ポン
暗い……僕は捨てられたんだろうか。どれくらい待ったかは分からない。
だけど、父さんはもう帰ってこない、というのには気付いている。
僕は一人になったんだ。寂しいよ。
家には偶に誰かがやって来るけど、この部屋に入ってきた人は誰一人いない。
みんなおじさんに用があるだけで、いつも隣の部屋で馬鹿みたいに騒いで、帰っていく。僕なんかどうでもいいんだ。
おじさんも僕には興味がないのか、ほったらかし状態だ。誰か僕を見てよ。
僕は今日も部屋に引きこもる。
誰かがやって来た。話し声が聞こえる。男性が二人だ。
でも、どうせまた僕には見向きもしないんでしょ。
「ん……? ここにに誰かいるのか?」
「妙な気配がしますね。コイツは!」
僕の予想に反して、二人組の男性が珍しく部屋に入ってきた。
あれっ? 僕を見ている。
片方の人が近づいて来た。な、何をする気なんだ? ヤメッ――
「こんなところで一人ぼっちは寂しいだろう」
乱暴に扱われると覚悟した僕だけど、その男性は僕の頭を撫でてくれた。
まるで父さんみたいに大きな手。久しぶりの感触が心地いい。うぅ……
「丁度良い、サアラにでも与えてやるか」
「本気ですか、陛下! こんな小汚いヤツを!」
「そんなものは、後でメイドにでもキレイにさせれば良かろう」
「それは……」
「俺の目は確かだ。コヤツ、こんなところで埋もれさせておくには惜しい力を感じる。それにサアラも気に入りそうだしな」
二人は僕のことで言い争っていたみたいだ。そのサアラって人は、僕の運命の人なのかな? そうだったらどんなに良いか……
申し訳ない気持ちはあるけど、僕はもう一人に耐え切れない。お願いだから連れて行ってよ!
願いが通じたんだろうか。
すると、反対していた方の男性は渋々了承した。
やったーっ、僕をこの冷たい牢獄から連れ出してくれるんだね!
この日、僕は新たな一歩を踏み出した。
自己紹介がまだだったね。僕の名前はポン。芸人ジャナイよ。
ん……? 何故そんなにテンションが高いのかって?
ふふふん、実はね、僕はこの国の第一王女様――サアラ様付きの護衛になったんだ! ちっちゃくて頼りない僕だけど、精一杯がんばるんだ。
何で、僕みたいなポッと出の輩がそんなポジションにつけたのかって?
それは僕も思ってたさ。なんでも王様直々の命令らしいんだ。っていうか、この間の人がそうだったみたいなんだよね。さすがに僕も吃驚したよ。
そういう訳で、今じゃずっとサアラ様と一緒。どんな時も護衛としてサアラ様の盾になる気構えはあるんだ。
嗚呼、サアラ様の熱い眼差しが、僕の心を射抜いている。
「ポン、ああ、わたくしのポン。何て可愛らしいの」
サアラ様が開口一番に僕を見て言う。いつもこうだ。
普通の人ならば、げんなりするかもしれない状況だけど、僕は嬉しいんだ。
こんな僕を愛してくれる方が傍にいて、しかも毎日一緒。これからは絶対にサアラ様を護り抜くって固く誓ったよ。
あっ、でも頬擦りは恥ずかしいかな。ほら、みんな見てるじゃないか。視線をビシビシ感じるよ。
この視線、微笑ましいモノではなくて、変なモノを見る類の視線なんだ。
実際、みんなの眼付きは厳しい。シラケた雰囲気が全開なんだよね。僕が余所者だってことは自覚しているけど、ショックが隠せないよ。
ホントは僕もみんなと仲良くしたいと思ってる。まだ日が浅いせいか、皆は相手にしてくれないけど、いつかは打ち解けてやるんだ!
