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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
バトルフェスティバル編
27/90

023

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 目が覚めると、虚脱感と疲労が感じ取れた。今日だけに関わらず、すでに毎朝のこととなっていた。

 なんとか上半身を起こして部屋を見渡す。相変わらず散乱とした部屋で本と真っ黒の布を窓にかけただけのものが存在を主張している。自分の部屋ながら、生活感を感じさせない部屋だ。


 「怠い…」


 声に出すとさらに怠さが増した気がする。

 キセトはベッドから抜け出し、少し寒いぐらいの室内でいつもの黒スーツに着替える。着替え終わっても未だに脱力感が残っていて気味が悪かった。いつもならこの時点で殆ど脱力感も疲労感も消えているはずなのだ。

 少々いつもと違うが仕事や予定に支障が出るものではないとして、キセトは食堂に降りていった。食堂に入ると、香ばしい匂いがキセトの嗅覚を刺激する。全員分の朝食を作るため、毎日早起きしている戦火せんかが今日も台所で調理中らしい。


 「早いな、流石に」


 「あら、キセトさんおはようございます。早いってもう六時ですわ。皆さんももう目覚めていらっしゃいますわよ。食堂へいらしていないだけで」


 「そうだな」


 瑠砺花るれか瑠莉花るりかあたりはまだ本気で熟睡していそうだが、それ以外の隊員なら起きて各部屋で自分の時間を過ごしていそうだ。そんなところを想像すると微笑ましく、笑えるのではないかとすら思えるのだが、今は脱力感や疲労感が勝っているせいか笑みを作る気にはなれなかった。


 「…? キセトさん、体調が優れないのですか?」


 「どうした?唐突に…?」


 「お顔の色が優れませんわ」


 戦火に言われて鏡を覗き込む。確かにいいとは決して言えなさそうだ。


 「脱力感がするだけだ。だがそうだな…、静葉しずはに例のバーに連夜れんやを迎えに行くようにだけ伝えておいてくれ。今日は少し休む」


 「わかりました。お大事になさってください」


 戦火の言葉に軽く手を上げて応えておく。そそくさと逃げるように食堂を出た頃には痛みまで感じ始めていた。自分の部屋に逃げ込むようにして滑り込む。先程仕事に支障はないと判断して出た部屋だが、今はそんなこと考えられなかった。


 脱力感と疲労感に続く痛み。自分では原因がわかってるとはいえ治せない。荒くなる呼吸を他人事のように感じながら、本だらけの床に転がる。何個かの山が崩れたが直す力も出せなかった。


 「………あつ…い…」


 なんの危険信号なのか体温が急激に上がる。いつもならこんな症状が出る前に気を失うのだが、今回はおかしいとキセトも自覚していた。

 なんとか体を冷ますために力が入らない手足に鞭打ち、窓に近づく。カーテンは無視して窓だけなんとか開ける。それが限界で、体が本の中に沈むのを感じた。紙の匂いと外からの冷たい風と体内の熱。三つだけの情報だけで思考が満たされ、他の情報や考えを無意識に拒絶する。

 外からの冷風を受けても熱が下がらない。熱で思考もぼんやりする。どんなに息を荒くしようが、深くしようが、ゆっくりしようが、酸素が取り込めた気がしない。


 結局暫くしたとこで自ら意識を手放した。どうにもならないと自覚しているからこその行為だったのだが、慎重なキセトにしては考えが足りなかった行為だったといえるだろう。

 他人に体調不良を知られたくないから私室へ逃げ込んだというのに、朝から気を失ってしまったら見つけてくださいといっているようなものだ。


 「キセトー?バーに連夜迎えに行けってどー…いうこと?」


 後半の問いが虚しく消える。静葉に見えたものは、窓側の壁にある本の山に埋もれるようにして眠っているキセトである。ただ、尋常ではない呼吸の荒さに、遠めでも確認できる脂汗が、ただ眠っているだけではないと主張している。


