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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
バトルフェスティバル編
23/90

019

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 キセトたちが日常に帰っている頃、羅沙城では会議が開かれていた。老議会と大臣と皇帝で行う会議は重要問題を扱う物が多いが、時々息抜き程度に軽い話題が扱われる。


 「では第二百五十五代目羅沙らすな大栄帝国皇帝、羅沙明日あす。ここに議会の開会を宣言いたします」


 「…」


 重々しい空気の中、皇帝の椅子に座るのは齢二十三歳の一国を治めるには若すぎる女性だ。そしてそのすぐ横に東雲しののめ高貴こうきがたたずみ、全員が静まるのを待っていた。


 「では羅沙大栄帝国帝国軍第一番隊隊長兼同国皇帝補佐、東雲高貴より本日の議題を提案させていただきます。本日の議題は『殺人鬼ミラージュ』についてです」


 「三年前とは打って変わり、複数犯になっていたとか。陛下、一度その身を捕らえておきながら逃した我らをお許しください」


 「「「お許しください」」」


 表情を一切変えない作文を読み上げているかのような台詞に内心呆れつつ、羅沙明日も皇帝としての台詞を口にする。議会など小さな子供がするお人形遊びとそう変わらない。

 それも二十年ほどまえは違ったのだ。現在には関係ない話だが。


 「あなたたちの罪ではありません。多くの犠牲者を出した殺人事件の犯人をこのわたくしが甘く見ていたのです。皆、頭を上げなさい」


 「ありがたきお言葉です、陛下」


 「「「ありがたきお言葉です」」」


 この人形遊びをしているのは誰なのだろうか。

 皇帝か?いや、皇帝も遊ばれている人形の一つだ。なら遊び手は国民かもしれない。国民がこんなお遊びを求めているのか。


 「東雲隊長。ミラージュが殺人を行う原因などは分かりましたか?」


 「推測に過ぎませんが大体掴んでおります、陛下」


 「皆の前でお話なさい」


 その場にいる全員の視線が東雲に集まる。東雲は恭しく一礼し、全員の視線に応えるように話し出した。


 「『ミラージュ』として身柄を捕捉した田畑たばた沙良さらという少女とギィーリという少年は、共に明日羅あすら帝国の時津の街を出身としております。そしてその街は五年ほど前に羅沙軍の手によって燃え尽きました。取調べ中にも時津の街のことと思われる街の話を少年が話しました。おそらく街を滅ぼされた私怨であったと私は思っております」


 「私怨ですとっ!?三年前の被害をわかって言っておられるのかっ!私怨で片付く問題ではありませんぞっ!」


 「…」


 議会に参加するもの殆どが「街を滅ぼされた恨みで同じ事をラガジにする」ということは理不尽だと考えているらしい。暫くの間、老議員も大臣も騒いでいたが、皇帝と東雲が黙り込むことでまわりが徐々に静かになった。

 全員が黙ったのを確認してから東雲は再び話し出す。


 「羅沙軍によって、とは言いましたが実行したのは二人。それも長い間、同盟のための『武力平等』として明日羅に渡っていて鬱憤が溜まっていただけということです。その二人は三年前のミラージュの最初の犠牲者ですのでおそらく私怨で間違いないでしょう。


 「では東雲殿は羅沙にも非があると仰るのですか?」


 「今からでもバトルフェスティバルは中止し、明日羅に上下関係を公の場で宣告いたしましょう」


 「羅沙に間違いなどありえないっ!!」


 静葉がミラージュだと知ってもなお黙認している東雲にとって、議会で聞く意見など無意味にも近い。ミラージュの件でわからないことがあるならナイトギルドに行って聞くほうが早いと東雲は理解していた。

 だがうかつにもこの議会でナイトギルドの名を出せば、ギルドだけでなく東雲の立場も危ない。ただでさえも「羅沙第一主義」の議院たちは明日羅やあおい不知火しらぬいの民が混じっているナイトギルドを快く思っていない者が多いからだ。議会でその名が出たとなれば明らかに嫌悪を表すだろう。

