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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
バトルフェスティバル第一回戦開始から三十分が経過していた。
だが開催者たちが半分ほど思っていた第一回戦で、半分どころか四分の三リタイアという結果になっている。それもまだ途中経過の話だ。
一番予想できなかったのは峰本連夜という男の参加。そしてそのパートナーに選ばれた焔火キセトの参加だった。
開催当初は二人のことも話題に上がったが、大会の宣伝にもなるとして二人の参加を認めた。それがいけなかったと今なら思える。
峰本連夜が、参加者の半数以上を病院送りにするという異例の事態によって、パートナーを失ったもの、その強さを見て勝てないと思ったもの、病院送りにされなかっただけで十分トラウマは負ったものなど、リタイアするものが多かった。
ただ奇跡だと言えるのは、その絶対的強さを見せつけながら誰も死んでいないこと。本来なら大会程度で死人が出たなど冗談でもありえないのだが、連夜の強さを見た以上それは冗談ではすまなくなっていた。
「あっ、キセト発見」
「……他人を傷つけたくないと言った俺へのあてつけか?」
「手加減してるつーの!ちょっと触ったぐらいで怪我する弱さが罪なんだよ。オレの強さが罪なわけじゃねーし?」
「とりあえずもう大人しくしてろ。嫌というほど目立ってしまった」
「へいへい。それにこれで変に突っかかってくる奴はいないだろ。それかこのチームの弱点をお前だと思って、お前を襲う奴が増えるかだ。お前言ったろ?お前だけに迷惑かけるなら構わないって。ていうわけで、迷惑かけるわ」
「そんなことはどうでもいい。自分が傷つけた人への謝罪の言葉でも考えておけ」
キセトの言葉に連夜がしかめ面になった。その連夜のしかめ面を見てもキセトは眉ひとつ動かさない。さらに連夜には興味ないと言わんばかりに人気がないほうへ歩みを進めていく。
アヒルの子のようにそのあとをひょこひょこついていく気にもならず、連夜はもともとキセトが座っていた草原に座り込んだ。折角合流したパートナーはすでに姿を認めることはできない。暴れてもいいかもしれないという自分の勘に頼った結果、かなり目立ったことは連夜も認めるが、突然不機嫌になったお友達の考えは連夜にはよくわからない。
「なんだよー。なんだよなんだよちくしょう。こっちだって人傷つけなくていいならそれがいいっての。あれだよあれ!向こうが馬鹿みたいに弱くて脆いくせにこっちに突っ込んでくるからだろ?勝手にあっちがオレが弱いって決めて調子に乗ってるとか言って突っかかってくるんじゃねーか。オレが悪いみたいにいいやがって」
連夜と他人の力の差は連夜のせいではない。他人が連夜より弱いことは他人のせいではない。連夜が他人より強いことは連夜のせいではない。
そんなことはキセトもわかっていて、誰に言わせようが悪くないこと。
特にキセトや連夜というお互いの事情を知っている間柄では、それを責めるようなことはできない。お互いがお互いに、そんなことを責めたとしたら、それは生まれたこと自体を責めることに繋がっていくと知っているからだ。
もちろんお互いとしてそんなことを進んで責めたいと思うような性格ではない。
「さてオレらは安泰と。松本姉妹は大丈夫だろ。初戦落ちするような奴らじゃねーし。問題は戦火と茂だな…。嫌でも目立つしなー、あいつら」
連夜の自分のことを棚に上げた心配が、さすが連夜というべきか。的を射たような予想だったのである。
連夜とキセトが合流した草原エリアから少し離れたところにある市街エリア。そこで「嫌でも目立つ」戦火は茂と合流もできず、さらには人に囲まれ戦闘を強いられる状況に陥っていた。
「あらあら」
戦火の二歩後ろは壁。そして半円を描くように囲む人たち。相手はすでに合流したグループも混じっているようだが、戦火は茂と合流どころかお互いの位置もつかんでいない。
表向きは余裕の笑みのまま、だが内面ではどうしようもないほど焦っていた。
「女性一人に対して少々力み過ぎではありませんこと?」
「戦える貴族なんて恐ろしいものは早めにつぶしましょう、ってここにいる奴らは考えてんのよ、貴族様」
「戦える貴族、ですか」
戦火から言わせれば貴族の知り合いほとんどが戦える貴族だ。一般的にこういう大会などには参加しないだけで、貴族主催の大会ならバトルロイヤル等でも貴族は参加する。
ただ一般人からすれば、髪が赤いというだけで特別であり、自分たちとは違うという印象を受ける。
そもそも羅沙の一般帝国民は髪も目も紺色である。その中に赤色や緑色がぽつんと一つだけあれば、それこそ「嫌でも目立つ」のである。
「バカみたいですわ。髪が赤いからなんですの?貴族だからなんですの?私はただ、ナイトギルド一隊員としてこのバトルフェスティバルに参加していますの。もちろん闘技の名も貴族の名誉も背負っていますけれど、名や名誉を背負ったとしても物理的に強くなれるわけではありませんわ。
