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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
バトルフェスティバル編
43/90

038

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 ナイトギルドの食堂で、朝からギルド隊員以外の声が響くことは珍しい。

 とは言っても、思わず江里子えりこが叫んだのも仕方がないことだろう。


 「まとまりのないギルドねっ!」


 「まとまろうとか思ったことねーし。だいたい半分以上が隊長の命令も聞かないことが多いのに、まとまるわけねーじゃん?」


 「あなたは隊長でしょう!?少しはまとめる努力を見せなさい!!」


 もしゃもしゃと朝食を食べる連夜れんやの横で必要以上に大きな声で江里子が叫ぶ。

 元々はキセトの席なのだが、キセトは食事という食事に参加しないため、江里子が座ったとしても支障はない。食事を避けるキセトとは逆で客人より食事を優先させる連夜に、江里子の叫びの内容はあまり届いていないため、江里子が何を叫んでも関係ないということもある。


 「えー、じゃ、『お前ら。本部の人まで来てるんだからしっかりしろ』あー、朝食うめぇ。江里子嬢たちも食事が終わってから来ればいいのにな。気が利かないぜ」


 「『分かりました。しっかりします』あ、レー君その最後のエビフライは私のものなのだよ!!」


 わざとらしい注意の言葉に返されるこれまたわざとらしい了解の声。

 だが江里子にも、もう一人の客人の夏盛なつもりにも聞こえたように、しっかりしますといった口が次に出した音は食べ物の奪い合いの言葉だ。


 「いーやオレのだね!戦火せんかに頼んで新しいの揚げてもらえよ!」


 「今日の分はコレだけです!お二人とも朝から食べすぎですよ!食費のことを考えてください!」


 「うわー、れんが怒ったぁー。瑠砺花るれかちゃんがうるさいからだぞー」


 「えー、レー君が食い意地張るからなのだよー」


 「お二人ともですっ!!」


 ナイトギルドの朝食の時の恒例の会話を済ませ、いつもすばやく食べる在駆ありくたちなどはすでに任務に出ている時間になっていた。

 だが今日は、司令塔から東雲しののめ江里子と、フィーバーギルドから夏樹なつき夏盛がある検査のためにナイトギルドへ来ていたのである。

 その知らせは事前に連夜には届けておいたのだが、連夜がそんなことを周りに知らせているわけもなく、客人を待たせてまでいつも通りの食事を終わらせたところだ。


 「で、この二人は何のためにきたのだよ?私のことなのだよ?」


 「発端はまぁ、瑠砺花かなー。ギルドに奴隷が混じってるなんて考えもしてなかったから、他の隊員にも奴隷が混じってないか検査しますってことらしい。で、二人居るのは、ほら、奴隷印がある場所が腹部は腹部でも結構足の付け根ぐらいじゃん?男は男で、女は女が、ってことらしいぜ」


 あまり奴隷印の意味が分かっていない英霊えいれい以外の視線が松本まつもと姉妹に集まる。この中で奴隷印を持っていると公表されたような扱いなのは二人だけだ。

 その視線を感じて瑠砺花はわずかにひるんだ様子を見せた。瑠莉花は笑顔のままわざとらしく泣くまねをして、連夜に抱きつこうと両手を広げて連夜に近づこうとする。


 「えー!人に奴隷印見せたくないのですぅ!」


 「でも今のところ人間と奴隷の差なんて奴隷印ぐらいだし仕方がねーだろ。それぐらいしか証明にならないんだから」


 チャンスとばかりに抱きついてきた瑠莉花を避けてから、連夜が改めて全員を見る。その目は無言で質問などがないか聞いているようだった。全員が無意識に姿勢をただし、それぞれの席で連夜に視線を送る。連夜と視線が合う瞬間だけが発言権のある時だ。

 連夜が順に全員を見ていく中、連夜と視線が合った戦火が流れるような動きで挙手した。連夜もそこで視線を止め、無言で戦火の発言を促す。


 「奴隷印があっても魔術で隠せるではないのですか?私はそう教わりましたが…、その検査に意味があるのでしょうか?私たちでは魔術を使えませんが、最近の技術で魔術を魔法で代用できる方法が見つかったそうです。この中の誰かがその方法を知っていて、奴隷印を隠しているという可能性がある以上、その審査に意味はないと思います」