 今、東雲が議会で発言することが許されているのは「明津あくつ様信教」のおかげである。

 羅沙明津が八歳だった頃から二十歳までの十二年間、羅沙明津の騎士であったというだけで少々の失言も許されるほどだ。だがそれには代償もある。「羅沙明津」の名で恩恵を受ける以上、その名に恥じる行為をすればすぐさま叩かれることになるだろう。

 よってここでナイトギルドの名を出すことは得策ではなかった。


 「皆黙りなさい」


 「「「…」」」


 「東雲隊長の意見は分かりました。わたくしは取調べに同行したわけではありませんので詳細はわかりませんが、今はあなたの意見を信じるほか無いでしょう」


 「身に余る光栄でございます」


 まさに鶴の一声である。羅沙帝国において皇帝とは絶対の存在。皇帝が黒といえば白だろうが灰色だろうが無色だろうが黒なのだ。そして皇帝は絶対の存在であるという考え方こそが「明津様信教」や「羅沙第一主義」を生み出してきたのである。


 「…発言してもよろしいでしょうか、陛下」


 「構いません」


 「ありがたき幸せでございます、陛下。

  東雲殿に率直にお尋ねします。ナイトギルドに『時津ときつ静葉しずは』という者がいたはずですが、その時津の街というものとは無関係なのですか?三年前、ミラージュ処理に当たったナイトギルドは『失敗』という報告をいたしました。今回も『失敗』でしたがそれが不思議なのです。実績を見る限りナイトギルドは優秀です。たとえ異国の者の集まりだとしてもその実績を認めないのは愚かだと思います。その優秀なギルドが同じ者相手に二度失敗するとは考えにくいのですがどうなのでしょう?」


 「…」


 「どうしたのですか?答えなさい、東雲隊長」


 「ではお答えします…。確かにナイトギルドには時津静葉という者はいます。彼女は当時の時津の街領主の娘です。そして時津家唯一の生き残りと。養子では他にも生き残りはいたようですが、実子の生き残りは彼女だけであったようです。ナイトギルドが失敗した件については、それほど強敵であったのでしょう。我が帝国軍でも手配書を発行するほどですので」


 「娘、ですか…。お答えくださってありがとうございます、東雲殿。そんなことまで事前にお調べになっているとは…、さすが明津様の騎士を勤めた方でございますね」


 「恐れ入ります」


 いきなりのナイトギルドの話題に対して口では冷静に返した東雲だが、背中には冷や汗が流れていた。

 時津静葉の罪を黙認することは先代皇帝の意志であり、東雲は臣下としてその意志を守る立場だ。だがたとえ前代皇帝の意志であったとしても今の皇帝、明日の反感を買えば終わりである。そして東雲もそのときはナイトギルドの道連れとなるだろう。


 「では次の両帝国会議でわたくしから明日羅皇帝にお話しましょう」


 「お願いいたします、陛下」


 「「「お願いいたします」」」


 本当に人形遊びとしか思えない会議だと、そんなことを考えているのはこの中で数名だろう。殆どの者が本気で「羅沙第一主義」を信じ、「明津様信教」の信者であるこの羅沙で、誰がそんなことを考えるだろうか。

 皮肉にも会議や今の国の在り方に疑問を感じている者はこの場に羅沙皇帝自身と東雲高貴しかいないのである。


 「…では、これで本日の会議を終了いたしましょう」


 「そうですわね。第二百五十五代目羅沙大栄帝国皇帝、羅沙明日。ここに議会の閉会を宣言いたします」


 羅沙明日に一礼してから老議員や大臣が退室していく。全員退室したあと羅沙明日は大きくため息をついた。


 「お疲れですか?陛下」


 「疲れてなどいませんわ…。ただ馬鹿馬鹿しいと思ったのです。東雲さんはどう思われまして?」


 「会議は必要事項ですので特別に何かを思ったりはしません。ですが会議のたびに陛下がお疲れの様子ですので心配なのですよ」


 「わたくしは………なんともございません。心配をかけましたわ」


 「そうですか。ではわたしたちも退室いたしましょう」


 「そうですわね…」


 会議室を出て自室へ向かう。

 明日は確かに皇帝だ。だが齢二十三ということもあり、名ばかりの人形といってもいい。先代の皇帝であり明日の父親である羅沙えるが皇位についてからたった四年で暗殺されるという事件が起こり、まだ教育途中とも言える明日が皇族で一番年上だという理由だけで皇位についただのだ。人形ではないというほうが無理がある。


