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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
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以上の点をご理解の上、お読みください
「明日の貴族少女と哀歌茂少年の試合、八百長とばれない程度に負けないとヤバイ」
突然の晶哉の言葉に、当人である戦火と茂だけではなく、食堂にいた隊員たちが集まってくる。
細かく言えば、初戦のときにフードの男――羅沙明津――に負けることを約束した茂は聞くふりをしていただけで、いつ戦火にそのことを切り出すべきか、機会を伺っていた。
そして戦火はなぜ負けなければならないのか、晶哉の説明を聞くことだけに意識を向けていてそんな茂の様子に気づいていない。
松本姉妹はそんな二人を見て密かに笑っていたし、在駆は晶哉が言い出したというだけで面白くないとでも言うように関心がないように見せかけていたし、静葉はそんなアークを見て楽しんでた。
そんな状態すべてを含んで、晶哉は説明を始める。
「というより本気で戦っても勝てないだろうな。哀歌茂少年が熟練した戦闘種だっていうなら別だが、今は素人に毛が生えた程度だろ?相手が誰か分かっているのか?歳をとったと言っても賢者の一族だぞ?羅沙皇族に、さらに加えて不知火本家だぞ?貴族が生まれ持つ炎の力や哀歌茂の土と一緒にするなよ?放置すれば朽ちてくれるような力じゃない。逆に気を抜けば力に支配されてしまうほどのものだ。そんな力と云十年も生きた奴だぞ?勝てるわけない」
「勝てないから負けろと仰るのですか?」
「実力差のこともあるが、たとえ勝てたとしてもおれは負けろという。理由はここが羅沙で相手が羅沙明津だということだ。この羅沙という国でこれからを考える以上、羅沙明津と敵対していいことは一つもない。いや、羅沙明津を嫌うなり敵対するのは自由だろうが、それを明津様信教徒に知られるととてもヤバイ。社会的に死んだも当然だ。敵に回してはいけないのは羅沙明津ではない。本当に敵に回してはいけないのは羅沙明津に入れ込み、さらには依存して当然と考えている野郎どもだ。そして殆どの羅沙帝国民がそうであることを考えたほうがいい。そうではない羅沙人のほうが珍しく、絶滅危惧種とも言える」
「確かに、羅沙の多くの人々がいまだ明津様に依存し、そのことを恥じもせず、むしろ誇りにしている状態は理解しています。ですが、やはり私たちのような明津様を知らない世代となると、明津様信教徒と名乗っていても、どこか信教心は薄いところがありますよ?新しい時代になろうとしている羅沙で、その考え方自体が昔を引きずっているのではないでしょうか?」
「このまま羅沙明津が羅沙に戻ることもないっていうならそれでよかった。明津様信教を古いといって一蹴し、新しい時代、ここで言うなら新しい皇帝とでも言おうか。とりあえず羅沙明津を『昔』にして、『今』を生きることなんて簡単だったんだ。戻ってさえ来なければ」
「……私はあのフードの下を除いてフードの彼が誰であるか確認したわけではありません。あくまで連夜さんの発言を信じて、あの方を羅沙明津様と見なしているだけです。そしてそんな人はたくさんいます。連夜さんの言葉を聴くことすらできない人々は、誰があの明津様がこんな大会に参加していると考えるのでしょう?おそらく大勢の人が、明津様が帰ってくるときは天が光を放ち、その光の中に、まさしく世界は自分のものだと主張する神のように現れると信じています」
「そうだ。現状はその通りだ。しかし、後でもし公になったとき、危ないのはお前たちじゃない。このギルドを含めた、お前たちが関係する組織だ。それはギルドという組織であったり家柄という組織でもある。もし、次に戦うのが松本姉妹だというのならおれは口を出さない。このギルドの隊員がいまさら周りに非難されたところで仲間を責めるとは思っていない。おれが危惧しているのは貴族である闘技という家と、この羅沙で殆どの物資の流れをつかんでる哀歌茂という家だ。この二つが崩れたとなると羅沙も痛手を受ける。羅沙が崩れればすべての国でそれ相当の痛手を負う。すでに四つの国は争っているんじゃない。互いが互いに支えあっている」
