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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
予想以上に登録名の減ったモニターを見ながら、東雲がため息を漏らした。
初戦は三十二名、十六チームしか残らず、その理由など言わずとも連夜のせいでしかない。
初戦後半の闘技戦火の火柱も噂になったはなったが、峰本連夜以上ではなかった。
「東雲隊長。どうなされたのですか?」
「今帝都の第三層で実施している大会の初戦結果を確認していたところです、陛下」
宙に浮かぶモニター画面を簡単な操作で消す。東雲は羅沙明日にこの画面を見せるつもりはなかった。
東雲個人で情報サイトにつないて引っ張ってきた結果表には、東雲の個人的な書き込みもすでにしている。それを見れば、東雲高貴という個人が焔火キセトと峰本連夜に注目していることなどすぐにわかってしまう。
自分の立場も理解している東雲は、そのせいでその画面を誰かと共有すること自体避けようとしていた。
「確か私も二回戦からは見学してもいいのでしょう?楽しみにしております」
「おそらく直接ご覧になれるのは決勝戦だけでしょう。他の試合自体魔空間の中で行われます。城でモニターを通してご覧になろうと、会場でモニターを通してご覧になろうと同じですよ」
「そう思いますか? 違うと私は思います。会場で、ご覧になっている他の方々と同じ場の中、同じようにドキドキハラハラしながら見ることと、城の中で一人見ることは違います。私に必要なのは経験です。私は民を知らぬ皇帝ですから、少しでも民と共に」
「…わかりました。ではそう準備いたします」
「お願いします」
退室し、東雲は任された準備のために大会準備を任せている者のところへ向かう。
「…ん?誰だ!?」
物音がしたような気がして、じっと闇の奥を見つめる。長い間そうしても結局何も変わらなかった。
取り越し苦労か、と視線を前を戻す。
「おいおい、我慢比べだぜ?もうちょっと警戒しろよ。城と言えど、城下町と言えど、忍び込もうと思えばすぐだ。特に城の中を知ってる奴だとしたら、警備の隙を突くなんてすぐだぜ」
「…っ!!」
「驚き方も素直。隙を突かれたってすぐわかる。なにもかもすぐ。一瞬の勝負。さてはて、俺は誰でしょう?純粋な緑頭の子には神とか言ってみたけど、お前は俺を誰だと思う?」
「何も変わっていらっしゃらないと言うのに、どう答えろとおっしゃるのですか。本当に、何一つ変わっていらっしゃらない…」
東雲の目の前にいる男はやけに自信ありげに笑っている。そういうところも東雲がしる彼と何も変わらない。
目の前の男、羅沙明津は約二十四年前と全く変わらない笑みを携えて笑っていた。
二十四年という月日を感じさせない若い外見に、声も変わっておらず、そして性格も大して変わっていなさそうだ。自分の騎士だった東雲に、変わっていないと言われて不愉快だったのか、少々拗ねたような声で東雲に言葉を返してくる。
「何一つ変わってないだとっ!歳取ってるぞ!お前ももう五十四だろ!俺だって四十四なんだよ!大人の余裕を身に着けた超カッコイイイケメンだぞごらぁ!」
「本当に変わっていませんね…」
「というか外見変わらなかったことがコンプレックスだな。歳相当の外見が欲しい!東雲だけ老けやがってっ!なんだそれ!俺にもくれっ!呪われてんのか俺は!なんだこのガキ外見っ」
「はいはい。…それでどうしたのですか?二十年以上も帰ってこなかったというのに突然城に現れられるとは」
「…あー。息子探しだよ、息子探し。目立ってれば向こうから寄ってくるかなーと思ってとりあえず優勝目指してみたんだけど、初戦で偶然居場所がわかったからな。あとは挨拶がてらに東雲にも会っとこうかと」
息子探し、と明津の言葉を頭で繰り返させる。