 「東雲様…、わたくしは皇帝としてどうでしょうか…」


 「陛下、私は先代の皇帝陛下であられる羅沙鐫様、そして先々代であられる羅沙将敬まさのり様をおそばで見てまいりました。ですが、お二人ともその質問は必ずと言っていいほどに口になされるのです。逆に問いましょう。陛下のどこが羅沙皇帝として不足しているというのですか?あと私のことは地位名をつけてお呼びください。間違っても様などと仰らないでください」


 「不満しかありません、東雲…隊長。皇帝とは民を守る存在なのではないのですか?わたくしはこうやって会議に参加して、開会と閉会だけを宣言すれば民を守れているのでしょうか。皇帝としてわたくしは…」


 「明日陛下、ご安心ください。わたしは皇帝といえど完璧だとは思いません。老議員や大臣たちのように陛下を盲信しません。ですが陛下を侮辱しているわけでもありません。同じ人間でありながら、人の上に立つ責任と向き合われるその姿勢に、私は民の一人として、同じように人の上に立つ物として尊敬しているのです。この気持ちがある限り、私は陛下をお助けいたしますし支えさせていただきます。私が私である限りその気持ちはかわりません」


 「優秀な部下がいて初めて立てる人間は皇帝とは呼びませんのよ」


 「…」


 明日だって臣下の一人としてそばにいる東雲にこんなことを聞いても、帰ってくる言葉が限られているのは分かっている。たとえ東雲が心の中では間抜けな皇帝だと思っていても、操り人形だと思っていても口にするはずがない。

 それでも聞かずにはいられない彼女の心境は国の上に立ったものにしか分からないだろう。


 「…では少し休みますので失礼いたします、東雲隊長」


 「何かございましたらすぐに及びください、陛下」


 皇帝の私室の前で東雲に別れを告げ、見張りとして立っている兵に一礼してから自分の部屋に入る。

 明日が知っている人物で言えばこの部屋は、羅沙将敬、羅沙鐫が使った皇帝のための部屋だ。明日の父親である鐫はたった四年だけだったが、明日としては愛しい父の跡が残る数少ない場所である。

 本来なら皇帝が変わったときに家具などもすべて入れ替えるのだが、明日自身が希望して父である鐫が使っていた家具がそのまま置かれている。机もベッドもペンの一本にいたるまで鐫が使っていた頃と何も変えていない。


 「ただいま帰りました、お父様」


 何も無い空間に挨拶をすることは、鐫が生きていたときから変わらない。皇帝になる前から皇族として多忙なスケジュールをこなしていた鐫と城の外に出たことが無い明日では殆ど会うことがなかった。

 だがそれも明日は憎んだりはしていない。皇族として生まれたのならそれが当然だと思っている。それに多忙な中、わざわざ鐫が明日と明日の弟、驟雨に会うために時間を割いてくれていたことを知っている。文句など言うつもりもなかった。


 だがそれも、急に暗殺なんてされなければの話。

 羅沙将敬が暗殺され、急遽皇帝となった鐫はたった四年の間皇帝として生き、殺された。誰が殺したのかは二年経った今も分かっていない。

 明日はてっきり、皇帝となった父がさらに多忙となってさらに会えなくなっても生きている者だと思っていた。祖父である将敬がそうであったように、忙しくしながらも明日の子供、鐫の孫にちょくちょく顔を見せてくれて、そんな一時を楽しめる人生だとばっかり思っていた。

 それどころか父は死に、自分は皇帝として羅沙大栄帝国の長となった。多くの命を背負う立場となったのだ。


 「ねぇお父様。わたくしが背負うべきでしたの?わたくしはこの部屋に見合ってますの?わたくしは…この羅沙という大国を背負える器ですの?お父様はどのような気持ちで四年過ごされましたの?精一杯責務を果たしましたら答えが出ますの?……答えがでませんわよ、お父様…。お父様……」


