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Black Night have Silver Hope   作者: 空愚木 慶應
殺人鬼ミラージュ01
14/90

010

 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます


 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません

 

 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください

 

 以上の点をご理解の上、お読みください

 世間を騒がせていたミラージュに対して羅沙らすな軍が取った行動は極々単純な物であった。

 「見つけ次第捕縛せよ。生死を問わず」

 たったそれだけが書かれた紙が帝都中に出回ったのである。薄い青色の紙と、無造作に押された羅沙の印。それはそこに書かれたことが、羅沙皇帝が公認したことであることを示している。

 つまりこの紙は手配書なのだ。それも文字通り死んでいようと構わないという意味の。

 街の人たちはコレを当たり前として受け入れた。三年前の悲劇はまだ記憶に新しいのだろう。むしろ軍人やギルド隊員以外にもミラージュを討ち取ろうという賞金稼ぎまで出てきたのだ。羅沙軍としてもこの帝都に住む人々に取っても、すぐに鎮圧されるだろう未来をもたらすだろう、この紙が出回ったことを喜んだ。

 軍から直接依頼を受けていたナイトギルドの面々だけはしかめ面でその青い紙を見ていたが。


 「さて。これで殺したとしても罪は無いことになった、が!オレはナイトギルドの隊長としてお前らに命令しておく。殺すな。何があっても、たとえこちらが負けそうになっても殺すな。例外は唯一つだ。同じナイトギルドの隊員が殺されたら殺し返せばいい。それ以外は認めない」


 元々軍からの依頼にあてる予定だった瑠砺花るれかとアークを前に、連夜れんやは重々しく告げる。瑠砺花もアークも無駄に難易度を上げる連夜の命令に、文句の一つも言わず頷いた。

 それどころかその理不尽な命令を聞いていた食堂にいる隊員たちも当たり前だといわんばかりに頷いていた。そしてその視線は自然に静葉しずはへと向けられる。静葉は隊員たちの視線に気づかず、手配書を眺めていた。人相すら描いていない異例の手配書が、羅沙がどれほどミラージュを警戒しているか告げている。


 「静葉。これで依頼はなくともお前がミラージュを追う理由ができた。お前はその多額の賞金が目当てでミラージュを追えばいい。本心がどうであれ、表向きの理由ができたわけだ。嬉しそうな顔をしたらいいだろう?」


 キセトの言葉に近くにいたれんが、なんて無神経なことを――、と呟く。静葉は初めこそ冷たくキセトを睨んだだけだったが、大きく息を吐いて話し出した。


 「表向きの理由は出来たかもしれないけど、その理由のせいで沙良さらは多くの人にその命を狙われることになったわ。それにこの短時間で生死問わずの手配書まで出たっていうのは、私のせいでもあるでしょう?三年前のミラージュの罪まで沙良に被せるのは私の本意じゃないの。命は一つしかないわ。皆が皆、キセトや連夜みたいに強くないの。殺されたら、死ぬのよ?沙良が死んでしまったら私は沙良に謝ることも言い訳することも、お礼を言うことすらできないわ。もしかしたらまだ和解できるかもしれないのによ?そんなの、嫌」


 それに、と静葉が何か続けようとしたが途中に不自然に押し黙った。入口に夏樹の姿を認めたからである。


 「お話中だったかな?」


 「んおっ?冷夏れいか嬢じゃん。なんか用?」


 連夜が真剣な表情を一瞬で振り払ってカウンターに立つ。ニコっと笑う連夜に一瞬の戸惑いを見せた夏樹なつきだったが、またもや一瞬で表情を強張らせる。

 静葉としてはここで笑顔を見せられる連夜のほうに驚いた。話を聞かれていたのなら静葉が三年前のミラージュに何か関係があるぐらいは悟られるだろう。いや、優秀な情報屋でもある夏樹ならばミラージュの正体が静葉だと気づくかもしれない。

 だがそんな静葉の心配にも全く気づかないのか、連夜はニコニコと笑いながら夏樹と話を盛り上がらせる。


 「へぇ、本拠地がつかめた、ねぇ。それをオレに言ってどうしたいんだよ、冷夏嬢は。フィーバーギルドにだって軍からの依頼は入ってるだろ?自分のギルドだけで討伐しちまえばでかい手柄じゃねーの?いいのか?オレに教えちまって」