 「えっと、つまり、隠してるかもしれないのにテキトーに審査しても無駄だと。よし、無駄だ、お帰り願いたい、とはいかないだろ?形だけでも審査ってのは必要なんだ」


 「形だけでしたか。余計なことをお聞きしました」


 連夜はいつものことだが、貴族である戦火まで嫌味ったらしい言い方をしたので、江里子と夏盛も鳩が豆鉄砲を食らったような顔でそれを眺めていた。

 戦火がその間抜けな顔を見てニヤリと笑ったので、闘技とうぎ家のお嬢様すら自らの色に染めてしまうナイトギルドの恐ろしさを、客人として尋ねることで初めて見たような気がする。


 「疑問は解決すべきだ!他にもあったら受け付けるけど?」


 「キセトは?いつも食事の席にはいないから今も居ないけど?キセトはしなくていいの?」


 「いやいや、戦火としげる以外は全員だ」


 「ぼくと戦火以外?なぜですか?」


 「ご両親に許可が取れなかったのよ。このギルドでご両親がハッキリしているのは二人だけだからね。規則にのっとり許可をもらいに行ったら笑われてしまったわ。使用人の人が『お嬢様や坊ちゃまに奴隷印があるとでも仰るのですか』って門前払い。ホント、いい笑いものだわ」


 茂の質問に端で待機していた江里子が代わって答える。その声には僅かに苛立ちも篭っていた。この審査自体にあまり乗る気ではないようにも見える。


 「じゃ、女共から始めるか。闘技さんが焔火ほむらび呼んできてください」


 普通のギルドなら夏盛のこの言葉一つで順々に進みだすはずなのだが、ここはナイトギルド。そういうわけには行かない。

 まずおちょくれる分はおちょくるという性格の人間が三人も居る時点で進みは遅くなる。そしてその三人を制御できるキセトがこの場に居ないので、さらに進みは遅くなるのだ。


 「女共って言ったのだよー。戦火ちゃんは闘技さんって呼ぶくせにー。差別なのだー」


 「てか始める気があるならとっとと出て行けなのですぅー」


 「だぁー!うるさっ!女はうるせー生き物だなぁ!女に生まれなくてよかったわ!」


 群がろうとする松本姉妹を振り払ったと思った頃に、ガキのような言葉をガキのようなテンションで言い出す男も居る。


 「男女差別だー。コレは代表的な差別発言だ!ナイトギルド隊長として抗議する!」


 しかもその男がそれなりの権利を持ってしまっていることも、事を面倒にさせる原因の一つだろう。


 「あーー!このギルドは男女関係なくうるせぇ!!」


 「「「それがどうした!」のだよ!」「なのですぅ!」


 「うぜぇ…」


 がっくりと肩を落とし気力を絞りつくされたのが見て分かる夏盛を先頭に、男性陣が食堂を出て行った。

 その背中が扉の向こうに消えるのを見届けてから、松本姉妹が無意識的に深呼吸をする音が沈黙の中に溶け込む。扉のほうから静葉しずはたちのほうへ振り返った瑠砺花はいつも通り、笑っていた。


 「さて、審査か検査か知らないのだけど見せるだけなのだよ?」


 「いや、写真を全員撮らせて貰うわよ。ない人もある人も」


 「そーなんだー。で、ある人ってどこら辺にあるの?さっき足の付け根辺りって言ってたけど、性別気にするぐらい際どいところなの?」


 そんなのんきな言葉を放ちながら静葉が服をめくり始めた。女だけで、しかも江里子以外は見知ったギルド隊員ということもあり、ためらいの欠片もない動作だ。


 「シーちゃぁぁぁん!いくら女だけだからって服をめくらないのだよ!そのきめ細かい肌っ!運動してる人独特の日焼けのあとと思いきや腹部だから透けるような白さ!このさわりごごっ」