それだけのために羅沙に帰ってきたというのなら、自分に集められる宗教的な入れ込みを彼は自覚していないのかもしれない。そもそも今の羅沙の状態を全く知らないからこそ、彼はこんなふうにのんびりにしているに違いない。
いくら羅沙を出て行ったとはいえ、羅沙明津は羅沙皇族として生を受け、さらには二十歳までは確かに羅沙皇族として育った人だ。羅沙で生きた神とまで言われた彼は、民からの愛情が羅沙をどう変えたか全く、これっぽちも知らない。
もし知れば、この国を思うその優しい心に基づいて、再びこの国に降臨するかもしれない。
それこそ慈愛に満ちた神のように。
「ちなみに重ねてお聞きしますが、帰還を公表されるおつもりですか?明日陛下も明津様がおかえりになったと知れば喜んで皇位を受け渡しましょう。大臣の中にも、民の中にもそれを嫌がるものなどいるはずありません。簡単にこの国は明津様のものとなりますが、明津様はそうなさるつもりなのですか?」
「はぁ!?なんでだよ。俺はこの国を捨てたんだ。途中で拾って、『留守にした分頑張ります』なんて言うぐらいなら捨てない。俺はこの国よりも選んだものがある。それが家族ってものだったし、自分の愛情ってものだった。息子探しだって家族四人そろって幸せになりたい、というか妻と息子二人を幸せにしたいからしてるんだ」
「なるほど。やはり全くお変わりありませんね」
外見だけではなく、中身も東雲が知る羅沙明津と変わりない。
だがそうなればまた話が違ってくる。
羅沙を想いすぎる明津として、羅沙を切り捨てた後はあえて噂や情報を遮断している可能性があるのだ。もし徹底して遮断していれば、実弟の最期も、父親の最期も知らないだろう。どちらも「暗殺」という、進んで話されるようなことではない。噂もあまり広がらないように規制をかけたほどだった。
二代にわたって皇帝が暗殺されたと知っているのは、好んで情報を集める情報屋か、羅沙皇族、または皇帝に近かった城内の限られた者だけ。
有名な、事実とは違う内容の噂をあげると、「重い病に罹られて皇位を退かれた」などがまだ信じられている。信じがたいことに、二代前の皇帝羅沙将敬ですらその噂は未だ信じられているのだ。
「それに俺は鐫とか親父とか姪、甥を信じてるしな。もちろん俺の自慢の騎士様も。お前らに任せておけばこの国はきっと大丈夫だ。心配するだけ無駄って感じだろ?あぁ、でもさすがに親父は歳的に生きてないか…。最期に立ち会えなかったのは申し訳ないな。大嫌いだったけど親父は親父だし、あの人はこの国の皇帝としてはそれなりの成果を上げた人だったしなー。鐫はどうだ?病気とかいろんな噂は聞いたけど、あいつの性格的に長く皇帝になるとは思えないんだよ。どうせ娘に継がせて自分はのんびりティータイムでもしてるんじゃないのか?」
「…確かに将敬様はお亡くなりになられました。六年前のことです」
「あー…、やっぱりか。そうか、うん。墓参りぐらいしていくかな」
明津と将敬の不仲は帝都では有名だった。それでも明津の顔にははっきりと悲しみが現れている。明津が羅沙にいたころには、顔を合わせるたびに緊張した雰囲気を作り出していた二人だったが、父は息子を、息子は父を、過大評価と言えるほど認め合っていた。
嫌い嫌いと言っても尊敬はしていると言いきっていた明津にとって、やはり亡くしなくない人だったのだろう。
城の敷地内にある皇族の墓石の方へ、明津が足を進める。
墓石には鐫の名も刻まれているのだ。墓石の前にたどり着く前に何とか伝えなければならない。だが、東雲が話しかけようとするたびに、明津の方からどうでもいい話題を持ちかけられ、それに答えているとまた鐫のことを話す決心が弱まる。
東雲が明津に事実を打ち明けるよりも先に、明津自身の目で墓石に刻まれた弟の名を見る結果となった。
「ら、すな、える?」
「…………」
まだ名が刻まれて二年。何千年も昔に刻まれた代々の皇帝たちの名と違い、その痕はまだ新しい。