 「こちらが情報には長けていることは自覚しよう。だが護衛は他から雇ったりと武力に欠けていることもまた、自覚すべきことだ。はっきり言ってフィーバーギルドの者や、中途半端で金で雇う者で殺人鬼ミラージュを捕まえられるとは思っていない。無論、殺すこともできないだろうとおれは思っている。それは連夜も思わないか?」


 連夜の笑みに合わせたように夏樹がにやりと笑う。その笑みを見て連夜はさらに笑みを深くした。ただ傍観するだけならこれほど綺麗な笑顔も無いだろうというぐらい、綺麗な微笑みだった。

 元々顔がいいせいだろう。連夜に対して普段なら綺麗だという言葉を使うことなんてありえないと思う夏樹ですら、この後の夏樹を動揺させるためだけの言葉が発せられなかったら、その微笑に恋に落ちていたかもしれない。


 「いや、向こうはせいぜい二十人程度。五十人ぐらいの傭兵を連れて行けば余裕で終わるだろう。もちろん生死を問わず、っていう条件が要るけどな。それはこの紙切れのおかげで条件を満たしてる。殺して死体を差し出すだけならそれで十分だ。オレは、というかナイトギルドは黙視しようと思ってたほどにな。わざわざ手を下す必要もねーよ。あんな奴等」


 「あんな奴等、だと?知っているのか?そういえば東雲しののめ殿…、これは第一隊隊長のほうの東雲殿の発言だが、時津ときつさんの知り合いだそうだな。ミラージュは」


 夏樹の視線の先には、夏樹を冷たい視線で見つめ片手に握りつぶされた青い紙を持つ女性がいる。その視線はその情報が嘘ではないことを明白に語っていた。

 だが連夜はあくまでもとぼけた。さぁなと言っただけでそのことに触れようともしない。


 「大体東雲さんが何だって言うんだよ。実際ギルドに命令権を持つのは江里子えりこ嬢だろ?あの人がオレらのことを屑だと言おうが優秀すぎて使いにくいと言おうが関係ねーし」


 「連夜は本当に口が悪いな。東雲殿がそのようなことを言うまい。なにせあの人は羅沙軍始まって以来の穏便な方だ。まぁそれは明津あくつ様の騎士であったからだという噂もあるが」


 「『明津様』ねー。もうこの国にすら居ない人の騎士なんて出来んのかよって話。大体明津ってオレらが生まれる前の人だろ?知らねーっつーに」


 連夜の言葉の端々に、そんな奴はどうでもいい、という思いが漏れ出ていた。夏樹は小さく息を吐く。他国生まれの連夜にこの国での「明津様」の偉大さは伝わらないと思ったのだろう。結局何も言わず、夏樹は話を元に戻した。


 「とりあえずミラージュ討伐の情報はやる。討伐自体はナイトギルドが行うということで次の会議を進める予定だ」


 「会議ぃぃ!?そんなことしてるうちに移動するぞ!」


 「いや、それがまるで挑発かのように、『ここにいます』という地図つきのお手紙をもらってな。真正面からぶつかるつもりでいるらしいぞ。三年前とは打って変わったというべきか」


 その手紙のコピーは会議で見せてやろうと言い残し、夏樹は話の途中で背を向けた。

 最後には、この国で明津様を馬鹿にしないほうがいい。すべてが敵となる。とだけ警告すると他は何も言わずギルド本部を出て行った。

 夏樹が出て行って始めて連夜が笑顔を崩し、真っ直ぐに静葉を見る。


 「静葉。緊急事態だ。お前を入れる。その代わり私情は捨てろ。さっき瑠砺花とアークに言ったとおり、殺さずに捕らえることだけを考えるんだ。捕らえたらすぐに羅沙軍に引き渡せ。時津の街が云々とか話すことは禁ずる」


 「任せてっ!」


 久しぶりに静葉の明るい声が食堂に響いた。反響まで楽しむかのように連夜が静かに、だが不敵そうににやりと笑う。よしっ!と静葉に負け劣らず大声で答えてから、会議のためにギルドを出て行った。

 連夜がサボらずに会議に行くということ自体めずらしいのだが、そのことを口に出す者はいない。むしろ連夜が出て行ってから、やっと分かったとでもいうように、キセトも会議のために急いで出かけるのを見て、くすくすという笑い声が漏れたほどである。


