007
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
じわりと嫌な汗がまとわり付いている。体を起こすことすら億劫になるほどに。辛いことはない。ただ脱力というのがふさわしいだろう。
何もしたくない。言ってしまえば何もかも面倒だ。
「キセトさん。お水持ってきましたよ?」
「悪い、どこでもいいから置いておいてくれ」
「ふふっ。騙されたのだよ」
「なっ!?」
蓮だと思って軽く返事をしたら思いがけない声が返ってきた。
思わず上半身を跳ね起きさせ、入口を見ると、松本姉妹が立っている。
「レー君が出かけていって、おかしーなーと思って来てみたのだよ」
「そしたらキー様が倒れてた、って訳なのですぅ~」
連夜が出かけた?こんな夜に門の外へは出れないはずなのに?
とりあえず松本姉妹の前でいつまでも寝ているわけには行かない。自分でも分かるほどフラフラとした足取りでベッドから抜け出し、テーブルがある場所まで歩く。だが椅子に触れられるぎりぎりの距離で足から力が抜けていった。
「キー君っ!?」
慌てて駆けつけてきた瑠砺花に支えられ、何とか体を打ち付けることは避けられたが、体全体に力が入らないのは変わらない。なんとか一人で立とうと椅子を支えにしてみるが、笑えるほどうまくいかなかった。
「キー君。詳しいことを聞いたりはしないのだよ。キー君が隠したいなら協力する。だから休んで欲しいのだよ、キー君」
「……」
「キー様。無茶したら無茶しただけ体にも疲労が残るのですぅー」
「…わかった」
こいつらのことだ。無茶すれば連夜に報告するなりして無理矢理休ませるに違いない。今、連夜は出かけているらしいが、すぐに帰ってくるだろう。そうなると困るのは俺のほうだ。
俺を支えていた瑠砺花の手を払って、体を引きずるようにしてベッドに戻ろうとする。だが途中で体が宙に浮くのを感じた。
「たく、キー君は何でもかんでも自分でしすぎっ!なのだよ。体調が悪いときぐらい周りに手伝ってもらえばいいのだよ?」
「というよりルー姉が腕一本でキー様を持ち上げられることのほうが驚きなのですぅ~」
「あっ、本当なのだよ。キー君軽くなった?」
ベッドに俺を放り投げてから、今気づいたと言わんばかりに尋ねてくる。俺としては体重なんて気にしていないので、太ったか太っていないかなど分からない。瑠砺花がいうのなら軽くなっているのかもしれないな。
「今日はお前らが言うように休む。だから出て行け、安眠妨害姉妹」
「そーんな簡単に引き下がるわけないのだよっ!」
「キー様が寝るまで看病するのですぅ!」
それだけ言うと、瑠莉花は俺の分として水をコップに注ぎ、自分たちの分として紅茶かなにかを注いでいる。完全に居座る気だ。瑠砺花は瑠砺花でシーツを整えたり、俺の上に丁重に布団をかぶせたりと手際よく看病の準備を進めていく。
確かにこのまま無茶して、戦火や静葉辺りに知られると厄介なことになりそうだ。松本姉妹やアークあたりならまだ冷静に判断できそうだが、戦火や静葉となると、一気に感情的な行動に出そうである。
不本意ながらここは松本姉妹に看病してもらって他に悟られる前に治したほうがいい。
「キー君。おそらく私たちは方法は違えど、レー君と同じことをしようとしているのだよ」
「どういうことだ?」
「私たちは、なぜキー君がこんなにも弱体化しているのか知りたいのだよ」
水と一緒に持ってきていたのか林檎の皮を包丁で剥きながら、瑠砺花は視線を上げず、静かに訊いてきた。
そして弱体化という言葉を使ったところを見ると、今が全快であるとは思っていないらしい。普通なら体に力が入らないだけで、疲労が溜まっただけで、と考えるところを、この二人はそう思っていない。
少し、複雑な思いだ。ここで話せてやれればどんなにお互い楽だろうか。
「キー君。いなくなったりしないで欲しいのだよ。キー君とレー君は私たちを救ったという自覚が無さ過ぎるのだよ」
「……」
「紅茶かお水、どっちがいいのですぅ?」
「水」
「どうぞ、なのだよ」
瑠莉花が俺を支え、瑠砺花が丁重に水を飲ませてくれる。
