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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
逃げ回って、廃屋の影に隠れて数十分。前川兄を凍らせた氷などとっくに解けているはずだ。それに相手は素人ではない。とっくに合流して松本姉妹を探し回っているに違いない。
「じゃ、いいのだよ?対面して、攻撃とか一通り流す。でも、実力差がはっきりわかるように、なのだよ。あぁ、このまま続けたらヤバイ。誰もがそう思うように。大げさでもかまわないのだよ。ともかくあれじゃあの姉妹、負けてしまう!って思わせる。あとは一度飛びのいて、一度視線を合わせて、リタイア。おっけーなのだよ?」
「もっちろんなのですぅ~」
瑠莉花が小さくガッツポーズを決めてみたが、瑠砺花の反応は芳しくなかった。じっと何かを考え込んでいるようで、もしかしたらこのまま沈黙に入るかもしれない。
普通の姉妹なら。瑠砺花は昔、よくそう言った。奴隷として親が勝手に売ってしまう前のことだ。数字にしてしまえば十二年以上前か。
最近は言わなくなったが、それでもこのまま狂った人間の道を歩むのか、普通とか言う不可解な道を歩むのか。それを迷っている素振りは見せる。そして今でも突然聞いてくることがあった。その声には、自分だけならいい。瑠莉花はそれでもいいのか、という確認のような意が込められている気がしてならない。
もし本当にそうなら、瑠莉花の答えなど決まっている。
「瑠莉花」
「お姉ちゃん。私はお姉ちゃんがいればいいんだよ。自分を変なキャラ付けしても、狂ってるって言われても、お姉ちゃんも一緒なら、私の中でそれほど正しいことはないの。だから、何も言わなくていいんだよ。そばにいてね」
「…わかってるわよ、瑠莉花」
「ではぁ~~、レッツゴー!なのですぅ!」
「なのだよぉ!!」
お互いに頷き合う。その瞬間、近くで何かの破壊音が鳴り響いた。廃屋中に響いた音を確認すると、どうやら建物の中にいると思わせるために開いておいた門が破壊されたらしい。
あくまで建物の陰に隠れている二人は、廃屋の中を走り回る前川兄弟の足音をじっと聞き入る。遠ざかったり近づいたり。逃げるなら今だが、いつまでもちょろちょろ逃げ回っていると対峙するチャンスを逃してしまう。
「じゃ、早速いくのだよ?」
「はいは~い、なのですぅ」
廃屋に入ってから耳を澄ましてみれば、二人分の足音が二階の反対側から響いていた。
瑠莉花はキセト並に耳がよく、足音や声で人の居場所を把握できる。集中して足音の動きを聞く。特に警戒等もしていない、遠慮もない足音が数回。立ち止まっては歩き、立ち止まっては歩くといった様子だ。おそらく二階のどこかの部屋で瑠莉花たちが隠れていないか探しているのだろう。
(ん~、二人一緒だなー。別々に行動しないかな?さすがに一対二じゃ勝てないし)
瑠砺花はこの建物の出入りできるようなところを氷でふさいで回っている。見つかる可能性だって高いが、閉じ込めることが出来れば松本姉妹側としては好条件がそろう。
姉を含めた三人分の足音が瑠莉花の耳に届いてくる。前川兄弟は虱潰しに部屋を探しているようで、相変わらず止まっては歩き、止まっては歩きといった様子だ。
かわって瑠砺花は一階部分の扉や窓までも凍らせているらしく、激しい足音がする。
(後ちょっとで一周するかな?予定じゃ裏玄関で合流だしそっちに向かおうっと。お姉ちゃんに前川兄弟は二階にいるって伝えきゃ)
瑠莉花は出来るだけ足音を消して合流場所に決めていた裏玄関に向かう。
カメラも氷のせいでこの建物が戦いの場になっていると気づいたのか、初戦同様のカメラがこちらに飛んできているのが窓から見えた。
さすがに画面に映ると前川兄弟も気づくだろう。いまさら気づいてもすでに遅いのだが。