 「連夜っ!どうするつもりだ。静葉に関わらせるつもりはないと言っていただろう?」


 「予定変更だ。生死問わずってのはきつい。お前の報告を聞く限り腕っ節がましなのは沙良とかいう女だけなんだろ?後はド素人。お前がそう言ったんだぞ。オレは静葉に自分の過去に関わるなと言いたいわけじゃない」


 毎度会議が行われるフィーバーギルドに早足で向かいながら、キセトが言葉を詰まらせた。

 連夜の言うとおりだし、キセトも静葉に過去に関わるなと言いたいわけではない。むしろ静葉自身の過去は静葉がけりをつけるのが好ましいと思っているほどだ。


 「だからと言ってだ!今まで遠ざけていた静葉を急にこの仕事に当たらせたりしてみろ!静葉とミラージュは何か在りますと言っているようなものだっ!静葉の件は調べられるとすぐに分かるぞ!そこはどうするつもりだっ!」


 「知るか。オレは馬鹿だからそんなこと分からん」


 即答で帰ってきた無責任な答えに、さすがのキセトも一瞬押し黙るしかなかった。そして連夜の視線には「お前がなんとかしろ」なんて意味が込められている気もする。

 キセトはため息をつきかけたがぐっとこらえ、どうすればよいか黙って考え始める。


 「さて。この会議も毎度のごとく、『明津様がいてくれれば』から始まるのかな」


 連夜の小さな呟きにキセトは敏感に反応した。

 他国、それも北の森生まれである連夜やキセトにとって、この羅沙という国の『明津様信教』は異常なのである。

 二十四年前まで羅沙にいた皇族で第一皇位継承者だったらしいが詳しいことは二人とも知らない。ただその優秀な「明津様」が居ない現状を悲しみ、何か問題が起こると決まって「明津様がいてくだされば」と言い出す輩がいる。『明津様信教』を知らぬ二人にとっては不可解な考えであり、そのせいで何度か首が飛びかけたこともあった。

 つまりあまりいい思いではない。


 「俺には一人の人間にそこまでの完璧さを求める心境が分からない。皇族といえどただの人間だろう?」


 「オレに言うなよ。オレにもわかんねーよ。ただほら、前にもあっただろ?『明津様を知らない子供が成人するなんて許せない』とか言って親が子供を殺した事件。あれ、この国じゃ当たり前らしいぜ?恐ろしい常識もあったもんだ」


 「知らないのが許せない、って。どうせ知らない奴だけになるのも近いのにな」


 「全くだ」


 二人には理解できないが、羅沙出身の蓮や松本まつもと姉妹、戦火せんかしげる、は「そう教えられた」と即答するだろう。

 羅沙明津というたった一人の皇族がそこまで崇められたのは、明津の父親であり二代前の皇帝が「羅沙史上最も愚かな皇帝」とまで呼ばれるものであったという背景もあるのだが、二人には興味の無いことだった。


 「さて。『明津様信教』のお布施の時間は寝ててもいいよな」


 フィーバーギルド本部の前で連夜が呟く。キセトはわずかに顔を曇らしただけだった。


 二人が中に入るとすでにナイトギルドの二人以外、代表五大ギルドの隊長と副隊長はすでに揃っていた。特に遅れたということもないのだが、キセトは素直に謝罪して会議室に入り、連夜はオレが着た時間が開始時間だと言いたげに堂々と無言で席に座る。

 すでにその対照的な二人を見慣れたそれぞれの代表は、特に二人を咎めたりはしない。代表五大ギルドの中でも代表を務めるフィーバーギルド隊長、つまり夏樹が開始の合図としてベルを鳴らす。

 静まりかえった中に夏樹の声が響いた。


 「今回の臨時会議は他でもない。殺人鬼ミラージュの再来についてだ。ミラージュは、いや、ミラージュたちは自らの居場所をおれたちに知らせ、来るならこいよといいたげにおれたちを待っている」


 「なんてことだ……。明津様がいらっしゃればそもそも殺人鬼ミラージュなど現れなかっただろうに…。この国は滅んでしまうの――


 「滅ぶとかそんなことどーだっていいんだよ!現状に羅沙明津はいねぇっ!オレたちでできる案を出すための会議だろうがっ!」


 来る前にすでに予想していた台詞を遮って連夜が叫ぶ。それぞれの代表は顔を真っ赤にするなり、聞くにも堪えないことを聞いたと目をそらすなり、恐ろしいことを聞いたとばかりに青ざめるなり、様々な反応を示す。

