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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
松本姉妹は既に合流し、城跡エリアの中にあった見張塔の一つに上り、二人揃って魔空間を眺めていた。
誰かと戦うでもなく、まだ合流できていないわけでもない。初戦ではすでに勝利条件を満ていたので、傍観者側へとまわったのだ。無駄に戦うことほど勝率を下げることはない。
「ルー姉?」
「なんなのだよ」
「キー様は元奴隷だったのですぅ」
衝撃的な事実。知ってしまったというより勝手に部屋に入って知った事実。
だがその事実の衝撃に対して、軽い声で瑠莉花は言葉にした。知っていることに優越感があるわけでもない。姉に教えてあげようなんて気持ちもない。
天気がいいねという言葉と同じぐらいの軽さで、意味もなく、ただ呟いただけだった。
「知ってるのだよ」
その言葉に対する姉の反応もまた、挨拶を返すだけのように特別な感情が込められたものではない。扱っている事実が、言葉の内容が、どれほど世界を揺るがすことでも二人には関係ない。
「レー様は」
「銀狼。キー君は」
「黒獅子」
確かめ合うように言い合って、少し落ち着いて。
そして会話は、違うことから再開される。
「戦火様が戦っているのですぅ。あれ、火柱」
見張塔から見える景色の中に、天へ吸い込まれているような黒煙とその根元にわずかに見える炎。紛れもなく戦火が茂を呼び寄せるために作り出した炎だ。
それを見れば戦火が戦っているということも、茂と合流していないのだろうということも、この姉妹には想像がつく。別に助けに行くのは茂ではなくてもいいということもわかる。わかってこの姉妹は助けには答えない。
よく言うと、あのSOSは茂に向けられたものだからだから。そして悪く言うと、この姉妹にとって戦火が初戦敗退でもいいから。
「あぁ本当なのだよ。あんなに目立ったらシゲシゲたんも流石に気づくのだよ」
だからこそ瑠砺花の返事も棒読みに近いものになってしまうのだ。
「でも戦火様ってあんなに大きな炎出せたのですぅ?」
「きっと木製の家か林でも燃やしたのだよ。発生させるのは不可能なのだけど、そこにある炎を操るぐらいは出来るのだよ」
「じゃシゲシゲ様がたどり着かなくともいいって事なのですぅ」
「そうなのだよ。結局戦火ちゃんもまた、強い子だってことなのだよ」
「そうなのですか…」
「………」
「………」
沈黙。
見張塔から見える景色を二人揃って見つめる。市街エリア方面に上がっている荒々しい火柱を代表に至るところで戦闘を思わせる光景が出来上がっていた。
参加者として不適切だが、松本姉妹はそれをただ傍観する。火柱はどこかの映画のワンシーンのようで、戦闘音はお店に流れるBGMのようで、言えば二人にとってどうでもいい。
あのね、ルー姉、と瑠莉花が沈黙を破って話しかけてた。
だがそれは決して姉妹間の沈黙が重苦しかったわけではない。むしろこの姉妹の間の沈黙は、お互いの世界に浸る時間でもあり、お互いの必要性を確かめる時間でもあり、それぞれの個を確立させていくための時間でもある。わざと沈黙し、わざと一人で考える時間を作らなければならないほど、この姉妹はお互いに依存していると言ってもいい。
だからこそ、中途半端に沈黙を破る瑠莉花の掛け声に、瑠砺花は驚いた。純粋に驚き、妹をまじまじと見つめ、その真剣さを確かめ、姉として、依存されている身として、妹に優しく笑いかけて、妹の言葉の続きを促した。
「キー様も…強いのです?」
絞り出すように出てきた質問は答えにくいものだったが、妹が真剣にその事実を知りたいというのなら、瑠砺花は懸命に考えて答えるしかない。
瑠砺花にとって妹とは自分のが生きていくための空気のようなものなのだから、そばに居なければ困る。そして今の人間関係を考えると、瑠砺花にとって妹とは強いものに頼って生きる弱者だ。強いものの陰に隠れる自分によくにた弱者。そう考えると、妹のすぐそばに強い人物がいるとはあまり明言したくはない。
「キー君は、うん、違う…のだよ」
「…弱いのです?」
「いや、弱くない。弱くはないのだよ。でもキー君は強いから疎外されやすいはずなのだよ?強すぎるから。ただの強い人とは違う」
「強すぎる…?」
姉の考えも知らず、妹も妹で考える。
瑠莉花の中で強いということは独立すること。強すぎるということは孤立してしまっているのだろうか。人は他人と関わらないと生きていけない生物だというのに?
