、明津様」


 茂はその隣に立つものとして、恥ずかしくないように、精一杯礼儀を尽くした礼をした。

 その礼にあっけに取られたのか、明津の足取りは、まさにふらふらと現すに正しいだろう。とりあえずというように雫の下へ明津は歩み寄る。最愛の妻になんだこれ、と質問するかのように、視線をやったところで、茂は二人から視線をはずした。

 戦火に視線を移す。始めようか、と小さく声をかけた。戦火は微笑むだけだった。


 戦火の両手にいきなり現れた炎の玉。同時に窓という窓をふさぐ植物。階段という退路を断つ分厚いツタの塊。火の粉が、植物に触れた。瞬時、燃え上がる。

 火の玉は火になり、火は飛び散った。部屋は一瞬で紅蓮と化する。


 「あまり、静葉さんには見せたくありませんわね」


 あの人の過去を知った戦火はそういう。元殺人鬼と知って、それでも仲間としての静葉を想う。故郷を炎で焼かれた静葉に、炎が人を焼く光景はあまりうれしくないだろう。そんな気遣いを精一杯込めた戦火の言葉に、


 「違うって、分かってくれるよ。静葉さんだもん」


 茂は分かりきったことを答えた。

 炎は、明津と雫の退路を燃やし尽くす。一瞬だった。戦火と茂の退路も、同時に燃やし尽くす。一瞬だった。

 戦火と茂は互いに向き合い、互いの右手を包み込むように抱きしめ合う。茂が心内で驟雨しゅううが怒りませんようにと祈った。


 「パーティ-を途中で抜けられるのなら」と、茂。


 「どうかそのリング、置いていってくださいまし」と、戦火。


 勝負は、四人が焼け死ぬか、明津と雫がリングを取ってこの空間から逃げるか。いつのまにかその二択になっていた。


 「舐めてた…ってことか?」


 周りを囲む炎を見つめて明津が呟く。すぐに炎は建物を包み込んだ。植物の支えもあるのかなかなか崩れてこない。

 この意図的に作られた時間で降伏をうながす自信があるということだろう。


 「私たちの考えでは『彼女たちが自分たちのために作る逃げ道を利用すればいい』だったわ。閉じ込めようとしているのは分かっていたもの。彼女たちが逃げる時間で私たちも逃げ切れるという計算だった」


 だが、目の前の二人は逃げる素振りは見せない。それどころか勝てないのなら一緒に死ぬつもりらしい。


 「…まぁ、逃げようと思ったらまだ逃げれるけどよ。置いていくわけにも行かないだろうが。この子ら、置いていったら本当にそのまま焼け死ぬ覚悟だぞ」


 火傷を覚悟さえすれば植物の隙間を押し広げて通れるだろう。

 なにより明津には、一般の魔法の変わりに皇族の魔力があるのだから、炎の存在を消してしまえばいい話なのだが。


 「『皇族の魔力は万能ではない。羅沙皇族に受け継がれる力は存在力の吸収。自らに受け入れる覚悟が必要となる』ですわね。明津様に、私たちの死をも覚悟した炎を受け止める覚悟がありますの?」


 「まぁ心の問題だしできないとは言わないさ。炎の存在力を吸収したからって体が熱くなるわけでもねーし?でもそれだけじゃないだろ。この炎は俺への非難でもあるわけだ。『お前は何をしてるんだ』っていうな」


 そしてそれは明津にとって痛い言葉だ。息子探しといっておきながら、見つけた息子に何のアプローチもできていない。何をしているんだと聞かれても、何もできていないというしかないだろう。


