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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
バトルフェスティバル編
33/90

029

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 戦火せんかが柱をあげるのに成功していたころ、しげるはそれを見つける余裕すらない戦いに応じなければならない状況にあった。


 「うわぁっ!?」


 と言っても茂は戦闘に関して「ど」がつく素人。このバトルフェスティバルに参加するほどの手練れならば、相手が手加減していることなど一目見ればわかっただろう。

 もちろん自分が素人で、弱いとされる部類に入ることを理解していた茂も、それを薄々感じとっていた。


 「あ、あの!弄るぐらいなら見逃してくださいぃぃ!!」


 「そーいわれてもだな…。こっちもこっちで優勝目指して参加してるわけだし…」


 茂の泣き言に相手も困ったように返す。茂として一番困ったことは相手の表情が見えないことだった。

 相手は顔を隠すように深々とフードをかぶっていて表情がわからない。それに付け加えて動作なども特に変わったことなどなかった。


 「あの!取引とかなら応じますから!とりあえずぶっ…武器を下しましょうよ!」


 戦闘種にしては遅すぎる斬撃をなんとかよけて、懇願するように茂が叫ぶ。 

 情けないことこの上ないが、茂にとって武器というのは持っている片手剣ではなく、哀歌茂あいかも家長男として身に着けた交渉力なのだ。

 相手はしばらく静止して茂を見つめていた(と思われる。フードで茂にはよくわからなかった。)が、一度大きく頷くと、剣を鞘に納めてくれた。


 「あ、ありがとうございます」


 「いやいや、これからいう条件が飲めなかったら即リタイアさせるからな?」


 「う、うわぁ…。何とかしてみせます」


 「条件は一個だけ。もし二回戦以降の個人戦であったら勝ちを譲ること」


 ここで勝っても後で負けると決まれば意味がないのではないだろうか。ならここで必死に応戦する方がよっぽど男らしいのではにか、など茂の中で考えが浮かぶ。最終的な結論を出そうとした直後、茂自身が今まで少しも考えていない疑問が口に出てしまった


 「…どこかで聞いたことあるような声だな」


 「なっ!?」


 「? うしたんですか? 何に動揺してるんですか?」


 「いやぁー、初めて会った子に、どこかで声を聞いたことあるなんて言われたらなー」


 それは驚くだろ?と同意を求められて、そうかもしれないと茂も小さく頷く。が、フードの男(声からして男だろうという茂の判断)の余裕の態度を崩せたので、もう少し話を広めようと、条件のことをほったらかして茂がさらに聞いた。


 「でもよく聞いているような気もするんです。もしかして知り合いかもしれません。これでも哀歌茂の跡継ぎ。顔は広いですから」


 「いやー、だから、きっと、絶対に、勘違いだろう。何しろ俺は君と出会うのは初めてなんだから」


 相手の動作がやけに大げさになっている。

 知らない知らないと呟きながら両手を広げて首を左右に振る相手。深くかぶっているフードのせいで視線の動きまではわからないが、きっと茂からは遠ざかったところを見ているに違いない。

 ここまでわかりやすいとわざとかもしれないと疑った茂だが、続いて話を深めてみる。すでに相手に剣を抜く気配は消えていたので、茂の中の恐れもかなり薄れていた。


 「あったことはなくても声は聞いたことあるでしょう。絶対に聞いたことがあります。なぜ思い出せないのかというほど身近な人だと思うんです。毎日一回は聞くような、そんな身近な人ですよ。あーっ!なんで出てこないんだろ?んー」


 大げさに悩む動作をする茂に、相手も大げさな動作で茂に駆け寄る。茂の両肩をしっかりとつかんで「違うと思うけどな!俺は君と会ったことも声を交わしたこともないと思うけどな!」などと叫んでいた。

 茂は茂で、なぜ思い出せないのか真剣に考える。このフードの男の声を聞けば聞くほど、絶対に聞いたことある声だと確信できるのだが、やはり誰といった具体的なことになると思い出せない。

 もしかしたら、茂が聞いたこの声は口調やトーンが違うのかもしれない。哀歌茂という家柄のせいで貴族やそれなりの地位を持った人との交流が多かった茂だが、フードの男はかなりぞんざいな言葉使いで地位の高い人間とは思えなかった。