 「同じ女でも触り方がきもい!」


 「イタイっ!シーちゃん容赦ないのだよ!」


 瑠砺花の顔が少し赤みが掛かっていて、馴染みが深いはずの静葉でも少し恐怖を覚えるほどの勢いだったため、瑠砺花を叩いた静葉の手に力が入りすぎていたようだ。

 だがそのおかげで少し懲りたのか、奴隷印を持つ瑠砺花が説明役を買ってでた。


 「まず場所なのだけど、そんなに際どいわけでもないのだよー?おへその右ぐらいなのだよ。右腹部が羅沙らすな奴隷印の場所って決まってるのだよ。ちなみに左腹部は明日羅あすら、右の鎖骨辺りが不知火しらぬい、左の鎖骨辺りがあおいなのだよ」


 「へー…。明日羅と羅沙は聞くけど北の森に奴隷とか聞かないなー」


 「帝国に北の森の情報が入ってこないってこともあるのだけど、二十年ほど前に北の森では奴隷制度が廃止されたはずなのだよー」


 「へー」


 分かっているのか分かっていないのか、いまいち分からない静葉の生返事を聞いて、瑠砺花が顔をしかめる。そして再び無意識のうちに深呼吸してから、次は瑠砺花が自分の服をめくった。

 薄い布に隠されていたのは、静葉のような無地の肌ではなく、明らかに人工的に付けられた扇形の焼印のようなものだった。


 「あれ?奴隷印って丸だと聞いていたのだけど?」


 「扇形って予想外ー」


 「エーちゃんもシーちゃんも本当に何も知らないのだよ?奴隷印は三つに分かれていて、全部揃って初めて円になるのだよ。なんで三つかというと、奴隷の種類が三つあるから。戦闘・労働、それに…性奴隷ってやつなのだよ。私は労働用奴隷だったのだから、結果的に扇形になったのだけなのだよ」


 「なるほど。私は奴隷業に手を出すつもりがなくて一切知識はなかったけど、いろいろ決まりがあるのね」


 「ぜーんぶ、奴隷法によって決められてるのですぅ!といっても奴隷法自体が新しいのですから知らない人も多いのですけどねー!決まったのは三十年前ぐらい。あの羅沙の有名且つ恥とも言われた愚皇帝改め、奴隷王の決めた法律ですしぃー」


 「奴隷って身分になった私たちからすれば、奴隷法を定めてくれた羅沙将敬まさのりほど尊敬できる羅沙皇帝は居ないのですけれど」


 たとえ羅沙の民の中に奴隷王や愚皇帝と呼んで馬鹿にするものは居ても、褒め称えるものが居ないと言われる皇帝だ。

 が、奴隷達は決してそうではない。人間ではないと見下され続けてきた奴隷達は、帝国の頂点を誰たちよりも正しく見ていた。底辺から頂点を見つめ続けた奴隷だけが、民からは遠い存在の皇帝の内心すら見透かせていたのかもしれないのだ。

 そしてそんな奴隷たちの中で、松本姉妹も時を過ごした。そのため、松本姉妹も羅沙将敬を尊敬する心をまだ持っている。


 「それもまた、この羅沙の課題かもしれないな。今、皇帝の地位というものが身近になってきている。皇帝には皇族しかなれないといえど、第一子の伝統は最近になって破られた。民は皇帝というものを神のようにあがめると同時に、問題をすべて押し付けてきたのかもしれない。そして、今は、神でもなく人間だとという考えが広まってきている。それと同時に少し、舐めているのかもしれない」


 「というか、そんなの『愚皇帝』とか呼んでる時点でかなり舐めてるわよね。そんな悪い人だったの?」


 「んー、奴隷だった私たちからすると、悪いどころか救世主なのだよ。普通の人からはどうか分からないのだけどー。ここには帝都外生まれのヒーちゃんや、帝都生まれ帝都育ちのエーちゃん、貴族生まれ貴族育ちでしかも上流貴族の戦火ちゃんも居るのだし聞いたらどうなのだよ?」


 そんな言葉と共に視線を送られて、蓮、戦火、江里子の順にそれぞれの捕らえ方を話し出した。


 「私は帝都出身じゃないのであんまり皇帝陛下に差は感じませんでしたよ。政策の影響が強く出るのは結局帝都だけですから。だから皇族様たちはみーんな雲の上の人。特別は羅沙明津あくつ様だけです。私はケインの港町出身なんですが、明津様だけは本当に神様のように崇められていました」


