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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
ナイトギルドより出た三チームが全て初戦突破したということで、ナイトギルド本部ではプチ祝いと称したストレス発散が行われていた。だが肝心のバトルフェスティバル参加者でプチ祝いに参加したのは松本姉妹だけで、他はそれぞれの用事でギルドを留守にしていたのだ。
闘技戦火と哀歌茂茂は実家より呼び出しをくらい、それに素直に応じて今夜は実家で過ごすらしい。
焔火キセトは食欲がないの一言で祝いを断り、峰本連夜は静葉たちが声をかける前にギルドから姿を消していた。
「ひどいわ!折角ちょっと高めの出前まで頼んだのよ?」
「そこでシーちゃんが手作りに走らなかったことに感謝するのだよー。シーちゃんの料理は食べれないのだもん」
「あっ同意なのですぅ~。シー様はちょーっと、料理が下手なのですよぉ」
「ちょっと『食べれないぐらい』下手なのだよ~」
「う、うるさいっ!いらないなら食べるなぁ!」
「シーちゃんの料理はいらないのだけど、出前はいるのだよー」
散々けなし言葉を放っておいて、静葉がお金を払った出前を次々に平らげていく松本姉妹。
寿司がいっぱいに乗っていたはずの大皿は、すでに一枚すっからかんになっていた。
「でもスシなんてよくあったのだよ?北の森の食べ物なのだから羅沙では滅多に作られないし、滅多に売られないものなのだから」
「あぁ、『異世界の扉』が出前も始めてさー?一回食べてみたいと思ってたのよ。あの店、もともと楽園の島が本店でしょ?楽園の島は独立領だから北の森の食べ物もたくさん売ってるらしいの。ラガジ支店でもメニューが増えてねー。不知火の食べ物って質素ぽいけど結構おいしいじゃない?
私明日羅の出身でしょ?羅沙でもだけど、帝国じゃ北の森の食べ物は食べれないって常識みたいなところあるし…。キセトとか連夜とかが時々話してる北の森の食べ物がおいしそうでおいしそうで」
「へぇーなのですぅ。あっ、ルー姉、うにはオススメなのですぅ~」
瑠砺花は感心して聞き入っていたが、瑠莉花はあまり関心がないようだと静葉は感じ取った。瑠砺花も、妹の不自然な話の逸らし方に小さく首をかしげながら妹を見つめる。
変な沈黙と静葉の姉の視線に気づいた瑠莉花は、彼女らしくもなく曖昧に優しい笑顔を見せた。
「私はちょっとの間だけ葵にいたことがあるのですよぉ。北の森とか楽園の島とか帝国とか、あんまり差がわかってないのですぅ~。だから文化の差なんてさっぱりなのですよぉ」
「へ、へぇそうなんだ。でも生まれは羅沙なんでしょ?やっぱり羅沙の食べ物がおいしいんじゃない?」
「そんなこともないのですよぉ~。貧困層生まれなんかが『文化』っぽい食べ物なんて食べてないのですし。どこの国もネズミの焼肉や野草の味なんて一緒なのですぅ」
「ね、ねずみっ!?」
驚きの声を上げる静葉を瑠莉花は笑って見つめていた。その視線には諦めのようなものも混じっていて、静葉も瑠砺花も別人を見ているような錯覚を受ける表情だ。
「リーちゃん、あんまりそんなこと言わないようにしないとだめなのだよ。シーちゃんは領主様の娘、お嬢様育ちなのだから食べたことあるわけないに決まってるのだから」
「お、お嬢様っていうほどお淑やかな生活はしてなかったけどね。さすがにネズミは食べたことないかな。訓練中におなか減りすぎて雑草食べたことはあったけど…」
「シーちゃん、それはないのだよ。仮にもお嬢様がお腹が減ったからって野草食べるのって…」
「だ、だってすっごくお腹減るのよ!?そ、そんなことより二人って貧困層出身なの?知らなかったわー」
「無理矢理話題変えたのですぅ~」
「無理矢理なのだよー」
「うっるさい!」
松本姉妹は姉も妹もいつものむかつく笑みに戻っていて、静葉が支払った高い寿司を容赦なくつまんでいた。貧困層出身の話も流されてしまっている。
静葉にも話したくないことを深く聞くつもりはない。それでもいつもは飄々と自分の嫌う話題を避ける松本姉妹らしくないミスだと感じた。
「もういいけど、寿司残しておいてね。連夜あたりは後々うるさいだろうからさ」
「あぁレー君ならもっといいもの食べるのだから平気なのだよ。シゲシゲたんも戦火ちゃんももっといいもの食べてるのだし?誰かを気遣って残しておく必要なんてまったくないのだよ~」
「何で連夜がいいもの食べてるって知ってるのよ。ギルド本部に帰ってきてないのに!」
声をかける前にギルドを出ただけだと思うが、静葉の頭の中では帰ってきていないことになっているらしい。そこは訂正せず、自分が知っていることだけ瑠砺花は告げる。
「大会開催者に呼ばれてたのだよー。管理塔のほうへ行ってたのだし?管理塔は今打ち上げのはずなのだから」
「大会終わってもいないのに打ち上げっておかしくない?大体なんで連夜だけなの?目立ったって意味ではわかるけど、それならキセトだって誘うでしょう?」
「わかんないのだよ?レー君が初戦で見せた力は普通怖いって感じる類のものなのだよ。だからおいしいものでも食べさせておとなしくしてくださいって頼むぐらいすると思うのだよ~ん」