確かに腕一本持ち上げることすらできないほど弱っているのだが、どうもこういうのは慣れない。
「薬はヒーちゃんが何か処方するまで私たちは手を出さないのだよ」
「ヒー様の調薬は完璧なのですから」
「『ヒーちゃん』とか『ヒー様』はやめてやれよ。蓮がかわいそうだ」
落葉蓮という名前の中に「ひ」という文字は入っていない。なのにこの二人は蓮のことをヒーちゃんやらヒー様と呼ぶ。
おそらく、蓮の本名から取った名前なのだろうが、蓮としては昔の捨てた名前から取られるのも複雑な思いだろう。
「キー君。過去なんてそう簡単に捨てられないのだよ」
「いつもどこかにあるのです。忘れたりなんかしたら後で痛い目合うのですよ」
「お前らが言うと違うように聞こえるな」
松本姉妹の語尾キャラ付けは二人が意図的に行っているもの。
二人もまた、過去を捨てるために自分たちを無理矢理変えた者たちだ。
「誰にだって、自分ですら触れたくない過去があるものなのだよ、キー君。誰にでもあるものだからこそ、誰もがそれを乗り越えていくもの」
「私たちやキー様たちだけそれを無視することなんかできないのですぅ~」
「……」
「誰でもあることだから、そばにいる人が乗り越えようとする人を見て、助けてあげたいと思うのだよ」
「人によっては蹴落としたい、かも知れないのですが」
「…寝る」
二人が言いたいことがさっぱり分からない。
これが連夜なら、勘などといいながら二人の言いたいことを当てるのだろう。
だが、一杯の水を飲んだだけで吐き気がするとか。力を入れるどころか、体を誰かに動かされるだけで激痛がするとか。何もしていないのに突然睡魔に襲われるとか。
そんなことをこの二人に話して、何の解決になるというのだろう。話してやりたいという気持ちもあり、話したところでどうにも成らないという予測もあり、結局俺は口を閉ざすのだ。
「おやすみなさい、なのだよ。キー君」
「おやすみなさい、なのです。キー様」
何も話せないまま、俺は瞼を閉じた。先ほどから訪れていた睡魔に身を任せて意識を手放す。
次に起きたときには瑠莉花の姿はなく、瑠砺花だけがベッドの脇で眠っていた。
いつもなら俺は、寝相が悪いのでベッドから落ちているはずなのだが今日はベッドの上で目覚めている。もしかしたら瑠砺花と瑠莉花が交代しながらずっと看病していてくれたのかもしれない。
「瑠砺花、瑠砺花……。起きろ」
「ん?キー君?朝なの、だよ?」
暫く瑠砺花を揺すっていると瑠砺花もやっと意識が覚醒してきたらしい。目をこすりながらフラフラと立ち上がると、ただ一言、大丈夫?と訊いてきた。
「あぁ。一晩眠れば治ったらしい。いつも通りだ」
「そう……。いつも通り、ボロボロキー君なのだよ」
「ボロ雑巾みたいに言うなよ」
「雑巾ではなにしろ、ボロボロなのは事実なのだよ」
「……」
俺はいつもそんな風に見えていたのか。
確かに連夜や静葉から痩せすぎとよく言われるが、ボロボロという表現はショックだ。もう少し飯をしっかり食べようか。
「キー君。英霊君の学校には私とリーちゃんで行くのだよ。キー君は休んで」
「英霊は今日休みだ。ギルドで過ごさせるか、あぁ、釣りへ行くのではないか?それに、お前らは始末書があるだろう」
「釣り?じゃ今日はお休みで明日行けばいいのだよ。始末書は英霊君と一緒でも書けるのだしー」
確かに。松本姉妹は、始末書なんて書こうと思えばすぐに書けるはずなのだ。
だがゆったりと休んでいても静葉たちに怪しまれるに違いない。
「静葉かアークの仕事についていくことにしよう。あいつらとなら俺は何もしなくてもいいはずだ」
「シーちゃんなら今日戦火ちゃんのお買い物を手伝うだけだと言っていたのだよ。そっちに行くといいのだよ」
「そんなに俺を休ませたいのか?買い物ぐらい静葉一人で十分だろう。アークの仕事に付いてもいいんだ」
「無茶されて倒れられたら、誰が私たちの始末をするのだよ」
「笑っていうことじゃないだろ。始末されなくてもいいようにしろ」
「じゃぁキー君。シーちゃんには私から話をつけておくのだよー。勝手に違う任務に言ったらレー君にお仕置きしてもらうのだよー」
それだけ言うと音を立てて扉を閉め、瑠砺花は部屋から出て行った。