それが明津たちの時代からの変化ではなく、明津や雫たちの親の世代、羅沙将敬、不知火鴉、|明日羅桜、葵覇師といった、ここにいる全員の両親が生まれてもいない時代からの変化であることは、意図的に晶哉は黙っておいた。
戦火も茂も、そして松本姉妹も蓮も、不知火出身であり最近ギルドに入ったばかりでまだ客観的に全員を見れる晶哉からすれば、羅沙の民独特の考えを持っている。皇帝や頭領の立場にあったものたちが、民に気づかれないように変えたことをむげに伝える必要もないと思ったのである。
人は知らないことは無視することができるが、知ってしまえば関わらずにはいられないのだ。
「晶哉君。聞いていて思ったのですが、相手が羅沙明津だとして、明日の試合までにその正体が公にならなかった場合、フードを試合中に剥いでしまうのはどうでしょう?相手が羅沙明津だと分かれば、観客の八百長を黙って見過ごすでしょう。まさか公式的な試合で羅沙明津が敗北したことを記録として残すわけにもいきません。ばらしてしまえばばれないように負けるという難しいこともしなくてすみます。ばらしてしまった瞬間に両手を挙げて負けを宣言したところで、羅沙人の感覚なら誰一人彼らを責めないでしょう?」
「それも考えたが、そうすると次の決勝が痛い。確実にキセトとあの馬鹿隊長は決勝へ進むだろう。羅沙明津と分かった状態で戦わせるのはいい案とは思わない。北の森の民二人対羅沙明津とその妻もしくは恋人と思われる女性。観客どころじゃない、国中の非難がキセトと馬鹿隊長に向かう。それを保護する方法は今のところ浮かばない」
「あぁ…、そういえば賢者の一族の化物に勝てる本物の『化物』でしたね、彼らは」
茂や戦火の試合を問題なく終わらせる策なら山のようにあるが、その後に続くキセトと連夜の戦いまで考えるとなかなか案が出なくなるのは二人ともということらしく、しばらく沈黙の中で考えにふける。
それは晶哉と在駆の二人だけではなく食堂にいる全員がそうしていた。
晶哉が今しているようにあの二人にわざと負けろと言うのもあるが、キセトはともかく、連夜はそれに従うようには思えなかった。そもそも、あまり目立たないように心がけてきたキセトを無視した形で連夜はこの大会に出場している。あの我侭な連夜が勝つためにでた大会でわざと負けてくれるとは誰も考えられないのだ。
「…隊長たちがこの大会に勝って何がしたいかによりますね。どこかで代用の効くようなことならここは引いてもらいましょう。もし代用が効かないようなことならば、ぼくたちは騒ぎの中心になる覚悟をしなければなりません」
その覚悟というものを具体的に想像できる者たちは心底嫌だというように想像できる者同士で視線を逸らし、想像できないものはどういうことなのだろうと想像できない者同士で視線を交わす。
このギルドには、羅沙明津云々ではなく、少し誕生のいきさつを話すだけで世界を変えることができる二人が揃っているのだ。いつ、このギルドを中心に騒ぎが起きても不思議ではないが、その騒ぎを起こす二人のうち片方が、ことをややこしくするのが好きと来ている。
もうすぐそこまで迫っている混乱した未来を想像して、数名が揃ってため息をついた。
「そういえば馬鹿隊長帰ってるんだよな?ここにはいないみたいだけど何してるんだ?」
気を取り直すというよりは、可能性が低くとも連夜を説得するつもりで晶哉が尋ねた。だが、誰も答えない。
純粋にギルドに入ったばかりの晶哉に親しみが無く話しかけられない純粋組と、晶哉を警戒してあまり晶哉に関わろうとしない警戒組と、警戒心を持っているといってもさすがに古い知人でもあるため晶哉自身にはわだかまりはないのだが、聞かれている内容的に話したくない在駆がいるのみだ。
やはりそうなると、必然的に晶哉は在駆を指名して尋ねているようなもので、視線も自然と在駆に向く。在駆は晶哉の視線が自分に向いたのを確認してから、数秒の間のあと、説明気味の言葉を晶哉に放つ。
「隊長は副隊長より説教という名の尋問を受けているはずです」
「なんだかよくわからないのだけど、レー君がキー君の彼女とデートしちゃったらしいのだよ~」
「え、まさか。あの人がキセト以外に興味持つはず無いだろ。持ったら持ったで世界が滅ぶ日だろ?」