私は純粋なる実力差によって誇り高く、美麗に、鮮やかに、勝利します。
すでに私とあなたたちの間には実力差があるのですわ。数だけ増えても意味なんてありませんことよ」
実力差は変わらずとも人数差によって不利になることがある。
そんなことは戦火にもわかっているのだが、不利になったからあからさまに焦る姿を見せるということがさらに自らを不利にさせるということもわかっていた。
だが相手はそう思っていないのか、貴族という第一印象のおかげか、戦火が先頭に関することは無知に近く、この状況をわかっていないと判断したらしい。戦火の前には憎たらしいほど余裕の笑みが人数分そろっていた。
貴族の印象など貴族である戦火にはわからない。
戦わないひょろい者ばかりだとか、貧しいものを奴隷のように金で買っている者ばかりだとか、自分が偉いと思っている者ばかりだとか、様々な噂は戦火の耳にも届くものの、赤髪、赤目の戦火の目の前でその噂を嬉々と語るものがいないのも事実。
そんな戦火にはいまいち「戦える貴族」や「一般人と大差ない貴族」の稀有さがわからないのだ。
だがその印象もあながち間違っているともいえない。ほとんどの貴族がその印象通りともいえる。
ただ戦火は、そんな貴族と違う。そしてそうでもない貴族ともまた少し違った。
安っぽい挑発の仕方を峰本連夜という人間から教わったこと。上流貴族の闘技家に生まれながらもギルドに属す自分を許せる価値観を持っていること。そして貴族だからという理由で敬遠されることを快く思えないこと。
あくまで戦火が誇りに思うのは、闘技家という素晴らしい家の一員として生まれた自分。そんな自分を認めてくれた人。
認めてくれた人たちのためにもその誇りだけは失うわけにはいかない、と思うだけで。赤い髪やら目を赤いと言うだけで誇りに思っているわけでもなく、貴族という名前だけのことに誇りを感じているわけではない。
「私は貴族ですけれど、あなたたちと何も変わりません。同じ羅沙の国民です。同じくこのバトルフェスティバルに参加する者ですわ」
「そんなこと言ってるんじゃないですよ、こっちは」
では何を言っているのだろう。
戦火には戦える貴族という脅威がどういうものなのかわからない。
貴族と一般人の実力の差として出るものは一つだけある。魔法方面のことだ。貴族は、いや髪や目に赤色を持って生まれてくる人間は炎系統の魔法を詠唱なしで扱える。たったそれだけの差。
武器等を使う戦闘では一般人と何も変わらず努力や経験と言ったものが必要となってくる。魔法の差は大きいが、炎系統に偏ると最初から教えているようなもので対策も練りやすい。結局は大差ないことだ。
「おれたちはねー、貴族さんが何のハンデもなしに大会に参加するのは不平等だと思うんですよ。だから初戦で敗退してもらおうかなーと」
たった一人の女子高校生を相手に数人で囲んで追い込むことが平等だと言いたいらしい、と戦火は受け取った。そして貴族というだけでそうなっている現状を冷静に判断し、また一つ、戦火の中で貴族という名称に恨みが重なる。
「理解はいたしました。ですが納得できませんので私も応じることにいたします」
槍をしっかりと握り、がむしゃらと言われてもいいほど適当に振り回しながらも一番薄いところを狙って包囲を抜ける。市街エリアを走りながら、巧みに一対一になるようにひたすら逃げつつ、戦火はあるものを探していた。市街エリアには必ずあるはずのもの。
追いかけてくる三人と、おそらく回り込んでいるのだろう姿を消した数人。
最初に数を数えておかなかったのは失敗だった。追いかけてくる三人には炎を放って距離を保ちつつも、やはりじわじわと詰められている。ここに回り込んでいる数人が現れたら一瞬で勝負がついてしまう。
「仕方がありませんか」
戦火としてはあまり応戦したくない。ここで戦火がどうしたとしても、後々貴族はどうこうと噂になるに決まっているからだ。それならば逃げ足が速いなどと笑いものにされる方がよっぽどましである。
だが負けるわけにもいかない。パートナーとして参加してくれた茂のためにも、戦火が先にリタイアになることだけはしてはいけない。
「おっ、戦う気になったのか。お嬢様」
「…」
槍を構え一定の距離を保つ。じりじりとお互いの出方をうかがうが、やはり一対三という不利な状況に変わりない。相手の不意を衝くか、それとも一撃目で一人を倒すなりするか。お互い向き合ってしまった状態で前者を選ぶことはなかなか難しい。そいて後者も後者で戦火の実力では厳しい。
火柱を壁のように何本も出して目くらましにすれば不意を衝き、さらにはその炎で一人ぐらい戦闘離脱できそうだが、それほどの炎を出すには戦火の魔力ではフルの状態でも足りない。そもそもそんなことができないから、わざわざ走り回ってあるものを探している状態だ。
「来ないならこっちからいくぜ!」
「うっ…」
