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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
バトルフェスティバル編
52/90

047

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 試合には分からない程度にわざと負ける。

 そう決定し、しげるは安堵して朝を迎えたはずだった。


 「大変なことをしてくれましたよね、明津あくつ様も。あーあ、私、ものすっごくぶちのめしたくなってきましたわ」


 「余計なことはするなよ、貴族少女」


 連夜れんや晶哉しょうや戦火せんかと回って、新聞が茂に渡される。中身を読まずとも小見出しだけで内容を理解できた。

 食堂内にキセトの姿を探したが、茂が見える範囲には見つけることはできなかった。朝早いキセトのことなので、すでにこの新聞の内容を知っているのかもしれない。


 「でもコレは痛いわー。オレらがどーこーうんたらこーたら話してるうちに、あのおっさんはあのおっさんで動いたってわけだ。歳くっても賢者の一族、腐っても賢者の一族。全く、面倒なこって」


 茂がその手に持つ新聞。

 見出しはこうだ。


 『羅沙らすなに神が戻る』


 そして写真も載っている。一般人と同じような質素な服の上にマントを着ている写真。誰が?神が、だ。神の話題しか新聞には載っていない。

 試合中に限らずずっと取らなかったフードの姿は無く、そこには誰もが知る神――羅沙明津――の顔が載っていた。


 「見てみろよ。『昨日の試合後、ある記者にお姿をお見せになったのち、羅沙城にて帰国を宣言なさる』あぁこっちなんてもっと面白いぜ。『昨晩中に血液検査、魔力型検査をお受けになり、神であられることを証明なさる』」


 そんなことをしていた時間は無いはずなのだ。明津がこのラガジに居ることは間違いないだろうが、自身が明津であると証明する余裕はなかったはずなのである。

 つまりこの新聞は嘘でまかせでそのほとんどが構成されているということ。


 「何が面白いんだよ、何がっ!コレで表立って敵対するだけで罪になるってことだぞ!試合を成立させたらおしまいだ。お前は隊長として隊員である二人に棄権するように指示するところだろ!」


 比較的に朝が遅い者が多いナイトギルドは、朝刊によって引き起こされたこの騒ぎに乗り遅れた。

 帝都中が、否、羅沙中、さらには世界中がこの新聞の記事で騒ぎになっているに違いない。羅沙明津が羅沙に帰還したとなれば、今までギリギリのところで保たれていたバランスは崩れ去る。羅沙が圧倒的有利な立場として君臨し始めることになるだろう。

 もちろん、他国はそれを許さない。何かしらの対策を実行するだろう。

 そうやって、今ある平穏は崩れ去っていく。それだけは確かなのだ。


 「はっきり言って、羅沙明津が試合参加を表明してくれて助かった!世界の混乱がまだ羅沙で収まる。バトルフェスティバルが終わるまで時間稼ぎができる。その間にやれることをやるしかないだろ!」


 バトルフェスティバル参加者として帝都にいるだけなら一般人と変わりない。バトルフェスティバル終了後に帝都から去ってくれれば万々歳である。

 逆に終わった後も帝都に残り、政治等に関わってくるというのなら、それが問題となる。


 「そうですね。ですから私と茂は試合を成立させますわ。時間稼ぎなのでしょう?戦って、運悪く勝ってしまうかもしれませんわね、茂」


 「わー、うん、まぁ、無理だろうけどね」


 生返事を返して茂がタイミングを計らう。だがそもそも連夜が入る以上、タイミングを待ってしまう茂に口を挟むチャンスなんてないようにも思えた。

 もし勝つ気で戦うというのなら、茂には実力以前に約束が立ちはだかる。せめて戦火に約束の存在だけでも言わなければ。

 そんな茂の態度に全く気づかず、連夜は連夜で自分の疑問を素直に口に出すのだが。


 「どーも戦火はあのおっさんのことが気に食わないみたいだな。一応相手は羅沙皇族だぜ?貴族の思想を少なからず持つ戦火にしては珍しい」


 やる気しかないといえる状態の戦火に、牽制の意味も込めて連夜が尋ねるが、戦火はにっこりと笑って答えるだけだった。その姿に牽制された様子は露ほどにもない。


 「私、明津様よりキセトさんや連夜さんが大好きですから。そして私は忠誠を誓うのは羅沙皇帝でも羅沙皇族でもなく、羅沙驟雨しゅううという愛した人だけなのです。はっきり言って、貴族としての面子さえ守れる程度にしておけば、羅沙明津様への敬意など私には必要ないのですわ」


 と、強気に笑う戦火の隣で、会話が進むごとに縮こまり青ざめていく茂がいる。

 戦火が勝つ気を見せるたび、茂は初戦でフードの男、今羅沙明津だと明らかにされた相手と結んだ約束のことを言い出せない。


 「てか隣の魔空間でオレら試合だから、そっちで派手にどんぱちしてやろうか?羅沙明津の件もうやむやになっちまうぐらいグロいかんじで。そうすれば戦火たちだってやりやすいだろ」