俺は外に出れる格好をするため、ベッドから出てクローゼットを漁る。いや、漁るといっても同じ黒いスーツしか入ってないのだが。
「まっ、コレでいいか」
適当に手に取ったスーツをベッドに置く。昨日はシャワーも浴びずに寝たので体がべとつく。軽くシャワーだけ浴びてくるとするか。
カッターシャツとネクタイ、スーツ等着替えを持って一階へ下りていく。廊下を下りている途中で、一階から上がってきた静葉とすれ違った。
「瑠砺花から聞いたわ。一緒に来るんですって?キセトと一緒に任務なんて久しぶりね。思わずアークに来るなって言っちゃったわ」
「アークも一緒だったのか?それは…その、アークに申し訳ないことをしたな」
「いいのよ、アークなんて本部で体育座りでもさせてれば」
これが仮にもお互いの同意の上で付き合っているカップルの台詞なのだろうか。アークがあまりにも不憫でもある。これなら静葉ではなく蓮か戦火か茂の手伝いをしていればよかったな…。
「とりあえず買い物、だったな?」
「えぇ。でもその荷物ってことはシャワーでも浴びるんでしょ?私は準備できたら食堂にいるから準備できたら声かけて。任務って言っても依頼じゃなくてギルド内の仕事だし時間に余裕あるから」
「出来るだけ早く準備する」
「お願いね」
急かされて早足に階段を下りる。階段を降りきってから、すでに足がふら付いていないことに気づいた。
やはり一晩眠れば回復するものなんだな。無理せず、もう少し休みを定期的に入れるべきか。
「あっ、キセト。おはよう」
「あぁおはよう。連夜が朝に起きているなんて珍しいな」
「んー。色々してたからなー。あっ一つだけ聞いていいか?」
「なんだよ。急いでるんだ。手短にな」
「『篠塚晶哉』って誰だよ?」
「…晶哉?」
篠塚という名前に聞き覚えは無いが、晶哉という名前には聞き覚えがあった。
俺が黒獅子だったころ、つまり不知火シャドウ隊という軍のトップにいた頃の部下の一人だったはずだ。それに、それだけではないのでよく覚えている。
「昔の部下だったはずだ。それがどうかしたのか?」
「昔の?じゃ不知火側の人間なのか?」
「俺が知っている限りはな」
昔は不知火晶哉という部下がいた。連夜がその晶哉を知ったということは今、晶哉は帝都にいるのだろうか。なら篠塚というのは羅沙で暮らすための名前なのだろうか。
「なぜお前が晶哉を知ったか知らないが、俺は今急いでるんだ。その話はまた今度な」
「うーい……」
シャワー室へ向かおうとしたところで、自室から下りてきた静葉と出会ってしまった。つまり静葉は準備が終わったということだ。あまり待たせるためにはいかない。すばやくシャワーを浴びて食堂に帰ってくると、丁度静葉と連夜の会話も終わったところだったようだ。
「じゃ、行きましょうか。って言っても頼まれた物買うだけだけどね。量はあるから男手が欲しいのよ」
「ならアークも呼べばいいだろう?」
「えー、アーク呼ぶなら茂君に声かけるわ」
「毛嫌いしてやるなよ」
ため息を漏らしている俺を静葉が出口まで引っ張っていく。この様子だとアークは本当に体育座りしていそうだ。
それに対して静葉は楽しそうに道を歩いていく。俺が後ろを付いていくだけでそんなに嬉しいのかと思うほど上機嫌に。
「キセトと一緒に出かけるなんて久しぶりねっ!ほーーんと久しぶりっ!また暇な時とか剣教えて?最近全然手合わせしてないでしょ?」
「手合わせ、ね。そういえばここ数年は手合わせしてないな」
「そうなのっ!まだまだ私は強くなりたいからっ!」
静葉は手を軽くレイピアの柄に添える。目には強い意志が宿っている。昔と変わらないような、大きく変わったような。
「んーっと。まずこのスーパーで食料、かな?」
「食べ物は後のほうがいいんじゃないのか?」
「んー。でも安い物はすぐなくなっちゃうしなー。安売りの物だけでも確保しとかない?」
「お前に任せる」
「じゃ、行きましょうっ!」
静葉が俺を引っ張ってスーパーの入口へ向かう。まるで子供のように楽しそうな静葉。
まぁ、一日ぐらいならそんな静葉と付き合うのも悪くない。これもこれで休みとなるだろう。