 連夜は気にせず真っ直ぐ夏樹を見つめ、続けてくれ、と続きを促した。


 「確かに明津様がいれば起こらぬ事態だったかもしれないが、起こってしまったものを無に帰すことは我々には出来ない。連夜の言うとおりおれたちのわずかな知識を絞り、解決策を出すしかないだろう」


 明津という名前がでたからか、夏樹に似合わぬ謙虚さである。いつもは優れた情報屋として、聞き取り方によっては自慢に聞こえることすら堂々と言っている夏樹とは思えない口ぶりだ。

 それすらも不愉快そうしていた連夜は、いきなり足を机の上で組み、椅子の前脚二つを浮かせ、椅子を揺らし始めた。さすがに他の代表たちの表情が怒り一色に染まる。


 「貴様はいつもいつも会議をさぼりおって!たまに出たと思ったらあろうことか明津様を侮辱し、さらに我々の言葉に耳も傾けぬとはどういう了見かっ!!」


 「聞いてて思ったんだけどさ。お前らってガキみたいだよなー。あれだ、羅沙明津が母親って感じだな。母親がいないと何も出来ないのーってか?じゃ素直に滅びるこの国を眺めてろって話だよ。居ない奴頼りにして何が誇らしいんだ?意味わからん」


 「き、貴様ぁ……」


 一人の代表者が顔を真っ赤にして腰の剣に手をかける。確認するまでもなく、その敵意は連夜に向けられていた。敵意というより殺意というほうがいいかもしれない。

 連夜がにやりと笑うのと同時に彼の堪忍袋の緒が切れた。すかさず剣を抜き連夜に詰め寄る。剣が持ち上げられ、怒りに任せて振り下ろされるが連夜はそちらを見向きもしない。

 ギィンという音と共に、剣が会議室の壁に突き刺さる。連夜は動いていない。夏樹が何かを投げ、剣をはじき飛ばしたらしかったが、殆どの者が呆然と壁に刺さった剣を見ていた。

 皆、連夜の頭が真っ二つに割れることしか考えていなかったのである。それも明津様を馬鹿にしたのだから、という理由でそれも黙認していた。殆どの者の予想をはずれ、無事だった連夜がさらに不適に笑う。


 「いやぁ、恐ろしいこった。もう馬鹿にしたことは言わないように注意しとく。てか、今だって馬鹿にしたつもりはなかったんだ。羅沙明津はここにはいない、って言いたかっただけなんだよ、いやマジで」


 それは嘘だな、というキセトの呟きが全員に聞こえていたが、そこは全員が自分を抑えた。心の中で北の森の屑が!と馬鹿にするのはしっかりしていたようだったが。

 夏樹が咳払いをし、もう一度静まり返った状態を作る。そして討伐にはナイトギルドを指名することを夏樹が告げると、今度は全員がせせら笑いを浮かべた。


 「確かに。ここまで隊長の峰本殿がおっしゃるのだからさぞかし華麗に解決してくださるだろう。ナイトギルドが適任である」


 「そうだな。我々は峰本殿にお任せして安心して常時任務に当たりましょう」


 やれるならやってみろっ!という思いが伝わってきたが連夜は無視した。実際はやれるという確信があるし、他の奴等がいればいるだけ邪魔だと思っていたので丁度いいとすら思っていた。


 「じゃ、解散ってことで。行くぞ、キセト」


 「……」


 黙って立ったキセトをつれて連夜は会議室を出る。フィーバーギルド本部から出て、初めて連夜が盛大にため息をつく。さすがのキセトも少しすっきりしたような表情になっている。


 「『明津様信教』は毎度毎度根が強いな」


 「あの人はこの国にあった、最後の命綱そのものだったということだ。それほどまでに二代前の皇帝は民に嫌われていた……らしい。羅沙明津という皇族は幼いながらもすでに政治にかかわり、成績を収めてたらしいからな」


 「なんだって?えっと、確か二十四年前に二十歳だろ?いなくなったのが二十四年前なんだから十代で政治に関わったってことか?優秀な奴なんだな。まさにお前みたいだな。天才レベルの優秀さ」


 「……」


 比べられるのが嫌なのかキセトは答えない。それどころかあらぬ方向をじっと見つめていた。

 連夜としても珍しいと思う。この謙虚なお友達が天才とか優秀とか言われておいて否定も何もしないことは珍しい。いや、珍しいどころかおかしい。今までは絶対にないことだった。

