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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
暇つぶし改め茂と戦火がギルドを出て行ってからしばらく。
全員が待機命令に従って食堂で時間を潰していた。各々がしたいことをしている空間のせいで会話は無い。こういうときにおしゃべりである連夜や瑠砺花には辛いところだ。
「見事に英霊の分忘れて帰ったな」
連夜が隣で本を読んでいたキセトに向かって話しかける。普段なら連夜のことなど殆ど無視しているキセトだが、今回は素直に本を閉じて応じた。
「俺の衝撃が強かったんだろう。床に寝転がったすぐ後にやけに英霊をいていたから、無理かもしれないとは思っていたが、そうでもなかったな」
何の音も変化もない空間で、本当にすることがなかったので、全員が無言で連夜とキセトの会話に聞き耳を立てる。
英霊だけは、自分の話だということで、キセトのひざの上でオドオドしながらいつ自分に話が振られるかを警戒しているようだった。
「お前、そのためだろ、隠さなかったの。自分のは隠さずに英霊のは隠すのかよ」
「何のために英霊の奴隷時代の記録すべて焼き払ったと思っているんだ?それに英霊のマスター登録も俺の名前にしてある。奴隷だとばれるのも全力で阻む。ばれたとしても俺がマスターだから問題ないの一言で無理矢理治める。そのつもりだ」
「へいへい。でもばらしたのは羅沙奴隷のほうだけなんだな。お前鎖骨辺りにもあった奴隷印は隠してただろ?戦火が言ってた魔術を魔法で置き換える方法知ってたのか?」
その意味は知らなかったが、キセトの鎖骨辺りに焼印のようなものがあることを連夜は知っていた。腹部にあるものと酷似していたため、そういうファッションかと思っていたが、腹部のものが奴隷印なら鎖骨辺りのあれも、と連夜は思ったのである。
それに腹部のものが羅沙の国紋なら、鎖骨あたりのものは不知火の国紋なのだから、連夜のような馬鹿でも簡単にその意味を想像できた。
「不知火奴隷印のほうは元々消えかかっているんだ。正規の方法で付けられたものでもないからな。それに、羅沙軍になぜ不知火奴隷印まで教えなければならないんだ?羅沙が羅沙奴隷を把握するのは納得できるが、不知火奴隷まで把握する必要はないだろう?」
キセトはあえて魔術のことには触れない。
それを分かって分からずか、連夜は顔をしかめてまずいものでも目の前に出されたかのように嫌そうな声を出した。
「うへぇ…。お前のそういうところが敵に回すと厄介だと思うんだよ。従順ですって顔しながらさりげなく情報絞ってるとか、黙ってることが多いとか、裏切ってるとか、とか、とかっ!オレだけならずもの扱いなのも納得いかないぜ」
「お前は全体的にサボりすぎだ。お前が言うと本当のことでも嘘みたいに聞こえるんだよ」
「なんだよー、オレはいたってまじめなんだけどぉー!あーあと、お前の奴隷になったいきさつ。嘘はついてねーけど、細かいところ何も話してないだろ、意図的に!誤解を招く言い方わざとしただろ」
「夏樹さんなら調べれば分かるだろう。俺の書類は残っているんだ」
この辺りで蓮と静葉が、嫌な予感がすると呟き始める。
いつも通り静葉の隣を陣取っていた在駆はどうかしましたか?と呑気に聞き返す余裕があった。
「どーだか。調べてもらったけど詳しいこと教えてくれなかったぜ?」
「調べて、もらった?聞き捨てならないな」
万年無表情。そんなことを言われるキセトの顔が、いとも簡単に不機嫌そうにゆがむ。
それに対して連夜はキセトのその態度を楽しむように笑いながら応える。
「はっ、しまったオレとしたことが冷夏嬢に頼んでキセトの過去しらべてもらったこと言っちまったぁ!それから志佳嬢にまで聞きに言って篠塚晶哉のこと教えてもらったこともまさか筒抜けになってないだろうな!」
「なってるなってる。たった今なってるわよ、連夜」
わざとだとは全員分かっているし、たった今、静葉が放った言葉が欲しかっただけだとも分かっている。静葉はただ、自分のほうに面倒な連夜が来ないようにしたいだけだった。
実際に突っ込んだ静葉など見向きもせずにキセトのほうを向いたまま叫ぶ。
「静葉ぁぁぁぁ!てめぇキセトに教えんなよっ」
「今連夜がキセトの前で話してるけど?」
「あぁ大丈夫大丈夫。あいつ耳悪いからきこっ――
キセトが耳が悪いなど、明らかに馬鹿にしている。ギルドで一番耳がいいのはキセトだ。そして次に連夜か瑠莉花が並ぶ。
馬鹿にされているのはキセトにも伝わっているのか、机の上に投げ出されていた連夜の腕を、キセトが握った。握った瞬間にミシッという物理的な音が聞こえる。