 「キセト!?ちょ、ちょっと!キセト?キセトってば!」


 本の山を崩しながら本を踏み付けながらキセトのもとへ駆け寄るが、キセトが静葉の声に応える様子はない。いつもなら無駄な接触を拒み、眠っている間であっても警戒心を解かないキセトが、安々と静葉に抱きかかえられることを許した時点で、静葉の中のあせりは尋常ではないものとなっていた。


 「あつぅ!この熱どうしたのよ!?起きなさいてばっ!」


 いくら体を揺らしても力無くされるがままに揺れる。揺らすのを止めると力無く静葉にもたれ掛かってくる。普段のキセトからは考えられない行動だ。


 「キセト?」


 「…………」


 熱にうなされたままキセトから返事はない。ただ苦しそうに時々喘ぐだけだ。

 苦しむキセトを見て、うろたえていただけの静葉が落ち着きだす。

 滅多に他人を頼らず弱みすら見せないキセトが隠しきれなかった弱みだ。助けられた恩を感じている静葉にとってこんな時こそキセトを助けるべきだと、自分が動くべきだと考えることで静葉は落ち着きを取り戻した。

 キセトをベッドに寝かしつけ、急いでれんを呼ぶ。そのあとで今ギルドにいるもう一人の成人である瑠砺花を叩き起こしギルドのことを任せ、連夜を迎えに行くことを告げる。


 「し、シーちゃん?私は…」


 「瑠砺花。今アークもいないの。私たちが引っ張るしかないの。連夜を迎えに行ってくるからその間、ギルドをお願い」


 「う、で、でもキーくんが倒れるなんて!なんで!キーくんは治ったって!いつも通りだって!!そういってくれたのよ?ボロボロでもこんな急に倒れるなんておかしい!」


 「瑠砺花!お願い。私一人じゃ挫けそうなの。連夜呼んでくるから。どんな時も馬鹿馬鹿しいぐらい堂々してるあいつを迎えに行ってくるから。アークも帰ってくるかもしれない。お願い。戦火ちゃんや蓮ちゃんの前で私たちが弱ってちゃ面目ないでしょ?」


 「シーちゃん強すぎるよ。私は無理だよ………。だって、だってキーくんが。キーくんがぁ!」


 「ねぇ瑠砺花。助けて貰ったんでしょ?キセトと連夜に。滅多に頼ってくれないあいつらが弱み見せてるの。助けないと、ね?」


 「…」


 何も瑠砺花は応えない。後付けのキャラも忘れたのか語尾もない。一切偽っていない「瑠砺花」そのものが静葉の前で泣いている。

 応えられないのも仕方がないと静葉も心では思っていた。瑠砺花の能天気で無理矢理絡んでくる性格は作りもので、本来は脆い。他人に依存することでやっと生きながらえているほどの弱い人間だ。

 応えられない瑠砺花の代わりに隣にいた瑠莉花が応える。


 「シー様。ルー姉は任せてください。ルーには私がいるのです。私が」


 「…」


 瑠莉花ほど瑠砺花を理解している人間はいない。それは静葉も知っているが、今は強くあって他のナイトギルド隊員を引っ張ってほしい。それを瑠莉花も読み取ったのか首を横に振った。


 「ごめんなさいなのです。時間をくださいなのですぅー」


 「…。わかった。瑠砺花が落ち着いたら蓮ちゃんの手伝いして」


 「はいなのですぅー」


 「瑠莉花は落ち着いてるのね。ちょっとだけ安心するわ」


 「はい。私は姉ちゃん以外に存在価値なんて求めないって決めたから」


 「えっ?」


 「ふふぅ!一人ぐらいレー様とキー様を頼らないナイトギルド隊員がいたっていいと思うのですよぉー」


 「うん。そっか。そうだね」


 瑠砺花にいつもと違う性格があるように瑠莉花にもその性格がある。そして瑠莉花の本性的にはこういうことを悲しまないように出来ているのだろうと静葉は結果づけた。


 「じゃ、行ってくる。お願いね、二人とも」


 静葉が瑠莉花の頭を軽く撫で、すぐにギルドの外へ飛び出して行った。その背中を姉妹揃って見送る。


 「ねぇルー姉。シー様は強いのですよ」


 「………うん。シーちゃんは強いね」


 「弱いから二人で一人。ルー姉がそういってくれたのですよ?きっとキー様はレー様が救うのです。あのレー様がキー様のことはお友達だって言ってるのですよ?私がルー姉を助けるのと一緒。きっと二人だけで成り立つ世界があるのです」