「あの人」と晶哉が示すのはもちろん愛塚亜里沙のことだ。晶哉と同じように、キセトと亜里沙のラブラブっぷりを知っている在駆は、もちろんです、と呟く。だから冗談でしょうね。と続けられて、命知らずの冗談を放った連夜の無事を祈りだしていた。
だがそれはキセトと亜里沙の関係を知っている晶哉と在駆の間だけで通じる行為であり、松本姉妹を代表とするその他は、晶哉に質問攻めする体制に入っている。
「ショー様はキー様の彼女様知ってるのですぅ?」
「不知火側シャドウ隊出身者で知らない奴がいるなら感激するぞ。それを知って女はキセトの彼女からの、男はキセトからの嫉妬を避けるように行動しないと命が足りないからな。シャドウ隊に女自体が少なかったからキセトのほうだけ有名になったけど。『勘違いだろうが事実だろうが、嫉妬させたら命は無い』『頼むからこっちくるな』『仕事でも関わりたくない』それがキセトとその彼女の噂だ」
「まぁそういう人だろうとは思ってたけど、キセトの彼女って戦える人なんだー。シャドウ隊ってあれでしょ?羅沙軍とか明日羅軍とかみたいな組織なんでしょ?」
「そうですね、昔はそうでした。いろいろあって今は戦えません。隣に副隊長が並んで戦うというのなら話は別ですが、そのような状況でまだ戦意を失わない人がいるとは思えません」
「すごっ、あのキセトと並んで戦えるなんて連夜ぐらいだと思ってたわ!そんな強い女性なんて…、一回お会いしてみたいわね!」
強さを求める女性、時津静葉らしい反応なのだが、在駆の反応はあくまで冷めたものだった。
「時津さん。言っておきますが、並んで戦うというのは強さが同じということではありません。副隊長と相性がいいだけです。強さで言うなら常人が訓練して手に入れられる領域を抜けませんよ。言えば精神的な強さというものです」
「腕っ節も昔のレベルで比べるならそれなりだけどな…。今の話をするなら幻女のほうが強いだろ」
「はぁ?その幻女って私のこと?」
「蜃気楼からですかね。それと晶哉君が不愉快なのはいつものことです。時津さんもいちいち反応しないでください」
「うぅー」
静葉の唸る姿のどこにそんな要素があったのか、在駆が僅かに頬を赤く染める。そのせいだろうか、食堂に入ってきたキセトの存在に気づかずに話を進めてしまった。
「晶哉君の言ったことが嘘というわけでもありません。今は時津さんのほうが強いです。今の愛塚さんという人はただの弱い人です。自分で生きることが活動の限界でしょう」
「び、病気とか?」
「病気ではない。そして余計な話を進める必要も無い」
在駆の肩の上に置かれるキセトの手。在駆は振り返ることもできずに、今すぐ後ろにいるはずの存在の心を読もうと必死だった。もし、愛塚亜里沙に関わるこの話題で、不快にさせていれば命はないと思ったほうがいい。
在駆以外はすぐにキセトの表情を確認したが、そんなことせずとも怒りが込められているのはすぐにわかる。大体、自ら人への接触を好まないキセトが、いくら在駆とはいえ、自分から他人に触っている時点でいつもと違うことは分かる。
「二度とその口で亜里沙の名を口にするな。以上」
「はいっ!申し訳ありませんでした!」
在駆が立ち上がり、振り返り、そして頭を下げる。その動作を一瞬でこなし、キセトの気配が遠ざかるのを頭を下げたまま待つ。怒りが込められていたわりには、キセトはあっさりと自分の指定の席に移動した。
「亜里沙のことで知りたいことがあるのなら俺に聞けばいい。それか亜里沙本人に聞け。あぁ、ただし、俺の知らないところで亜里沙に接触することはやめて欲しいな。とても羨ましく、とても憎たらしいので、暴力を振るってしまうかもしれない」
当たり前だとばかりに、基本的に無害な存在であるキセトから暴力を振るかもしれないなんて言葉が出てきて、全員戸惑いながらも頷くしかない。
そもそも嫉妬ごときの感情で、あのキセトが、年中無表情で無愛想で、表情筋が死滅しているとまで言われているキセトが、羨ましいや憎たらしいなんて言葉を口にするとは。ギルド隊員ほどの近さにいてもキセトの感情表現に出会えるのは奇跡だというのに。
「亜里沙さんって、あの亜里沙さん?たった二十二歳にして『異世界の扉』のオーナだって言う。その亜里沙さん?愛塚亜里沙さん?なんでキセトと出会うの?」
普段から酒を飲み、「異世界の扉」という店に一種の憧れを抱く静葉から質問される。
次のキセトの動きを見て、全員が戸惑った。