「怖い?連夜が強いのは昔からでしょ?確かに常識外の力だとは思うけどいまさらじゃないかしら?」
「シーちゃん。何のための『非戦闘種登録』なのだよ?皆、レー君やキー君は戦えないって思ってたのだよ。それなのに突然化け物の力を見せ付けられて、簡単に受け入れるなんてできるわけないのだよ。
シーちゃんが誤解してるのは、私たちの立場そのもの。私たちはレー君やキー君たちについて、周りよりは知っている。周りは二人について本当に何も知らないってこと。私たち以外は、レー君やキー君を誤解していて当然だし、それが二人が狙っていることでもあるのだよ。あの二人は誤解していてほしいと思っている」
化け物のような力ではなく、化け物の力と瑠砺花は言い切った。キセトと連夜を化け物として受け止めている松本姉妹と違い、静葉はキセトも連夜を化け物のような人間として受け止めている。
その差がこの場では明らかに意思疎通の邪魔をしていることに静葉も気づき始めていた。松本姉妹は会話を始める前からその差が邪魔になるだろうとわかっていた。
お互い気づいていることなのであえて言葉にはせず、さりげなく静葉が話題を変える。
「…強いわよね、あの二人は」
「強いのですよ。何を今さら」
「あなたたちも強いわよね」
「……そう見えるのだよ?」
「えぇ」
「…」
否定も肯定もしない姉妹はしばらくいつもの笑みを貼り付けたまま固まっていた。適切な返事を考えていたのかもしれないし、純粋に返す言葉がなかっただけかもしれない。ただ、いつもの笑みをいつもと違って偽者だと瞬時にわかる形で貼り付けていた。
「シーちゃん。私たちが優勝すると思うのだよ?」
その言葉と同時に瑠莉花が真っ青になり、瑠砺花は真剣な顔つきで静葉を見つめてきている。
二人がどのような心情かわからない静葉はどう答えていいかわからず、質問されているにもかかわらず、静かに見つめ返すしかなかった。
「負けると思うのだよ?優勝したら私たちが一番強いってことになるのだよ?負けたら弱いのだよ?シーちゃんが私たちを強いっていうのは、どういう強さの強いって意味なのだよ?私たちは何の強さなら、強いって言ってもらえるのだよ?」
「あなたたち姉妹は強いじゃない。その、腕っ節って意味でも、精神的にも。キセトや連夜と対等に話したりする数少ないメンバーでしょ?私は話はするけどやっぱりさ、なんか表面的というか、上っ面だけで深いところでは流されてる気がするし。瑠砺花とか瑠利花は、作ってるキャラといえどズッカズカ入っていく感じでしょ?だからキセトも連夜もあなたたち姉妹には本音を思わず出したりしちゃうじゃない」
「そう見ているのなら、シーちゃんは素直だと証明されるようなものなのだよー。そんなに素直だからアー君に好かれるのだよ?」
「素直とアークが何の関係があるのよ、まったく…。それにその言い方。まるでアークに好かれたくないみたいじゃない」
「アー君ひねくれてるからシーちゃんの素直さがいいのだよ、きっと。それにシーちゃんはアー君に好かれてるの迷惑がっていると思ってたのだよ」
「仲間に好かれて悪い気分じゃないわ。それにね、私は嫌われたいわけじゃないし。なんかアークのこと、異性として好きになれないのよ。なんとなーく、異性としては嫌いなの。理由とかわかんないから、あんまりそういう意識しないでおこうと思って」
なんとなくで冷たい態度をとられているアークの愛情が冷めないことが不思議だ。仲間としては好かれたいが異性としては嫌いなんて、アークとしてはショックな言葉だろう。
バトルフェスティバルの件でうやむやになっていたが、ミラージュの件から静葉とアークの関係は悪くなっていたと聞いている。珍しくキセトがナイトギルド隊員同士について松本姉妹に尋ねてきたので、姉妹も二人について少し気にかけていたのだ。
「最後はいただきなのですぅ~っと。最後がトロなんて!なんで残ってるのですぅ!?トロ嫌いなんてみーんな貧乏舌なのですねぇ!」
「あぁ!遠慮の塊だと思って私も遠慮していたトロがぁ!」
「ちょっと!少しは残しとこうって思いはないの!?」
「そんなものは!な・いっ!」
大皿から瑠莉花に掻っ攫われていくトロ。瑠砺花が遅れながら手を伸ばすがすでに遅い。瑠莉花が顔を上に向けて、大口を開けたところにトロを入れる。
「あれ?ないのですぅ」
「寿司は素手で食べるものですよ。少なくともぼくが見てきた限り、箸で食べるのは公式の場だけでした」
「アー君!あ、そっか。アー君は不知火の出身なのだから、寿司いっぱい食べたことあるのだよ」
「一杯食べているのですから今回は譲るべきなのですよぉ!」
「トロはやはりおいしいですね。好物が目の前にいきなり現れましたので、おいしくいただきましたよ。ご馳走様です、時津さん」
手を合わせ、静葉だけにご馳走様とだけ言ってアークは姿を消す。トロをとられた瑠莉花も、見ていただけの瑠砺花も、お礼だけ言われた静葉も唖然としてその姿を見送った。
静葉は何だろう程度で終わったが、松本姉妹はその背中に「勝手なことをするな」と念を押されたように感じた。