他のものなら絶対に許されないが、明津が墓石がある小島に足を踏み入れる。皇族の墓石がある空間は小さな庭園のように整えられており、墓石自体も巨大な池の中央にある小さな島に安置されている。羅沙皇族の血を受け継がなければ上陸も許されない小島だ。
「…鐫も、死んでたのか?」
間近で墓石に刻まれた名前も確認し、明津が呟く。いくら庭園のようにされているとは言え、その呟きが聞こえないほど小島と入口の距離はない。
しばらくの沈黙の後、東雲は静かに質問に答えた。
「はい…。最期を見届けたのは峰本連夜と、…焔火キセトです」
「そっか。そうだったのか。二年前までは確かに皇帝だったはずだよな?いつだ?」
「最期まで、鐫様は皇帝でいらっしゃいました。将敬様にも劣らぬ、素晴らしい皇帝陛下でございましたよ」
皇位を娘に譲った時点で鐫は生きてはいなかった。
最期を看取ったという連夜とキセトが、ただ黙って東雲に差し出したのは王冠だったのである。そして「娘に」という一言だけ伝えて、彼らが城に来ることはなくなった。
明日には二人の存在を隠していたので、東雲が最期を看取ったと明日と驟雨、大臣たちには知らせた。
「そ、っか。そうかそうか。なんだ、弟に先に死なれちゃ困るな。かなり困る。やっぱり人間ってのは順番に死ぬべきだな。と、いうわけで東雲のことは俺がちゃんと見送ってやるから安心しろ。その代わり最後まで俺の騎士でいろよ?浮気すんな」
「しませんよ。それに私は明津様に見送られもしません。順番通りではないですが、あなたより長生きするつもりです。その容姿を見て、少し自信がなくなりましたけどね」
「老けないわけじゃない。体力とかはいろいろガタがきてる。外見が変わってない分かはわからないが、異常に衰えが早い。魔力量はかなり落ちた。剣の一振りでも違う。正直言うと長くはない。てか、もともと羅沙一族は短命だろ?四十越えたら十分生きた方だ。もうあとは気力で生きるしかない」
「見送ってくださるのでしょう?長生きしますよ、私は」
「うわー…、ま、生き急いでるわけじゃないからな。長生きはしたいし」
後から付け加えられた言い訳を聞いても、東雲には明津の本心というものが手に取るようにわかる。
羅沙皇族が短命なのは有名だが、それは病弱な生まれが多いからだ。将敬がどうだったかは東雲の知るところではないが、鐫と明津も幼い時は床に臥せがちだった。歳をとるごとに治る者もいるが、ほとんどの皇族は病弱な体を引きずるように公務に当たり、そして病を患って若くして死んでいく。
幼いころから覚悟はしているものの、明津にとって自分の死など到底先だと思っていたに違いないはず。弟という自分より若い人物の死は、明津に改めて死の身近さを思い出させたはずなのだ。
「あー。よし、墓参り終了!親父、鐫、あと叔父さんとか!たぶん滅多にこれないけど許してくれよ。俺は国より愛した人を選んだんだ。羅沙皇族なんてものに縛られるのはまっぴらごめんなんだよ」
「…これからはどこへ?初戦を突破したということはラガジにとどまられるのでしょう?」
だが東雲はわかるからこそ聞かない。明津にとって羅沙皇族の死の問題は、いまさら誰かに何か言われることではない。意見する必要もなければ、明津が何を考えているのかいちいち確認を取らなければ確証が得られないことではない。
それよりも、この自覚のない神がどこで寝泊まりしているかどうかのほうがよっぽど不安要素である。
「普通に居住区のホテル止まってるけど…?意外とフードも突っ込まれないしな。城の空き部屋使った方が心地はいいかもしれないが、俺にも身内がいるからな。奥さんがいるんだよ、奥さんが」
やけに自慢げに強調された語尾の意味を理解できるのは、この羅沙に何人いるだろうか。その意味を最初から説明するなら、羅沙明津が選んだ女性の身分から説明しなければならないだろう。
東雲が沈黙の中考え、明津が羅沙を去って二十四年間の間に出た答えを再確認する。
きっと皇族だろうが一般人だろうが、恋は盲目という言葉だけは平等に違いない、と東雲は一人頷いた。