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この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
「それでいいのかな?本当に帰れると思ってるの?」
「帰れますよ」
電話を無理矢理切ったことを後で怒られるだろうか。もしかしたら帰っても暫く無視されるかもしれない。
だが、静葉もそこまで子供ではないことを、アークも心のどこかで理解していた。
「話を再開させましょう。あなたは帝都へ来るつもりはないのですね?」
「おやおや、せっかちだねぇ。ゆっくり話そうよ。そういえば実家に帰ってるって言ったよね?嘘はいけないよ、在駆君は帰るつもりなんてないんでしょう?ぼくに会って、ぼくを帝都へ連れて行くことが目的だよね?たしかに不知火であるけれど実家ではないよ。帰ってあげなよ、君がついた嘘の通りにね。きっと駆我さんも喜ぶよ。それとも存在が認められなかった妻を追いかける父親なんて君にとっては無価値なのかな?君は家よりも、祖国よりも、キセトを選んだんだからね。あぁキセトは元気?ぼくとしてはその話題が一番気になるところなんだけど」
「相変わらず口がよく滑る人ですね」
「いやぁ、人と話すなんて久しぶりだからね。ぼく、見ての通り人とは中々話せない立ち位置なんだよ、今。あと、滑るはひどくないかい?口がよく回るとか、他の言い方してよ。まるで僕が言わなくてもいいことをべらべらしゃべっているように聞こえてしまうだろ?」
「………そのようですね」
アークが話しかける相手は鉄格子の向こうに鎖で雁字搦めにされて座っていた。その様子と反して表情は呑気そうで口調的にも余裕が見える。
こうして面会するだけでも何十という書類を書かなければならなかった。ということは、現状今日で、彼は不知火の中で危険人物判定されているということだ。
「どうしてこうなっているのですか?不知火でも優秀な医師であるあなたがなぜこんなことに」
「どうしてだろうねぇー。わかんないよ。あれじゃないかな?不知火の大切な大切な殺戮兵器を羅沙に逃がしちゃったからじゃないかな?まぁそんな事置いといて、キセトは元気かな?」
「副隊長のことを『殺戮兵器』と言うのは老議会と評議会だけだと思っていました。あなたもそんなことをいうのですか?」
「やーん、誤解しないでよ。ぼくはただ元主治医として客観的にも見てみただけさ。キセトがそう呼ばれて、そう扱われていた事実は消えないよ?もちろんぼくとしてはあんなに弱々しい患者はこれからもいないと信じてるぐらいだからね。なんども聞かせないで欲しいなぁ、キセトは元気?」
「……」
アークとしては彼が嫌いだ。
キセトが黒獅子だったころの担当医、不知火玲。
医術としては世界トップレベルであることは自他共に認める実力があるが、どこか精神が歪んでいる。心が歪。だが、だからこそ向き合える患者がいることも事実。
アークは何度も彼に騙され、何度も彼に頼られ、何度も彼に裏切られた。決まって最後には「元気でね」と笑顔で言う彼が苦手で嫌いだった。
「何黙ってるのさ?もしかしてキセト不調?まぁそりゃそうなんだろうけどさー。心配だなぁ。無茶して無ければいいんだけど。まぁ羅沙で元黒獅子の地位も隠してギルドやってるだけだったら黒獅子時代以上の無茶なんて出来ないだろうけどさっ。いやぁ、でも在駆君が来てくれて助かるなぁ。なんたって直接的に間近で見てきた意見が聞けるんだもの。って在駆君の顔色も悪いよ?体調悪い?縛られてなかったら診察でもしてあげるんだけどねぇ。縛られちゃってるからねぇー。患者なら平等に救ってあげるよ、医者として」
「帝都に晶哉君が現れました」
「ぼくの質問に答えてよ、滅多に外界のこと知れないんだからこの機会にぃーって、へぇ…、晶哉クンがねぇ、キセトを追いかけていったのかな?あの子も結構頑張るねぇ」
「あなたの差し金ではないのですね?」
「こんな牢屋の中から雁字搦めに縛られたぼくからの差し金だっていうなら、在駆君の頭はずいぶん固くなっちゃったんだね。残念だよ、君のそういう賢いところ好きだったんだよ?騙されるって分かってて、裏切られるって分かってて、それでも頼られ続けてくれた辺りとか本当に大好きだったんだけどなぁー」
「不愉快なこと言わないでください。あなたのような欠陥品に好かれても迷惑です。それと本題なのですが、ここを出るつもりはありませんか?」
アークもキセトの不調を感じ取っていた。そしてアークだけはナイトギルドの中で、シャドウ隊時代にキセトの担当医としてその医術で何度もキセトを助けた不知火玲の存在を知っていたため、こうやってわざわざ不知火にまで足を運んだのである。
「帝都へ行って副隊長を治療してください。医術に関してはあなたはぼくの知るかぎり一番です」
「んー?やっぱりキセトは元気じゃないんだね。もちろん、って答えてあげたいところだけど現状見てよ?ぼくみたいな非力野郎が抜け出せると思ってる?在駆君だってぼくを逃がしたら不知火で犯罪者扱いされるよ?」
「かまいません。不知火など昔に捨てた国です」
「んー…いい顔してるよ、羨ましい。じゃ近々帝都に顔出そうかな?もちろんぼくのタイミングで。もう帰りなよ、電話の向こうの彼女が心配してるんじゃない?ぼくなら自分で抜け出せるよ。ぼくは非力野郎だけど、在駆君がいうように欠陥品でもあるんだから。元が元。いくら欠けてようがこの程度なら何とかなるでしょ。じゃぁね。帰りなさい、ぼ・く」
「頼りにしています」
「頑張っちゃうから安心しなさいって。じゃ元気でね」
信頼できない相手と分かっていながら頼るしかない。そんな心境が駄々漏れの表情のままアークは玲の前を去った。玲としては医者として「救いたくなる」表情そのものだ。
「やー…、まだまだぼくは人を救いたいみたいだねぇ。楽しそうな世界になってるみたいだし、出てもいいんじゃないかな?ねぇ、石ころ」
縛られたままでまともに動ける状態でもないのに余裕を持ったままの玲の声は響きもせず、誰にも聞き取られずに消えていった。それすらも楽しむかのように静かに玲が笑う。
「誰から救おうか、迷っちゃうね、これは。…あははは、あはははっははははははっ!!」
先ほどとは違う外まで聞こえるのではないかという甲高い声で玲が笑う。何を考えているのか何も分からない笑い声は暫く続いた。