 「明津。私たち、でしょう。この子達が責めているのは貴方個人ではなくて、あの子の両親という二人なんですから」


 横から雫が言葉を挟む。そうだな、と明津は同意を示し、悲しそうな笑みを浮かべた。自分たちが不甲斐無いのは自覚しているが、他人から改めて言われると心が痛い。


 「焼死体になったとしてもリングは渡しませんから。逃げるつもりもないなら、早めに決断してください。熱いですし」


 力ずくで来ないと思ったのか、戦火と茂は互いの体を離し、右腕をあらわにする。燃え盛る炎が傍にあることは変わりないので、茂はダラダラと汗を流していた。


 「おうおう、茂君は消極的だなぁ…。熱いってそっちが出した炎だろうに」


 「熱いものは熱いです」


 「てか結局最後には消しちゃうんじゃない?君たちの家での立場は大切だろ」


 遠まわしに二人の死ぬ覚悟を疑ってくる明津。だがその疑心で戦火と茂は思い出したとばかりに互いを見る。


 「そういえば茂。私はただ闘技家と皇族の関係が薄くなるだけですが、茂は死んではダメでしょう?跡継ぎなのですから」


 「えっ?あ、あぁ…。でも大丈夫だよ。ぼくには優秀な弟もいるし、弟が向かないってなら妹もいるし。それに実際ぼくのせいで分家で腐っていく人もたーくんさんいるし?ぼくが死んだら争いは起こるかもしれないけど、哀歌茂にとっていい人が跡を継ぐことになるさ。痛いところは、今まで顔として育てた分をやり直さないといけないところだけでしょ。戦火こそやばくないの?悲しむよ、驟雨様」


 「…悲しんで、下さるでしょうか」


 「ぼくは悲しむと思う」


 沈黙で返される。戦火は本当に驟雨が悲しむと思っていない。

 確かに一番有力な許婚かもしれないが、自分以外にも驟雨の許婚など存在する。驟雨が彼女たちを邪険にしているわけではないことも、戦火は知っている。悲しむかもしれないが、それは自分の知り合いに死が訪れたというだけの悲しみだろう。

 好きな人が死んでしまったという悲しみでは、ない。そう戦火は思うのだ。


 「悲しむよ、国政が傾くほどに。今は明日あす様が皇帝だけれど、でもやっぱり驟雨様が政治に関係してないって言ったら嘘になるじゃないか。驟雨様が担当していた部分が動かなくなるぐらい、驟雨様は落ち込むよ。自覚してないの?驟雨様は戦火が大好きだ」


 「そうかもしれませんわね。ですけれど、驟雨様は立派なお方ですわ。私ごときの死の悲しみぐらい、お一人で立ち直られることでしょう。悲しませてしまいますのは私の非ですけれど、このわがままを私の愛の証明といたしましょう。わがままをぶつけることができる。信頼している。そのような証拠に」


 一方的な愛でも、あの方は受けれいてくださる。

 そんな戦火の声が聞こえて、茂はため息を漏らす。何も分かっちゃいないとも思う。驟雨だって戦火が大好きなのに。


 「互いに問題はありませんわね」


 「まぁないことにしとく?じゃ互いにここで焼け死ぬかもしれないから遺言でも残す?」


 冗談で放った言葉だが、戦火は真剣に考え出した。茂には頭の中を覗いているかのように考えていることが分かる。戦火は、観客席にいる驟雨に対して一言でも残すなら、どのような言葉にすべきか悩んでいるはずだ。親でも兄弟でもなく、ただ一人愛した人へ。

 あぁ…、そのただ一人になりたいって思ったのは何年前からだっけ。

 砂混じりの埃を踏む音がした。戦火は考えに集中しているのか瞳を閉じている。茂だけが、敵のほうへ向き直った。少々怒っているようにも見える。


 「簡単に死ぬことを覚悟するんだな。今の会話に出なかったけれど両親がどれほど悲しむと思うんだよ。柳鬼も葉脈も、お前らを大切にしてるんだろ?」


 「大切にされてましたし、愛されてるとも思いましたよ。たしかに命を投げ出す行為は両親を裏切るのかもしれません」


 茂の言葉は戦火が受け継ぐ。貴方に何が分かる、と戦火は視線だけで明津に疑問をたたきつけた。


 「それでも、子どもを愛していない貴方だけには言われたくありませんわね」


 「愛していない!?誰がそんなこと言ったっ!愛してるさ!とてもとても愛おしいさ!何を引き換えにしてもいいと思えるぐら――


 「それは嘘です!!何を引き換えにしても!?していないでしょう!!貴方があの人のために何を引き換えにしたというのですか!?私たちの大切な、大切なあの方のためにっ!あの方の人生ですか?あぁ、それなら十分引き換えにしたでしょうね。世界のため、国のため、両親のため、他人のためと言ってあの方は傷ついたばかり!あの方を守りたいっ!いいえ、あの方々を守りたい!それでも、そんなことできない…。私たちでは力不足ですから…。貴方は、貴方たちはあの方を守れるのに。何もしてこなかったではありませんか。何も、何もっ!!」


