016
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
部屋の中で静葉と沙良の戦いが本格化したころ、アークたちはキセトの次の指示をじっと待っていた。
今すぐ部屋に駆け込んで助太刀したいアークだが、なぜかキセトは次の指示を出さない。アークたちにはキセトがなぜ黙っているのかすらわからない。そのため、その場には奇妙な沈黙が生まれていた。
「副隊長。そろそろ二人目を突入させてくださいませんか?中では二対一の状況でしょうし、あまり時津さん一人で無茶させるわけにはいかないでしょう?」
恐る恐るアークが提案する。キセトは視線だけアークに送り暫くアークをじっと見ていたが、結局何も言わず再び視線を扉に戻した。
「副隊長!時津さんを見殺しにするのですかっ!?」
「そうかもしれないな」
「そ、それだけは駄目なのだよ!キー君」
アークもまさか肯定されるとは思っていなかったので言葉を失った。瑠砺花もキセトの真意が分からず、思わずキセトに詰め寄る形となる。
「静葉が引き受けたことだ。静葉に任せる」
「そ、それだけで時津さんを見殺しにするのですかっ!」
「……」
「キー君!」
「アーク、なぜおまえには『それだけ』と言い切れる?」
「えっ……」
アークには言い返す言葉など山のようにある。ここで人の命の重さについて語るのもいいだろう。アークにとって時津静葉という存在の大きさを語るのも一つの答えになるはずだ。
だが、再びアークを捕らえたキセトの視線はそんな答えでは納得しそうにない。
アークにも瑠砺花にも、キセトがどのような答えを求めているのか分からなかった。何個か候補は思いつくものの、静葉の命と引き換えにしていい答えだとは思えないものばかりなのだ。
「わからないのか?静葉は自分で自分の過去と向き合っている最中だ。それなのに俺や瑠砺花、アークがどう関われる?他人の過去に俺たちが勝手に土足で入り込み、それを『手助け』と言い切るのか?」
「確かに過去と向き合うことも折り合いをつけることも大切ですが、それで命を落としていいとは思いません」
「そーなのだよ!私はシーちゃんにこんなところで死んで欲しくないのだよっ!」
「なら中へ行って、静葉に言ってみろ。『手助けします』とでもな。あいつは拒否するだろうから」
「それは――
確かに静葉の性格なら断るだろう。手助けも心配されることも支えてもらうことすらも。
その結果、途中で死ぬとしても、一人で戦って死ぬことを選ぶのが静葉だ。
「では、副隊長も時津さんも、仲間を置いて死ぬことに抵抗はないのですか?」
「俺の話をした覚えは無い。それに俺の知るところでは、の話であって静葉本人がどう考えるかということも、俺がどうこう言えることではない。
ただ、俺の意見を求めているのなら、抵抗はないとだけ言っておこう。仲間や友が生きるのは当然で、俺が過去との折り合いをつけるのなら、俺が死ぬこともまた当然だ。当然のことに躊躇や抵抗心を持つ必要は無い」
「そうですか。副隊長はそんなことを、まだ言うのですね」
ピリッと張り詰めた空気が二人の間に流れた。瑠砺花が割って入れない、二人だからこその空気がそこにある。
「ぼくは目の前で大切な人や好きな人が傷つくのは黙ってみていられません。ですから副隊長の命令がなくとも、後で時津さんに憎まれようとも、助太刀に行きます。副隊長が自らの意志を通されることはわかりました。指示を待たず行動した罰も受けます」
「…好きにしろ」
「はい。すみません」
キセトに一礼だけして一気に部屋に駆け込もうとする、が扉を開けようとしたところで瑠砺花に止められた。瑠砺花には似合わぬ真剣な表情でアークをじっと見つめてくる。
「松本さんもぼくを止めるのですか?」
あくまで冷静に言葉を放つアークだが、内心では一刻も早く静葉の助太刀になりたいと焦っていた。もし次に瑠砺花が口にしたことが違う言葉なら、その手を払いのけるほどに。
「シーちゃんのために、外にいるべきなのだよ」
「時津さんのために?」
「私は止めるつもりなんて無かったのだよ。でも中の魔力の質が変わったのだよ。私の知らない魔法が発動しようとしてるのだよ。もしかしたら『篠塚晶哉が教えた殺人術』かもしれないのだよ?それがどういうものかわからない状態で突っ込んでいくのは危険だと思わないのだよ?」