「ああ、この肌触り、堪らないわ!」
サアラ様はスキンシップが激しい。僕も一応男なんだってこと、忘れているのかな? だとしたら、こんなに悲しいことはないよ。
サアラ様がうっとりと僕を見つめるから、僕も負けじと見つめ返すけど、サアラ様は僕の気持ちに気付いてくれない。
そう、僕はサアラ様に恋をしたんだ。身分違いの叶わない恋とは分かっているけど、思うだけなら良いよね。
だってほら、こんなに熱い視線を向けているのに、これ以上の関係には発展しないんだ。切ないよ。
「相変わらす無口なのね。ふふ、シャイな子だわ」
サアラ様にコツンと人差し指で小突かれた。これも愛情表現の一つなんだって、照れるよね。
ちなみに僕が無口なのは性格じゃなくて、喋れないからなんだ。
最後に人と話したのは父さんだったっけ……というか、父さん以外の人とは喋ったことがない。それから誰とも会話していなかったから、話し方なんて忘れちゃったしね。
そんな僕でもサアラ様は気にしないって言ってくれる。心の広い方だよね。こんな寛大な方が僕の主人なんだ、光栄以外の何物でもないさ。
そういえば、こんなに優しくされたのはいつ以来だろう。今までは皆、僕を無視するんだもん。サアラ様の優しさが、嬉しくて、嬉しくて……返す言葉がないよ。
「おい、あれ、例の……」
「ああ、よせ、見るんじゃねぇよ」
通りすがりの人の声が聞こえてくる。
またか。僕はこの王宮の皆に嫌われているみたいなんだ。
何故かって? だって、影口を叩かれたり、冷笑されたりするんだよ? 無視されてるしね。丸分かりだよ。
だけど良いんだ。今に始まったことじゃないし、慣れっこだしね。それに――
「貴方たち! わたくしのポンに失礼じゃありませんこと?」
「い、いえ、そんな……」
「私達はただ……」
「お黙りなさい! こんないじらしい子を影でコソコソと、恥ずかしくありませんの!」
そう、サアラ様が代わりに怒ってくれるんだ。それだけで僕は救われるんだよ。
嗚呼、サアラ様……貴方が心安らかにいてくれるなら、僕はいいんです。これ以上は望まないんです。
「も、申し訳ありません」
「以後、皆に言い聞かせておきますので、どうかお怒りをお収めくださいませ」
この人達は侯爵家の人間だ。こんなことを続けていたら、サアラ様から人望が失われて、人が離れていっちゃう。僕のせいでサアラ様が不幸になるのは耐え難いよ。
僕のことはいいんだ。サアラ様に迷惑は掛けたくない。いや、サアラ様に迷惑を掛けているだけのような気がする。
僕は……それでも離れたくないよ。
それから二年の月日が経った頃、サアラ様が王様に呼び出された。公式なものじゃなくて、内々の話なんだって。何だろね。
サアラ様ももう十六歳。もしかして、どこかに嫁いでいっちゃうのかな? 覚悟はしてたけど、胸が痛いよ。
僕は所詮、護衛でしかない。でも僕は……ううん、僕は護衛、サアラ様を護るのが役目。雑念は払うんだ。これもサアラ様の幸せのため……
「サアラよ、お主ももう十六歳、成人を迎えた」
「はい、お父様」
「お前には隣国の王子との婚約の話が来ておる」
「分かっていますわ。これも国のため、王族としての役目ですわ」
「うむ、良い覚悟だ。それでだな、問題はここからなのだが……実は今回の婚約を良く思わない連中がいるという情報を得てな。下手をすると、刺客が送られてくるかもしれん」
「わたくしを亡き者にしようと? ふふ、くだらないですわ」
「ははは、念のため気を付けろという話だ。ポンがいれば大丈夫だとは思うがな」
「ええ、ポンがいれば恐れることはありませんわ!」
二人とも、こんな僕に絶対的な信頼を寄せてくれている。責任重大だね。でも何でだろ? 実績はないんだけどな。
それに婚約……やっぱり……仕方がないこととはいえ、ついにこの時が来たんだね。さようなら、サアラ様。
いや、今はそんな場合じゃない。刺客がやって来るかもしれないんだ。王様とサアラ様の信頼を裏切るようなドジはできない。
サアラ様を綺麗な身体のまま、笑って送り出すんだ。
「ポン……わたくし、お嫁に行きますわ。応援してくれますわね?」
王様の私室からの帰り道、サアラ様にそう告げられた。涙が出そうだよ。
頑張れ、ポン! 笑って頷くんだ!
「ふふ、ポンはいつもシャイなのね」
違うんだ。ホントは結婚なんかさせたくないんだ、引き止めたいんだよ。でも言葉が出ないんだ。僕は何て意気地がないんだろう。僕の弱虫。
やがてサアラ様の部屋に到着した。扉が開け放たれ、そして閉められる。
そこには、誰かがいた。
「誰ですの!」
「ほう、気づかれましたか。只のお姫様ではないようだ」
月明かりの当たらない影から出てきたのは、金髪を靡かせ蔑むような目をした細身の男。見たことのない人、誰だろう?