 「戦火」


 優しく戦火の肩に置かれる茂の手。

 わかってるよ、何もいわなくていい。

 しばらくの沈黙。そして首を振って茂の思いを否定する。

 いいえ。ここで勝てないとしても、伝えなければなりません。


 「何も…、何もできない。でも何の役にも立たないことは続けてきました。お傍にいるだけでも、お話するだけでも、援護するだけでも!何もできないですけれど、何でもないことは続けていきます。あの方に何かできる方を羨ましく思いながら…。貴方たちを羨ましく思いながら…」


 「………」


 明津は何も答えない。答えられない。

 自分がキセトに"なにかできる"なんて思っていなかった。

 戦火と茂が、ここで"なにが"明津たちにできるのか教えてくれるというのなら、黙って聞くしかない。自分では気づけなかったことなのだから。


 「あの方が目の前で苦しまれても、名を呼んでもらえるのは私たちではないのですわ。遠くにいる、貴方たちなのです。くやしい……。くやしいっ!!」


 炎の中で戦火が泣き崩れてく。映像はもう、その姿を映してはいない。強まる炎が画面いっぱいに広まっているだけで、他の誰かならともかく、赤い塊である戦火はその中にまぎれていた。声だけがマイクを通して会場に響き渡っている。

 そしてそれを最後に会場には、声すら届かなくなった。この後、何が話されたのか知るのは四人だけだ。


 しばらく戦火の泣き声が炎が唸る声に消され続けていた。

 茂が背中をさすり続け戦火の涙も何とか収まる。それを待っていたのか、泣き止んだ戦火の下に明津が屈む。ごめんな、とまず一番に謝罪された。

 戦火と茂は互いに顔を合わせ、もう一度明津を見る。苦しそうにするその顔は、戦火たちがよく知るキセトのものに似ている。


 「わかんないんだよ…。息子とか言っても、会ったことないんだぞ?会ったことないんだ…。俺は生まれたばっかりの姿をちらっと見ただけ、雫に限ってはその姿を見たことない。もちろん話したこともない。二十四年も経つんだ。もう、あいつは俺たちなしで十分独立してるじゃないか。いまさら俺たちの口から事実を明かして、それはあいつの生活を壊すんじゃないのか。会いに行って、それはあいつのためなのか?」


 キセトが赤子の時。キセトが生まれた日。目の前でキセトを失った。川に投げ捨てられたその体を、明津の手は掠ることすらなかった。自分が落ちてでも掴まなければ。そう思ったが、何人もの人間が自分の体を掴むのを感じた。

 赤子は落ちて、明津は落ちなかった。

 それ以来、いくら探してもすれ違いばかり。顔を合わせるどころか、声を聞くことも、誰からか話を聞くことすらなかった。

 本当に、親子なんてただの血のつながりで言えるだけで、中身として、心としては、何一つキセトと明津と雫は繋がっていない。


 「あの方は、優しい人です。ですが、どうも自分ばかり犠牲にしてしまいますね。誰かが止めて差し上げないと、いずれご自身でご自身を壊してしまわれることでしょう」


 「あの人、ぼくに言いました。『一人じゃないなら大丈夫だ』って。お願いですから、あの人を一人にしないでください。ギルドでいくら同じような人を集めても、あの人たちは、やっぱり寂しそうです」


 「急にどうしたんだよ…?」


 「『知らない』と仰るので教えて差し上げようと思っただけですわ。でも…時間もないようですわね」


 ガゴンッという音。植物に支えられてギリギリ保っていた建物が崩れ始めていた。見れば崩れているというレベルではない。すでに植物の有無に関わらず道という道も崩れて逃げることすら叶わない。


 「茂。私たちは死のうとも、この方たちを亡くすわけにはまいりません」


 「わかってるよ」


 そういって、戦火と茂は自分たちのリングを外した。

 決勝で正面切って戦わなければならない場は、キセトにとって逃げ場のない出会いの場所となる。この二人にそれを妨げる気は最初からない。もちろん、負けようと思っていたわけではないが、それでいいんだ、とどこか納得できる。