「それなら大丈夫ですよ。どうせ彼が残す力というものは『守る力』に他ならないのですから。皮肉ですよね、彼の『守る力』は他人からすると『殺人術』と呼ばれてしまうのですから」
「えっ……?アー君、篠塚晶哉を知って――
「ぼくは行きますね」
アークの手を掴む瑠砺花の手を優しく解き、アークは静葉たちがいる部屋に滑り込んだ。
手前に倒れている少年を認識するよりも早く、アークの目にはレイピアと片手剣で鍔迫り合いしているという信じがたい光景が飛び込んでくる。
静葉のレイピアが他のレイピアに対して丈夫であることは聞いていたが、見た目からして剣に強度で勝てるわけが無い。
「時津さんっ!」
「邪魔っ!失せなさいっ!」
思わず心配で出た呼びかけに静葉が鋭く叫ぶ。アークの思ったとおりの返事に、不快になるどころか安堵した。まだ静葉の心が折れていないと確認できたのだ。
アークが部屋に入ったことで静葉も沙良も己の武器に注ぐ力が少し和らぐ。沙良がアークを見つめて淡く笑った。
「そうでしたわ。時津静葉の後にまだ三人いましたわね」
「あら、沙良?私は素通りなのかしら?負けるつもりはないわよ」
「分かっていますわ」
沙良が鍔迫り合いを楽しむかのように凶悪な笑みに変えた。静葉を本当の敵として認識したからこそ浮かべられる笑みだ。
だが静葉も、沙良が楽しんでいる事実ごとひっくるめて嬉しそうに笑う。
その心境は複雑としか言い様がない。今、沙良が敵であるからこそ、故郷を思う心が一緒だと分かる。沙良に敵として認識されるからこそ、自分の過去の行動がどう思われたかを理解することができる。
だがその複雑さを言い訳に悩む時間は終わった。沙良が静葉を本当の敵として認めたからこそ、静葉もただの敵として沙良に向き合うしかない。そこに助けようだとか、そういう感情を挟み込むべきではなかったのだと、そんなことまで考え始めていた。
「アーク!そこにいるのならギィーリを見張っていてっ!」
「ギィーリ?この少年ですか?」
「しっかり見てなさい。そしてそれ以外は私の戦いを見てるといいわ。まっ、私より強いアークにとっては見るに値しない戦いかもしれないけどねっ!!」
言葉が終わると同時に静葉が剣をはじき上げる。隙だらけになった沙良の右腹部を静葉のレイピアが貫いた。一瞬で引き抜き、躊躇無く傷口を蹴って無理矢理沙良との距離を空けさせる。
「貴女は鍔迫り合いをお好みのようね。このレイピアが壊れるとでも思ってるの?それとも斬りにかからなかったら私が反撃しないと思った?バカねぇ、私は沙良の敵としてここにいるのよ?」
「……つぅ。そ、そう何度も言われなくても理解していますわ」
静葉も傷を負っているが誰がどう見ても、静葉のほうが沙良より一枚上手である。むしろなぜここまで静葉が傷を負っているのか、途中からしか見ていないアークには不思議でしかない。
何も状況がわからないアークは黙って言われたとおり、ギィーリの様子を監視し、それ以外は二人のにらみ合いを見守る他無かった。助太刀に入ったはずが、全く必要なかったらしい。
「どんどん沙良が守りに回ってるじゃない?どうしたの?まだ私はぴんぴんしてるわよ!」
「ぴんぴんしているですって?その火傷だらけの体でよく言いますわっ!」
「えぇ言うわよ!まだまだ動ける!いくらでも突きを放てる!何回だって斬りつけられる!体が言うこと利かないなら、そこにいるアークに腕を持たせてでも私は戦うわ。沙良が敵ではなくなるまで」
「ふふふ……、ギィーリは必ず目覚めますわよ。その時は私だってギィーリに支えてもらってでも応えますわ」
静葉も沙良も、もうまともに武器を構えることも出来ず、荒い呼吸を繰り返す。
アークから言えば沙良も静葉も立っているのがおかしい重傷だ。どんなに軽い衝撃でも受ければ倒れるだろうし、どんなに弱い一撃だろうがどちらも放てないはずだ。
どちらも構えようとして体勢を崩す。意志だけが先走っていて体がついていっていない。どちらも踏み出そうとしてお互いに前に傾いた。起き上がる気配もなく、そのまま前のめりに倒れる。