僕には心当たりがなかったけど、サアラ様は知っているのか、驚きに目を見開いていた。
「あなたまさか、隣国の!?」
「ご名答、良く分かったね」
「まあね。それにしても、せっかちな男ね。余裕のない男は嫌われるわよ。それとも、一刻も早くわたくしに会いたかったのかしら」
「ハハハ、何で俺みたいなイケてる男が君みたいな女を相手にしなきゃならないんだ?」
「あら、じゃあ何の用かしら? 直接来るなんて……言伝を頼む部下がいない程、慕われてないのかしら?」
「ハハハ、女一人を殺るだけの簡単な仕事で、余計な証拠は残したくないんでな」
「それは浅慮すぎませんこと? まあ、良かったわ。こんな頭の弱い婚約者、国を悪化させるだけですものね」
「貴様ぁ! この俺に」
どうやらこの男はサアラ様の婚約者のようだ。見たところ、サアラ様には釣り合わないね。
頭が悪そうだし、サアラ様程のお方がこんな馬鹿男の相手だなんて、事前に知れて良かったよ。これで破談間違いないね。
だって、あの目つき、変なクスリでもやっているかのようにイっちゃってるよ。王子様がそれじゃ国が疲弊しちゃうね。
「あなた如き軽くあしらって見せますわ。それに、そろそろ衛兵が駆けつける頃かと思いますけど」
その通りだよ。一国の王子様がそんなことも分からないのかな? 話にもならないね。
でも、あれっ? 金髪王子が笑ってるよ。おかしくなっちゃった。
「ハハハハハハッ、この部屋の周りには音と気配を遮断する魔法の結界を張らせてもらった。王女様のご就寝中だ。誰もここにはこないさ」
「わ、わたくしにはポンがいますわ!」
意外にも抜け目無い男のようだね。悪知恵が働くっていうのかな。金髪王子がとてつもない殺気を撒き散らしている。戦闘の腕前は相当のようだ。ヤバいよ。
対するサアラ様は、震える足で気丈にも振舞っている。僕を頼っているんだ。
でも、どうしてなんだ! どうして僕は動けないんだ! こんな状況でも動けない、情けない、自分が不甲斐ないよ。
「なんだ、ソイツは?」
「この子はわたくしのポン、護衛ですわ!」
「は? フ、フフ、フハハハハハハッ! コイツは傑作だ。そんなヤツに何ができるってんだ?」
「この子を馬鹿にするのだけは許せませんわ!」
今、話題の中心は僕。僕を嘲笑う金髪王子に、サアラ様が反発している。
そうだ、僕はサアラ様の護衛、せめてこの身を盾に抵抗してやるんだ!
ふざけるな、男! 僕はポン! サアラ様に命を預けた男だぞ!
「ほう、ならどうするのだ? ほら、ポンとやら、俺を撃退してみろ。できることならな、ハハハ」
できないとばかりに決め付けて、金髪王子が僕を挑発する。
うう、僕を馬鹿にするな! ほら、動け! 動くんだ、僕! どうして足が動かないんだ!
「ハハハ、大した護衛だな。怯えて動けないのか? ならそろそろお別れの時間かな?」
「ああ、わたくしのポン、せめてアナタと共に……」
金髪王子が襲いかかってくる刹那、僕は王女様に抱きしめられながら、ギュウッてされる。
ふふ、嬉しいな。王女様だけだよ、僕のことを愛してくれるのは。もう十分だよ。サアラ様……一緒に逝こう。僕はどこまでも従いて行きます。
「ははぁッ! 死ねぃ!」
ブシュッ
身体が濡れている。これは涙? それとも……
胸の辺りがキュウッて痛いよ。攻撃されたのかな? 嗚呼、サアラ様、来世でもお会いできますように……
あっ、何か出る!
ルぁぁァァァアアアアアアァァァぁぁぁッ
「な、何だ、コレはぁぁあああ――ッがぁぁああああああッ」
げっぷぅっ……うう、何だかお腹いっぱいだよ。ごちそうさまだね。偶に唐突に起こるけど、何でかな? あっ、また人が倒れてるね。僕のゲップ、そんなに臭かったかな?
「うぅ、う? あれっ? わたくし、生きているの? あの男は?」
サアラ様が呆然とした声を上げた。生きてるよ! 刺されたと思ったのに、奇跡だよ!
そういえば、あの金髪王子は? ……あれっ? あの倒れている人がそうなの?
ふふふふ、ふっふーっ! 僕のゲップ攻撃が倒したんだね! 僕、最強ーっ!
「これが……お父様の言う通りだったわ。これがポンの奇跡……ポン、ポン、ああ、わたくしのポン……」
達成した使命感に満たされて、喜びに溢れる僕を、サアラ様が頬擦りアンド抱擁をする。えへ、恥ずかしいよ。サアラ様は愛情表現が大げさなんだよね。でもそれが心地いいんだ。
「ああ、やっぱり頼れるのはアナタだけ。素敵よ、最高のボディーガードさん、うふ」
僕の名前はポン。只の藁人形さ。
ポン:正式名称――『呪いの復讐人形』
伝説の名工ポンジュラミン・ダガールの最高傑作の藁人形。でっかく『ポン』と書かれた意匠がポイント。
古代の遺産の一つで、とある迷宮の最下層の隠し部屋にひっそりと置かれていた。
おじさん(ラスボス)を倒しに来た人間はいたが、隠し部屋に気付く者はいなかった。
所有者の受けた傷と痛みをそのまま敵に跳ね返す能力を持つ。
その際、所有者のダメージは無くなる。有効回数は無限。
無敵の守護アイテム。
※サアラ様は残念な人でした。