 「うん。でもね?キーくんがいなくなったら悲しいよ。キーくんを助けるために何も出来ないのは辛いよ」


 「はい、それは当然なのです。私だってキー様には生きていて欲しいのですよ。支えてあげたいって思うのです」


 「私はキー君がいなくなるって考えたら真っ直ぐ立てないぐらい弱い。レー君が支えてくれないって考えるだけで体が震えるほど怖い」


 「弱虫で怖がりなのはルー姉だけじゃないのです。それを乗り越えられるのはシー様たちのような強い人だけなのですよ。弱い人は避けるしかないのです。心を歪ませて、腐らせて、殺して。そうやって弱さを避けることしかできないのです。それが今を過ごす弱者の方法なのですよ、ルー姉」


 「うん…。うん。分かってる。もう少しだけ、泣かせて?瑠莉花。ゴメンね?ゴメンね…」


 姉に言われたからそうやって心を歪ませ腐らせ殺した妹と、妹にそれを求めておきながら自分はそうできなかった苦しみを抱える姉という姉妹は人気の無い場所で落ち着くまで過ごすしかない。強くない二人には何も出来ないとわかっている。

 姉が自らの無力を泣き叫ぶのも、妹が人が苦しんでいることに何も感じていないことも、この二人には慣れたことだった。ボロボロと泣ける姉を支えようとする妹は健気で、妹に支えられて情けないと思う姉はプライドが高い。普通なのに普通ではなくなってしまった姉妹が「日常」を送れたのは少なからず焔火ほむらびキセトと峰本みねもと連夜という二人の男の力があったのだ。


 「私だって…キー様が死んじゃったらいやなのです」


 「うん。私も嫌よ、瑠莉花。だから助けよう?シーちゃんが言ったように」


 「はいなのですよぉ!」


 もう瑠砺花は大丈夫。なにせ隣には妹である瑠莉花が居る。瑠莉花が居るのに、いつまでたっても姉である瑠砺花が挫けていることはない。

 連夜が帰ってくるまで。そう考えるだけで、二人は自然とまっすぐ立てるのだ。


 静葉がバーに向かって全力で走る。

 なぜこんなときに限って外泊をしているのか、故郷へ帰っているのか、そんなときを狙ったようにぶっ倒れるのか。

 心の中では複数人に愚痴を叫んでいたが絶対に声には出さなかった。


 「連夜…っ。はぁっ、はぁ…、連夜ぁぁ!!」


 静葉にだって瑠砺花の悲しみは分かる。そして恐怖も。

 静葉がギルドに入ったのはまだ十八の頃だった。たった四歳しか離れていない二人が保護者となり、そして保護者として以上に静葉を支えてくれた。そしてその中でキセトと連夜がお互いに支えあっていることもなんとなく感じ取っていた。

 

 キセトがどうしても助けが必要なときは連夜にだけ話していた。あの頑固な連夜がキセトに助けを求められたときだけは素直に応じていた。他人を信じない連夜がキセトにだけは重要な任務も担当させたし相談もしていた。キセトも担当した任務は成功以上のもので応え、相談にも連夜が必要とする情報で答えていた。

 どちらかが絶対の危機というときにはどちらかがフォローしている姿を何度も見てきたのだ。今回も心のどこかで連夜さえ帰ってくればなんとかなると思っていた。


 「あのっ!連夜…、はぁっ…れ…んや、どこ…ですか?」


 「あらーん?かわいこちゃんがお迎えなんてめずらしいわネェ。奥の部屋よん」


 マスターは静葉の表情から何かを読み取ったのか詳しいことは何も聞かなかった。ただ簡単に聞いてはいけないと思っただけなのかもしれない。走っている間に静葉の顔は涙でひどい有様になっていたのだ。


 「連夜っ!呑気に寝てないでっ!キセトが…っ、キセトがっ!」


 その言葉の続きをどうしてもいえない。心の中でなら言葉が洪水を成すほど泣き叫んでいるというのに。

 倒れたの。普通じゃないの!息が荒くて苦しそうで。あんなキセトの表情始めてみたの。助けてあげられないの。キセトが死にそうに見えるの。そんなはずないのにそうみえるの。苦しそうなのっ!