様子をうかがう手なのか単調な軌跡を描く剣先の軌道。戦火はそれを一歩引くと同時に槍の柄で受け流す。こんな時、少々重くても鉄製の柄の槍でよかったと思うものだ。
そしてさらに相手から自分の間合いに入ってきてくれたことを逃す戦火ではない。槍という武器に似合わない横振りで相手を狙うが、それは簡単にかわされてしまった。
「武器の使い方わかってねーんじゃねーの?槍ってのはつ…」
だが相手の浅い考えなど最後まで言わせない。
戦火が振りぬいた槍を、今度は手前に引きながら逆手に持ち直し、もう一度逆に振りぬいたのだ。本来なら横振りされたの刃で深い傷は負わない。やはり槍というものは突く武器だからだ。だがそれは、槍なら、の話。
戦火と対峙していた男を斬った武器は明らかに槍という形状ではなく、鎌と言える形をしていた。
「かっ…、な、なんだ…それ!槍じゃねーのかよ!」
戦火の腕力では思いっきり振りぬいたとしても人の胴体を引き裂くほどの強さにはならない。だが男の腹部には鎌の刃が食い込んでできた浅くない傷が確かに存在していた。
戦火は一・二歩のステップで下がり、すでに槍に戻っている武器を相手に向かって構える。まさにその武器が槍以外何物でもないと示すかのように。
「槍だと明言した覚えはありませんわ。ですが、槍以外に見えますの?」
実際に攻撃を受けた男だけが槍ではないと言い張り、後ろにいた二人はただ首をかしげるばかりだ。それもそのはずで、後ろの二人には、ただ前に進み出ていた男が突然腹部から出血したようにしか見えていない。
戦火の武器の刃には見える刃と見えない刃がある。見える刃は槍としてついている刃そのもの。そして見えない刃というものが鎌の部分だ。鎌の部分の刃は常にあるわけではなく、槍を横薙ぎに使うなどしたときにその刃の軌道そのものが鎌の刃に変わるという特別な武器。
つまり戦火の一撃目の軌道がそのまま形となり二撃目として襲ってくる。槍本来の役目として突きを放ったときは見えない刃は形成されずただの槍と同じだが。
「おかしいっ!あの武器になんか細工してやがるな!?」
「おかしいこと言わないでください。大会の定義にのっとった武器ですわ」
「ありえねー!絶対に見えないなんかがついてるだろ!」
「そんなものついていませんわ」
男が納得いかないと呟く。堂々と戦火が嘘をついているのだからそれもそのはずだ。
だが戦火の言葉も一概に嘘とは言えない。実際一撃目のときは槍には何もついていない。目に見えない刃もなければ魔力的価値もないただの槍だ。一撃目の軌道を使うということは毎回刃の形が変わるという相手を慣れさせない利点もあるが、一撃目を放たなければまともに使えないという不利な点もあるということだ。
戦火はその代償に現在も大きく足を引っ張られていると言っていい。
「…」
「あっ、待て!追いかけろ!あの武器には注意しろよ!」
だから戦闘が長引く前に逃げれるときは逃げる。情けなくともみっともなくても逃げる。誇り高く、美麗に、鮮やかに、勝利しなくともいいのだ。勝利したらそれでいい。負けなければいい。それが今のところの戦火の本音であり、戦火がつかむ貴族の実態でもある。
必死に腹部を抑え傷をいやそうとしている男はしばらくは追ってこれないだろう。その証拠に残りの二人に指令こそ飛ばしているものの、自分が動く気配はない。とりあえずは一人戦闘不能に陥らせたわけだ。
「…見つかりませんわね」
それだけを確認できれば十分である。
指示を聞いてやっと戦火を追い出した二人など、実力はともかく行動力の時点でいまいちだ。司令塔でもあり最も行動力を持っていたあの男さえ戦闘不能にできれば戦火としてはいますぐの問題は一つ解消された。
だがいつまでも体力が続くわけではない。追いかけてくる二人も明らかに戦火が隙だらけになれば攻撃してくることにいは違いないのだ。早く探しているものを見つけ出して目的を果たしたい。
「あ、ありましたわっ!!」
戦火が見つけたもの。それは公園だった。それも木々が多い公園。
最初から戦火には一人で対峙するつもりなどなく、なんとしてもパートナーである茂と合流したかったのである。そして戦火ができることというのは自分の居場所を示すこと。だが煙を立てようにも燃えるようなものは持っておらず、市街エリアにあるような大掛かりなものを燃やす炎を発生させるのはやはり魔力が足りないのである。
そこで公園などにある木々なら小さな炎からも大きくなり、黒煙を登らせることができるのではないかと考えたのだ。公園にあるような木々は隣接しているので一本を燃やせば他にも燃え移り茂を呼び寄せる以外にも、炎を操れる戦火からすればそれだけで炎の要塞ともなる。
「あれ?逃げないんですか?」
「必要ありませんので」
「急に強気ですね」
「はい。逃げていたのではなく、自分に有利な場所を探していただけですから」
嘘で塗り固めた言葉と笑顔。
戦火のそれを本物だと受け取り少しでも怯えてしまった相手にはすでに勝機というものは見えなくなっていた。