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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
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以上の点をご理解の上、お読みください
フード組に負けた当日のうちに前川兄弟のもとに勝敗確認届というものが送られてきた。
開くこともなく、その中に書かれた敗北を兄である前陽は受け入れていた。戦闘開始直後にリングを壊された弟である後陽はそうでもないようすだったが。
不戦勝または不戦敗のためと、もう一つこの勝敗確認届には意味がある。戦闘中に何らかの不正がなかったどうか、返信を利用して当人たちが大会管理者へ報告できるというものである。
後陽は必死にペンを躍らせ、文句を連ねているようであった。もちろん冷静にその姿をみる前陽にも、鹿島にも、その手紙を大会管理者へ届けるつもりはないが。
「それより鹿島、お前らしくないな。おれたちに滅多に言わない言葉まで使って油断するように仕向けるなんて。油断してなくとも負けただろうが、開始数秒の後陽の敗北はそれが全く関係しなかったとはいえないぞ」
「あぁ、『決勝までは大丈夫』って奴か。悪かった。そんなこと欠片も思っていなかった。むしろあのフード組は大会参加者の中でもヤバイ方に入ると思っていた」
「だろうな。おれたちには正しく便利な情報を安く早く売ってくれるって話だったよなぁ?」
兄と自分たちと協力体制にある情報屋の会話に、後陽はペンを止めて聞く態勢にはいる。もともと文を書くのは苦手なこともあり、意地で手紙を書いていたのでやめるにはいいきっかけである。
後陽も聞いていることを確認して、鹿島はちゃんと理由があった、と説明に入った。
「今日の試合、奇跡や偶然か重なってお前たちが勝ったとしよう。次に当たるのは哀歌茂茂と闘技戦火だぞ?大商業様様である哀歌茂の跡継ぎ様と、大貴族様様であり羅沙驟雨様の婚約者であられる闘技戦火様だぞ?実力はお前たちの圧勝だ。だがな?勝った瞬間お前たちは非難の的だ。実力とか関係なく、勝ってはいけない相手なんだよ」
「辞退すればいいだろ。戦ってしまえば勝つってなら戦わなければいい。不戦敗だ」
「お前たちがそんな性格だったとはぼくは知らなかった。お前たちは今口でどう言おうが、戦える相手には戦い、勝てる相手には勝つ。だから戦えるようになる前に負けて敗退して欲しかった。一回戦の相手はそれには実力不足だったから何も言わなかった。お前らに勝てるほどの実力は松本姉妹にはない。だがな、あのフード組はそうじゃない。油断でもさせておけばストレートに、すんなり、流れる水のように、負けてくれると思ったんだ」
「まぁ、負けたけどな」
「それでいい。ぼくにとっても前川兄弟が非難の的になるのは避けたい。なにしろ哀歌茂にやっと入れたんだ。分家では競争が激しいからな。そんな奴らと関係していたというだけで養子の話はなかったことになりかねないだろ?しかも本家の跡継ぎ様ぶっとばした奴と手を組んでいるなんて言い方されてみろ、ぼくは社会的に抹消される」
「考えすぎだろ…」
そうでもないんだよ、これが。と鹿島はあきれたように笑った。
前川兄弟がいまだ農業による収入が多かった頃、鹿島千陽は二人の前に姿を現した。その頃から鹿島は哀歌茂に入ることを夢としていたので、そんな友人のやっと叶った願いを邪魔する気はないが、最近慎重になりすぎて億手になっていると感じる。
「それに、この試合に負けた意味もまた同じような方法で説明できる。これは運がよかったとしか言いようがないが、試合が終わった後に、知り合いの記者から特別に教えてもらったんだ」
「はぁ?どういうことだよ」
「フード組の男のほう、羅沙明津様かも知れないそうだ。知り合いの記者がぼくの情報を買ってくれていてね?奴隷のことが起こる前に、注目しとけばいいネタになるだろうって言っといてあげたんだが、どうやら奴隷のことなどどうでもよくなるほどいいネタをつかんだらしく、情報交換したら、そういうことらしい」
「もし本当の明津様なら大問題じゃないか。そもそも明津様に剣先向けたおれたちは死刑じゃねーの?」
「知らなかったんだ、実際には傷一つ負わせていないのだから、まだギリギリセーフだろう。まぁ、お優しい明津様のことだ、優しい処罰で済むようになさってくれる。
でも、こういうことなんだ。明津様だといえばいくらお前たちでも納得するだろう?実力が問題なのではないんだ。相手が問題なんだ。勝てない試合よりも問題なのは勝ってはいけない試合だということなんだ。哀歌茂も大貴族も羅沙明津様も、その点では同じだよ」
数時間前まで剣を交えた相手を思い出し、そのフードの下にあるだろう、羅沙の民なら見ただけでひれ伏してしまう顔を思い重ね、前陽は自分の体を震わす。一撃も当たらずに済んでよかった。かすり傷一つでも、裁判の決定を待つ前に死刑決定だ。自分が形だけの裁判を反論もできず受ける姿まで思い浮かぶ。
前陽は震える体をなんとか押さえ込んだが、その後ろで後陽は無言で首を振っていた。想像の中で死刑宣告でも受けているのかもしれない。
「幸運なことだ。戦ったが、ぼろ負けしてよかったな。傷つけて得することはないが、負けたというのは名誉とも言えるさ。勝ち負けに関係なく、あの明津様と直接剣を交わしたのだから、誇ればいい」
そうだな、と前陽は自分の腕を見つめる。まさかこの手であの羅沙明津と戦っていたとは。ことが確かなら、知り合いという知り合いに自慢しよう。
そんな前陽の思いを悟ったのか、鹿島は後から無理矢理言葉を足してきた。
「あくまで可能性だぞ?知り合いの記者はそっくりな顔だったと言っただけだ。もしかしたら顔を魔法で偽っていたのかもしれない。そっくりなだけなのかもしれない。なにしろその顔を隠してるんだからな。わけありには違いないんだ」
「分かってる。分かってる証拠に自分からそのこと言いふらすつもりはない。ただ確定されれば、の話を想像してたまでだ」
「そうだといいんだがな。とりあえず負けは負けだ。素直にバトルフェスティバルからは手を引こう。いいな?」
「わかったわかった。さすがに全国民から非難の的にされるなんて嫌だ」
前陽が後陽が必死になって書いた無駄な報告書を手に取り、中身も見ず破り捨てる。もし相手が羅沙明津なら、この報告書は羅沙明津のやり方を「不正」と記す最悪の証拠だ。手っ取り早く消してしまうのが一番よかった。