 自分たちが非難を浴びることをなんとも思っていないらしい連夜は愉快そうに笑う。どうやら戦えることが随分楽しいらしい。バトルフェスティバルが始まってからというもの、連夜はご機嫌だった。

 だからなのか、戦火のお断りの返事にも優しく応えるのみである。


 「それはお断りしておきますわ。注目される中で、羅沙明津の記録上初めての敗北を飾りましょう。きっとそうすれば、この国だって変われるでしょうから。それに準決勝ですよ。二試合しかないというのに、視線誘導も限界があります」


 「まっ、それもそうか。ん?なんで茂はそんな青ざめてるんだよ、さすがに茂はびびったか?」


 それどころか、普段は全く気にしない隊員の顔色の変化にまで気づくほどだった。


 「えっ!?あ、い、いえ。その、えっと、実は、一回戦の時に約束してしまいまして。『ここで見逃してもらう代わりに、次に当たった時は無条件で負けを認める』っていう…。すごく戦火がやる気を出してたのでいい出せなくて」


 「茂は負ければいいですわ。私一人でも戦いますから。そうですわっ!キセトさんみたいに開始から終了まで近くの壁にもたれてかかっていればよろしいですわ!茂は約束をお守りなさい」


 戦火に悪気は無いのか、誇らしげに自分の案を提案してくる。茂の反応がいまいちなのが気に食わないのか、いつまでも自分が期待する反応を待っていた。

 茂も仕方が無く、自分の感想を素直に口にして伝える。


 「それ、男としてこの上なく情けないよね…」


 「あー、茂がキセトのこと情けないって言った」


 「違います!キセトさんはパートナーが峰本さんじゃないですか!ぼくのパートナーは戦火ですよ?同い年の女性ですよ!情けないじゃないですか…」


 言葉尻が小さくなり、その後も何かもごもごと呟いていたが、戦火は納得できないとばかりに頬を膨らませて反論した。


 「私は気にしませんわよ?約束は守るべきものでしょう?」


 「そうだけど…。せ、戦火もやめとかない?戦っても周りから責められるだけだよ?大会が終わるまで時間稼ぎ、なんて実際には必要ないじゃないか。どうせ決勝は四日後の予定なんだし。ぼくらの試合が四日以上続くわけないだろ」


 「そうですわね。時間稼ぎなんて口実にするつもりでした。私はあの人たちと戦いたいのです。責めたいのです。貶したいのです」


 「まっ、当日の朝に方針ぶれさせるわけにはいかねーだろ。茂も約束なんてしてませんーとか開き直ればいいんじゃね?とりあえず行くやつは準備しろー」


 連夜に無理矢理まとめられ、無言で戦火は立ち上がり、茂もそれに続くしかなかった。パートナーである戦火がやる気をだしているのに、茂が不参加になることによって不戦敗になることだけは、茂も気が進まないことだ。


 「ねぇ、戦火。一つだけ聞いとくけど、負ける気、無いんだよね?勝つんだよね?」


 「そのつもりですわ」


 「分かった。最初に時間頂戴。ちゃんと、約束は守れません、って言うよ」


 「…ありがとうございます、茂」


 「一緒に戦うよ、戦火」


 

 **********


 

 二つの魔空間には、すでにメンバーは揃っている。

 一つには連夜とキセトが名も知らぬ敵と、もう一つには戦火と茂が羅沙明津といまだフードをかぶったままの不知火しらぬいしずくと、向き合っていた。

 人々の関心はもっぱら羅沙明津VS貴族・哀歌茂あいかもで、今回ばかりは開始三十秒で勝利を収めるという少し噂にもなった峰本みねもと連夜など、ちら見もされていないほどだ。


 「お話があります。羅沙明津様」


 「ん?どうした素人少年。てか羅沙って…、まぁ新聞ぐらい見てくるか。羅沙だろうが明津だろうが、おっさんなんだしおっさんで構わないぜ?むしろ俺はおっさんと呼ばれたい」


 その外見はキセトと全く同じ、つまりは二十四・五程度だ。しかも殆どの中年代性は嫌う呼び名を好き好んでいるらしい。

 茂は無言で、理想の羅沙明津像とかなり違う目の前の男の言葉を無視した。


 「…例の約束のことなのですが」


 「約束?あぁでも参戦してるってことは反故ってことだろ?」


 「はい。ぼくは、戦います」


 「まっ、俺もそうだろうと思ってたしな。戦いたいと思っていたところなんだ。羅沙明津として、誰かと真剣に戦って、真剣に勝ったり負けたりしたいんだよ」


 その言葉に何か思いが込められていることは、戦火にも茂にも分かった。その思いが何か、ということは分からなかったけれど。


 『本日は準決勝ということでありまして、ここまで勝ち残った八名にはイヤホンマイクをつけてもらいます!』


 試合開始の合図までに、司会が説明を入れる。

 準決勝どうこうなどではなく、羅沙明津の声を一言でも多く聞きたいがための処置であることは分かった。それでもそれを口に出すものはいない。会場にいる殆どのものも同意であることが示されてる。


