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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
殺人鬼ミラージュ01
19/90

015

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください


 沙良さらはスッタクしている魔法を発動させず、おもむろに携帯を取り出して静葉しずはのほうへ投げた。


 「それで時津ときつのお姉様。ここにくるまで何をなさっていたのですか?部下が誰一人連絡できないのですけれど」


 「ん?あぁ、秘密よ」


 「聞き出して差し上げますわ、私の敵」


 「やっとやる気になったのね。来なさい、私の敵」


 来なさい、と言っておきながら静葉は構えすらしていない。武器も抜かず、構えも解いた状態でじっと沙良を見つめていた。

 先に動いたのは沙良。先ほどからすでに完成させていた魔法を発動させ、静葉に放つ。突如静葉の周りに発生した炎の刃が静葉を狙う。それでも静葉は構えなかった。

 沙良は静葉が魔法を使えないことを知っている。炎の刃が静葉の間合いに入ってもふさがれなければ沙良の勝利は確定と言えた。負けの一歩手前にいるというのに静葉は動かない。

 まるで先ほどまでの、ギィーリが追い詰められていても微動だにしなかった沙良のように。


 「意趣返しのつもりですの?このままでは時津のお姉様は炎の刃に切り刻まれ、焼き尽くされますわよ?」


 「そうね。少し驚いたということもあるし、それに約束だからね」


 「約束?またどうせ羅沙らすなの誰かと結んだ約束なのでしょう?時津のお姉様はもう、時津の街にいたころのお心を失っておられるのですから」


 「沙良がそう思うならそれでいいわ。私は沙良が炎の魔法を使ったことに怒りを感じる。街を燃やしたのと同じ、炎の魔法。使ってるのが沙良なのに憎々しいわね、本当に」


 沙良を見る静葉の目が、一瞬鋭くとがった。殺気が篭っていた視線に、沙良は恐怖してとっさに炎の刃を静葉に向けて放つ。慕っていた相手でもあったけれど、今はどうやってあの恐ろしい敵を殲滅するかを考えていた。

 炎の刃さえ当たれば勝てる。その判断は間違っていなかったはずなのに。炎の刃を喰らっても静葉は倒れてすらいない。沙良は狼狽を表に出さず次の魔法の詠唱に入る。静葉は悲鳴一つすらあげなかった。死ぬかもしれない怪我を負って。

 詠唱を唱えてはいるものの、先ほどの魔法で勝てない相手にどう勝つのか。想像もできない。


 「……ちゃんと、受けたわよ。沙良たちの、みんなの怒り」


 「……」


 詠唱のせいで聞きたいことが聞けない。時間を稼げない。ギィーリは倒れている。もし静葉がすぐ動くことが出来れば沙良が押し負ける。


 (そんなの嫌ですわ。時津のお姉様を乗り越えなければ復讐できない。街が、みんなが、私のすべてが奪われた事実に対して私は何も出来ないまま終わるのですわ。そんなの、嫌ですわっ!!)


 「ねぇ、沙良。部下なんて言ってるから負けるのよ、ばぁーか」


 「【フレイム・アロー】っ!!負けませんわっ!!絶対に」


 詠唱の途中だが必要最低限の威力は出ると判断し、途中で魔法を発動させる。静葉の上に炎の塊が発生し、そこから炎の矢が静葉に降り注ぐ。だが威力がない。詠唱が途中のせいなのだが致命傷になる威力がない。静葉が炎を振り払い、沙良に一気に近づく。炎の矢を降らす塊が静葉を追って、沙良と静葉の真上に移動する。そして容赦なく炎の雨を沙良の上にも降らせた。


 「あつっぅ!」


 「よくは知らないけど魔法の詠唱って集中力なんでしょ?こんな状況で詠唱できるかしら?」


 「魔法だけではないということは、時津のお姉様も知っているはずですわっ!」


 近寄って体術を仕掛けようとする静葉を振り切って、一旦沙良はギィーリが倒れているところまで逃げる。

 沙良自身の【フレイム・アロー】のせいで沙良も怪我を負った。だがそれは静葉のほうが深刻なはずである。【フレイム・アロー】だけでなく、【フレイム・ブレード】も受けている。本来ならどちらかだけで倒れてしまう威力を持つ魔法だ。

 だがどちらも喰らった静葉は今、沙良の目の前で凜と背筋を伸ばし沙良を睨みつけてる。刀傷や火傷は負っているものの致命傷とはなっていないらしい。

 化物だと思う。勝てないことは沙良も理解していたが、ここまで傷を負ってもくじけないその精神力が化物たる所以だと思う。


 「あら、ギィーリが持ってた剣は沙良のだったの?男の子にしては軽そうな剣だとは思ってたけど」


 「信頼している相手に奥の手は託すものですわ」


 すでに炎の属性追加は切れているが、剣自体立派な武器である。沙良が剣を構え静葉を見つめると、ここで初めて静葉は自分の武器を抜いた。

 強さを求めていた時期、自分との相性を必死に考えたどり着いた武器である。静葉にとって、弱いギィーリや本気になっていない沙良に抜くことすら許せない、プライドの塊。静葉が強さを追い求めて努力してきたすべてを一緒に味わってきた武器。