「キー君は化け物なのだよ。一人でも自分を保てる。人間らしくないのだよ。でもだから私とリーちゃんだってキー君に頼れる。キー君は人間らしくない。だからレー君と友達であれる。キー君が化け物であってくれるから私たちは好きでいられるのだよ」
妹は、強くても人間以外にはなびかない。そう考える姉と。
「うん。そうなのですぅ」
姉が頼るという人物は、誰であろうとも嫉妬の対象になってしまう。そんな考え方の妹。
人間を信じられないとやけくそになっていた瑠砺花にも、人間に興味を失って死を目指していた瑠莉花にも、「人間外」のキセトと連夜の存在に救われた。そして虫が光に集まるように二人の下にフラフラ寄ってきた姉妹は再会できたのだ。
よくも悪くも、焔火キセトという人物と峰本連夜という人物が、人間外の強さを持っていることは理解しているのがこの松本姉妹というもので。
だからこそこの姉妹は依存する。
生きるために妹を必要とするように。
世界が姉中心であるように。
姉が妹に依存するように。
妹が姉に依存するように。
「人間外」のある二人にも依存する。
そしてそれを自覚しているからこそ、この姉妹は二人の化物のことも少々なりと気にかけていた。それこそ姉妹を思うほどではないにしろ、だ。
「キー様とレー様。何するつもりなのですぅ?」
「わからないのだよ。でもどうせキー君の父親のことなのだよ。ほら、羅沙明津」
羅沙生まれの二人だが、珍しく明津信教徒ではないので、またもやサラリと衝撃的事実を口にする。だがこの場にそのことで驚く人物がいないで二人の話は妨げられることなく続くのだが。
「でも優勝して羅沙明津のことだけなのですぅ?皇帝陛下に申し上げるぐらいならキー様が元の色の髪で、さらにあの鬱陶しい前髪上げて外出歩くほうが手っ取り早いのですよぉ」
キセトの元の髪が羅沙皇族の水色であることや、キセトの顔が羅沙明津の生き写しであることを二人は知っている。
キセト本人も隠すつもりはないらしく、共同生活を二年強送ってきた二人なら知っていて当たり前のこととなっていた。なにせキセトは風呂上がりなど水色の髪のまま過ごすことが度々あったし、髪も後ろに流して顔を全面晒していることも珍しくはなかった。
ナイトギルド隊員で知らないのは、最近は入ったばかりの哀歌茂茂ぐらいだろう。
「まぁ確かにそうなのだよ」
瑠砺花が同意して、一旦話が落ち着く。
松本姉妹は静葉たちのように、キセトたちから何も話されていない。
それなのになぜ知っているのか。姉妹は蓮のように特別に二人に明かされたわけでもない。
姉妹が知っている理由は彼女たちが勝手に調べたからだ。それもキセトや連夜が心配だからといって調べたわけではない。
ただ姉妹にとって、キセトや連夜といった身近な存在の隠し事は害になるかもしれないというだけ。姉からすれば妹の、妹からすれば姉の、それぞれ邪魔になるかもしれなかった。
それだけの理由で互いに何もいうことなく細部まで調べれるだけ調べあげた。瑠砺花にとって瑠莉花の、瑠莉花にとって瑠砺花の邪魔になるのなら、それは命の恩人だろうが真の理解者だろうが、居場所の提供者だろうが、排除しなければならない。
それは姉や妹を想っての行為ではなく、姉や妹を失った自分が生きていけないことを確信していたから。結局は自分のためにしか動けていないともわかっていた。
「キー君にとって過去はあまり執着することじゃないみたいなのだよ?ただ社会を混乱させたくないから黙ってるだけみたいなのだよ」
「でもレー様はそうじゃないのです。レー様は自分の両親が大嫌いなのですよ。だから『自分』の両親があんなやつらだって知られたくないのです」
「そんなこと言われたら親としてショックなのだよぉー。あと、『あんなやつら』なんていうべきじゃないのだよ?何て言ったって、あのレー君の両親なのだから」
「それは失礼しましたのです。人の親に対してとっても失礼なのでしたぁ」
笑う瑠莉花に悪びれる様子はない。連夜はともかく、連夜の両親など瑠莉花に何の価値もない。それして瑠砺花にも何の価値もない。この姉妹には必要のない人物。
「ルー姉の邪魔にならないといいのですぅ。あの二人はあんまり敵視したくないのですよぉ」
「リーちゃんを助けてくれるといいのだよ。きっとあの二人に限ってそんなことはありえないのだけど」
瑠砺花と瑠莉花。松本姉妹は姉妹なりに二人を信頼し、二人の害にはならないようにと気をつけていたし、姉妹が二人の害にはならないと信じていた。
それがこれからも変わらないとだけは誓えないのだが。