 連夜の疑問が通じたのか、連夜の心の中の疑問にキセトが答える。


 「俺もまた、『明津様信教』の一人かもな。俺が優秀かどうかはおいておくとして、あの人と似ているといわれると嬉しいものだ。ただ、羅沙の民とは違って完璧な人だとは思わないが、羅沙明津という存在が優秀だったことは否定しない。あの人は、とてもとても、言葉には出来ないほど優秀な人だよ」


 それを聞いて連夜が唸る。キセトがここまでベタ褒めする羅沙明津という存在がよく分からなかった。

 キセトが言うのだから優秀なんだろう。それも連夜が想像なんて出来ないほどに。だがどれほど優秀な人間だろうと、周りの奴等ほど過信するつもりにはなれない。そもそも連夜はあおいにいた頃から上司だろうが部下だろうが信頼などしたことがなかった。

 強さがステータスになる葵で、連夜以上の人間など頭領しかいなかった。その頭領も連夜の父親で、尊敬していたわけでもない。過信どころか信用すらしない。

 そんな連夜がキセトの言葉を理解できるはずもないのだ。


 「まっ、わかんねーけどいい人なんだな?お前もそう思うんだな?」


 「あぁ」


 「わかった。お前がそう思ってることは分かった。もし明津に会うことがあれば、オレが信用できるか判断する。ただ噂されるような人間離れした奴ではないってことは理解しとく」


 「そうか」


 一度頷き、連夜が歩き出す。

 毎度変わらない会議の面子と彼らの明津様信教の深さなど、いまさら話す必要もないことだからだ。

 それよりも今はミラージュという解決しなければならないことがある。本気になることもない相手だとは思っているが、もし失敗でもして彼らに馬鹿にされることを考えると吐き気がする。


 「静葉に行かせるんだからな。今回一回きりで終わらせる。で、オレの考えなんだが――


 「殺すつもりはないんだろ?」


 「もちろんだ。生死問わずっていう条件はそう簡単に出していいものじゃないとでも言えばお前は納得するだろ?まぁ主犯の沙良、だっけ?あの子は捕まるとしても他のガキんちょは助けられるんじゃないのか?静葉みたいにな。それに、個人的に沙良ってやつには聞きたいことがあるんだよ」


 「聞きたいこと?連夜も知り合いなのか」


 そうじゃねーけど、と煮え切らない態度で連夜は黙り込んだ。

 静葉から沙良に殺人術を教えた「篠塚しのづか晶哉しょうや」について少し聞いたのである。どこで出会い、よく待ち合わせした場所など聞けたらと連夜は考えていた。


 キセトの過去を探ろうとして知った名前と、今のミラージュが関係している。下手すれば黒幕として名前を挙げてもいい関係として。あと裏路地で連夜の案内役をした長身の男と志佳が言うには帝都にいると言っていた。つまり篠塚晶哉と沙良とも帝都内で出会ったと考えるのがいいだろう。

 キセトの過去を知っていて、羅沙を破壊するミラージュを助ける人物。不知火しらぬい関係の地位についているのなら羅沙に混乱を呼ぶミラージュを助けるのも理解できるのだが、篠塚晶哉を知っている者は口をそろえて帝都にいるという。


 「何を考えているんだ?連夜」


 「いや、うまくしたら引き出せるんじゃないかな、と思っただけだ。場合によってはお前を餌にしても」


 「……?何をするのもいいが人に迷惑をかけるなよ」


 「安心しろー。迷惑かけるのはお前にだけだって」


 「……」


 返事が無かったので様子を伺うように振り替えると、予想外なことにそれならいいといわんばかりの表情で周りを観察していた。そのキセトの表情が連夜を不愉快にさせる。ここで俺にも迷惑かけるなと怒鳴り返してくることが、連夜の思いでもあった。

 連夜にとって、キセトの自己犠牲とも取れる考え方は嫌いなのだ。自分を大切にしろとか言うつもりは連夜には無い。ただ、嫌いなのだ。世界で一番自分を大事だと思う連夜は、自己犠牲という考え方自体が嫌いなのだ。


 「その癖は直せ。そのうち殴るぞ」


 「ん?癖?」


 「いや、わかってねーならいいよ、べつに」


 首をかしげるキセトを放って連夜がずんずん進む。

 キセトを餌にして篠塚晶哉を呼び出すのであれば、連夜にはしなければならないことがある。




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