慌ててアークは静葉に駆け寄った。
「放しなさい」
「立つこともできないというのにはっきり話せるんですね。安心してください。田畑さんも落ちてますから。少年君も目覚める気配はありませんよ」
「あのね。あー、いや、説明も面倒なの。なら少し休むけど、勝手に解決できるなんて思わないでね」
支えられた形のまま気力で起きていた静葉だが、それだけ言うといとも簡単に寝息をたて始めた。
「まったく、戦線離脱するつもりが欠片もありませんね。こんなときぐらい『任せた』の一言ぐらいあってもいいでしょうに」
部屋にある椅子を隅に移動させ、そこに静葉を座らせる。顔など見えている部分の火傷だけでもと持参してる薬をあるだけ塗っていく。静葉自身は火傷の痕など気にしないだろうがアークの個人的な意見として痕を残して欲しくないのだ。
もちろん美容関係のことでもあるのだが、過去に清算をつけるための戦いの傷など少しでも綺麗に消えて欲しいのである。
「さて、後はギルドに帰ってから自分でしてもらうしかありませんね。……っと、これは田畑さんと少年君を連れて行けということなんでしょうか。きっと黙って軍に引き渡せば時津さんは怒るでしょうし…」
自分の過去と向き合うために必要としても、こうやって命を落としかけることに躊躇はないのだろうか。命を懸けるほど過去が重要なのだろうか。
暗く、苦しく、そして現在まで重く圧し掛かるほどの過去を持つナイトギルド隊員の中で異色のアークだけは心の奥底からそう考えた。アークが抱える苦しみは、静葉たちとは間逆の「無」だからこその苦しみだからだ。
「ぼくには、過去のために現在を捨てるような皆さんを理解できないのでしょうね。ぼくも似たようなものでしょうか?未来のために現在を捨てることは、過去のために現在を捨てるのと一緒なんですか?ねぇ、静葉さん」
「時津様じゃねーけどおれが応えてやるよっ!」
「っ!?起きていたのですか?いや、今起きたのですか?見た目は無傷でしたから可能性としては在りますけれど」
だがまるで測ったかのようなタイミングだ。
もちろんアークが部屋に入ってくる前に起きることが出来れば、沙良にとっては最高だっただろうが、ラリアットを直撃した身としてそれは厳しいだろう。ラリアットの威力も考えに入れるともう暫くは寝ていていいはずである。
だが、ギィーリは沙良が倒れたこのタイミングで実際に目を覚ました。
「正義のヒーローですか。羨ましいですね。ですが折角のかっこいい登場シーンを貴方の想い人は見ていないようですよ。残念でしたね」
「聞こえたんだよ。沙良姉ちゃんがおれは絶対に起きるって言ってくれたのが。そんなこと言われて起きないわけないだろ。守るって言ったんだから」
「『守る』ですか。それは大変ですね。ご苦労様です」
まるで相手にしてない口ぶりにギィーリが不快感を表す。アークはそれを感じ取っても笑みを崩さず、丁重にお辞儀までしてみせた。
「あんたも時津様みたいにおれを馬鹿にしてるのかよ」
「いえ、そんな事ありませんよ。それより答えてくれるのでしょう?ぜひ聞きたいのですが…。未来のために現在を捨てることは、過去のために現在を捨てるのと同じなのですか?」
「違うぜ。絶対に違う。未来のためとか言う奴は可能性にかけてるやつだ。おれたちは、過去のためって言ってる奴らは諦めたい奴らだ。でも、復讐が終わらないと諦めることすらできない。だから人殺しまでやってるんだろ」
「なるほど」
アークが考え込むように口元を押さえる。だがそれはこぼれ出る笑いを隠すためだ。コレ以上挑発しても面倒ごとを起こすだけだろうし、それになぜ笑っているかを聞かれたくもない。
「少年君の意見はわかりました。ごもっともです。もう一つ教えてください。ついでですよ、ついで。少年君は田畑さんのこと好きですか?」
「なっ!そ、そんなことおまえに関係ねーだろっ!!」
「それもそうなんですが。君の返答次第ではぼくの疑問が一つ解消されるんです」
「お、おまえのために答えなきゃいけないことじゃねーだろっ!!」
ギィーリが顔を真っ赤にして怒鳴っている姿は微笑ましい。歳相当の少年らしい動作である。