「ルー姉!」
「あぁ、リーちゃん。ちょっと薄いのだけど、氷はちゃんと張ったのだよ」
「お疲れ様なのですぅ」
「二人の場所はわかったのだよ?」
「ん~っと、今は…」
一階に下りてきている。どうやら氷のことに気づいたようだ。足音もどこか警戒心が篭っているのが手に取るようにわかる。
「一階の、ん~、階段よりちょっと私たちよりなのですぅ。行き先は表玄関のようなのですよぉ。後ろから奇襲でもするのです?」
「いや、やめておくのだよぉ。私たちはあくまで負けるためにここにいるのだよ?いくら条件をそろえたといえど、勝ってしまったら最悪なのだよ」
「わかりましたなのですぅ。じゃ、二階にでも行って罠でも準備するのですよぉ」
「適度に逃げ回ってるように見えるように、なのだよ!」
「了解なのですぅ!」
意思確認を済ませ、前川兄弟が表玄関にいる間にコソコソと二階へ移動する。
先ほど罠といったが、単なる嫌がらせだ。廊下に糸を張ってこけるように仕向けたり、逃げ込むだろう部屋に上から水風船が入ってくるように仕向けたりなどした。
大体仕掛けた後、姉妹はある部屋で詠唱など戦闘の準備を進めた。詠唱も完成させてストックさせておけばそれなりの戦力になる。といってもまともに魔法を使えるのは瑠砺花だけで、瑠莉花は弓を引く筋力増加などの能力補正の魔法が限界だ。最初からありもしない氷や炎を実現させるほどの魔法は使えない。
「おうぅっ!声がしてるのですよぉ!来たみたいなのですぅ」
瑠砺花の詠唱よりも敵の足音に耳を傾けていた瑠莉花が姉に伝える。その階段を駆け上がる音は瑠莉花でなくとも、瑠砺花でも聞こえた。
「みたいなのだねー。じゃ、早速」
「早速」
「「逃げる!」」
もちろん全力では逃げない。ここで前川兄弟には勝ってもらわなければ。
わざと前川兄弟たちが来ている階段のほうへ躍り出る。突然目の前に現れた松本姉妹に、前川兄弟はまともな反応をしなかった。驚いた瞬間、足元をおろそかにして紐に引っかかり盛大にこけたせいでもある。
「きゃーん、盛大にこけてるのですぅ~!ぶ・ざ・ま!」
「足元注意なのだよぉ~ん!モブキャラレベル3!」
横を通り抜けるときには挑発を忘れない。もちろんそれは、連夜の教えだ。
『いいか!馬鹿にするなら最後まで馬鹿にしろ!もう冗談以上の冗談に聞こえるぐらいにだ!あほっぽいぐらいにだ!自分が良いように映るとか考えるな!相手を馬鹿にするなら、それ以上に心の中で自分のことを罵倒しろ!それで許されるという我侭にすがれ!お前らみたいな弱いやつらはそれで生き延びたら勝ちだぁ!』
この言葉を放ったときの連夜を思い出し、松本姉妹が笑みを漏らした。
あぁ、私たちは本当にあの二人が好きなんだ。明津様信教徒たちを馬鹿に出来ないぐらい、私たちはあの二人に入れ込んでいる。たった一つの冗談じみた助言を思い出すだけでニヤニヤと笑い出すぐらい。
でも仕方がないじゃない?私たちには、私たちを弱いと堂々認める奴も、弱い奴に助言する強い奴も、連夜とキセト以外には現れなかったんだから。
「私たちはあの二人が珍しいのだよ。物珍しくて、思わず観察して、微笑ましいとか面白いとか、感じるから、きっと…」
「そう、きっと、そばにいるのです」
松本姉妹の笑いが廊下に響く。戦いの最中だということも忘れ、ただただ人生の楽しい時間を感じていた。
だがそれに反して。
幸せを感じる二人の声を聞いて、前川兄弟が凶悪な笑みを浮かべる。二人は「勝利」なんてものよりも確実な手を思いついてしまっていた。カメラが何台もあり、その映像を会場では何千という人間が注目しているこの試合で、松本姉妹を失格にすればいいのだ。
松本姉妹の顔を直接見て、前川兄弟は完全に二人のことを思い出していたのである。過去に自分たちの手で、使っていた奴隷であると。