 「時津のお姉様は変わりませんのね。相変わらず美しいレイピアですわ」


 「一応家宝だったからね」


 レイピアといえば護身用として知られる武器だがこれはそんな生温いものではない。沙良は一度だけじっくり見せてもらったことがある。

 一キロ半ぐらいがレイピアの平均的な重さだが、静葉のレイピアは強度をだすために重くなっている。静葉のレイピアは元々時津家の家宝だったもの。代々時津の街領主を支えた武器。生半可な武器破壊など効かず、レイピアのくせに「斬る」ことが考えられたもの。

 沙良はどちらかといえば魔法が得意だ。一対一では詠唱が間に合わないことはさっきで実証済み。元々低い勝率がまた下がる。


 「ギィーリ、起きて。私を守ってください」


 起きない。ギィーリも起きてはくれない。自分で自分を守らなければならない。


 (抜いた、時津のお姉様はもう抜いた。手加減なんてする人ではない。怖い。怖い。優しいお姉様はもう私の前にはいないのですわ)


 沙良は恐怖を隠し切れず構えが固くなってしまう。それを見て静葉は、氷の中の人々の恐怖の表情を思い出した。

 静葉と彼らの約束も。


 ―――――――――――


 『行きなさい。私は沙良を羅沙に売らないと誓うから』


 まだなぜ自分達が氷から解放されたのか分かっていない彼らは、呆然と静葉を見つめる。彼らにとって静葉は雲の上の人だ。自分達の主になる可能性のある人だった。四年前の悲劇さえなければの話だが。

 街の住人と復讐の誓いをした静葉が、羅沙のギルドにいると聞いて怒りを感じた者もいたはずだった。だが目の前にいる静葉に怒りを感じられる者がいるだろうか。

 敵である自分達を解放し逃がそうとしている。それは静葉の中に、いまだ自分達を思う心があることを示している。


 『早く行きなさい。街に帰る人がいるなら街をお願いね』


 瑠砺花るれかに魔法を解いて貰って彼らを解放する。それが静葉の出した案である。

 沙良に部下として扱われ利用されているということに気づき不快感を持っていれば、解放すると言っている静葉たちに刃は向けないだろうという静葉の勘だった。

 それは見事に当て嵌まり、彼らは素直に去ろうとするものが殆どだった。静葉は最後の一人が去るまで待っているつもりなのか動く気配がない。一緒に待っている瑠砺花が早く帰れと念じ始めたころ、最後の残った数人が彼らから静葉に近寄ってきた。まさかここで反撃がくるのかと瑠砺花が構えるが静葉がそれを制す。


 『シーちゃん?』


 『敵意なんかないわよ。そうでしょ?どうしたの?』


 静葉に聞かれて数名の中から代表者が一人前に踏み出してある頼みを話し出す。


 『沙良は…その、羅沙を憎んでいます』


 『知ってるわよ。私も羅沙は嫌いだわ』


 『その、自分では気づいてませんが恐らく貴女のことも。お、お願いがあるのです!静葉様だからこそ頼めることなのです』


 『何?内容によるわ』


 『街に、復興が進んだ街に一度だけでいいですから顔を出していただけませんか?ミラージュの件が静まった三年前以降、みな静葉様や上田うえだけい殿の安否を気にしております』


 『それだけ?』


 『もうひとつ。これから沙良と戦うおつもりでしょうが、沙良の攻撃は全て受けて頂きたいのです。沙良は傷つけられた分、誰かを傷つけたいだけでしょうから。そもそも復讐ってそんなものでしょう?沙良を救ってください。手遅れになるまえに』


 『わかったわ。沙良の件は任せてちょうだい。でも街へは行けない。ごめんなさいね』


 終始無表情だった静葉が苦しそうに笑う。静葉だって自分が街の人々を裏切ったことぐらい分かっている。いまさら街の人達に見せる顔などない。


 ――――――――――


 「沙良が部下だと言い切った人達は沙良のことを思っていたわ」


 「時津のお姉様を足止めも出来ないような方々に思われても嬉しくありませんの」


 「私、キセトみたいにうまくやる自信ないわよ。だから失敗したらごめん」


 何から何まで静葉と沙良は同じだ。

 キセトたちと出会わなかった静葉と出会った静葉の違いであり、キセトたちと出会った沙良とキセトたちと出会わなかった沙良の違いなのだ。静葉はキセトと出会い、キセトに助けられた。静葉の怒りを超える何かをキセトは持っていた。静葉はそれを、敗北を通して知ったから変われた。