 「さて、イヤホンマイクもつけたことだし、面白おかしくおしゃべりでもしながらお話しようか。名前を聞いとくよ、哀歌茂君」


 「茂と申します。ぼく自身が、ぼく自身を哀歌茂茂だと思っています。初戦でもお尋ねしましたが、あなたは、あなたを誰だと思っているのですか?」


 羅沙明津なら、なぜ帝都から姿を消した。

 はたまた、羅沙明津ではないのなら、なぜここで姿を現した。

 茂は、殆ど関わったこともない明津に恨みすら込めて尋ねたのに、


 「ん?んー。難しいんだよ、それ。分かりやすい名前は羅沙明津だろうけど、自分でどう思っているか、といわれると、羅沙明津っていう名前は違うからなー。でも親からもらった名前は好きだからな。ただの明津ってことにしとくよ」


 かわすような返事が聞こえただけだった。

 茂は、本音を引き出せない自分が悔しく、静かに引いた。この男に、いや、目の前の夫婦に言いたいことがあるのは自分だけではない。ナイトギルド全員が、キセトの分かりにくい表情を読み取れる者たちが、キセトが親について語った時、寂しそうに笑ったのだと判断した部下たちが、ここに立ちたかったはずだ。

 託された。茂と、戦火に。

 後は戦火に任せようと、口が武器の茂にしては珍しく、素直に引き下がったのである。


 「横から申し訳ございません。闘技とうぎ戦火と申します者です。私からもお尋ねしたいことが一つございます」


 「このおっさんは心の広いおっさんだからな。一つでも二つでもどうぞ」


 「今、羅沙に帰った貴方様は、何をなさるおつもりなのですか?」


 「………ん。東雲しののめにも言ったけど、息子探しだよ、息子探し。それは以外の目的はない。いまさら羅沙に戻るつもりも無い。公にしたのは、どっかの記者さんに見られたから。変なこと勝手に書かれるぐらいならこっちで情報を制限できるようにしたほうがいいと思ったから。書かれたくないこともちらほらあったし」


 マイクの存在を気にしていない。外野がざわめく。息子の存在を隠すつもりはないらしい。

 なら、なおさら納得いかない。


 「存在は公にするのに会おうとはなさらない。理解できませんわ」


 マイクすら拾わない程度の呟き。その自分の呟きを音として聞いたとき、戦火は気づいた。

 キセトのあの寂しそうな笑顔は、誤解から生み出されているのではないだろうか。いや、今それが誤解かどうかすらも分からない。とにかくキセトは、自分は両親に愛されていないと思っているのではないだろうか。必要とされていないことと、愛されていないことは大きく違う。

 例え、必要にされていなくとも、愛されているのなら救われる気がするじゃないか。

 そう考えるだけで、この問題とは関係ないはずの戦火の胸まで締め付けられる思いだ。


 「それは言い訳です」


 「はぁ?」


 「息子探しなどは言い訳です!『自分たちは探している。だから悪くない。だから親としての責務を果たしている』そのような言い訳にしか聞こえません!」


 親だというなら、今すぐにでも駆け寄ってみせろ。親だというのなら、今すぐに、今すぐに駆け寄って、愛していると言ってみせろ。それすらできないくせに、あの人を息子だという権利なんて無い。

 ずっとそう思っていた。戦火も、茂も、ナイトギルド隊員全員が。

 でも、明津と雫は違った。この二人は、探していることで愛しているつもりだった。もちろん、その愛情は欠片もキセトには伝わっていない。


 「そのような言い訳で、傷つけた。許せません。茂、勝ちます。絶対に勝ちます!私は羅沙明津が大嫌いです!」


 茂にというより、マイクに、大衆に向かって戦火は叫ぶ。

 ナイトギルドの立場を悪くするかもしれない。それでも、

 闘技家の立場を悪くするかもしれない。それでも、

 哀歌茂家まで巻き込むかもしれない。それでも、

 羅沙驟雨まで悪く言われるかもしれない。それでも、

 それでも、目の前の夫婦が許せなかった。


 「戦火」


 茂の優しい声がする。その声だけで戦火には同意か不同意か分かる。それだけで十分だった。

 視線を送り、言葉にしなくていいと伝える。言葉にすれば、茂も言い逃れできなくなってしまう。戦火は他人を巻き込む決意をしたけれど、茂にそれを強要するつもりはない。

 これならまだ、止めようとしたと言い訳できるだろう。茂はそこにいればいい。安全なところから、危険地帯へ突っ込む戦火を見ていればいい。それが、戦火の思い。


 「戦火、ぼくもだよ。一緒に戦うんでしょう?置いていかないで。一人で危ないことしないで。君に想いは通じなくても、君を守るよ」


 「あらあら、茨の道ですわよ?」


 「茨?戦火の炎で一蹴だね」


 「ふふっ、そうですわね」


 軽口を叩き合って、それぞれ武器を構える。

 司会者はそれを待ってましたとばかりに、開始の合図を行った。



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