 鐫は最後に明日へ言葉を残さなかった。最後に立ち会った東雲の話では残せる状況だがわざと残さなかったらしい。残せばその言葉にすがる弱さを持ってしまうから、と。


 「ですけど、お父様。わたくしも人間ですわ。弱さを持つぐらい許されるのではないのですか?」


 もちろん応えは帰ってこない。それでも明日は父が使ったままの状態を保てば、いつかは答えが出ると確信していた。滅多に顔も合わせなかった父の優しさが自分を救ってくれると信じていた。



 一方三人の羅沙皇帝を見てきた東雲は、明日が不安定になってきていることを心配していた。東雲が見た皇帝の中で唯一危ないと感じるものが明日にはあるのである。


 羅沙将敬は民に愚皇帝とまで呼ばれても一切揺れなかった。いざという時にはっきりと決断し、その決断は多くの民を救ったはずなのである。民を救うためになら自らのプライドも民の期待も老議員や大臣の信頼も捨てることが出来る人であった。

 羅沙将敬が失った期待や信頼はすべて息子である明津に流れ、これが「明津様信教」の元となったほどである。東雲など足元にも及ばないと感じさせた人でもあった。


 羅沙鐫は明津の弟で、本来の血筋なら皇帝になるはずが無かった人。だが明津がこの羅沙から姿を消したことにより第一位皇位継承権をもち、たった四年だが皇帝として君臨した。

 羅沙鐫は兄である明津の影だと真正面から言われてもにっこりと笑い、それを肯定してもなお、自らのプライドを持って皇帝として在り続けた。操り人形と呼ばれた羅沙鐫だが、彼なりの信念とプライド、そして目的を持っていた。


 だが明日は違う。まだ皇帝として幼く、さらに準備する期間もなかった。自分の考えもまとまらない内に皇帝となり、そしてそれを大臣たちに都合よく利用され翻弄されている。


 (なすすべもないといえば嘘だが…、明日様を立てようとすれば私は焔火ほむらび君や峰本みねもと君を裏切ることになるのか…。そして明津様や鐫様の伝言に従おうと思うとまた、明日様をお救いすることはできない。…非力だな、相変わらず)


 皇帝を支えたいといいながら、結局のところ皇族でない東雲には「皇位」の重さはわからない。

 その重さを一番感じたのは明津のそばにいたころだ。東雲よりも十歳も年下の明津が大人でも悲鳴を上げるような職務を果たし、精神病を抱えつつも民にはそれを微塵にも感じさせない。それを「あたりまえ」だと明津が言ったあの日から、東雲も皇族の重荷の一部を知った。

 それから東雲は少しでも皇族の苦しみを和らげるために、明津がいない今も明津が残した栄光の施しを受けながら政治に参加している。


 「隊長っ!こんなところにいたんですか!?バトルフェスティバルの取り組みをお忘れにならないでください!」


 「あぁ…、すまないね。だが軍が公式的に行う物でもない。軍の仕事をおろそかにしないように。我々は皇帝陛下とこの国を守るための軍なのだから」


 「わ、わかってますよ。ですけど非公式なことも全力を尽くすから支持を得られるってもんでしょうっ!軍人の参加も今回は許可されますし。真面目な隊長は興味ないかもしれませんが、一般兵からしたら名前を売るチャンスですしねっ!」


 「まったく、名前を売って何がしたいのやら………」


 少し苦笑気味で部下を見つめる。東雲にもこういう時期があった。

 まだ明津の騎士になる前の話だが、自分の強さと名前を羅沙中にとどろかせることを目的にしていた。ただそれも明津という皇族の少年の苦しみを知って小さい願いだと思ってしまったために、目指す気力が失せてしまったが。


 「羅沙明日陛下…、か。まだあんなに幼い方なのにな…」


 「どうかしましたか?隊長」


 「いや、行こう。君が言うとおり準備があるのだから」


 皇族には皇族にしか分からない苦しみがあるということだけでも知れば変われると、東雲は信じている。

 だがその変化自体が、今までの国の制度を壊す物であるとも知っている東雲としては、簡単には動けず簡単には発言できずにいるしかないのだ。


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