 「あっ、キセ――


 「違います!決して!それだけは!絶対にちーがーいーまーすぅーーー!!」


 茂が思い当たった人の名前を言おうとして、言い終わる前に否定された。

 思い浮かんでしまえばもうキセトにしか聞こえないほど似ている。相手の口調や性格はかなり違うようだが、声質だけはキセトと同じと言ってもよさそうだった。

 そしてキセトと似ていると気づいてしまった茂は、今までのフードの男の言葉をキセトが言っている姿を想像し、おまけにフードのせいでわからなかった表情も勝手に想像し、目の前にいるフードの男に盛大に噴き出した。


 「ご、ごめんなさい!あぁ、でもしゃべらないでください!だ、だめだ!笑える!き、キセトさんが『ちーがーいーまーすぅー』とか笑える!」


 「…」


 間近にいたために噴出された唾が直撃し反論もしないフードの男は、その場にしゃがみ込んで笑いをこらえる茂を見つめるしかできないようだった。

 幸いなことに、茂の笑いが収まるまでカメラは二人を一切映さず、このやり取りが公開されることはなかった。次に画面に映った茂とフードの男がやけに仲良くなっていたことだけは観客にも疑問として残ったが。


 「あー、んで、君はどうなの?条件受け入れるの?」


 「あ、あぁ…そんな話でしたね。いいですよ、受け入れましょう。二回戦以降はトーナメントでしたよね?早々に当たらないことだけを祈って。それかあなたが途中で負けることを祈ります」


 「そっか。俺が君にあたる前に負けたら、ここは無条件で見逃したも同然になるのか」


 そこまで考えが及んでいなかったのか感心したようにフードの男が呟く。そもそも自分が負けたら、という考えがなかったのかもしれない。


 「ではぼくはこれで。いつの間にかパートナーからのSOS発信されてましたしね。戦火ならあれほどの炎があって負けることもないでしょうけれど」


 理想としてはあのSOSが発信される前に駆けつけてほしかったんだろうな、と呑気に考えながら歩いて火柱が上がる方角へ向かっていた。

 なぜか隣にはフードの男がついてきていて、男が言うには「あれは目立つから俺のパートナーもあれに向かっているかもしれない」だそうだ。

 大丈夫だろうけど急いだ方がいいのかもしれない。でももう見せ場なんてないだろうしどうしよう。急いで駆け付けて汗だくだくの姿もみっともないだろうけれど、ゆっくり向かって涼しげな顔して登場するのも薄情じゃないだろうか、とフードの男に相談してみると「強い子なら大丈夫だろう」という答えにもなっていない応えが返ってきた。


 「むしろ君の方が問題だろ?弱すぎだぞ」


 「ど素人ですからね」


 「剣は素人でもほら…、哀歌茂なら土魔法あるはずだ。それこそ跡継ぎの君に哀歌茂特有の土属性が受け継がれてないなんて話はないだろう?」


 「そんなことまで知っているんですか?貴族の炎は有名ですけど、哀歌茂の土なんて誰も知らないと思ってました。でもまぁ、生まれた時には得意でもそれを特訓しなければすぐ使い物にならなくなるんです。商人の未来にまさか戦闘が必要になるとは思ってませんでしたから」


 「折角の才能なんだから伸ばせばいいのに。勿体ないな。俺なら土とか炎とかの魔法なら猛特訓するぜ?何せ普通の魔法使えないからなー」


 「使えない?もしかして魔法型がNかLなんですか?ぼくの身近にもL型の人いますよ。明日羅の人なんですけどね」


 「あーうん。まー、あーえっと、そんなものだ」


 聞いていてかわいそうになるほど嘘が苦手な人だ。魔力が全くないN型でもなく、魔力を持っていても魔法が使えないL型でもなく、それでも普通の魔法が使えないとなると特別型しかない。だが特別型というのは賢者の血筋と言われる特別な血族だけに伝わるもので、簡単に言うなら、羅沙皇族、明日羅皇族、不知火本家、葵本家の人間だけが「特別型」なのだ。

 よって茂の中で隣にいるこの男が特別型であるという選択肢は除外されていた。N型だと認めたがらない魔力文化人がもいるのでその類だろうと結果づけた。


 「街…ですかね、あれ。市街エリアの真ん中近くから火柱が上がっているようにしか見えないのですが…」


 「火柱をそのまま出そうと思ったら相当の魔力が必要だからな。木でも燃やして火種を作ったんじゃないのか?」


 「街の中に木?木造建築とかですか?あっ公園もありますね」


 「んー。大人数でその戦火ちゃんとかいう子追いかけまわしてたみたいだな。感心しねー。女の子には優しくしないと男じゃないぜ、それは」


 「すいません、キセトさんの声でそんなこと言わないでくださいません?また笑いが」


 「…そのキセト君はこういうこと言わないのか?」


 聞かれて考えてみると、確かに何も言わない人だと思う。

 なにも女性に優しくない男性を認めているわけでもないだろうが、キセトという人は他人に干渉しない人なのだ。フードの男のように正論であろうと、どれほど正しいことであろうと、他人のことには関わりたがらない。