 そう声に出せたらすぐに連夜は起きてくれるだろうか。声に出さなければと思うのに中々音がでない。


 「…っ…。うぐっ…、き、せとが…」


 「………んー。なんだよ?キセトがどうかしたのか?あと叫ぶなよ、頭にひびくぅ…」


 「馬鹿っ! 二日酔いなんて暇ないのよ! キセトが! キセトが…っ」


 「? さっきからキセトがキセトがうるさいんだよ…。あいつがどうかしたのか?」


 「……倒れたの」


 やっと声に出せた。静葉にとってそれが限界だった。ギルドの中で指揮をとった自分が幻のように呆けていく。目の前にいる連夜に子供みたいに甘える自分しかもう想像できなかった。


 「ひっぐ…、うぐっ…」


 自然に涙がこぼれてきた。まだ寝ぼけている連夜にはどうしようもできない子供にしか映らないだろうと分かっていながら、泣くしかできない自分がとてつもなく嫌になる。連夜も呆れているだろうと思った。

 だが連夜は予想に反して、静葉の頭の上にぽんっと手を乗せて優しく撫でただけだった。自己中心的な連夜がこんなことをするとは想像もしていなかった静葉は驚きで泣き声を止める。


 「『泣くな。泣いても解決できないことがある』だっけ?おまえが二年前にキセトに言われた言葉って。今がそのときだ。そんな泣き顔、かわいくも綺麗でもねーよ。いいな?キセトの件はわかったから、泣くな。泣いたってどうしようもないことだってあるんだ」


 「キセトが倒れるなんて思っても無かったの!それなのに連夜もアークもギルドにいないしっ!一番しげる君が頼れる男だよ!バカァ!」


 「あのなぁ…、馬鹿って知っててオレに期待するなっつーの。それにキセトの件なら仕方が無いことだ。あいつもオレも分かってて無視してたし、無視してたらこうなることも分かってた。分かっていて黙ってただけだ」


 「えっ、じゃ…キセトが倒れることも?」


 恐る恐る考えを音にしていく静葉に対して連夜は軽くそうだとしか返さなかった。


 「分かってた黙ってたの?キセトが苦しむことが分かってて無視してたの?入院とかすることもできたんじゃないの?」


 「お前にオレの馬鹿がうつったか?黒髪で元不知火しらぬい一族っていう称号を否定してないキセトが羅沙らすなの病院なんかに入院できるわけないだろ。羅沙じゃ不知火一族は殺すべき敵で助けるべき人間じゃないんだからな。羅沙に拘れば治療できる環境には居れないって分かってて、オレたちはここにいるし、キセト自身もそれを受け入れてるんだよ。んー…どういえば伝わるんだ?あいつもオレも、『北の森出身者だから治療されずに病死した』ぐらいの結果は受け入れる覚悟でここにいる。差別ぐらいいくらでも受けてやる。そう思ってるんだってことだ。