それはそれは、締まりのない、緩みきった笑みで、まさしくのろけ話をするどこぞのチャラい男であるかのように、キセトは静葉を見つめ返してきたのだ。いや、ここでは静葉をというよりは、静葉の奥にキセトが勝手に見ている亜里沙の幻を、というべきかも知れない。
「その亜里沙だ。出会いはな、いろいろあってんだがやはり、俺の一目惚れが一番最初だな。最初の数ヶ月は俺が何度アタックしても、取り付く島もないというように断られていた。いやぁー、でもだな、諦めなければ道は開けるというものなのかもしれない。結局亜里沙にどのような心境の変化があったのかは分からないが、俺の思いは亜里沙に受け止められた。あれからすでに八年か。随分経ったものだ」
たったこれだけの短い返事に、殆どのものが胸焼けを感じていた。あまり色恋に慣れていない静葉や、キセトに一種の恋心を抱いている蓮からすれば砂糖の塊を無理矢理食べさせられたかのような甘ったるさがあった。
その原因など相談せずとも思考することすらせずとも分かる。
あのキセトがたった一人の女性に関わるだけで、ここまでのろけられるなんて。
その驚きが甘ったるさを増しているような気がした。
「レー君の軽い冗談だからそんなひどいことはされていないと思っていたのだけれど、私たちの思い違いだったのだよ。このキー君の前で、よりにもよってその亜里沙さんとデートだなんて、だなんてっ!レー君は自殺願望者だったのだよ!?」
小声で晶哉と在駆に囁く瑠砺花。晶哉と在駆は「健在だったのか、のろけ」と呆れをあらわにしている。
「甘ったるいですね、今ならコーヒーブラックでも甘く感じそうです。えっと、隊長が自殺願望者だったのかという問いにはそうかもしれないとしか答えられません。少なくとも亜里…彼女が副隊長と思いを交わす方ということを知っているのなら、副隊長のこの態度を知らないわけがありません。セットですし。むしろ副隊長のこの態度から露見することのほうが多いですから。なにせ、副隊長は尋ねられると、この通りのろけます」
在駆が、無礼にもキセトを指差すが、キセトはそんなことにも気づかず、相変わらずにやけるという表現がぴったりの笑顔のまま、自分の世界に行ってしまっているようだ。犠牲者として静葉と蓮がキセトの話相手となっている。
「あーひどい目あったわ」
「レー君っ!?死んでないっ!」
「死んでない、とはご挨拶だなー」
「生きていたのですか。さすがですね」
「さすが?え、それさすが?」
「とりあえず機嫌とっとけよ?止め刺されたくないならな」
「一応オレとキセトは友達なんだけど!?止めさされるのか、オレ!?」
なんだか不憫な待遇を受けている連夜だが、さすがにキセトが睨んできているのを感じて黙った。キセトの私室で受けた仕打ちは言葉にしたくない。連夜にとって数少ないトラウマの一つのなったのである。
珍しく連夜がおとなしいので、この機会にとばかりに在駆と晶哉が身を乗り出し、バトルフェスティバルのわざと負ける件について持ちかけてみたが、返事は予想していたものと寸分違わない返答だった。
「無理だわ」
「ですよね」
在駆の分かっていましたという思いが込められたテキトウな返事に連夜はなぜか切れた。いや切れたというよりは納得いかないから反論したというだけだろうが。
それでもやはり、寸分違わない返答には予想していたものにかすりもしない全く違う意味が込められていると、これだけで別れというほうが無理難題というものだろう。
「わかれよ」
なので、連夜のこの言葉に在駆、近くにいた晶哉、瑠砺花は首をかしげるばかりだ。
「あのな、今オレが断ったの、理由としてオレが嫌だからだけだと思ってないか?」
「違うのだよ?」
「違うに決まってるだろ。てか違わない可能性を考えてなかっただろ。決勝の駒は確実に、オレとキセト、そしてフード組になるだろう。そんなことはこのギルドにいるんだ、分かるだろ」
想像できるだろ、ではなく、分かるだろ。自分たちが勝ち進むことは前提らしい。
それが強気から出る言葉ではなく、自分の力がどのようなものか理解しているからこそ出る言葉だから、連夜は恐れられるのだ。
「んで、北の森の民といわれるオレたちと輝かしい神である羅沙明津。確かに評判とか気にするなら負けるべきだろう。負けるしかない。それぐらいは馬鹿のオレでも分かる。だけどそこで負けるんじゃ、目的が達成できない。嫌がるキセトつれてここまで勝ち進んだオレに利益が無い」