 「私は対貴族の教育として、皇族の方々を敬うことと皇帝陛下に忠誠を誓うことは基本中の基本とされていましたから…、その、愚皇帝という言葉もふさわしくないとは思います。ですが、最近の教科書では対貴族用のものでも愚皇帝という言葉を載せているものもあります。奴隷法だけではなく、将敬前皇帝陛下が定めた法律はこの羅沙を今も支えているものと、私は考えています。『愚か』と呼ばれるようになったのは、その政策のほとんどをお独りで決行されたから。大臣たちの声すらお聞きなることは少なかったからだと教わりました」


 「将敬様の時はもう軍人として訓練を受けていた時だから、そうね…、あんまり政治に興味持ってなかった頃ね。将敬様を悪く言う声は周りに溢れてたけど、何の根拠もなかったし…。でもやり方がよくなかったとよく聞いたわ。奴隷法を大臣たちに可決させるために、効率がよくなるって証明をしたらしいけど、その証明っていうのが今の奴隷の過度な労働につながってるって言うし?それに将敬様は、羅沙史上初めて民に手をかけた方よ。罪人だったとはいえ、また状況も仕方がないものとはいえ、民を殺したことはいいこととは言えないでしょう」


 皇帝として優秀な人だったのは羅沙の民全員が知っていることだ。将敬の政策が今の羅沙を支えていることも。

 だが、彼がいくら優秀だったとしても、誰も彼のやり方についていけず、彼を愚皇帝と呼ぶようになった。


 「えぇ!?皇帝陛下なのに民に手をかけたの!?しかも直接っ!?なんで?どうして!?」


 「将敬様を亡き者にして明津様を皇帝にしようと考える一派が、ある日暗殺を実行しようとしたの。城に侵入した者たちは将敬様よりも先に明津様に出会ってしまった。侵入した者たちは明津様に懇願したのよ。自ら父を裏切り、自ら皇帝の座を奪ってほしいと。明津様は当時十二歳だった。その願いを跳ね除け、侵入者を皇帝である父に差し出したの」


 「ま、間違ったことではないんじゃない?羅沙でも明日羅でも皇位って二十歳以上じゃないと継げないんだし…。それが何で殺しとかにつながるの」


 「初めは将敬様も地下牢獄に入れるように仰っただけだったのよ?だけどその侵入者たちは、脱獄してさらには逆ギレにも等しい主張を持って、今度は明津様の命を狙ってきた。明津様も首に重傷を負われ、将敬様も大変お怒りになって、明津様を守る意味もあって、その……手にかけられた」


 「明津様に傷っ!?そんなの皇帝が手を下すまでもなく死刑決定でしょ!明日羅にすら羅沙明津の名前は知れ渡ってるぐらいなのよ!?」


 「でも議会の決定を待たずに民の命を奪ったのはいけないことよ。罪に問われることではないけれど、正しいことでもない。民の心はさらに離れていった。そして離れた心は、明津様の下に。皇帝陛下に縋りたいという心が、明津様信教を生み出した。明津様信教ってのは、羅沙皇帝を神という考えのもと、その神に明津様がなって欲しいと思うものだもの。明津様こそ神―羅沙皇帝―にふさわしいっていう考えがもとになってる」


 「明日羅にも明津様信教はあったわ。他国の皇子を神とした信教だから広まるはずないのに、それでも拡大し続けてた。羅沙だけじゃなくて、二つの帝国で、羅沙明津の名前だけ広がっていった。明津様の有名度って、その裏に羅沙将敬のことがあったのね」


 明日羅出身の静葉も納得したところで、一度場を沈黙が覆う。

 気まずい空気から逃げるように、戦火は、キセトさんを呼んでこないと、と食堂を出て行った。

 戦火によってできた空気の動きが止まってしまわないうちに、無言で江里子が動き、瑠砺花の奴隷印を写真に収める。あえて何か言う言葉などそこにはなく、ただ単に無表情の仕事にしたいという江里子の気遣いでもあった。

 全体的な話ならともかく、松本姉妹個人の奴隷時代の話などに触れる気は、ここにいる全員がもっていないものだ。だからといって面白おかしい話をしながら写真を撮るつもりも江里子にはなかった。