 静葉が沙良にそれを示せれば沙良を救える。沙良の怒りや悲しみを超えるものなんて静葉は強さしかもっていない。

 敗北で分かってくれるだろうか。キセトたちと静葉は違う。ただの強さを見せ付けるだけでは、沙良を変えることはできない。静葉がキセトたちにもらった"なにか"をさらに与えられるのだろうか。


 「来なさい、沙良。私はあなたを救う」


 悩んでいても、戦うしかない。

 静葉には強さしかないのだから。


 「……」


 無言。救うという言葉を静葉が沙良に対して口にするのは二度目だ。

 まだ敵として割り切れずに一度、そして今が二度目。沙良はどちらにもこの言葉に対して返事はしなかった。言葉がないのだろうか、それとも呆れているのだろうか。静葉にはわからない。


 「わからなくてもわかっても一緒。私は沙良の心をへし折らないといけない」


 「『昔自分がそうされたように』ですか?」


 「あら、それは誤解ね。キセトは万年無表情かもしれないけどあれでとっても優しいのよ。敵だろうが味方だろうが嫌いなやつだろうが好きな奴だろうが、助けを求める人は受け入れるし、暴れたいって言う人には自分の身を投げ出してでも付き合う。キセトは人の心をへし折ったりできないわ」


 無口で無愛想で万年無表情。でも口を開けば保護者のように心配していることがわかる。構って欲しいと子供みたいな我侭に答えてくれる。笑って欲しいと願えば必死に笑顔を作ろうとしてくれる。

 どちらかといえば相手に容赦ないのは連夜れんやのほう。笑ってひどいことを平気でする。静葉にミラージュの仲間たちを殺せと命じたとき、連夜はいつもと同じ笑みだった。


 「沙良。前も言ったけどこの国は変わろうとしている」


 「だから知ったことではないのですわっ!」


 痺れを切らし、沙良から攻撃を繰り出す。静葉は一切避けようとしない。ただし喰らうだけでなく同時に反撃も繰り出す。静葉は袈裟切りを喰らい、沙良は肩に突きを食らう。

 沙良はともかく、静葉は動くことにも限界が来ていた。最初の魔法二発を喰らったのがさすがに痛い。沙良が攻撃するために寄ってくれば反撃も出来るが、自分から近づくことはできない。今の静葉の体力ではその場にしっかりと立つことが限界である。


 「つぅ、痛いわね。さて、話の続きでもしましょうよ、沙良」


 ただそんなことは一切表には出さない。背筋を伸ばし、真っ直ぐと沙良を見つめる。声が震えないように気を張る。救う対象が敵であることを忘れてはいけない。


 「前は理解して欲しいと思って言ったことだけど今は違うわ。知って欲しいのよ。理解しなくてもいいから知って欲しいの。私馬鹿だからこの差をはっきり言葉にできないけど…、沙良は聞くことすら拒んでいる気がするわ」


 「この羅沙がどう変わろうと過去にあったことは変わりませんわ。私たちの故郷が滅んだことに何の変わりも生まれませんのっ!」


 「街の復旧が進むように街は変わる。前と同じ街なんかできない。羅沙だってそうでしょ?変わるということは前にあった姿を捨てるということだわ。うまくいえないわね…、えっとつまりこの羅沙を恨む必要すらなくなってきているのよ」


 「わかりませんわっ!羅沙を恨まずにすごす時間など私にはもうないのですわっ!この羅沙が滅びるまで終わることのない憎しみにとらわれて生きる。それだけですのよ!?」


 「うん。私もそうよ、沙良」


 静葉には、静葉にとってのキセトと連夜という存在を説明する言葉がない。

 静葉だって羅沙は大嫌いだ。今の皇帝だって直接見て一番に考えることは弱点などだろう。それは沙良と変わりない、理由まで同じの憎悪。だが静葉は羅沙で暮らしている。ギルドに入っている。

 静葉にキセトと連夜という存在させ説明できる言葉があれば沙良もきっと。そう静葉が考えるほど静葉と沙良は同じなのだ。


 「沙良。なんでだろう。沙良は敵だしそれはわかってる。敵として対立することは覚悟したしもう迷わないつもり。敵でも救える。それは知ってるから。でも私はまだきっと迷ってる」


 「……」


 「言葉にできない感情だから剣に任せる。ボロボロの相手に何迷ってるの?来なさいと言ったはずよ」


 すぅっと沙良の目が細められる。なにかを悩んでいるのか、疑っているのか。

 沙良が一度目を閉じる。ゆっくりと瞼を開き真っ直ぐと静葉を見つめ返した。その目には静葉が完全な敵として初めて映っていた。


 「行きますわ、時津静葉」


 そして冷え切った声で敵の名を呼んだ。これから殺意をもって殺す敵の名を。



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