「ちなみに、副隊長はどのような利益をお望みなのでしょう?」
さりげなく、だが曖昧な返事は許さない空気をまとって在駆が問う。連夜はそんな細工を面白いと受け取り、分かりやすく答えてやることにした。
「ん?あーキセト風に言ったほうが分かりやすいだろうな。キセト風に言おう。『家族で堂々日の下の大通りを歩きたい』それだけだ」
連夜風に言えば、『理解しろ』という一言で終わってしまう。
賢者の一族という馬鹿げていて、さらに人間離れした化物がいて。さらにそんな賢者の一族の血を二種類受け継ぐ人間ですらない化物がいるということを。
理解しろ。受け止めなくていい。知れ。
それが連夜の望み。
だが口にしない望みより、口にした望みが叶えられやすいということは連夜にも分かっていた。
ここにいる隊員たちが反応するのは、口にしたキセトの願いに沿った疑問だけだ。
「家族って羅沙明津も不知火雫も弟である不知火イカイもかっ!?それは無理だろ。羅沙明津とか不知火雫のことが認められたとしてもあいつの弟は――」
「弟は、現在決して公の場には出てこなくなった不知火頭領、だろ?それぐらいはオレだって無口なキセトから聞き出してる。それも含めて、キセトは家族でそうありたいと願ってる」
これは連夜の装飾だ。実際のところ、キセトはこの願いを諦めた。
羅沙明津と不知火雫が目の前にいる。だが、その行動はキセトを必要としているようには見えない。二人は二人で完結しているように、誰にだってそう見える。そこに割ってはいるほど、キセトは自分という存在を正当化できない。
そしてキセトの弟である不知火イカイも、不知火という国で、キセトが逃げ出すしかなかった国で、頭領として多くの部下と共に成り立っている。
家族は、キセトが共にいたいと願ったキセトの家族は、キセトという長男を、兄を、必要にしているようには思えない。だからキセトは諦めた。必要とされていないから一方的に思いをはせるだけにした。共にいたいなんて願いははき捨てた。
だがそんなことも知らず、根っこは素直な晶哉は、今知ったキセトの願いについて、自分ができることを考える。連夜の言葉を疑う気も無いらしい。
個人の願いだというのに、世界を巻き込む願いだ。厳密に言うと世界の半分、羅沙と不知火を。
「それがキセトの願いだっていうならおれは協力するまでだけどよ…」
「おまえさー?キセトのことだと随分素直じゃね?」
「………」
「当然なんですよ、隊長。晶哉君は根っこからすればいいところの坊ちゃんなんですから。素直どころかなんの不自由も無い生活を送って、ひねくれることすらできないほど厳しい掟で縛られてましたからね。ひねくれようがないんです。今こう、ひん曲がった性格に見えるのは必死にそう見せているに過ぎません」
「頑張ってるのかー」
「頑張ってないっ!在駆先輩もテキトウなことを言うなっ!」
家柄で言えば晶哉はもちろん、在駆の家柄もいい勝負だ。
晶哉の出身である石家は、葵との国境を守る古くからの家であり、代々頭領専属護衛を選出してきた家だ。ここ最近の二代にわたってこそその伝統は破られたものの、年中戦争をしている不知火と葵の国境を守っている点において、不知火という国での発言力は強い。
そして石家はそれだけではない。賢者の一族である不知火本家の化物さを封じる術を操る一族でもある。対賢者の一族専門の戦闘特化集団でもあるのだ。
在駆の出身である楼家。これも伝統的な家で、代々不知火元老院の「炎楼席」を守る一族である。しかもこの元老院、席は三つしかない。楼家の炎楼席、石家の篠塚席、愛家の愛塚席である。不知火を支配する権利は、頭領が四割、元老院の家三つがそれぞれ二割持っていると言ってもいい。
「話を戻すっ!馬鹿隊長とキセトは負けるつもりがない!以上。もう余計なことは言わない!それでいいんだろう!?」
余計なことは言わない、とその言葉を最後にふてくされて黙り込む晶哉。古くから付き合いのあるキセトと在駆こそその姿に違和感を感じないが、その他はそうではない。特に静葉からすれば、素直な言葉は疑うべき偽りにしか聞こえないというぐらい、痛手を喰らった過去がある。狂っているとしか思えないことを実行されている。
晶哉の過去を知らない限り、信用などできるはずもなかった。