この時点では在駆もそのほかも、蓮と静葉の嫌な予感とやらの中身を察していた。
「ここからお前のけたたましい鼓動の音しか聞こえないぐらい耳が悪いんだが、お前の声は聞こえるようだ」
「いただだだだだだっ!腕がミシミシ言ってるっ!今無性にキセトに触られたくないって言ってるぅーーー!」
「本当に俺の耳は悪いようだな。連夜の腕から声なんて聞こえない」
食堂では連夜だけでなく、全く関係ない瑠砺花たちまでも腕を押さえ始めている。見ているだけで連夜の腕がつぶれているのは用意に想像できた。そしてなんだか見ているだけで自分の腕も痛むような気がするのだ。
そんなことに構わず、キセトが握る手に力を込める。力が込められるたびに連夜の腕から何かが砕けるような音がするので、いつ力が強められたのかすぐに分かるのだ。
「イタイっ!ちょ、うっ、あぁぁぁ!痛いって言ってんだろぉぉぉ!」
「そうか痛いのか。もう少し我慢しろ。俺の気が晴れるまで」
「あと五秒なら我慢できるっ!いちにさんしごっ!終わったっ!無理無理無理っ!」
「いい加減にしてくださいっ!」
内容の幼稚さに似合わない物理的な破壊音が、蓮の一括と物理的抑止によって止む。
というより、蓮がいつの間にか持ち出した巨大なハリセンで叩かれたことによって、連夜もキセトも頭を抑えてうずくまっていた。
「蓮ちゃんのクロスハリセン!久しぶりに見たわっ!やっぱり神々しいわね!」
蓮が一仕事終えた後のように息を吐き出す。連夜とキセトが揃って呻くほどの力がハリセンにあるのかと、在駆も怖気づいて黙って見ていた。静葉は見たことがあるのか、蓮を抱きしめてお疲れーなどと笑って場を流そうとしてる。
「は、初めて見ました…」
「私より後の人は知らないでしょ。だってキセトと連夜が喧嘩しなくなったし」
つまり蓮と静葉しかしないことだったのだろう。静葉のあとから入った在駆たちは呆然とその場に突っ立ったまま、いまだ呻くキセトと連夜を眺める。
どうしても、叩かれたことに対して痛がる二人の姿になれないのか、視線をはずせないのだ。
「そのハリセンがなんか特別らしくて、このハリセンで叩くと連夜でもキセトでもかなり痛いらしいわ。便利よね」
「ほんと痛いんだけどなー、それ。全く、鐫様も面倒なもの残してくれるぜ」
連夜がまだ頭を抑えつつ、ハリセンに手を伸ばす。静葉が面白がってその手をハリセンで力いっぱい叩いた。痛いっという叫びと共に、連夜が一瞬で手を引っ込める。
そんな光景を無視して、在駆が驚きの声を上げた。
「え、鐫!?先帝のものなのですか?」
「まぁな。あの人、このギルドに黙って来てニコニコ笑いながらオレらのこと見てたし。んで、蓮にそのハリセンくれたんだよなー。大変だね、とか言いながら」
「便利です」
蓮が静葉の手からハリセンを返してもらい、構える。それだけであの連夜もそろって構える。しばらくは楽しむように構えては構えを解くのを繰り返し、連夜は蓮に遊ばれていた。
キセトが蓮の後ろからハリセンを取り上げてやっと、連夜も在駆の質問に答え始める。よほどたった一つのハリセンが怖いらしい。
「オレらにも痛いのはたぶんだけどよ?皇族の魔力込めたんじゃねーか?それって実は国宝に定める条件の一つだったりするんだぜ?そのハリセンが国宝指定されたっておかしくないわけだ」
「うわっ、一気にただのハリセンから国宝?すごいわねー」
「それよりギルドごときに皇帝がお忍びで来ていた事を驚いてください!」
瑠砺花たちも在駆が叫んだことと同じことを考えていた。皇帝は公の行事でもない限り特別層からは降りてこないはずである。
一般人なら当然の疑問なのだが、連夜は次々に質問でてくるなーとあきれたように背もたれに体を任せる。これ以上ないほど脱力した体制で、在駆の質問の返答をすべてキセトに任せて目をつぶる。隣で小さくキセトが寝るつもりだな、と呟いた。
「ギルドごときとは言うが、アーク。このギルド自身が鐫様の意志によってできたものだ。羅沙で住むことになった俺と連夜のために、当時皇帝だった鐫様がわざわざ居場所を作ってくださったんだぞ?様子見というのは言い訳かもしれないが、気にかけてくださっていたのは本当だ」
連夜を揺らしながらキセトが在駆に答える。
連夜もキセトが隣にいる状況で寝ることはできないと思ったのか、目をこすりながら上半身を背もたれから起こす。キセトに全員分の飲み物を頼み、改めて会話に参加する態勢を整える。
「鐫様もさ、キセトと連夜が喧嘩しなくなったころに来なくなったわね」
「体調が悪い日が続いたからなー。オレらのほうから城に行ってたんだよ。城で会う分にはいつも通りニコニコ笑ってる裏でものすごいことたくらんでたけどな」