いつまでもその微笑ましさを見ていたくなるほどだが、アークにとって優先すべきことがある。そっとナイフを取り出しギィーリに見せ付けるように構えた。ギィーリも、アークの次の行動に注目する。
分かりやすい少年だ。アークはそう思いながら、わざと遅めにそのナイフを沙良にむかって投げつけた。ギィーリも突然のことで驚いたようだがなんとかそのナイフを防ぎる。
「な、なにすんだよっ!」
「それが答えですよ。好きでなければ人なんて守れませんし、こんなところまでお供できないでしょうから。でも、そうですか。少年君は田畑さんのことが好きなんですか。もし晶哉君が田畑さんに与えた殺人術というものがぼくの知っている術なら、君の前だけでは田畑さんを傷つけるわけにはいきませんね」
「もともと傷つけさせなんかしねーよっ!」
「今傷だらけで倒れている状況で言われても困るだけですよ」
「うっさいっ!おれが起きてる間は傷つかせないんだよっ!」
「まぁ少年君の力量がどうであれ、ぼくは田畑さんを少年君の前で傷つけるつもりはなくなりました。ですが付け上がってはいけませんよ?ぼくが警戒しているのは少年君ではなく、少年君の感情一つで発動しかねない晶哉君の術です。言い方は悪いですが、これでも少年君のことを想っての発言だとわかってくれるとうれしいです」
「ば、馬鹿にしやがって……」
実際静葉にすら適当にあしらわれた実力でアークに挑もうなど馬鹿のやることである。
アークの実力は静葉以上。実際のところ、アークにとってギィーリなど敵として見る実力も無い相手なのだ。そしてそれは沙良も同じことである。
静葉にとってギィーリは眼中に無く沙良だけが標的だったように、アークにとってギィーリと沙良は、脅威である篠塚晶哉の術を発動しかねないきっかけでしかない。
「警告ですよ。田畑さんが死にそうになったとしても、少年君だけは田畑さんが蘇ることを望んではいけません。それが田畑さんへの止めとなりかめませんから。少年君は信じないでしょうがコレは事実ですよ。田畑さんに生きていて欲しいのなら、少年君だけは田畑さんの死をそのまま受け入れなければならないのです。少年君には難しいですか?」
「沙良姉ちゃんは死なないし死なせないつーのっ!!」
「そうですね。その点においてはナイトギルドも同意しましょう。隊長命令で殺すなと言われていますし」
「は……?えっ?ちょ、どういうことだよ?だって手配書はっ!?」
「羅沙がどう定めようとぼくたちはぼくたちが認めた人物に従うだけです。ナイトギルド隊員は羅沙に従ったのではなく、峰本連夜と焔火キセトという人物に従っているにすぎません。彼らが殺せといえば帝国が止めても殺しますし、彼らが生かせというのなら帝国が殺せと言おうが生かします」
「な、なんだよ、それ」
急にギィーリが床に崩れ落ちる。おそらく負ければ沙良も自分も殺されると思って戦っていたのだろう。
「少年君がどう考えていようが構いませんが、ぼくのお話を聞いてくださいませんか?先ほどの急な攻撃の謝罪と理由を含めてお話ししたいことがあります」
「なんだよ。なんかおれ、急に気が抜けたっていうか……」
「晶哉君の術に関してです。まず、先ほどの攻撃について申し訳ありませんでした。君が発動の鍵となることさえ分かれば、発動を止めることはそうむずかしいことではありませんからね」
「おれが鍵?そういえばさっきのす……好きだとか関係あんの?」
「あるから聞いたのですよ。晶哉君の力は『守る力』。大切な人や守りたいと思う相手でないと発動しません」
「ま、まず勘違いしてるけどあの人から殺人術学んだのは沙良姉ちゃんだぜ?おれじゃない」
「合ってますよ。まず術を使える術者が田畑だと考えるのがおかしいんです。術を発動し、そしてその術の恩恵を受けるのは田畑さん。ですが術の発動に必要な代償は君から支払われます。…わかりますか?」
「わ、わかんねーしっ!わかる必要もねーしっ!」
アークはぜひともギィーリには篠塚晶哉の術のことを理解し注意して欲しいのだが、ギィーリは再び警戒心を持ってしまったようだ。すでにアークのほうを見ようともしていない。
「だから話を聞いてくださ――
「アー君もシーちゃんも無事なのだよーーーっ!?キッラキラリーーン!キー君に逆らう勇気も無くてキー君に無理矢理指示出させて突入してきた、微妙に正義とも言えなくもないるれちゃんが登場なのだよーー!!」