  つまりキセトが倒れようが医者でもないオレに出来ることはないし、これも想像してたことだから、これはこれでいいんだよ」


 「そ、そんなの……」


 次にこぼしそうになった言葉だけは静葉も飲み込む。

 何度か静葉自身を表すときにも誰かが使っていた。そしてキセトや連夜が本気を出した状態を説明するときにも連発する言葉。

 静葉も二人の圧倒的な力を表すには気をつけることもなく使う言葉だが、二人の在りよう、生き方を表すときにだけは使ってはいけないと思っていた。

 だが静葉が飲み込んだ言葉を連夜が簡単に口にする。


 「『化物』か?確かに差別されて自分が死ぬことを良しとする覚悟ができる人間なんてそういねーだろうな。あっ、さっきの言い方じゃ誤解してるかもしれないが、オレが受け入れるのは差別だけだ。覚悟はしているが、『病死です』なんて結果は認めない。今回のキセトの件はともかく、オレは自分が一番大切だからオレを殺すようなやつはなんだろうと許さない。そこは『化物』らしく蘇ってでも許さないってはっきり言ってやるよ。キセトは知らねーけど。もしかしたら、あいつは自分が死んだとしても受け入れて納得するかもな」


 静葉の中で幼い頃から当たり前のこととして教わってきた北の森の民への差別的な考えがぐるぐると回る。

 北の森の民は、不知火と葵の民は生きているだけで両帝国の害となり、死ねば死ぬほど両帝国は繁栄し、北の森の民は「民」という名ばかりで人間ではなく殺しても何の罪にもならない。

 どうしても静葉にはその考えを捨てることができない。羅沙か明日羅あすらの両帝国で育っていれば当然のことだ。ただキセトと連夜を知っている静葉にすれば、この二人にその常識を当てはめることはできなかった。

 今ギルドで苦しんでいるキセトを見殺しにして罪がないとは思えないし、目の前にいる連夜が死ぬだけで両帝国が繁栄し、逆に生きていれば害となるとは思えない。


 「………って!む、難しい精神論は後にしてよ!とりあえずギルドに帰ってきて!容態だけでも診てよ!私たちにはキセトも連夜も必要で、求めてるんだから!」


 静葉が連夜の袖を掴んで軽く引っ張る。

 涙こそ止まっていたが静葉には未だに言い表せない恐怖を感じていた。自分がいない間にキセトがどうにかなってしまっているのではないか。ギルドを出る前から感じていた恐怖が未だに続いている。


 「…おっけ、なんか帰ったほうがよさそうだな。ギルドでもお前みたいに全員泣いてんのか?」


 グシャグシャと頭を撫でられて静葉もやっと少し笑えた。声もやっといつも通りに出せるようになって、心もどこか落ち着いたように感じる。


 「瑠砺花はひどかったけど…、でも瑠砺花は在り方ってものを知ってるから大丈夫。蓮ちゃんは治療で精一杯で泣く暇なんてなさそうだったし、戦火ちゃんはちょっとショックが大きかったみたいだけど茂君がそばにいてくれてる。瑠莉花は瑠砺花支えるほどだし、英霊えいれい君は……まだいまいち分かってないみたい」


 静葉が引っ張っていたはずの袖はいつの間にか振り払われていて、そのかわりに連夜がしっかりと静葉の手を握っていた。店を出るときに連夜が軽くマスターにお礼を言う。だがマスターの返事が聞こえる前に連夜も静葉も店を出た。

 小走りなのかかなり速いスピードで道を進んでいく。時計を見るともう八時を回ろうとしていた。さすがに道に人が多くなっていて、猛スピードですり抜けていく連夜と、一目で泣いていたと分かる静葉は目立ちすぎる。


 「ね、ねぇ!いいの?ものすごく目立ってるけど…」


 「あー…いいだろ、別に」


 「でもキセトのこと、後で隠すつもりなら目立たないほうがいいんじゃない?羅沙人にキセトはウケが悪いんでしょ?まともに治療すらしてもらえないかもしれないでしょ?」


 「いや、それは確実。治すって言ってもキセトの病気ってのはそう簡単に治るもんじゃないんだよ。あれだ、蓮に任せても悪化を防げたらいい程度だ。つーか病院入れても一緒だ。悪化が防げたら十分」


 「そんなに重い病気なの?」


 「あー…、あぁー、あー…まぁ、な」


 煮え切らない連夜の態度は気になったが、キセトの苦しみ方を見た静葉としては重くないといわれても信じられない。病名を連夜があえて口にしないのなら今まで通り待つしかないと静葉も走りながら考える。