操り人形とまで呼ばれた羅沙鐫という人物は、その立場すら利用する、ある意味操っていた側の人間だ。そして珍しく連夜が忠誠を誓った相手でもある。
常人ではないのは確かだ。
「たくらむって仮にも羅沙皇帝がですか?」
「羅沙皇帝だけど銀髪のオレと黒髪のキセトに『僕に従ってみない?今までにない世界を見せてあげるよ』とか言う人だぞ。しかもタダの不知火人じゃなくてそれなりに地位持ってたのによ」
「地位?どんな地位持ってたのよ。聞いたことないんですけど」
「えぇー秘密ぅ~」
「うざっ」
この場で連夜が銀狼、キセトが黒獅子だと知らないのは静葉だけだが、連夜はあえて秘密ということにしておいた。どうせ静葉に詰め寄られれば在駆あたりから漏れるだろう。在駆は静葉に極端に弱い。
「まっ、鐫様がいたからこそナイトギルドだ。鐫様がいなければ俺も連夜も北の森へ帰っていた。羅沙でギルド経営などありえなかったんだ」
「その皇帝さえいなければこんな面倒な事にもならなかったな」
「おやおやー、お客さんか?」
食堂に備え付けられた受付から誰かが覗いている。誰かが案内しようと近寄る前に、その客人は食堂に入ってきた。
目の前の長身の男に連夜と在駆は思い当たりがある。その他は頭の上に疑問符を浮かべていた。
「数人にはすでに顔を合わせたが、初めましての方もいるようだからな。自己紹介でもするか。初めまして、篠塚晶哉です」
「篠塚晶哉っ!?沙良に殺人術を教えた奴!」
名前を聞いて一番早く反応したのは静葉だった。第二代目殺人鬼ミラージュの発端となった男の名前を静葉が忘れるはずもない。
「恐ろしい目で睨むなよ。田畑沙良は幸せになったんだぜ」
「何が幸せよ!二人になったとか意味不明のまま終わったことにされてるのよ!?」
結局ミラージュの件はあいまいのまま終わったことになっている。どこにぶつけることもできない静葉の怒りは、今目の前にいる晶哉にぶつけられようとしていた。
「二つの生命体になった、じゃ確かに意味が分からないか。はっきりいえば田畑沙良は死んだんだよ。別人が二人生まれたと同時にな。だが、人に愛されないと発動しない術だ。人に愛されることを幸せだと人は言うんだろう?」
だが晶哉は軽くあしらう程度しか答えない。
「あんたっ…、最低ね!」
「褒め言葉だ。底辺から世の中を混乱させるのは楽しいぜ」
「………最低」
静葉の心からの声にも晶哉は笑ってこたえるだけだった。
怒りで震える静葉の方をチャンスとばかりに抱き、在駆が晶哉を睨む。晶哉も在駆が目の前に現れた瞬間に余裕のある笑みを消した。
「晶哉君が最低なのは昔からですよ」
「ひどいこというな、在駆先輩は」
「玲先生に会ってきました。お元気そうでしたよ、彼」
玲、という単語に晶哉は顔を歪めた。在駆も負けず劣らず不愉快そうな顔をしている。お互いに玲という人間が嫌いなのだ。
「…相変わらず在駆先輩のいやみは強烈だな。おれがあいつのこと嫌いなの知ってるくせに」
「元々君は嫌いです。それに、静葉さんの過去に土足で踏み入ったことで、さらに嫌いになりました。嫌いな奴にいやみを放つぐらいどうってことありません」
「あっ、そうかよ。言われなくても知ってたけどな。おまけに言うと、あいつが帝都にきてキセトを治療したことも知っ――
晶哉がの言葉の途中、ガラスが割れる音がキッチンのほうから響いた。全員分の飲み物を運んでいたキセトがトレイごと全員分を落としてしまったのだ。
「玲が、帝都に来ていた?聞いていないっ!」
不思議な医者が現れたことを誰もキセトに告げていなかったわけだが、キセトの体調も落ち着いたように見えたとき、周りにいる誰にもそんなことを告げる余裕がなかっただけだ。
よって連夜の返事もかなり間抜けなものとなった。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「聞いていない!なぜ玲が帝都にくるんだ!」
なぜってお前が倒れたからだろ、という連夜の言葉に、キセトは耐えられないとばかりに連夜に詰め寄ろうとする。だがそれは晶哉に阻められ、キセトが珍しく怒りをもった表情で晶哉を睨む。
キセトに睨まれるのは晶哉にとっても嫌なのか、玲に関して知っていることを簡単に口にした。
「知らなかったのかよ。不知火に帰ったって情報もないからまだ帝都付近をうろうろしてると思うぜ?」
「教えてくれてありがとう晶哉!少し出かけてくる!」
「ちょっ!おまえ待機命令!」
「ごまかしておいてくれ!」
珍しく連夜が制止したというのに、キセトは制止を振り切ってギルドを出て行く。突然のキセトの行動にそこにいた全員が呆然と見送るしかなかった。