「……」
「……」
「な、なんなのだよ?何の話してたのだよ?」
「今すぐ副隊長呼んでください。ぼく一人では手に負えません…。特に松本さんが」
これで自分と歳がそう変わらないと思うと恐ろしいとか考えながら、一瞬で吹っ飛んだ先ほどまでの話を思い出す。アークがギィーリに晶哉の術について話していたことを思い出す頃には、キセトも部屋の中に入ってきていた。静葉の容態を診て、さらに沙良の容態も確かめている。
この場面で敵の心配をするあたりがキセトらしい。おそらくキセトは静葉たちが氷漬けにされた下っ端たちを逃がしたことを察しているだろう。そしてそれならギィーリと沙良すら逃がしてもいいと考えているに違いない。
キセトはあくまで平等なのだ。アークも静葉も瑠砺花も沙良もギィーリも氷漬けにされた下っ端たちも。下っ端を逃がしていいのに沙良とギィーリは逃がしてはいけないとは決して考えないだろう。
「あの、少年君に晶哉君の術の話をしていました。おそらく少年君が鍵です」
「ん?あぁ、晶哉の術か。発動させるならさせればいいさ。それこそ、その選択権は鍵にある。その少年が鍵だというのなら少年が選ぶことだろう」
「で、ですが……」
ギィーリにとって沙良は大切な守りたい存在なのだと、先ほどアーク自身が確かめたことだ。晶哉の術はそういう関係の者同士で使うには残酷すぎる。
それはキセトがよく知っているはずなのに。
「俺たちがそこまで追い詰めなければいい話だ。このまま出頭させよう。いや、もうミラージュとしての活動をしないというのなら逃がしてもいい。どうせ静葉たちがしていたことはそういうことなんだろう?お互い気の済むまで戦えばいいし傷つけあうのも同意の上なら悪くは無い。誰かの命が消えるより、少々傷つきながらも気分が晴れるまで戦うほうがいいだろう」
「それはそうですが、ギルドとしての体面はどうするのですか?」
今回でけりをつけてこいと連夜は言っていた。帰って一番に報告することが全員逃しましたでは話にならない。だがキセトはあまりその辺りに関しては重要だと思っていないようで、どうにでもなるさとだけしか答えなかった。
「どうせここで逃げてもミラージュは捕まる。俺たちが動かなくても賞金稼ぎが動く。賞金稼ぎが見つけられなくても帝国軍は見つける。そして捕まった先にあるのは死刑だ。不動の、な。
実際のおまえらだけの活動なら終身刑でもいいかもしれないが、三年前の分を足されると考えると避けられないだろう。法廷で時津の街のことを話すのもいいだろうし、黙って墓まで持っていくのもいいだろう」
「はぁ!?絶対に沙良姉ちゃんは殺させないっ!おまえ等の言い方だとその…あの人の術を使えば沙良姉ちゃんは助けられるんだろ!?」
「どこをどう聞けばそうなったのでしょう……」
「田畑沙良が死ぬことに変わりは無い。ただおまえは助かるかもしれない。おまえが非道な人間になれば割り切って幸せになれるかもしれないな」
「い、意味わかんねーしっ!とりあえず今日は引くっ!」
ギィーリが傷だらけの沙良を背負い不機嫌そうに部屋を出て行った。瑠砺花はそのまま見送っていいのか迷っていたが、アークとキセトはいたって冷静にその背中を見送った。
先ほどキセトが言ったことは本当のことだ。瀕死の傷を負った静葉をしとめ切れないような実力では賞金稼ぎにも捕まるだろう。ここでキセトたちが必死になって追わなくても、近い未来殺人鬼ミラージュの公開処刑を見ることはできる。
今三人が考えるべきことは静葉への言い訳だ。本格的な睡眠に入っている静葉が起きた後、猛烈に怒るのは目に見えている。
「アーク。晶哉の術、発動すると思うか?」
「少年君の処罰より田畑さんのほうが早ければ発動するでしょう」
「当然といえば当然だが、人の過去は簡単には終わらないな」
「そうですね」
篠塚晶哉の術を知らない瑠砺花には、未来を見通したような二人の言葉に疑問を感じるしかない。キセトもアークも、篠塚晶哉という人物やその人物が使う術に関して他人に進んで話したいとは思えない。
ただ、これからのことをややこしくしていくことだけは、確信していた。