 「そんな顔するなよ。お前らに話すのはキセトの同意がないんだよな。オレはオレの友情に懸けて話すことなんてできないんだよ」


 「それでいい。ただどうやったら治療できるのか考えてよ。それで教えて。私はそれに全力を尽くすだけ」


 「と言われても本当に治療法なんて無いんだよ…」


 「えっ、それって不治の病っていうんじゃないの?」


 「まぁ北の森じゃ呪いなんて呼ばれるポピュラー且つ一生罹りたくない病気万年一位なのに人口の半分は罹るって言われる病気だしなー」


 「えっ」


 「あいつほどの重症じゃねーけどオレもその気はあるって言われてたしなー」


 「ちょ、ちょっと…」


 「まぁ末期まで進行しなきゃ、特に大変な病気じゃねーよ」


 「な、なんだ…。って、え?じゃキセトは末期なの?倒れてるけど」


 「んー、末期つーか死ぬ直前。むしろなんで生きてるのかっていう重症。だからいっただろ、あいつがいつか倒れるのなんか分かってたんだよ」


 「え、えぇっ!?」


 連夜は前々から知っていたように話したが、これはアークに帰郷の許可を出す代わりに聞き出したことである。差別されることを受け入れる云々はたしかにキセトと話したことがあるが、キセトの病についてはつい最近まで連夜も知らなかったことだ。


 「人減ったな…、さすが誰も近寄りたくないぜギルド街!」


 「な、何それ!ギルド街ってそんなこと言われてるの!?」


 「知らねーのかよ。キセトとオレには有名な言葉だ。ちなみにこの言葉をこの世界に残した偉人は峰本って言ってな…」


 「あー…もういい。なんとなくわかったから」


 「そうか、さすがに長年の付き合いになると説明しなくていいし楽だな。ってわけで跳ぶぞ」


 「はっ?意味わかんな――


 「噛むぞ」


 人が途切れたところで急に視界が揺れた気がした。地面が消えて体が浮いている気がする。

 説明を求めて連夜がいたほうを見つめると誰もいない。その代わり連夜に掴まれていた腕は自分の頭よりも上のほうに引っ張りあげられていた。腕の先をみて見失った連夜を見つけ、静葉もやっと状況を理解する。


 「すごい脚力ね…」


 「脚力ならキセトのほうが上だぜ?あの細い細い足でオレの骨何本も折る蹴りはなってくるんだからな。どこに筋肉ついてるんだか」


 「でも普通人二人分の重荷を持ってビルの上に跳ぶとか、ビルとビルの間飛ぶとか無理よ。恐怖心とかもあって」


 「そこらへんはほら、『化物』だしな」


 「なにそれ…。でもコレ移動速そうね」


 「まぁ道に縛られない分な」


 腕を引っ張られるのは痛い。自分の体重分すべてを腕一本で支えているということになるのだし、それはもうとてつもなく痛い。脱臼してるのではないかと思うぐらい痛い。だがそんな痛みを忘れさせる痛み以上の恐怖と、その恐怖すら薄れさせる初めて見る美しい光景が今の静葉にはある。


 「『化物』もいいかもね、毎日こんな光景見れるなら」


 「めりっととでめりっと、ってやつだな」


 「うん。ねぇ、キセト治るわよね」


 「治すっつーの。あいつに死なれたらオレは困るからな」


 「連夜がやっと連夜らしいこと言ったわ。なんか治せないとか連夜らしくない。事実じゃなくて意志を表して、それを事実にしちゃうのが連夜よ」


 無茶苦茶なことを言う静葉だが、その無茶苦茶を実際に四年間実行してきた連夜には何の文句も言えない言葉だ。

 それからギルドに付くまでの間二人の間に会話は無かったが、連夜の余裕そうな笑みを見ていれば何か方法があるのだと、恐怖が完全に消えていった。恐怖の変わりに安堵が静葉の心を満たし始め、ギルドに付く頃にはリーダーシップを遠慮なく発揮するいつもの静葉に戻っていた。




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