037
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
ギルドに直接ゲートをつないでいたので、連夜を通るとすぐにギルドの廊下に出た。静葉たちもギルドにつなげたゲートに無理矢理詰め込んだので帰っているはずだ。あとは仕事に行っているキセトと在駆さえ帰ってくれば、ずっとギルドで眠っていた英霊を含め、全員がギルドに戻ったことになる。
怪我を負った瑠莉花は食堂に突っ込んだ。今は治療を受けているらしい。少し歩くと階段の一段目に座り込む瑠砺花を見つけた。かける声など連夜は持ち合わせておらず、とりあえず黙って隣に座る。
「大丈夫そうか?」
迷った挙句、わざと主語も目的語もない、当たり障りのない質問をした。
瑠砺花は連夜のほうに顔を向け、無言でまた正面に向き直る。その顔が少し笑っていたことが、連夜としては救いだった。
「ヒーちゅんが言うには、出血量的には大丈夫らしいのだよ。でもちょっと私が手加減間違ったせいで、凍死寸前だったって。ちゃんと世話をしたら大丈夫だって言ってたのだよ」
「瑠莉花もだけど、お前は?試合場じゃ結構強めに出てたけど、オレが見る限りは握った手が震えてたぞ。そんな細かいところ、何人見てたかはわからんけど。てかもっと早くリングはずせばオレだってももっと早く割り込んでやったのに……」
人間としてとか奴隷としてとか、連夜はあまり考えたことはない。
もちろん入隊させる前から松本姉妹が奴隷だったことは知っていたが、だからどうこうと考えたことはない。むしろ連夜にとって他の人間と呼ばれる触れば壊れるような脆い存在より、奴隷というものに分類される松本姉妹のほうが、遠慮なく話すことができるまだ丈夫なほうの存在だった。
部下だと割り切っているはずなのに、過去について清算させてやることに関してだけは、連夜にとっても他人事ではない。ナイトギルドに入れた時点で、自分の部下だと言った時点で、連夜にとって特別だったということなのだが、連夜自身はそれには気づいていない。
結局連夜にとって、部下だから、という淡白な言葉で、今こうやって心配する気持ちや、気を使う気持ちで理由付けされている。
(早く割り込んだらなんだってんだよ。結局、ばれるてわかっててもそのまま試合に出させたのはオレだし、キセトなら絶対に止めたよな。それか事前に注意ぐらいしたかもしれねー。でもオレだってバレるだろうなーって思ったのは試合始まってからだったし連絡なんてできなかった。って、言い訳か。いまさらいい人気取りか…)
瑠砺花からの返事もなく、連夜も仕方がないと返事を諦めていた。
今の瑠砺花の姿は、想像しただけでも痛々しいものに違いない。そう考えた連夜は、無意識のうちに瑠砺花から視線をそらし、立ち上がろうとする。だが、半分腰を上げたところで瑠砺花が服の裾をつかんで、再び連夜を座わらせた。
「おっ?」
「疲れたのだよ」
そういいながら再び座った連夜に瑠砺花がもたれかかってくる。連夜の肩に瑠砺花が頭を預けたような格好だ。ただ瑠砺花の髪が長いこともあり、連夜から顔は見えない。
連夜がなぜこんな格好になっているか尋ねようとしたとき、連夜の次の言葉を抑えるように瑠砺花の涙声が廊下に響いた。
「ありがとう、レー君」
「お、おう…」
「大丈夫。なんかシーちゃんのことがあってから、やっぱり過去は清算すべき物だって思ったのだよ。シーちゃんが真剣に悩む姿は、私にも絶対に必要な姿だと思ったのだもん。リーちゃんもどこかで絶対わかってたはずなのだよ。こういう機会、大切にしないとダメなのだよ。その点ではあのクズ男にも感謝までしてるのだよ?私が許せなかったのは、リーちゃんを傷つけたことと、………レー君とキー君を馬鹿にしたことなのだよ」
「オレら?オレらのためにあんな怒ってたのかよ。無駄なことすんなぁ~、お前も」
連夜からすれば、連夜やキセトは瑠砺花に守られるような存在ではないという認識があるからこその発言だったが、その発言に少し気を悪くしたようだ。
声にならない声で、何でレー君までそんなこと言うの、と小さく呟かれた後、今度はハッキリとした声で連夜を見つめて瑠砺花が言う。
「無駄にしたくないのだよ。あの時怒ったこと。だから嘘でもありがとうって言え、なのだよ、バカレー君」
「はいはい、ありがとうな。キセトの分もお礼言っとくぜ。二人分のお礼だぞ。うれしすぎて泣け。存分に泣け。今はオレにしか聞いてねーから。うれし涙流しとけ」
連夜に改めて注意されて、再び瑠砺花の目から涙が溢れた。連夜は顔が見えないので自分の服が涙で湿ることでそれを認識するしかない。連夜の服を濡らしているのは瑠砺花も自覚しているのか、今度は少々照れが混じっている涙声が廊下に鳴る。
せっかく泣き止みかけていたのに再び泣かしてしまったので、何もしないというのも気まずく、連夜は空いた手でで瑠砺花の頭を優しく撫でてやった。
「うれしいのだから!これは……、これはうれし涙で、だから…」
「はいはい。わかったわかった。そこまでうれしがってくれるなら嘘でもありがとうって言ったかいがあったもんだ」
「うぅ………。ひくっ……、…っ………。ううぅ…」
(馬鹿だなー、こいつも。うれし涙って言ってんだから思いっきり泣けば良いのに。こんなときまで我慢しやがって……)
連夜が瑠砺花の頭をなでるのをやめると瑠砺花が嫌だと呟いた。
ただ撫でられているだけだというのに、安心できた。誰かの胸を借りて泣くなんて、一人で生きてきた瑠砺花には贅沢だ。さらに優しくなでてもらえるなど言葉で言い表せない贅沢だ。
瑠砺花にとって相手が連夜であるということはさらに贅沢なのだが、それを言葉にしたくない。辛い時に優しくしてもらった嬉しさと、その感情による嬉しさを混ぜたくはなかった。
ただ、今はこの贅沢を満喫したい。隣に連夜がいて、その連夜を占領できるこの贅沢を。
「バーカ。オレといい勝負だな」
「れーくんほどじゃ…、ないの、だもん」
「おぉそうか。オレといい勝負は言いすぎだったな。悪い悪い」
ぽんぽんっと瑠砺花の頭を軽く叩いて冗談ぽさを増させておく。
お互いに真剣な話をこうやって誤魔化してきた従来の関係がこうだった。これからは変わるのかもしれない。
(部下のために、こいつらのために。そういって変わらないといけないのかもな。人間の心が分からん化け物から、理解ある強者に。それがこいつらを部下に置いとくために必要なことだよな…。オレが、こいつらのために変わらないと………。あー、本当丸くなったな、オレ)
ただ、連夜はそんな瑠砺花の心内など知るところではなかったのだが。