 「お、おい!いいのか!それ外したら…」


 「敗北は悔しいですけれど、納得できてしまうのですからね」


 「また戦ってもらえばいいじゃない。こんな熱いところ嫌なんだけど。炎止めて、戦火」


 「崩れる建物はどうにもなりませんけれどよろしいですか?」


 「炎だけでも止めようよ。熱いよ。酸欠なりそう。話すだけ話したしね」


 「そうですわね」


 戦火の手が小さく円を描く。それだけで嘘のように炎は消えた。炎は。


 「ちょ、ちょっと!?うおぉぉぉぉぉぉ!!!」


 戦火の頭上にも、茂の頭上にも、明津の頭上にも、雫の頭上にも、等しく瓦礫の雨が出来上がっている。笑っているのは赤と緑だけだった。



 **********

 


 『どうなったのでしょうか………』


 やけに不安げな審判の声が場内を満たす。魔空間へ飛べる装置の前では、一人が兵に身を抑えられ、二人がじっと許可が出るをの待っていた。抑えられているのが羅沙驟雨。抑える兵もどこか遠慮しがちである。

 待機しているのは哀歌茂葉脈と闘技柳鬼。こちらはさすが一族の長ともいうべきか、じっと自分を抑えているようだった。


 『ほ、炎が消えました!?中はどうなっているのでしょうか!』


 「戦火っ!しげ…る…?」


 驟雨の声から力が抜けていく。画面に映ったのは明津に支えられる、気を失った二人の姿だ。火傷は見えないが、瓦礫がなにかで付いただろう擦り傷が多く見られる。


 「二人の手にリングはありませんね」


 「あの子たちは負けただけでしょう?柳鬼様だって自分の娘の成長はうれしいはずです。あの明津様をここまで追い込めるようになったんですからね」


 「…そう見るべきなのですかね。それとも、私は明津様に対して武器を取った娘をしかるべきなのかもしれません。危ないことに変わりはありませんから」


 「そんなことより転送許可はっ!?勝敗が付いたのならもういいだろ!」


 冷めた父親二人に対して叫ぶ驟雨。兵が応えるよりも先に驟雨は四人がいる魔空間へと飛んだ。

 場所も分かっているので復活した画面に驟雨がすぐに現れる。


 「戦火!茂!!」


 ふらつく明津から戦火を受け取り、さらに茂を受け取る。二人を渡しきった明津はその場に崩れ落ちた。


 「あ、あんたのパートナーは?」


 「彼女は俺より強い。それに盾も渡してあるから自分で何とかしてるだろ。目立つのが嫌いな人なんだ」


 驟雨が瓦礫の山を見渡すと、盾の影に隠れるように瓦礫に座るフードの女性が見えた。どうみても気を失っている戦火や茂よりは軽症のようだ。驟雨の気のせいか、傷が瞬時に治っているようにも思える。

 遅れて魔空間に入ってきた医療班の大半が明津へ近寄る。どう考えても茂と戦火のほうが重症なのだが、羅沙軍公式の治療班が明津より誰かを優先させるはずがない。


 「…まぁ、そうだよな。戦火、茂、もうちょっと我慢してくれよ。外にさえ運んでもらったら俺の医者呼んだっていいんだからな。戦火…、絶対痕残さないからな。茂。お前、戦火が死んだら俺が悲しむって言ったけど、お前が死んでも俺は悲しいよ」


 運ぼうと思うのだが、さほど体格も変わらない人二人を運ぶのは無理だった。仕方が無いと運ぶのを諦め、驟雨は手の空いた治療班がこちらの存在を思い出すことを願って、その場に戦火と茂を下ろす。戦火のほうには自分の膝枕、茂には申し訳ないが手ごろな瓦礫を枕とする。今すぐ命がどうこうという怪我ではなさそうだ。


 「その子ら…、かばったんだよ、俺らを」


 「えっ!?かばった?なんで…」


 後ろからの突然の声よりも、その内容に驚いた。戦っていた相手をかばう理由なんてないはずだ。殺す炎を利用した同一人物の行動とは思えない。


 「リング外した後だったんだけどな。『決勝では負けると思います。その言い訳にされては困りますから』だとよ。おかげさまで俺達は軽症。ちゃんとお礼言わないとって思ったんだけどな。寝てるのか」


 茂を先に。そしてその後に戦火。

 明津は二人の頭を人撫でして、治療班に二人を見るようにだけ言い残すと、自分の意思で魔空間から姿を消した。驟雨が瓦礫の上にいたフードの姿を探したが、彼女もいつの間にか姿を消していた。


 こうして準決勝は終了したのだった。





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