 そして少しでも関わってしまったのなら最後まで関わり続ける。静葉しずはのこともそうであり、茂や戦火などのナイトギルド隊員は「関わった」から責任を持つ意味も込めて入隊許可を出しているのではないだろうか。


 「あまりそういう口出しみたいなことは好まない人なんだと思いますよ…、たぶん」


 ナイトギルド隊員でもある茂でも、時々他人行儀だと感じることがあるほどだ。間違いではないはず。


 「自分で精一杯なのかもな、そのキセト君とやらは」


 「かなり上からものを言いますよね?そういうあなたは何者なんですか?」


 「んー…。何で個人を特定するかによる。君が言うように声で判断するならそのキセト君とやらで、性格なら…君が知る誰に似ている?」


 「峰本みねもとさんですかね」


 「じゃ性格なら峰本ってやつ。魔法っていう超便利びっくり術が世界にある限り、姿かたち、性格なんかじゃ個人は特定できない。ハッキリ言って本人の気持ちの在り方だけ。性格なら【トレース】があるし外見や声も変化魔法の一種で変えられる。だから『何者なのか』なんて質問は不必要だ」


 「では、あなたは自分が何者だと思っているんですか?」


 「……うむ」


 フードの男が言葉を詰まらせた。茂としては気軽に聞いたつもりだったが、相手にとっては複雑なことらしく、中々言葉が返ってこない。

 そもそもフードで顔を隠している時点で、顔が有名か、黒髪銀髪のどちらかなのではないだろうか。大会参加条件は「病を患っていない、または日常生活に害がでるほどの傷を負っていない人間」だ。北の森出身者が顔を隠して出場している可能性だってある。

 フードの奥にキセトと同じような漆黒の髪があるのかもしれない。そう考えると、羅沙らすな帝都のラガジで哀歌茂の英才教育を受けてきた茂は、無意識に恐怖を感じた。不知火しらぬいは、黒という色は、絶対の敵を表すもの。どうしたとしても味方になることはありえないと、無意識にそう考えてしまうからだ。


 「どうした?震えてるぞ」


 「えぇ、少し、ほんの少し、育ちが出てしまったと言いましょうか。お気になさらずに」


 言われて気づく。茂が自分の体を腕で抱くと確かに小刻みに震えていた。たいていの怖いことに対しては平静を装える自信があるが、黒という色に対してはここまで素直に出ることを再確認する。

 ここまで黒が、不知火が恐ろしいのに、普段キセトという人物とは普通に接し、さらには交流を深めようと思えることが不思議だ。キセトの髪こそ、漆黒というのにふさわしい黒なのに。

 震えが止まるのを待とうとその場にしゃがみ込んだ。上からくすくすと笑う声が聞こえ、フードの男の声が、キセトの声が降ってくる。


 「育ちが出て震えるの?よくわからない育ちね、それ」


 フードの男の笑い声に重なり女性の声が聞こえて、茂も我に返った。

 この声の主はキセトではないし、フードの男以外にも今声がしたのではないか。それは敵が増えたということだ。震えている場合じゃない。

 素早く(といっても素人なので、言うほどは素早くない)構える茂を見て、いつの間にか増えていたフードの女(女性の声だった気がする)が口元だけでニコリと笑う。


 「初めまして。この人が迷惑かけなかった?うるさかったでしょう?」


 「パートナー?」


 「そうね。この大会に彼のパートナーとして参加しているわ」


 フードの女がフードの男にそっと寄り添う。

 顔も見えないと言うのに、そうしているだけで二人がただならぬ関係なのはわかった。と、言うより顔さえ隠していなかったら何の違和感もない夫婦に見えたはずだ。


 「じゃここらへんで。次あたったときはよろしく。見逃してやった条件忘れんなよ」


 「あっ、最後に答えてくださいよ!あなたは自分のことを何者だと思っているんですか?」


 「あっ?あぁ、んー、じゃぁ、神様、かな?」


 とんでもない言葉だけ残して、フードの男と女は茂の前から姿を消した。

 ぽかんと取り残された茂は後ろで火柱が小さくなっていくのを感じ、フードの二人組のことを一旦忘れ、すぐに戦火のもとへと走っていった。



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