 「瑠莉花るりかさんも他の人もさっさと済ませましょう?どうせこのギルドの隊長に峰本みねもと君が居る限り、上の人間も手を出せるわけがない。あの絶対的な力のどこに、反逆を許す隙があるっていうのかしら?ただ把握するだけで支配している気になりたいだけよ、上の人間は」


 「はいはーいなのですぅ」


 「東雲さんも私からしたら十分上の人だけどねー。何しろ第二番隊の隊長だし?ギルド管理の最高責任者じゃない」


 静葉が服の裾をめくり、それを合図に瑠莉花も蓮も服をめくる。瑠莉花だけ、腹部にまがまがしい扇形を認めることができた。

 だがそのことに関しても江里子も他の誰も何も言わず、ただ江里子が写真を撮る音だけが部屋になる。


 「今回の検査は大臣の命令だもの。大臣から父に、父から私に順におりてきただけの命令。どうせ上に行くまでにごまかされると思うわ。大臣たちは見てないから分かってないけれど、実際に軍の関係者はバトルフェスティバルに注目してたから、峰本君のあの力をみている。誰のどこに何があろうと、それが峰本君の怒りに触れそうなことなら、報告されるどこかでもみ消されるわ」


 「そんなに連夜が怖いの?私たちからしたら朝からエビフライを瑠砺花と奪い合ってる間抜けだけど」


 ― カシャ ―


 静葉が服を正して近くの椅子に座る。

 その間沈黙だった江里子も次の作業に移る間だけ言葉を返した。自分は奴隷印の有無で判断するつもりがない、という無言の主張のように。


 「そうだと思っていたし、そんな姿しか知らなかった。でも大会で見せたあの力も実際にあることは間違いない。大会に興味がない人、趣味があっても初戦は見ていない人。いろんな人が居て、ほとんどが峰本君の力を実際には見ていないから信じないだろうけれど、あの力は見ただけで逆らってはいけないって思うものよ。ダメなの、強すぎる。峰本君が虫けらのようになぎ倒していった人ってのは、大会に参加が許された実力者たちなのよ?その世界じゃ名だって知れてる。あんなに簡単に倒していい人たちじゃないの」


 「ふーん。私たち自身も初戦に参加してたのだから実際にはどんな感じか見てないのだけど、そんなにすごかったのですぅ?」


 ― カシャ ―

 瑠莉花も静葉の隣に並んで座る。


 「私は仕事で見れませんでしたので知りませんけれど…、噂で聞くだけには魔物が乗り移ったようだと聞きましたよ」


 「『非戦闘員』のイメージが強すぎて、代役を立てたという噂もあるぐらいの印象ね。実際見た人に聞くといいわ。私は映像で見ただけなの。軍の関係上で、ね。生でみたらもっと、言葉にしがたい恐怖に似たものを感じるんでしょうね。映像だけでも冷や汗をかいたもの」


 ― カシャ ―

 蓮がその場で服装を正して、唯一初戦を見ていた静葉に視線を送る。静葉もその視線に応える。


 「火柱立ててた戦火ちゃんが子供の遊びに見えるぐらいかな?確かにすごいって言えばすごいんだけど、言葉にすると何だか間抜けというか違うというか。とにかく、最強だった」


 「わ、私のことが噂にならなくてよかったですわ!」


 扉が開いて閉じる音と共に、戦火が少し焦った様子で食堂へ入ってくる。


 「あら戦火ちゃんなのだよ?ってことはキー君ももう待ってる!?」


 「殿方たちは廊下で検査を始めるようでした。それですので…、私は中へ。その、み、見るわけにも行きませんし…。み、見てませんわ!皆さん気を遣っていただいて検査を始める前に入れてもらいましたので!」


 戦火が少々焦っているようにも見えたのはそのせいらしい。仮にも貴族として育った戦火にとって目の前で男性が服を脱ぎだす光景は、想像するだけで破廉恥な類のものであろう。

 そんなふうに照れ混じりの焦りを見せる戦火を、松本姉妹が獲物を見つけた猛獣の目で見つめていたことは言うまでもない。



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